6 女騎士は僕と新キャラを語る
あれから、僕はたまに弁当を作るようになった。
男で弁当作りが習慣になりかけているのもどうかと思うんだけど、まあ、誰に言うこともないだろうしいいだろう。
それ以外は何か特別なことがあるわけではなく、平和な日々が過ぎていく。
高校生として学校に通い、たまにドラニカに頼まれて寄り道をしつつ家に帰る。帰ってからはラブコメ作品を読み、飯を食って寝る。たまに早起きして弁当を作る。
ドラニカに出会った時から魔物に襲われることもない。戦っているところは見たことないけど、やっぱりドラニカが数を減らしてくれているみたいだ。
その一方、ドラニカは魔物の討伐が忙しいみたいで不規則な生活になっていた。
夕方ぐらいに僕の部屋で寝ていて、そのまま次の日になるまで起きてこないこともある。
と思いきや朝起きたらドラニカがいない時もあり、そんな日の前日には決まって弁当を頼まれる。
やっぱり女騎士というのは肉体労働なんだなと感じる瞬間だ。
それで世の中が平和になるのなら弁当ぐらい何個でも作ろうと思う。
そんなこんなで平和な高校二年生の春は過ぎていき、気づけば7月になろうとしていた。
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ドラニカは思ったよりラブコメが好きになったらしい。
ドラニカと出会ってから2か月ほどたった今、僕はそんなことを思うようになっていた。
今日はドラニカも僕も何の用事もない。暇な日曜日だ。絶好の読書日和である。
僕はベッドに寝ころびながら、ドラニカは床にあぐらをかいて座りながらそれぞれ本を読んでいた。
「…………………………」
「…………………………」
お互い無言でページをめくる音だけが僕の部屋に響く。
ドラニカが読んでいるのは「コイミチ」の4巻だ。
ドラニカは暇な時間、特に僕の部屋にいるときにはいつも「コイミチ」を読んでいた。翻訳する魔法は時間がかかるし疲れるみたいで、ゆっくりとしたペースではあったけど。
僕は先生として、ドラニカの質問に答えたり、学校についての知識やこっちの世界の常識について教えたりしていた。
正直僕はとても楽しかった。
教えることもそうだけど、なにより同じ作品を読んで感想を言い合うのは本当に楽しい。
ついこの前、ドラニカが3巻であったイチャイチャシーンを見て興奮気味に僕に話しかけてきたときなんて、お互い興奮しすぎた結果、自分の部屋で大声で独り言をしゃべるやつとなり、母さんから気味悪がられたほどだ。
今まで1人で読んでた時とは違う、新たな楽しみを僕は得ていると思う。
「おいおいおいおいおいおい」
そんな平和な日常の中、ドラニカが急に声を上げたと思いきや、目を見開きながらこちらに体を近づけてきた。
近い!!ドラニカの長い銀髪が僕の髪にかかる勢いだ。
「ど、どうしたの……そんなに慌てて……。」
やんわりと肩を押して距離を取りながらドラニカに尋ねる。
「どうしたもこうしたかもあるかよ!こいつだよ!こいつ!」
ドラニカは本に書かれている挿絵を指さす。
そこにいたのは眼鏡をかけた少女。長い黒髪にモデル顔負けのスタイルの少女だ。
短い茶髪に小柄な慎重で愛らしい見た目の桜とは対になるような印象を受ける彼女は、菫というキャラクターだ。
「すごい、もう菫が出るところまで読んだんだね!」
「そう!スミレだよ!!」
ドラニカはテンションが高い。
4巻の途中から登場するスミレは、結構な人気キャラだ。劇中の設定にもある通りあまりにも顔が良く、それに衝撃的な登場をしたためみんなのインパクトにも残ったのだ。
「こいつ!告白したぞ!佐藤に!!!」
ドラニカは目を見開いて叫ぶ。
そう、この菫というキャラクター。出会ってすぐに主人公である佐藤に告白するのだ。
「あなたが好き」
その5文字だけで佐藤と桜という2人に殴り込みをかけにいったその姿は、まさしくラブコメに重要な追加キャラといえよう。
「アタシが読むのへたくそなのか?こいつどっかで出てきてたか?」
「いや、そんなことないよ。ここが初登場のキャラだよ。」
「ならやっぱおかしいじゃねえか!こいつ急に出てきて好きって……どーいうことだよ!」
「待って待って落ち着いて落ち着いて!」
いきり立つドラニカを何とかなだめる。
ここまでハマってくれるとは……。
思ったよりも「コイミチ」の物語の続きが気になってくれているのかもしれない。
「それにスミレが佐藤を好きになった理由、『顔』ってのはどういうことだ!!」
ダン!!!!!!!!
ドラニカが思いっきり拳をちゃぶ台にぶつけた。
バキィ!!!!!!!!!!!!
ちゃぶ台程度では女騎士の拳に耐えられる訳がなかった。
「やべっ。」
ドラニカがつぶやいた瞬間、
「ちょっと裕貴!!なに1人でドタバタしてるの!ご近所迷惑になるでしょ!」
リビングの方向から母さんの声が聞こえる。
「ご、ごめん!こけちゃっただけだからー!!」
扉に向かって叫ぶ。
母さんからの抗議はすぐに終わった。危ない危ない……。
なんとか割れたちゃぶ台を見られるのは回避したようだ……。
振り返るとドラニカがちゃぶ台に手をかざしている。
するとみるみるうちにちゃぶ台がもとに戻っていく。魔法すげえ。
「わ、わりぃ……やっちまった……。」
ドラニカは反省しているのか珍しくシュンとしている。
「いや、大丈夫だよ。ちゃぶ台も戻ったしね……。」
とはいえ、ドラニカがここまで怒るなんて……。
「そんなに嫌い?菫のこと。」
ラブコメに限らず、創作物で嫌いになるキャラが出てしまうというのはなくはない。
ドラニカが最初に触れたラブコメでそんなキャラがいるのは僕としてはとても悲しいことだけど……。
「なんつーか、佐藤に惚れるやつが急に出てきたからびっくりしたのもあるんだけどよ。」
ドラニカは床に座りなおす。
「アタシは外面だけで惚れてくる奴はどーにも好かねえんだよ。」
「それって……」
前に聞いた、異世界にいたときの騎士団の話を思い出す。
ドラニカの顔を見たらすぐに告白してきたって話……。
「騎士団に入ったばっかの時は、目が素敵だとか、口がセクシーだとか、胸がでかいとかそんなんばっかでよー。」
ドラニカはいやそうな顔をしている。あまり思い出したくはないんだろう。
「それは……大変だね……。」
そういいつつも、僕は目線をどこに置いたらいいかわからなくなってしまう。異世界の常識は知らないけど、僕から見てもドラニカの顔は整いすぎている。
ドラニカは嫌だったんだろうけど、内容自体は事実だと思ってしまうのがつらいところだ。
どうにかいつも通りを心掛けながら話を進める。
「顔が好きって理由は受け入れづらいってこと?」
「まあ、そうだな……。」
ドラニカはまた考え込む。
クールダウンして、自分の考えを整理しているように見えた。
「佐藤と桜は一目ぼれってやつなんだろ?それでも告白まではいかなかったし、2人の距離がだんだん近づいて行って……いちゃいちゃ?してるってのは、見てて面白かったんだよ。」
そう、ドラニカは確実にコイミチにハマり始めていた。
「でもよー。スミレってやつは佐藤の顔見ただけで告白したじゃねえか。なんか騎士団にいたころの男どもにかぶっちまってなー……。」
「なるほどね……。」
最初に会ったころは騎士団にいたころの話をしても特に気にしてなかったんだけど、コイミチを見ている中で思うところがあったらしい。
「なんかごめんなー……。」
「えっ。」
突然な謝罪に驚く。ドラニカは申し訳なさそうに僕を見つめていた。
普段強気なのに、ラブコメを語るときは自信がないのかどうもしおらしい。
「ユーキがせっかく色々アタシに教えてくれてるのに……。つい頭に血ィのぼっちまった……。」
ドラニカは落ち込んでいる。熱くなってしまったことを後悔しているらしい。
「アタシみたいなやつが本を読むってのはやっぱガラじゃななかったかな……」
そんなドラニカに対して僕は……
「そんなことない!!!!!」
気づけば大きな声で叫んでいた。
ドラニカは目を丸くしている。
「僕は嬉しいよ!ドラニカが本を読んでくれてることも……そんなに熱くなってくれてることも!」
ドラニカは僕に気を使って言ってくれているのかもしれない。
けど、ラブコメを教えてとか弁当を作ってとか、そんな突拍子もないお願いを聞いていた身としては、今更だ。
「今までラブコメについて話してきたことなかったし、ドラニカの感想を聞くのすっごい楽しかった!いっぱい質問してくれるし、それに……。」
そこまで一息で喋ってドラニカの方を見ると。
「ユーキ……。」
なんだかこっちを見つめていらっしゃった。心なしか水色の瞳がキラキラしている。
その瞳を見た瞬間、急に顔が熱くなった。
もしかして僕は勢いに任せてとんでもないことを言ってしまったのでは……?
「っっっっっっともかく!ドラニカはせっかちすぎる、と思う、よ。これから菫の魅力もいっぱい出てくるし、案外気になくなるかも……しれないし……。」
言いたいことは言ったが尻すぼみになってしまった。
そう、ドラニカはまだ菫のことを知らないのだ。これから菫の話やみんなとの絡みを経て、菫の評価も変わってくるかもしれない。
第一印象は最悪でも、コイミチにこんなにハマってくれているドラニカなら許せる時が来ると信じたいのだ。
「そっか……。そうだな!わかった!」
ドラニカは僕の言葉で納得してくれたみたいだ。
「本当に?こうは言ったけど、無理はしなくても……。」
僕はそんなドラニカを見て逆に不安になってしまう。
情けなく言い訳みたいなことを言う僕に対してドラニカは晴れやかな表情をしていた。
「ユーキが言ってんなら、大丈夫。だろ?それにやっぱコイミチ読んでユーキと話すの楽しいし。もっと読んでから考えないといけないよな。」
アタシの悪い癖がまた出ちまった。そう言ってドラニカは笑った。
うん。やっぱりドラニカは笑顔が似合う。
僕は改めて、精一杯ラブコメの先生役を頑張ろうと決意した。