5 女騎士は僕と弁当を食べる
自慢じゃないけど、僕はオタクらしく朝が弱い。
一度作品を読み始めると、どうしても途中でおいて寝ることができないのだ。
漫画はともかく、ライトノベル、アニメだったりを見ていると夜遅くまで起きがちになる。
特にドラニカが来てからは、睡眠不足気味だ。
――――隣とは言わないまでも、美女がおんなじ部屋で寝ている状況ですやすやと寝られるか!
まあ、何が言いたいかというと、ただでさえ朝弱いのに最近は特に寝不足気味ということで。
「おはよー…………。」
「あんた目開いてないわよ……。」
弁当を作るために朝5時に起きるのはとってもきついということだ。
いつも通りキッチンにいた母さんは驚き半分呆れ半分といった表情でこちらを見ている。
「弁当作るなんて何言い出すのかと思ったけど……。あんたそれ料理できるような状態じゃないわよ。」
そうしゃべりつつ母さんが手際よくおかずの下ごしらえをしている。
「いや、大丈夫だよ……。顔洗ってくる。」
僕はおとなしく回れ右して洗面台へと向かった。
母さんの言う通り、朝起きるのはしんどいし、夜に弁当を作っても良かったけど、
我が家の母親はなんと毎朝父親用の弁当を作っているので、昨日手助けをお願いしたのだ。
何とか冷たい水で目をこじ開けてキッチンに戻ると、母さんは怪訝そうな顔をしていた。
「裕貴。あんたどういう風の吹き回しよ?普段ご飯もそんな作らないし、朝も弱いのに弁当を作らせてなんて……。」
「えーーっと…………。」
そういえばその辺をちゃんと説明していなかった。馬鹿正直に、命を救ってもらった女騎士に頼まれて弁当を作ります!とは言えない。
無難にクラスメイトの女子に弁当を頼まれたとか……。いやまて、全然無難じゃない。
「あー、えっと……。友達!そう、友達から頼まれたんだよ。昼飯を買う金もないから、どうにか弁当を作ってくれって……。」
しどろもどろになりつつもなんとか言葉を絞り出す。
我ながら挙動不審が過ぎる。
「あら!あらあらあらそうなのね!」
僕の話を聞いた途端、母さんが急にニコニコと……いや、ニマニマしだした。
なんだか居心地が悪い。さっきまで我が息子の気持ちがわからないって具合の表情だったのに、なんだかいきいきとしている。
「そういうことなら任せて!お母さん手間がかからない具材とか詳しいから。」
「あーも―わかった!わかったから!」
妙にグイグイ来る母親をいなしながら、僕はどうにか登校前に弁当を完成させた。
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「――――――はっ!?」
気づいたら昼休みになっていた。
4限目の途中から記憶がない……。
机にへばりついた体をどうにか起こす。
とっさに周りを見渡す。いかにも今起きましたって感じで非常に恥ずかしかったが、みんな友人と喋ったりご飯を食べたりしていた。
まあ、机に突っ伏しているオタクなんぞ、みんなどうでも良いか……。
キョロキョロするのも恥ずかしくなった僕は、コホンと咳払いし、カバンから弁当を取り出す。
この眠気の原因である弁当を……2つ。
――――そう、2つなのだ。
「あんたどうせ購買でパンばっかり食べてるんでしょ?ついでだし自分の分も作っときなさい!手間がかかる?大丈夫大丈夫!こういうのは1人分作ろうとしたら2人分の量になっちゃうもんなのよ!」
何故かグイグイ来る母さんに押されて、あれよあれよというまに2つの弁当が完成していた。
さっきのも恥ずかしいけど、弁当2つ持ってきてるのも相当恥ずかしくないか?まるで食べざかりの運動部みたいだ。
僕はそう考えて席を立った。
でも、そういえばドラニカとの集合場所とか決まってなかったな……。もしかして夕方とか夜になる?
じゃあ学校に持っていく意味なかったじゃないか……。
教室で弁当を食べてもいいけど、周りはみんな仲良く食べてるしちょっと気後れする。いつも通り誰も来ない中庭の隅っこで食べよう。そう思って席を立った。
「よっ」
ドラニカが、いた。廊下に。
「おわあ!?」
考えていたタイミングで本人が現れて僕は思わず叫んでしまった。……言うまでもなく、教室にいたみんなからの目線が僕に刺さりまくる。
今日は魔物と戦う前なのか後なのか。出会った時と同じ、甲冑を身に着けた女騎士の姿だ。
な、なんでこんなあまりにも現代から浮いた姿で学校に来れたんだ……。
と思ったけどそうだ。ドラニカは人から見えなくなる魔法が使えるんだったと思い出す。
とはいえ直接学校にやってくるとは思ってなかった……。
「おーい。ユーキー?弁当もらいに来てやったぞー!」
そっちが頼んできたんでしょうが。
そう心の中でツッコみつつも、できるだけクラスメートに気づかれないように手だけで応える。
笑顔でこっちに向かって手をふるドラニカを見たら、このあとの反応が楽しみになってしまうあたり、僕はちょろい人間なのだろう。
「ちょっ待て待て!どこ行くんだよ~。飯食うだけならさっきのとこでもいいだろ~?」
「人目に付かないとこに向かってるんだよ!その恰好見られたら大変なことになるでしょ!」
学校にいる女騎士という時点で僕の非日常メーターは振り切れていたけどそれはそれ。
できるだけ小声でしゃべりながら、僕はドラニカを引っ張って中庭に向かっていた。
一般的な教室に女騎士がいるって光景はあまりにもシュールすぎたし、そもそも誰かにぶつかった拍子に魔法が解けてもまずい。解けるのか知らないけど。
「あのなー。ユーキ以外には見えなくなる魔法はつかってるし、大丈夫だって。ちょっとやそっとじゃ解除されねえよ。」
あ、やっぱりそうなんですね……。
「い、いやまあだとしても僕は独り言をつぶやきまくってる変な奴になっちゃうしさ。普段僕が食べてるとこには人が来ないし、そっちで食べよう?ね?」
「まあユーキがそういうなら別にいいけどな。……にしてもこれがこっちの世界の学校か。ほんとにみんな同じような服を着てやがる……。」
ドラニカは僕に引きずられつつ、周りを見渡している。
コイミチは学校が舞台の作品だし、聖地巡礼しているような気分……なのかな?
普段魔物と戦っているドラニカに限ってないとは思うが、ぶつかって学園七不思議になる訳にはいかない。
僕はドラニカが誰かにぶつからないように、でも変な姿勢にならないように中庭を目指した。
「着いたー!はあ……疲れた……。」
無駄に精神力を使いながら、どうにか中庭の端っこにたどり着いた。
ここは校舎から移動するには若干遠く、通り道でもないから人が来ない。
僕はここでよく昼食を食べている。静かだし、天気が良ければ読書にも最適な場所だ。
ドラニカの様子をうかがうために振り向く。
ドラニカはやはり物珍しいのか周りをきょろきょろと見まわしている。
やはり物珍しいのか。ドラニカの感情通り、つながっている手はせわしなくもぞもぞと動いている。
………ん!?
「どおわっちょ!?」
急いでドラニカから手を放す。
誰かにぶつからないよう意識していたせいか、ドラニカの手を握り続けていことに気づかなかった。
ドラニカのことを言ってる場合じゃない。驚きで周りが見えなくなっていたのは僕なのかも……。
「ん?どうしたユーキ。」
ドラニカには全く気にした様子はない。いつも通りだ。
僕だけがなんか意識しまくっていたらしい。
思わずため息が出た。
「あんだよー?弁当あるんだろ弁当!腹減ったー。」
「……なんでもない。食べよ食べよ。」
僕は熱くなっている手を振った後、カバンに手を伸ばした。
僕とドラニカは中庭のベンチで並んで弁当を食べ始めた。
「うん、うまい。」
我ながら今回の弁当作成はうまくいった。
特にほかのおかずより苦労した卵焼きがうまく行ったのは嬉しかった。
程よい甘みが口の中に広がる。
「…………もっ……………もっ…………。」
ドラニカは無言でひたすらに弁当を運んでいる。リスみたいでちょっと面白い。
食べ始めた時から無言でおいしくないのか不安だったが、口の中が食べ物でいっぱいになっているのを見たら不安も消えた。
――ドラニカが黙々と食べ進めたため、僕も無言で食べ進める。一瞬で2つの弁当箱が空になった。
「くはー!美味かった!」
「ごちそうさまでした。」
弁当を食べ切った僕は手を合わせた。ドラニカも見様見真似で手を合わせている。
っていうか!今回の目的をドラニカは覚えているのだろうか……?
満足そうなドラニカに僕は尋ねた。
「で、ドラニカは僕からもらった弁当を完食したわけだけど……。ドラニカは分かったの?佐藤の気持ち。」
「おうよ!」
ドラニカは自信満々に立ち上がり、胸を張った。
「実際食べてみてわかった!弁当ってのはとてもうまい!!こいつぁ佐藤も喜ぶわけだな!」
色気より食い気!!結局弁当の美味しさが印象に残ったらしい。
一瞬の逡巡もなく答えたドラニカに僕は小さくため息をつく。
散々、ご飯をもらっただけの話とは違うと言ったはずなんだけど……。
ドラニカはラブコメと同じシーンを再現して理解を深めたいみたいだけど、この調子ではいつになるのやら。
「アタシばっかりじゃなくてユーキはどうなんだよ?サクラの気持ち、理解できたのか?」
僕の反応が不満だったのか、ドラニカは尋ねてくる。
別に僕は関係ないんじゃという意見はいつも通り飲み込む。
「えっ!?うーんそうだな……。」
男女の立場が逆だとか、そもそもドラニカと僕の関係はコイミチの2人とは違うとか、そんな考えが浮かんでは消える。
そういうことじゃない。僕はどう思ったんだろう。
今日ドラニカに弁当を渡して。食べてもらって。
「…………………………。」
自分が何を考えていたか思い当たった僕は、今日何度目かってくらいに頭が真っ白になった。顔が熱を持っていくのがわかる。
「えーっと……。まあ、いやな気持ちはしない、よ。」
そう言ってごまかすしかない。
自分の料理を自分以外の誰かが食べたのが初めてだと、今更気づいたなんて。
初めて僕の料理を食べてくれたドラニカがおいしそうに食べてくれて、味をほめてくれたのが、こんなにうれしかっただなんて。
ラブコメを教える先生としても、男子高校生としても、当の本人に向かってそんなことを言えるわけがない。
「そっかー。たまにでいいから作ってくれよ。」
ドラニカは僕の挙動不審さには気づいていないみたいだ。
「アタシ、こっちに来て食べた物の中でも、今日食べた弁当ってやつが一番おいしかったんだ。だから頼む!」
ドラニカは僕に向かって頭を下げた。まさに騎士といった感じだけど、僕としてはあまりにもむず痒い。
「こんなに喜んでもらえるなら、また作るよ。僕で良ければ。」
そう言ってなんとかドラニカに笑い返す。
「ほんとか!?」
そう言って顔を上げたドラニカは目を輝かせて笑っていた。
ドラニカの笑顔を見たら、コイミチのヒロイン――桜ちゃんの気持ちが少しわかった気がする。
恥ずかしすぎて、この事は墓まで持っていこうと僕は思った。
投稿遅くなりすいません。
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