4 女騎士は弁当が気になる
「えー、コホン。このシーンでは僕じゃない方の佐藤君は別にお腹が減っているわけではありません。お腹が減ってたかもしれないけどそれは大事じゃありません。」
僕は先生役として、ドラニカの前で立ちながら話す。別に黒板もチョークもないけど雰囲気は大事。
場所はしがないアパートの一室でしかないけれど、気分は熱血指導塾だ。――まだテストに頭が引っ張られている気がする。
「ここで大事なのは、桜ちゃんが自分のために弁当を作ってきてくれているという事実なのです!」
「ふむふむ。」
生徒役であるドラニカは床に座って頷いている。真剣に話を聞いてくれているようだ。
「つまり!ドラニカがさっき言ってたような砂漠を歩いてたらオアシスが……!みたいな喜びではないのです!」
ビシッ!とドラニカを指さす。
「それはわかったけどよー。人から弁当をもらうってのは嬉しいのか?アタシは男連中から花だ指輪だ渡されてもなーんもうれしくなかったぜ?」
ドラニカは口をとがらせている。
男連中ってのは多分騎士団の人たちなんだろうな……。花はともかく指輪とは……。
でも着眼点はすごくいい。
「いい質問です!」
僕は大きな声で叫んだ。
「まさしくそこが、さっきおにぎりをもらったこととの違いなのです。」
「おお!」
ドラニカが身を乗り出す。そんなに乗り気だと僕も張り切ってしまう。僕は声高らかに続けた。
「つまり、弁当を渡した桜ちゃんだけでなく、受け取った佐藤君にも相手に対する好意がある。だからこそ嬉しいのです!」
「ふんふん……。なるほど……。」
頷くドラニカに調子を良くした僕は、さらに続けた。
「また重要なのは、作っているのが弁当というところ!普段購買で昼食を済ましている佐藤君に対して、迷惑にならないかなと思いつつも弁当を作ってくる桜ちゃん、気になっている女の子から弁当を渡してもらえるというシチュエーションにテンパる佐藤君……!」
思わず拳を握りしめる。この後いろんなイベントを通してさらに仲を深めていく2人ではあるけれど、この初々しいシーンもまた良い……!
感動をかみしめていると、ドラニカがこちらを怪訝な表情で見つめていた。しまった。また自分の世界に入ってしまった。
「――――オッホン!つまりこのシーンは料理が趣味の桜ちゃんが、気になる佐藤君に少し勇気を出してお弁当を渡す健気なシーンなわけです。」
大きな咳払いで仕切り直し、さらに続ける。
「佐藤君がだらしない顔でニコニコしてるのは、決してお腹が減って死にそうな中、ご飯をもらったからではなく、気になる子から弁当をもらうというシチュエーションがうれしくてたまらないわけです。」
そう言って授業を締めくくった。うん、これで完璧。と思ったのだが……。
「そうか……そういうものか……。」
そう言っているドラニカの表情は少しだけど曇っていた。
さっきまで熱心にこちらを向いていたのに、今は思案顔で虚空を見つめている。
「気になる?」
「いや、ユーキの言ってることは分かった。」
とりあえずといった感じでドラニカはそう言った。
まあ、ラブコメを教えろって言ったってこの話は序盤も序盤。
登場人物も基本的には佐藤と桜だけで、今のところは両片思いの二人を眺めていく形で物語は進んでいく。
つまりは理解しやすい部分なのだ。
でも、分かったと言うにはドラニカの表情は晴れないままだ。
せっかくラブコメを教えてほしいというドラニカの頼みだ。
ラブコメ好きとしては疑問に思うことはどんどん聞いてほしい。
「そんな顔するなよ……。あーわかった。わかんねえことは聞いた方がいいだろうしな。」
ドラニカはそう言って僕に向き直った。……僕はどんな顔をしていたんだ?
「アタシが気になったのはよー。告白はしねえのに弁当は渡すってとこだな」
「!!!!」
僕は思わず驚いた。そんな意見を感想サイトで見たからだ。
「告白しないってのはよー。まだ何となくわかる……と思うんだけどよ。アタシがいた世界では、弁当を作るのは結婚してるような奴らばかりだったぜ?」
「えーっと……。そうだね。こっちの世界でも基本はそんな感じ……だと思うんだけど……。」
ドラニカの意見はそこそこ的を射ている。そしてとっても答えづらい!
言われてみれば誰かにお弁当を作ってもらえたら気があるとか思うし、実質告白みたいな気がする!僕されたことないからわかんないけど!
「ま、まあ桜ちゃんは料理が趣味だし、佐藤君も趣味の延長だと思って納得したんじゃない……かな……?」
しどろもどろになりつつもドラニカに伝える。
実はその疑問について、もう少しコイミチを読み進めたら言及するシーンがあるのだ。
佐藤君は弁当を作ってくれる理由を桜ちゃんに聞き、桜ちゃんは焦りながらも料理の練習と言い張る。そんなほのぼのとしたシーンが……。
でも、僕の口から話してネタバレになるようなことはできれば避けたい。作品を勧める時には特に!
「ふーん……。そういうもんか。」
ドラニカはつぶやいた。一応は納得してもらえただろうか。
少し申し訳ないけど、ネタバレは避けたい。
ドラニカは眉間にしわを寄せたまま固まっている。多分自分の中でどうしてなのか考えているのだろう。
こういう時はこちらから何か言わずに待った方がいい。相手が自然に答えを出すのを見守るんだ――ってなんかのラブコメ作品で言ってた。
「――――よし!決めた!」
僕がそろそろ話しかけようかなと思ったところで、当の本人が急に立ち上がった。
その表情はとても晴れやかで、最近どこかで見た光景だなーと僕はデジャブを感じていた。
「ユーキ!話は変わるが、お前がテスト?に集中してほしいって言ったから、ここ最近アタシは何も頼まなかったよな?」
確かに魔物の囮になるための寄り道は全くしていなかった。もしかして結構まずかったのだろうか。
「うん、そうだね……。魔物退治の手間増やしちゃったよね……。」
僕が誤ると、ドラニカは妙に焦った表情を浮かべた。
「あー違う違う!全然問題ないから気にすんな。寝る場所があるだけで十分だぜ。」
そう言ってドラニカは手を振った。表情も明るいし、本当に気にしてないんだろう。
「単純に1つ頼まれてほしいんだ。これはシンプルにお願いってやつだ。」
別に気にしてはないけど、頼みたいことはあるってことか……。
「う、うん。いいよ。僕にできることなら。何すればいい?」
そう聞くと、ドラニカはいつもと違う表情でニヤッと笑った。あれ?なんかいやな予感がする……。
「ユーキ!これからアタシに弁当を作れ!」
一瞬の静寂の後――――
「ええ!?なんで!?」
僕は大いに混乱して叫んだ。そうだ!この流れはラブコメを教えろって言われたときと同じだ……。
「いやーやっぱりさっきのシーンが気になってよ。ユーキから弁当もらったら分かるかと思ってなー。」
「まあそれはそうなのかもしれないけど……。なんで作るのが僕なのさ!?」
作るとしてもドラニカの方じゃないのか。
そう抗議すると、ドラニカは今まで見たことのない、キョトンとした顔をしていた。
「いやだってアタシ、料理できないし。」
ドラニカは、さも当然とばかりに言い放ち胸を張る。僕は思わずずっこけた。
確かに料理はできなさそうという言葉は口に出すすんでで飲み込んだ。
「それにこの部屋出たらユーキの家族に見つかりそうだし、アタシはそもそもこっちの世界の食べ物とかあんまわかんねえしなー。」
「え。じゃあ今まで食事とかどうしてたの?」
「倒した魔物は魔法を使えば食えたりするんだよ。騎士ならみんなそういう魔法は使えるんだぜ?」
ドラニカは得意げだ。
僕は見たことのある魔物、オオカミのような魔物を思い出す。あれを食べるのか……。
ドラニカとしては、魔物はドラニカの世界に元々いたものだし、別世界の食べ物より食べやすいのかもしれない。
「なんだよー?ユーキも料理できないのか?」
「いや、僕は普通……かな?男子の中ではできる方、だと思う。」
僕の両親は共働きなので、自分でご飯を作るときはたまにある。簡単なものばかりだけど……。
「よし!なら決まりだな!ユーキの弁当楽しみにしてるぜ?」
――長身褐色銀髪美女に笑顔でこんなことを言われて断れるやつがいるなら見てみたい。
かくして僕は、同級生に女の子から弁当をもらうよりも先に、女騎士のために弁当を作ることとなったのだ。