2 女騎士は最初が気になる
出会った日から4日ほど経ち、ドラニカに出会ってから初めての土曜日を迎えた。
あたたかな日差しが差し込む昼下がり。僕とドラニカは、僕の部屋で向かい合って座っている。
実に平和だ。春特有の日差しも心地よい。
読んでいたラブコメ小説が一区切りついたところで、僕はドラニカから言われたことを思い出していた。
時間は遡りドラニカに出会った日。
突然のお願いに目を白黒させていた僕にドラニカが説明してくれたのは、ドラニカがいた世界、異世界についてだ。
ドラニカがいた世界では、魔物と呼ばれる怪物たちが存在し、人を襲っていたらしい。ドラニカはその魔物を討伐するために作られた騎士団の団長とのことだ。
魔物を討伐していた折、異世界からこちらの世界に続く大きな穴が見つかり、そこに魔物が逃げているのが発覚したのだ。
ドラニカは魔物を追った結果穴に飛び込み、そのままこちらの世界にやってきたのだそうだ。
とんでもない度胸だ。魔物がいるような世界だし、女騎士というのは魔物を倒すために異世界に行くぐらいの気概を持っているのだろうか。
魔物をすべて討伐するまではこちらの世界で戦う。それが使命だとドラニカは笑って言った。
……僕としては思うことはあるけど、とりあえず置いておくべきだろう。
そのあとドラニカから改めて言われた「命の恩人からの頼み」は3つ。
1つめはこちらの世界にいる間、住む場所を貸してほしいということ。
僕の部屋にベッドは1つしかないんだけれども、床でも地べたよりはマシと言われば納得せざるを得ない。
一体今までどんな生活をしていたんだろう。
なお、ドラニカは異世界の人間ならみんな使える「魔法」によって、僕の家族からは見えなくなっている。
だから家族に迷惑はかけないとドラニカは笑っていたが、それなら僕は部屋で一人、虚空に話しかけているように見えるのでは?
……ドラニカと話す時はイヤホンでもして、電話しているように見せておこう。
2つめは、言われた場所を通って学校から帰ること。
どうにもあの魔物というのは人をよく襲う。そして怖いのか、ドラニカを避ける。
そのためどうしても対処が後手に回ることが多いし、時間もかかってしまう。
つまり囮になってほしいってことだ。さすがに怖かったが、非日常への好奇心が勝った。
それに何度か囮役をやってみたが、なんということはない。ただ言われた通りに遠回りして帰るだけだった。
僕の感覚としてはただ帰っただけなので、いまのところ特段負担にならない。
そして3つめ。僕の好きなラブコメをドラニカに教えること。
…………どういうことなんだ。
ドラニカは気絶した僕が抱きしめていた「コイミチ」がどうにも気になるらしい。
僕は別に国語の教師でもないし、ラブコメは好きでも人に教えたことなんて当然ない。
だから、とりあえずドラニカにはコイミチの1巻を読んでもらうことにした。あーだこうだ説明するよりも、とにかく1巻を読んでもらう。それで判断してもらうのがいいだろう。
「んー………………」
ドラニカの唸るような声に、僕は現実に引き戻される。
ドラニカは食い入るように、至近距離で本を見つめていた。
これはドラニカが集中して本を読んでいる……というわけではなく、魔法を使って、翻訳しながら読んでいるためらしい。
便利すぎないか?魔法。
「ぐぐぐ……………………」
ドラニカは眉間にしわを寄せながらコイミチの1巻を読んでいる。本の開いているページを見る限り、序盤も序盤。1章ぐらいまでしか進んでいない気がする……。
手持無沙汰な僕は、読んでいたラブコメ小説を脇に置き、気づけば目の前でうなっているドラニカを観察していた。
本を読んでいる褐色碧眼の女騎士という、先週では考えられないような光景。それはまるでライトノベルの挿絵みたいに思えた。
青い目って綺麗だなーと思わず見つめてしまう。表情は苦しそうだけど。
ちなみにドラニカは出会った時とは違い、甲冑ではなくTシャツに短パンの楽な服装をしている。
まあ異世界にTシャツと短パンなんてものはないだろうからそれっぽい何かなんだろうけど。
「ぐわーーーー!!!疲れたーー!!!!」
「どわああああああああ」
と、おそらく限界になったドラニカが急に立ち上がった!
さすがに虚を突かれた僕は、魔物に襲われた時よりも情けない叫び声をあげてしまった。
「ん?どうした?びっくりさせちまったか?」
「う、ううん。何でもないよ……。」
まさかあなたの瞳を見ていたら急に立ち上がってびっくりしましたとは言えない。
「いやー翻訳しながら本を読むってのは初めてだが案外読めないことはないなー。」
心なしかドラニカが得意げだ。
(まだ半分も読んでいないと思うんだけど……)
ぐーっと伸びをするドラニカに対して僕は心の中でツッコミを入れる。
「なあなあユーキ、読んでるところで気になったところがあってよー。」
「どうしたの?」
僕は自然な笑顔を意識してドラニカの顔を見る。
……この数日、ドラニカと話して分かったのだが、彼女は非常に言葉使いが荒い。
向こうからしてみれば普段通りなんだろうけど、聞き返すときに「あァ!?」と声を出したりする。
さっきのツッコミも、声に出したら絶対に鋭いにらみが飛んでくるはずだ。
僕を助けてくれたし、本の扱いも思ったより丁寧だし、悪気はがないのは間違いないんだろうけど……。僕が怖がりなだけだろうか。
高校になった瞬間成長が止まった僕よりも、頭1つ、いや下手すれば頭2つ高い身長から鋭くにらまれるのは怖すぎる。
向こうが騎士である以上は、腕っぷしでも勝てることはないという事実もそれを助長させる。
命の恩人にそんなおびえた顔を見せるわけにもいかないし、失礼だろう。
そんな風に思った僕は笑顔を心掛けるようにしている。
「この本は学校ってのに通う二人の話、そういってたな?」
「そうだよ。僕も通ってる。この国では僕ぐらいの人間は大体通ってるんだよ。」
「らしいな。だがアタシが聞きてえのはここだ。」
そう言ってドラニカは持っていた本「コイミチ」第1巻の最初の1ページを見せた。
めちゃくちゃ序盤のシーンなのは突っ込まないほうがいいんだろう。
どんなシーンだったかなと本をのぞき込む。
そこでは入学式で主人公――佐藤と、メインヒロイン――桜が出会うシーンだった。
校門前で男女が出会う。まさに王道シーンだ。
「ここでこの佐藤ってのがここで恋をするんだろ?」
「そうだね。佐藤は桜と出会った瞬間一目ぼれするんだよ。物語の始まりって感じでいいよね~。」
「そう!そこが気になった!」
ドラニカはビシッ!と僕に向かって指をさした。
「ならどうしてコイツらは告白しない!なぜ何もせずに去るんだ!」
「男前すぎる!」
僕は思わず叫んでいた!
「あァ!?なんだよ。好きな男女が一緒になる話なんだろ?なら先手必勝だろ!?」
キッ!とドラニカがにらんでいる。
悪気はないんだろうけどなんか怖い!
「いや、そんな戦闘みたいな感じじゃなくて……。」
びくびくしながら答える。もしかしたら異世界の恋愛事情はイケイケドンドンなのかもしれないけど……。
「そういう告白から始まるって感じの作品もあるけど、コイミチは違うんだよ。」
確かに先手必勝で告白するような作品もあるけど、コイミチはじっくりと距離が縮まっていくのを眺める作品なのだ。
「それに何もしてないわけじゃなくって、お互いに目が合う描写もあるでしょ?」
僕は該当のシーンを指さして説明する。
「ここでお互いを意識するようになるんだよー。入学式で出会った二人は、お互い目が離せなくなる。だから一目ぼれとは言ったんだけど気になりだしたって感じでもあって、そこは人によって解釈が分かれる感じなんだけど、これは2人の出会いのパートで合ってお互いを知る前というか、ドラニカの言う通り先手必勝で片方がグイグイ行くような作品もあるんだけど――」
一息でしゃべりながらドラニカのほうを見る。
ドラニカは――本を読んでいた時みたいに眉にしわを寄せていた。
しまった!完全にオタク特有の早口が出てしまった…………。
「えーっと。つまりは一目ぼれとは言ったけど、初対面だしまだ内面を知らないから、告白しないって感じかな……。」
完全に説明が尻すぼみになってしまった。ドラニカにうまく伝わったんだろうか。
「ふーん……。アタシは恋愛とかよくわかんねーけどよー。同じ騎士団の男連中なんて、アタシをの顔を見たらすぐに告白してきたぜ。そういうもんじゃねえのか?」
「うわあ……。」
思わず思ったことが声に出てしまった。
ドラニカ本人は気づいていないのかもしれないけど、彼女はとっっっっても美人さんだ。
異世界のことは知らないから、異世界は美女だらけだと思ってたけどどうやらそんなことはないらしい。
その美貌により、恐らく男社会であろう騎士団で告白されまくりの日常を送ってきたらしい。
……そんな男ばかりの騎士団とか大丈夫なのか?
僕はコホンと咳払いして続けた。
「でも、恋愛までいかなかったってことは、そんな告白には心を動かされなかった……ってことでしょう?」
「ま、そうだな。でもアタシは誰かを好きになったことがねえから、好きになるときはアタシもそんな感じになるって思っただけだ。」
ドラニカはむすっとした顔で腕を組んでいる。
実際そんな環境なら恋愛なんて知らないってのも納得できる話か……。
――さて困った。ドラニカの周りはたぶん特殊な状態だけど、僕だって普通の恋愛なんてよくわからない。
なぜなら僕だって齢16年、彼女どころか恋すらしたことないからだ。
正直コイミチのような奥ゆかしい恋愛がこっちの世界では普通なんだよ!と断言する知識がない……。
どう説明すればいいのか……。行き詰った僕は考えていたことをとりあえず勢いで口に出した!
「だって1巻で一緒になったら話終わっちゃうでしょ!」
一瞬の静寂、そしてドラニカは――
「それもそうか!」
めちゃくちゃ晴れやかな顔をしていた!説得完了である。
いやまあ納得してもらえたらそれでいいんだろうけども、こんなメタ的な考えで納得してほしかったわけではない気がする……。
「ようやくスッキリしたぜ。アタシは昔から本は読まねえし、らぶこめ?ってのはやっぱよくわかんねえなー」
ドラニカはよくわかんないという割には楽しそうに笑っている。
「ま、これから続きを見ればこの関係の面白さもわかるってことか。」
どうやら続きも読んでいってくれるらしい。
いちラブコメ読者としてはうれしい限りだ。自然に笑顔になる。
「うん。読むの大変かもしれないけど頑張ってね。ラブコメは最初から最後まで面白いんだよー。」
「おう!…………いや、読むのが大変ってわけじゃなくてな?やっぱ魔法を使いながら本を読むってのは戦いとは違って頭の別の部分を使うっていうか――」
ドラニカの慌てた様子を見てつい笑ってしまう。
魔物と戦う彼女が必死に本を読むのが遅いことに言い訳をしているのはちょっと面白かった。
それに、自分の好きなものをこんなに意欲的に好きになろうとしてくれる。それだけでも僕の心はあったかくなった気がしたのだ。
まあその結果、ドラニカから照れ隠しに肩を叩かれ,、僕は小一時間悶絶することになるのだが。
――――ラブコメを教える前に、インドア系現代人と異世界女騎士では体の作りが違うことも教えなければいけない気がする。