第弐話 導火線無き爆弾
結局、海軍の予算案は変わらなかった。あれだけの論争を引き起こしても予算案が通ってしまうあたり、どれだけ今この日本という国で海軍が力を持っているかが分かる。
国民の反発を受けながらもこの半年はなんとか耐えたと言えよう。
(はぁ……国政は難しい)
自慢ではないが、私は東京帝国大学を首席で合格しているがこんな難しい問題は解いたことが無いし見た事すらない。なんとも頭が痛い。
私が書類の山を前に頭を抱えているとコンコン と扉をノックする音が聞こえた。
「参謀総長、そろそろお時間です。」
私の補佐官がそう告げた。
もうそんな時間かと慌てて準備する。
「最初から準備しといて下さい。だからいつも遅刻するんです。それに、今日の相手は……」
「分かった、分かった、急ぐよ」
耳の痛くなる補佐官の言葉を軽く受け流しながら準備をする。ピシッと正装を着こなし、胸には菊の紋賞をつける
「どうだ?おかしい所は無いか?」
「全く問題ありません」
「それでは行くとするか」
「参謀総長、大事な資料を忘れています。」
「おぉと、危ない所だった」
いけない、いけないいつもの癖だ
また、補佐官がブツブツ小言を言い始めたが無視して今日の戦場へと向かった。
頑丈なレンガ造りの建物の3階に豪華な造りの会議室がある、普段は閣僚や大臣達の会議室であるが今日は相手が相手な為ここを使う。
豪華な扉の前に顔を知る人物がこちら見ていた。
「遅いぞ、3分遅刻だ」
「加藤高明外務大臣殿申し訳ありません。」
「君も国家を回す歯車なのだから次からは時間は厳守でお願いしますよ。」
お前がグズグズしているせいだと補佐官は私を冷たい目で見る。
その視線を切るように私は豪華な扉の前に立った。
開けなくても分かる、雰囲気が違う。何かに押しつぶされそうだ。
「大日本帝国 外務大臣殿と参謀総長殿がお見えです」
扉番がそう言うと頑健な扉が空き、今日の対戦相手がお見えになった。
その男は彫りが深い顔立ちをしており、スラッとした鼻、そして何よりも鷹をも殺す鋭い目付きをしていた。
「お初にお目にかかります、ベルトヒル長官」
「こちらこそ、加藤外務大臣、そして参謀総長殿」
「それで、オーストリア=ハンガリー2重帝国の外交官のあなたがどの様なご要件で?」
私が本題を尋ねる
「まぁまぁそう焦らないで」
鋭い目付きを刃物の様にキラキラさせていった
「それで、ご要件は?」
私は再度聞き直した。
「釣れない人ですなぁ まぁ良いでしょう」
「単刀直入に言いますと、我がオーストリア=ハンガリー2重帝国は大日本帝国と密約を結びたいと考えています。」
加藤大臣の眉がピクッと上がった
「ほう?それでその密約とは?」
加藤大臣が尋ねる
「密約の内容はこの書類に」
そういって秘書から書類が渡される。そこには、
「相互不可侵、また、貿易協力、軍事資料輸出」
最後の条件を見て私は絶句した。唖然とした顔で加藤大臣を見る。加藤大臣もかなり難しそうな顔をしていた。
「オーストリア・ハンガリー2重帝国がイギリスと交戦した際、日本は日英同盟を破り、オーストリア側につく事を約束」
「えぇ、いわゆる安全保障条約というやつですな」
「そして、3つ目の条件を呑んで頂けるのであれば日本が再度満州へ進出する際に我が国の軍事協力を約束しましょう」
「なに………」
加藤大臣が呟き顎に手を当てる、恐らく彼の頭の中には今後の算段を考えているのだろう。
一つ疑問に思ったので尋ねてみる
「一つだけ質問しても?」
「なんでしょうか」
「貴殿らはまさか世界の半分を支配する大英帝国また、我が皇国が満州へ進出するとなればユーラシア大陸のおよそ半分を支配下におくロシアとの衝突は避けられないのですが、この二国と本気でやり合う気で?」
私がこう言うとベルトヒル長官は笑った
「ハッ、ハッ、ハッ、」
笑っていた長官の目が光る
「私がいつ冗談を?」
急に鷹に睨まれた蛇かの如く私の悪寒が走る
「いえ、」
「1度こちらで持ち帰り検討しても?」
加藤大臣が尋ねる
「えぇ前向きな回答お待ちしてますよ、加藤外務大臣、参謀総長殿」
そう言うと長官は不気味な笑顔で付け加えた
「そうそう、欧州の国々は密約で結ばれていますのでよくよくお考えになって下さい」
「それでは失礼します。」
こうしてベルトヒル長官は部屋を退出した。
残された我々は難しい顔をして座り込んでいた。
こうして今日の戦場ではベルトヒル長官に軍配が上がった