婚約者は可愛くて、優しい。そして時々カッコいい
皆様、お久しぶりです!
はじめましての方はこんにちは!
婚約者は〜、のジストレイン視点を書いて見ました。
追加話などはないです。ご了承くださいm(_ _;)m
僕はジストレイン・ヴァダーフェン。
ここ、ファルージア王国のヴァダーフェン公爵家の長男、つまりは跡取りである。
我がヴァダーフェン家は代々宰相をしている。
要するに、僕の将来は生まれた瞬間から既に決まっていたようなものだ。
僕も別にそれに抵抗は無いし、宰相という職は僕の前世や能力を鑑みても適性があると思う。
将来が決まってしまっているというのは少しつまらないなとは感じたが。
唐突だが、僕は転生者(というよりは前世持ちと言ったほうがいいだろうか?)だ。
前世は日本という国の大学生だった。
大学では世界史を学んでいたため、多くの国が衰退していった理由を研究していた。
それが、僕が宰相に向いているのでは?と考えた1つ目の理由だ。
もう一つの理由は僕のある特殊能力だ。
日本で流行っていたライトノベル風に言うのならばギフト、だろうか?
僕のソレは手書きで書かれた文字が書かれた状況、書いた人間のその時の感情を知ることができる、というものだ。
どんな大きさ、言語でも手書きであれば能力の対象である。
国の中枢を担う者にはもってこいの能力だろう。
しかし、当時の僕は王立学園の生徒。
一応、学園の中では同い年で幼馴染でもある第一王子(もうすぐ立太子予定)の側近候補(という名のパシリ)をしていたが、勿論大事な政務には関われないため能力を活かす場面はないだろうと思っていた。
結果として、その予想は大きく裏切られるものとなった。
その理由は僕の婚約者だ。
僕の婚約者はミルハワード侯爵家の長女、アシュリシア・ミルハワード嬢だ。
彼女とは僕が16歳(王立学園第2学年)のときに婚約を結んだ。
それまで彼女は第一王子キルシュの婚約者候補だったのだが、血が近すぎて法律に抵触するため外された。
ここぞとばかりに父が婚約を申し入れ、受け入れられたというわけ。
僕の能力は彼女との手紙のやり取りで大いに役立った。
初めて会った日、貴族のご令嬢をエスコートするのは当然だろうと思い、我が家の庭園を案内したのだが、様子がおかしかったのだ。
話しかけても何だか気のない様子で心ここにあらずといった感じだった。
だから当然縁談は断られるのだろうと少し残念に思っていたのだけど、予想に反して侯爵家からは、このまま婚約を、との返答。
僕はすぐさまアシュリシアに手紙を送った。
手紙にはお茶会がとても楽しかったことと、次も誘ってもいいかということを書いた。
彼女からの返事は少し硬かったけれど、ぜひ、と書かれていた。
この手紙に僕の能力を使ってみたところ、アシュリシアが心ここにあらずといった様子だったのは単に緊張していたからだと分かってとてもホッとしたのを覚えている。
そこからはトントン拍子で事が進み、無事僕とアシュリシアは婚約した。
僕の性格の影響か、特別感が欲しくて互いでしか呼ばない愛称を決めた。
僕は親しい人からはジストルと呼ばれるから、彼女にはジストと呼んでもらうことにした。
彼女はシアと呼ばれることが多いらしいので、僕はアシュリーと呼ぶことになった。
なかなか直接話したり、一緒に過ごすことはできなかったけれど、仲はとても良かった。
愛称もそれには一役買っていることだろう。
短い時間でも彼女と過ごして、たくさんの手紙のやり取りをして、彼女の純粋な想いに触れて、僕はあっという間に彼女が好きになった。
それはもう、病的と言えるほどに。
前世でも交際していた女性は何人かいたが、全員「重い」と言われて振られた。
だから今世では失敗しないよう、年上で余裕のあって優しく温厚な婚約者を演じていた。
でも、卒業パーティーに彼女と参加したあの日、僕が彼女の前で被っていたすべての猫が剥がされたのだ。
___
卒業パーティーの直前。
僕は国王陛下に学園の会議室に呼び出された。
陛下は先程まで行われていた卒業記念式典、いわば卒業式に来賓として出席していたのだが、パーティーには参加せず帰るところのようだった。
「ジストレイン、よく来てくれた」
「陛下のお呼びとあらば。というか、来ないという選択肢なんて、はなからないでしょう?」
「儂にそんな物言いをするのはのはお前かライネルくらいだ」
ライネルというのは僕の父だ。
つまりはファルージア王国の現宰相。
国王陛下とは幼馴染で学園でも悪友と呼べるような関係だったらしい。
「それでご用命は何です?」
もうすぐアシュリーが来る時間だ。
さっさと終わらせてせてほしくて、僕は本題を促した。
「実は、な。うちの愚息が今日のパーティーでなにか企んでいるようでな」
「貴方の愚息、というのはキルシュ殿下のことですか?」
「いや、キルシュではなくバルクスだ。
何を企んでいるのかまでは流石に分からなかった」
「なるほど。ではその企みを阻止せよ、と?そんなのキルシュ殿下に頼んでくださいよ。僕は貴方の部下でもなければ、キルシュ殿下の正式な側近でもないんですから」
「パーティーに参加する者の中でお前しか頼れない。キルシュは弟に甘い故、なにか重大なことをバルクスがしでかしても最後の最後で手心を加えそうだ。それで王家のスキャンダルなんかになったとしたら…」
「ならバルクス殿下を参加させなければ良いのでは?」
「そうしたいのはやまやまなのだが、バルクスはパーティーの実行委員になっているようで、参加させないというのは無理だ」
王家的にはまさに八方塞がりといった状況で藁にも縋る思いなのだろう。
縋る藁が僕だというのは考えものだが。
「仕方ない。分かりました。この貸しは然るべきときまでとっておくことにします」
「ありがとう。お前たちに借り作るのは猛烈に怖いが背に腹は代えられないからな」
「もうよろしいですか?そろそろアシュリシアが来る頃なんですが」
「ああ、長々とすまなかったな。まぁ、さっきのことは頭の片隅に置いてまずは卒業パーティーを楽しみなさい。改めて卒業おめでとう」
「おっしゃられずともそうするつもりですが、ありがとうございます。御前失礼いたします」
そう言って僕は部屋を出た。
___
陛下に呼ばれていたせいで遅くなってしまった。
アシュリシアはもう着いてしまっているだろうか?
少し不安に思いながら急いで学園の入り口に向かった。
するとすぐにミルハワード家の紋章が描かれた馬車が入ってきた。
どうやら間に合ったようだ。
馬車から降りてきたアシュリーに一瞬見惚れてしまったがなんとか平静を装い挨拶をする。
「こんばんは、アシュリー。わざわざ学園まで呼んでしまってごめんね」
王都の外れにあるこの学園まで、貴族街からは馬車で1時間ほどかかる。
それくらいの時間、体を締め付ける拘束具や重い装飾品を着けてきてくれたことに、前世の感覚に若干引きずられたのか申し訳無さを感じずにはいられなかった。
アシュリーは、
「こんばんは、ジストレイン様。
そんなことおっしゃらないでください。私は婚約者ですもの、呼んでもらえないほうが悲しいです」
と天使のような笑顔を浮かべて言ってくれた。
でも、正式な場だからなのか何なのか普段のようにジストと呼んでくれないのが少々気になったのでついからかってしまう。
「いつもみたいにジストと呼んでくれないの?でも、そう言ってもらえて嬉しいよ。
それはそうと、今日のドレスもよく似合ってる。僕の瞳の色だ。それに…」
そして勿論、アシュリーへの賛辞も忘れない。
着飾った彼女はいつも以上にキレイだった。
僕の瞳の色、天色のドレスは彼女の白い肌にとても良く馴染んでいるし、紫の淡い光を帯びたような黒髪に銀鎖の髪飾りがよく映えていた。
そして何より…
「コレ、着けてきてくれたんだ」
彼女のデコルテ部分を飾る大きな琥珀のペンダントに触れる。
このペンダントは、僕が初めてアシュリーにしたプレゼントだ。
最近はなかなか着けてきてくれなかったため、コレを着けた彼女を目にするのは本当に久しぶりで、とても嬉しい。
「はい。私のお守りですから」
彼女ははにかむようにそう言った。
お守りというのは、僕がコレを渡したのが初めて彼女をエスコートして出る夜会のときだったからなのだろう。
「そんな風に思ってもらえるものを贈れて良かった。過去の僕には拍手を送りたいね。
ああ、だいぶ話し込んでしまったね。中に入ろうか」
緊張しいのアシュリーのために選んだ日のことを今でも鮮明に思い出すことができる。
このペンダントを選んだ僕には本当に拍手を送りたい。
なんて話していたらアシュリーが着いてからもう10分近く経ってしまっていた。
3月とは言えまだ夜は冷える。
アシュリーに風邪なんて引かせられないから、僕はホールへ彼女をエスコートした。
ホールの中で僕達は多くの挨拶を受けた。
この場で僕達以上に位が高いのは王族くらいだから当然といえば当然だが。
色んな人とからお祝いの言葉をもらっているうちにだいぶ時間が経っていたようで、ホールの壇上からこの国の王太子であり、卒業生代表を務めるキルシュ殿下が出てきて挨拶を始めた。
「お集まりいただいた皆さん、今夜のパーティーにご足労いただきまして誠にありがとうございます。
僭越ながら、卒業生代表の挨拶をさせていただきます、キルシュ・ファルージアと申します。まあ、この場で私を知らない方はいらっしゃらないとは思いますが」
わざとらしくて若干ウザイが、なかなか良いつかみなのではないだろうか?
「コホン。
我々卒業生一同はこの国のさらなる発展を胸に、そのために必要な知識、教養、能力を互いに高めあって参りました。
そして今、この歴史ある学園を卒業できたことに大きな誇りを感じています。
私達をここまで見守ってくれた先生方、ご家族の皆様に卒業生を代表して謝辞の言葉を述べさせていただきます。
また、このパーティーを企画、運営してくれた在校生にも感謝しています。卒業生一同よりささやかですがプレゼントを用意しました。各寮に届けてありますので寮母から受け取ってください。
最後に、先程も申し上げたとおり、私達をここまで導いてくださった皆様に多大なる感謝をもう一度伝えさせていただきまして、代表挨拶とさせていただきます」
流石は王族、堂々とした態度で見事に挨拶をしてみせた。
「立派なスピーチでしたね、殿下」
キルシュ殿下が下がって会場にざわめきが戻ってきた頃、アシュリーがそう漏らした。
「アレね、実は毎年同じものを生徒会長だった人が読むことになってるんだよ」
ちょっとからかうつもりでわざと耳元で囁くと、アシュリーはたちどころに顔を真っ赤に染めて黙り込んでしまう。
底意地の悪い僕は彼女を更にからかった。
「あれ、どうしたのアシュリー?顔真っ赤だよ?」
「もうッ、やめてください!」
ちょっとやりすぎてしまったらしい。
涙目になりながら訴えてくる姿になんとも嗜虐心がくすぐられるが流石にやりすぎて嫌われるのは避けたい。
「ごめんごめん。
真っ赤になってるアシュリーが可愛くてつい、ね」
事実を伝えただけなのだけれど更に赤くなってしまったアシュリーを眺めながら頬を緩ませたその時だった。
「仲が良いのは大変よろしいことなんだけど、イチャつくのはパーティーが終わってからにしてくれない?」
声を掛けてきたのは挨拶を終えて壇上から降りてきたキルシュ殿下だった。
「まあ、殿下。この度はご挨拶が遅れて申し訳ありません。ご卒業おめでとうございます」
アシュリーはキルシュ殿下にそう言ってそれはもうキレイな笑みを見せる。
「ありがとう、アシュリシア嬢」
お礼とともにキルシュに微笑まれたアシュリーがポッと頬を赤らめたのを見て嫉妬を覚えるのと同時に大事なことを忘れていた。
「そういえばアシュリー?僕まだお祝いの言葉もらってないんだけど?」
若干拗ねたような声色になってしまったのが少々恥ずかしかったが一度口から出たものは取り消せない。
僕の様子にちょっと首をかしげたアシュリーはハッとした様子で答えた。
「あッ!ごめんなさい、ジスト様!ご卒業おめでとうございます!
ホントはパーティーが始まる前に伝えたかったのですけど、その…あまりにジスト様が格好良くて…お伝えするタイミングが掴めなくて…」
申し訳無さそうにしながらもどこか照れを滲ませた声で、それがアシュリーの本心なのだと分かった。
今日、僕は琥珀やパープルスピネルを模した小物を身に着けている。
それを褒められて、頑張った甲斐を感じるのと嬉しくてどうにかなってしまいそうなのとを必死に取り繕って言った。
「そっか。ならいいよ」
機嫌を直した、という風に聞こえるように声を出したつもりだが大丈夫だっただろうか?
そっとアシュリーの顔色を伺おうとしたところに、一連のやり取りを生暖かい目で見ていたキルシュ殿下が声を出した。
「だからさぁ、イチャつくのは他所でやってってば」
キルシュ殿下に言われるのは気に食わないので僕も言葉を返す。
「殿下もミュリアーナ嬢といればこうなるでしょう」
殿下の婚約者に僕に負けずとも劣らない重い愛を注ぐ殿下にだけは言われたくなかった。
「そういえばミュリアーナ様はどちらに?」
「ミュリアはこのパーティーの実行委員長をしていてね。裏方で忙しいんだよ」
殿下がミュリアーナ嬢にエスコートを申し入れた場面を思い出し、僕は一人笑みを浮かべる。
殿下は委員長だからとエスコートを断るミュリアーナ嬢にしつこく食い下がり、最後はほとんど無視されていた。
その様子を頭に思い浮かべながら、僕は殿下に言った。
「大体、殿下はミュリアーナ嬢への愛が重すぎるのでは?」
「お前には言われたくないよ、ジストル。
ていうか、アシュリシア嬢の前で猫かぶりたいのはわかるけどその慇懃風な態度やめてくれる?はっきり言って気持ち悪い」
全く余計なことを言ってくれる。
少々気に触ったが事実なので否定するわけにもいかず僕は言葉を返した。
「嫌です。アシュリーに嫌われたくないので」
これ以上この話はしたくなかったのだが、アシュリーはそうではなかったらしい。
「ジスト様は殿下の前ではご様子が違うのですか?」
殿下は待ってましたとばかりに話し出す。
「違うとかそういう問題じゃないんだよねぇ。
もうね、纏う雰囲気が氷点下なんだよ。今はさ、なんか爽やかに微笑んでるように見えるけど腹の中では何考えてるか分かんないよ?
アシュリシア嬢の前では猫15匹くらいは余裕で被ってるね。普段はもっとこう…」
殿下がそこまで言ったところで僕の堪忍袋の緒が切れた。
本当に余計なことしか言わない。
僕はアシュリーに正装のジャケットを被せ視界を塞ぐと殿下の周りに大量の氷の刃を出現させた。
勿論、周りに見られたら大問題なので、刃の一つ一つに認識阻害の効果を持たせているから、皆分っていない。
氷刃は特に顔周りに多く。
眼球スレスレに置いた刃には流石の殿下もだいぶ驚いているようだ。
「殿下、これ以上は…ね?」
刃を一層近づけるようにして威圧を強める。
どんどん血の気の引いていく殿下を見るのはなかなか楽しかったが、あまりアシュリーの視界を塞いでおくのも悪いので氷刃を消して微笑む。
無論、それは殿下を安心させるためでは無く、これ以上余計なことを言うなという牽制のためのもの。
それが伝わったのか、殿下は顔を真っ青にしながらブンブンと首を縦に振った。
アシュリーの視界を覆っていたジャケットを取ると、彼女は急に明るくなった視界に目を瞬かせてから、殿下に顔を向け、びっくりした様子で問うた。
「殿下?えっと…どうなさいました?」
殿下が萎縮しきって答えられないようだったから代わりに僕が答えた。
「なんでも無いよ、アシュリー。殿下はスピーチでだいぶお疲れだったみたいだ。ですよね、殿下?」
「そ、そうだね…」
さっきの脅しがだいぶ効いたようで、恐る恐るといった風に殿下は答えた。
その時、アシュリーと殿下の視線が壇上の方へ動いた。
それを追うように僕もそちらへ視線を向けると、そこには件の第2王子バルクスが立っている。
「この場にお集まりの皆様方。あなた方にこの場をお借りしてご報告がございます」
バルクス殿下が言ったその言葉に、パーティーの前に陛下が言ったことが思い出される。
ああ、めんどくさい。
はっきり言ってそれしか頭になかった。
「…ジスト様?」
不安げなアシュリーの声が耳に届いた。
彼女に目を向けると、何だか怖がっているような様子。
「どうしたの、アシュリー?」
普段どおり尋ねたつもりだったけれど、声に苛つきが混じってしまったのを感じ取ったのかアシュリーは余計に身を縮こまらせてしまった。
「なんでも、ない…です」
震える声で返した彼女の顔を覗き込んで、そっと頬に触れる。
「そう?何だか顔色悪いよ?」
怖がらせたのが申し訳なくて、安心させるように後ろから抱き込んだ。
するとすぐに緊張を解いて身を預けてくれるのだから可愛くてしょうがなくて、少し強めに抱きしめてしまった。
本当はずっとアシュリーを眺めていたかったけれど、そういうわけにもいかないので壇上のバルクス殿下に目を向けた。
「この度、私、バルクス・ファルージアは今、この場にいるあるご令嬢との婚約を発表します!」
何が始まるのかと思えば、全く馬鹿馬鹿しい茶番が始まった。
というかコレを王家が把握していないのは問題だろう。
全く暗部は何をしていたんだか。
パーティー会場を大いに呆れさせているのに気づかず、バルクスはなおも話し続けた。
「そのご令嬢とは…、ミルハワード侯爵家の長女、アシュリシア嬢です!」
ヤツの高らかな声が耳に届いた瞬間、僕の中で何かが切れた。
「は?」
喉奥から自分のものとは思えないほど低い声が出たのと同時に猛吹雪が会場を銀色に染め上げる。
キルシュ殿下が僕の周りで何か喚いているけれど無視を決め込んで吹き荒れる魔力の出力を更にあげようとしたとき、ギュッと何かが腕にしがみついてきた感覚があった。
勿論それは僕の腕の中にいたアシュリーだった。
彼女がそこにいることを思い出してなんとか暴走していた魔力を落ち着かせた。
吹雪が止んだホールは見事に白銀の世界と化している。
「…ジスト、様?」
「ごめんね、アシュリシア。怖がらせたね」
僕はアシュリーの震えを宥めるように微笑んだ。
「少しだけ、眠っていてくれる?」
これ以上精神的な負担を掛けないためにも彼女には眠ってもらいたい。
そう思って眠りの魔法陣を手のひらに出現させたけれど、それに目ざとく気づいたアシュリシアに掻き消されてしまった。
「アシュリシア?どういうつもり?」
言い方が悪いが彼女が僕にこんな風に逆らったことなんて今までなかったから少し驚いて口調がキツくなってしまった
アシュリシアは一瞬顔を歪めてから僕に言った。
「…ジスト様こそ、何をそんなに怒ってらっしゃるんです?」
「何を、ねぇ。そんなの一つしか無いよ。あの能無しが僕の大切なアシュリシアと婚約する?寝言は寝て言ってほしいね。…アシュリシアもそう思うでしょう?」
そう言いながら自分の口角が上がっていくのがわかる。
アシュリシアは怯えを含ませた目でそんな僕を見ていた。
僕は感情の抑えが効かなくなってキルシュに言った。
「ねえ、キルシュ。バルクス、殺してもいい?いいよね?」
「良いわけないでしょ!」
被せ気味に言われた答えに納得がいくわけもなく、僕はなおも言い募る。
「でも、あんな能無しこの国に残しておいても大して役に立たないよ?」
「それでも、だよ。アレでも一応王族なんだ、俺はたかだかアイツごときのために有能な自分の側近を失くしたくない」
どうやらキルシュは本気で僕のことを思って言ってくれているらしい。
その言葉の裏には、弟を僕から守りたいという意図がありありと浮かぶけれど。
しょうがない、ここにはアシュリシアもいるのだ。
あまり氷をそのままにして彼女に風邪を引かせるわけにはいかない。
そう思ってバルクスを囲んでいるものだけ残してホール中の氷をかき消した。
さて、ではゆっくりバルクスに制裁をするとしよう。
キルシュは僕を止められない。
さっきキルシュはバルクスを殺すことだけを止めた。
裏を返せば殺さなければ良いということだろう?
彼とはもう長い付き合いだから僕がどれだけアシュリシアを想っているかも理解しているし、彼女が僕の逆鱗だということもよく分っているから。
せめて命だけは、という風にでも考えてのことだろう。
そう考えてから、いちばん大事なことを思い出した。
アシュリシアに今からのことを見せる訳にはいかない。
「アシュリシア、今から僕がバルクスにすることを君には絶対に見てほしくない。だから、もう一度お願いするね?ほんの少しの間だけでいいから、大人しく眠って?」
さっきのこともあるから、幼子に言い聞かせるような口調になってしまった。
それが彼女にも伝わったのだろう。
怒った様子で答えが返ってきた。
「嫌です!私は、今からジスト様がバルクス殿下に何をするのか見る権利があると思います!たとえあなたがどんなことをするにしてもこの目で見る権利が!!」
そう僕に言い切った彼女の手は可哀想なほど震えていた。
「でも、震えているよ?アシュリシア。
僕はもう君を怖がらせたくはないし、それに何より今から僕がアイツにすることを君が見て、僕から離れていってしまうのではないかと思うと僕も怖い。
無理して見る必要は無いし、見てほしくない。それでも君は見たい?」
できれば見ないで欲しい。
アシュリシアが僕の二面性を目の当たりにして離れていってしまうのは怖い、ならいっそのこと力ずくで眠らせて眠らせてしまおうかとも思うがそれで嫌われるのも怖い。
本当に僕は臆病なのだ、とアシュリシアとともにいると思い知らされるのだ。
しかし、それと同時に彼女の言うとおりでもあると思う。
今、彼女に僕の本当の姿を隠したら、これから先もずっと隠していくことになるだろう。
それを苦だとは思わないが、そうして彼女をずっと欺き続けることができるかと言われれば否だ。
僕は腹を括って、体の震えを必死に隠して明確に「はい」と答えたアシュリシアに言った。
「分かった。じゃあちゃんと、一瞬たりとも目を離さずに見ててね」
___
コツ、コツ、と僕の靴音がダンスホールの中に木霊する。
今、この場には僕とアシュリシア、キルシュ、そしてバルクスしかいない。
先程の吹雪騒ぎのせいでパニックに陥った貴族たちをキルシュが持て余した魔力をもってして眠らせ少しだけ記憶の改変をしたあと、それぞれの家に帰したからだ。
バルクスのもとに近づきながら無詠唱でいろんな魔法を構築をしていると、僕に向けられていたアシュリシアの意識が他に向いたのが分かった。
どうやらキルシュが話しかけたらしい。
気に入らない。
それを咎めるようにひときわ高く靴音を鳴らして歩を進めれば、聡明な彼女は勿論それに気がついてすぐに意識を僕に戻してくれた。
バルクスのもとに着くと、彼は寒さで屍のようになっていた。
つま先で刺激してみてもほとんど反応が無いから、しょうがなく僕の友人を呼んだ。
「水明、来い」
声にした瞬間に背後から水明が現れる。
彼(いや、彼女?わからないからとりあえず彼と称することにする)は僕の家の魔力の化身。
白銀の竜の姿をしていて、前世の人気カードゲームで某学生社長が使っていたカードを彷彿とさせる。
「水明、人が死なない程度の熱湯をこいつにぶっかけて」
水明にそう言えば、彼は勿論そのとおりに動いた。
意識が戻ったバルクスは、目の前の僕と水明を見て、声にならない悲鳴を上げたあとしてはならないことをした。
アシュリシアの方へ、助けを求める様に手を伸ばしたのだ。
すかさず僕は準備しておいた氷の剣を手に出現させて、その腕を切り落とす。
断面からは血が吹き出し、周りに赤い血溜まりを作った。
バルクスは大音声で喚き散らした。
「うるさいなぁ」
ダンスホールであるため、ものすごく声が響いて鬱陶しい。
口を塞ぐため、緩慢に手を振ってバルクスの顔を水で覆った。
息ができずに藻掻くバルクスを見るのは大層面白い。
苦しくなってきて口を開けるも、入ってくるのは当たり前だが空気では無く水。
大量の水を飲み込むが、むせる事もできず、苦しさは増すばかりだろう。
藻掻くバルクスを見ていたら、水明が耳元で小さく鳴いた。
そろそろ危険だ、と知らせてくれたようだ。
顔を覆う水を消すと、バルクスは激しく咳き込み倒れ込んだため、前髪を掴み上げ無理やりこちらを向かせ、問う。
「ねえ、何で僕のアシュリシアをお前なんかの婚約者にするなんてほざいたの?」
答えは無い。
僕はあまり気が長い方では無いため、苛つきを隠さず言った。
「早く答えてよ。時間がもったいない」
バルクスはそれでも答えない。
焦れた僕は氷の剣でもう一度バルクスを斬りつけると、痛みに暴れだした体を水明に押さえさせて首筋に刃を当てた。
そこから流れ出した血を見て、やっと正気が戻ったのかバルクスは一気に話しだした。
「アシュリシアに一目惚れしたんだ!この世で最もきれいな女だと思った。俺の隣に立つのが相応しいって。でも、何度訴えても父上も母上も納得しなかった!血が近すぎるとか、アシュリシアには婚約者が…とか、俺とアシュリシアが結婚できない理由はこのふたつだけだしかない!
それに、俺たちは愛し合ってる!アシュリシアはいつも夜会で会うと俺に微笑んでくれる!それは、アシュリシアも俺を愛してるってことだろ!?愛し合ってる男女が…」
「はあ、もういい。聞いてるだけ無駄だ。
さっきから黙ってれば、アシュリシアがお前のことが好き?愛し合ってる?そんなわけ無いだろ?
いい?アシュリシアは僕の婚約者だよ?だからお前のことを好きなるはずも、お前と愛し合う余地もない。だからお前にアシュリシアの名を呼ぶ権利はないよ。
あともう一つ。お前は救いようのないバカだね。国王陛下と王妃殿下の説明をよく聞かなかったんだね。お前とキルシュ、アシュリシアは再従兄に当たる。この国の法律で決まっている。親族とは結婚してはならない、と。再従兄弟は6親等、つまり親族に含まれるからお前とは結婚できないとしっかり伝えてくれていたはずなんだけどなぁ」
この国は法治国家だ。
たとえ王族でも法を覆すことなどできない。
そんな事も分からないとは、一体王家はこいつにどんな教育を施したのだろうか?
「でもッ!!」
なおも言い募ろうとするバルクスに心底呆れたため息が思わず出た。
「キルシュ、もう我慢の限界。やっぱりこいつ殺してもいいよね?」
「駄目って言ってるでしょ!?ジストル、落ち着いてよ!ああもう、ジストルになんか言ってあげて!?」
「えっ…と、ジスト様?」
「なあに、アシュリシア?」
さっきまでの姿を見ていたのに掛けられた声に含まれていたのは急に話を振られたことへの困惑だけ。
それに嬉しさを感じていたら、アシュリシアはとんでもないことを僕にお願いしてきた。
「その、バルクス殿下とお話してもよろしいですか?」
アシュリシアの言葉に、バルクスが目を輝かせたのが分かって苛立ちが再燃するが、僕がアシュリシアのお願いを断れるわけがない。
変なことを彼女にできないように、後ろに回って刃を首筋に添えた。
少しでも彼女に命乞いなどすれば、すぐに首を掻き切ってやる。
「バルクス殿下、はっきり申し上げさせていただきますと私は貴方に好意を抱いたことなど一瞬たりともございません。
貴方は、夜会の際私が貴方に微笑みかけたとおっしゃいましたがそれは不敬罪に当たることですので致しておりません。一体どこからそのような妄想が生まれたのでしょう?」
アシュリシアの問いに答えようとバルクスが動いた。
それが気に入らなくて刃に力を込めたら、アシュリシアに咎めるように名を呼ばれてしまい、渋々刃を離した。
「しかし、アシュリシア!おま、君は僕のことを…」
アシュリシアがお前などと呼ばれるのは腹立たしい。
再び首筋に刃を当てると、バルクスは怯えて言い直すと言葉を続けようとした。
しかしそれを遮ってアシュリシアが言う。
「先程も申し上げましたとおり、ほんの一時も貴方を想ったことなどありません。
それに、直接お言葉を交わすのは今日が初めてではありませんか?」
「それは君が恥ずかしがって…」
「僕とは話せるのに、君とは話せないなんてそんなおかしな話は無いよ、バルクス」
堂々巡りしそうな会話に割って入ったのは、今まで空気のようにしていたキルシュだ。
流石に実の兄であり、この場で最も高い地位にいるキルシュに言われてしまえば為す術もない。
バルクスはまだ納得できていない様子だったが後ろにいる僕が怖いのか、もう何も言わなかった。
___
数日後。
パーティーの一騒動の顛末を聞くため僕の家を訪れたアシュリーと話をした。
バルクスのこと、水明のこと、そして僕のこと。
彼女は僕の話を聞いても何も言わず受け入れてくれた。
彼女が謝ることなど何もないはずなのに、僕の考えを踏みにじった、と謝られてしまった。
そんな姿にまた惚れ直してしまったのは僕だけの秘密だ。
その後はいつものように二人でまったりと過ごした。
好きな人といる時間というのは桜の花のように儚いもので、一瞬にして過ぎ去ってしまい、彼女を帰す時間になってしまう。
アシュリーを侯爵邸へ送り返す馬車の中、僕達は一言も発さず、ふたりきりの時間を噛み締めた。
あっという間に馬車は侯爵邸に到着し、アシュリーは馬車を降りた。
「わざわざ送ってくださりありがとうございました、ジスト様」
優雅なカーテシーとともに言われた礼に頬が緩んだ。屋敷の中から彼女の姉代わりの侍女が出迎えに来たのが見えた。
これは丁度いい。
「どういたしまして。あ、アシュリー、ちょっとこっちに」
僕の言葉に素直にこちらへ来たアシュリーの手を取って引き寄せ、その小さな口に僕の口を押し当てる。
ビックリして固まってしまったアシューを眺めていると自然と頬が緩んでしまう。
「じゃあまたね。アシュリー。次会えるのを楽しみにしてるよ」
僕はそれだけ言って侯爵邸をあとにした。
このことはエルネが使用人に広めてくれるだろう。
屋敷中から生暖かい視線を一身に受けるアシュリーには申し訳ないが、もう少し僕を意識してもうためにはしょうがない。
これからのことを思ってクツクツと喉を鳴らす僕が乗った馬車は、馬の軽快な足音を貴族街に響かせながら帰路を辿った。
前作同様お楽しみいただければ幸いです!
ブクマ、評価は作者が泣いて喜びます。よかったらやってやってください!