5
※5
―――― 一夜明けて。
朝日を浴びながら目覚めた俺は、4本足を突っ張りつつうーんと身体を伸ばして、バランスを崩すと高い所から地面に落ちた。
ドスンッ痛いーーーー、地面を左右にゴロゴロと悶えながら俺は痛みを我慢する。
涙目で立ち上がった俺の前にあるのは、広葉樹のような広めで白い葉っぱが茂っている巨大な木。(そうだ昨晩は……)
子犬の俺が夜をウロウロ歩くのは危険だし、お腹もすいたなぁと等と考えつつ首都を目指して草原を進んでいた時の事。途中でこの木に出くわして俺は、木の上で寝れば安全だなと肉球スキルで登ったのである。
木の高さは20m位、幹も太いと登るのは少し大変だったが、登った先には木の実が生っていた。下へ落ちないように気を付けつつ枝の上を歩いて、端まで行くと赤色でリンゴより丸い球状の果物が目の前にぶら下がっている。
得体の知れない物を食べるのはどうかと思ったが、匂いは美味そうだった。よしなら食べようかと思うもちょっと大変、人間なら手を伸ばして届く高さにある物もだな、子犬の俺が手に入れるのは一苦労なのである。
少し考えて覚悟を決めた俺は助走して大ジャンプ。エイヤッと木の実に噛みついて枝からもぎ取った俺は、華麗に枝の上へと着地して頂きます。
(美味いぞーーーーこれ)肉質は桃、柑橘系の味で、薄皮ごと食べられる。
木の実を食べ終えた俺は(もっとないかなぁ……)と、辺りを探して2つ、3つと食べていきお腹が一杯になった所で丸くなるとお休みなさい。
――――そんなこんなで木の枝から地面に落ちた俺は、肉球スキルで普通に歩くようにもう一度同じ木に登っている。目指すはこの木に生っている果物、要するに此れから朝ご飯を食べようと言うのだ。
木の実を幾つか腹に入れてから地面に降りた俺は、後ろ足を挙げて木の根元にシャーーーーーー。落ち着いた所でホワイトスティグマに向いて歩き出す。
陽気だなぁ、楽しいなぁランランと俺は、春先の暖かい日の光を浴びながら草原をテクテクと歩いて行く。ここから目的地まで一体なん㎞あるのか、子犬の足で2時間は掛かるであろう長いお散歩である。
日本では中々お目に掛かれない広大な草原地帯、自然が一杯で道路も無く、美味しい空気を胸一杯に吸い込みながら進んで行くと……
【突然だがスライムが現れた!】
うん、そうなんだ。異世界転生のお約束、草原を進んで行くと何かカサカサと近くの草が揺れるので振り向いてみたら、そこにスライムさんが一匹這っていた。
(スライムと言うかナメクジ? かな……)
初モンスターが進んできた道には一本の草も無く、ゼリー状をした体内には消化前の草とか虫が幾つか浮いている、こいつは何でも食うらしい。(どうしよう)
スライムはサッカーボール位のサイズで、地面を這いながら俺の方に寄って来る。自慢じゃないが俺は【攻撃スキルを一つも持ってないぞ!】、異世界転生にあるべきユニークスキルとか伝説の武器も貰えなかった。(神様が悪いんだ)
スライムは最弱のモンスターなので子犬でも楽に倒せる筈。(頑張ろう)
俺が行動に迷っているその間に、スライムは目と鼻の先にまでやって来る。どうやら俺を餌と判断したらしく、半球状の青く澄んだ体からウネウネと触手を伸ばして、戦闘態勢を整えつつあった。
「ワンワンワンワン」(俺は強いんだぞ! 怖いんだからな!)
毛を逆立てつつ牙を剥いたら相手をギット睨みつける俺、可愛い子犬が吠えている様に見えるかも知れないがこっちは必死なんだ、うん。じっと相手の隙を窺うように俺はスライムと睨み合い、(先制攻撃だ!)と駆け出したらその横に回り込んでガブリ。
【ハッキリ言って物凄く不味い!】
【スライムは生暖かい腐りかけのゼリー味だった!】(オエーーーーー)
噛んでいるスライムから口を離すと、直ぐに後ろへ飛んで俺はモンスターから距離を取った。不味い上に伸びてきた触手攻撃を躱す必要があった訳で、俺が全力で噛みついたのにスライムは平気なのかプルプルしている。
(早くも詰んだかな? 逃げようかなぁ、神様のアホーーーーー)
最弱のスライム、それもたった一匹から逃げると言うこの屈辱。いちゲーマーとしてあり得ない判断であるが、俺はただの子犬、可愛い可愛いワンちゃんである。
(ふざけろよおい!!)
ウネウネーズリズリッとスライムが這い寄って来る、走れば簡単に逃げられるだろうがプライドが許さない。(何かいい方法は無いかな?)と辺りを見回してみるが、視界に入るのは草、草、小石、棒きれ。(子犬の俺には使えねぇーーー、あっそうだ!)
神様から貰った物があるのを思い出した俺は、首輪に付いている【七星ペンダント】に前足を当てながら「ワンワンワーーーン」と吠えてみた。
(ゴッドチェーーーーーーーンジ)しーーーーーん、反応が無くて恥ずかしい。
(なんで変身できないんだよーーーーーーーー)
「ワンワンワーーーン」(ゴッドチェンジ!)「「ワンワンワーーーン」(ゴッドチェンジだって言ってるだろーーーーーーー、ああそう言えば……)
(魔王か怪獣クラス以外には反応しないんだっけこれ。どうしよう逃げる? もう逃げるしかないな、うん。よーしそうと決まれば)
「ワンワンワーーーン」(子犬の逃げ足を見せてやるぞーーーーーーーー)
ふははははは(やけくそだ)、走って走ってスライムを振り切ったら、【野犬レッドが現れましたーー!】って感じ。
(わーーーーーん泣きたいよほんと)
野犬はシェパードの様に厳つい顔で筋肉質な体つきだ。俺より数倍大きなオス犬は(あれが付いている)、毛のない茶色い肌をして剥いた牙のある口から涎が垂れている。
(群れで狩りをしたりするのかなこいつ? それは止めて欲しいなぁ)
モンスターの頭上にはLVとEP欄があって、それぞれLV5、EP600と表示されている。能力は知らないがEPがあるという事は、最初のスライムと違って野犬は魔法が使えてしまうという事だ。(そんな殺生な)
「グルルルゥ」(美味そうだなお前……)と野犬が喉を鳴らして牙を剥く。
(おお、犬の言葉が分かるぞ俺!)
「ワンワンワンワン」(可愛いだろ俺、見逃して貰えないでしょうか?)
お座りをして尻尾を振り振りと野犬レッドにアピールをしたら、「ガウォウ!」と大きく吠えられて俺はビックリする。(心臓が止まるかと思った)
「ワンワンキャンキャン」(見逃してくれたら都市から御飯を貰って来てあげるので、どうか食べないで貰えないでしょうか?)
「ガウガウガウッ」(ゴチャゴチャうるさい)
子犬が睨み返しても迫力はなく、背を向けて逃げても100%追い付かれる、(ちくしょーーーーーーならこれでどうだ!)
「ワンワンキューンキューン」(俺は不味いですよ、体が小さくて喰い応えが無いですからね、子犬を虐めて恥ずかしいと思わないんですか?)
犬と言えばこれ、ひっくり返って服従のポーズ。
「キューンキューン」と子犬らしく泣いていたら
「ガルルルルル」(そのまま動くなよ、美味しく食ってやるかなら)と、野犬は俺の側に寄って来て牙の付いた口を開いてくる。鋭く尖って痛そうな歯、口臭が酷いから磨いた方がいいぞと思いつつ、死にたくない死にたくないと考えていたらある事を思いついた。
「ワンワンワン」(此れでも喰らえ、マーキング!)
ひっくり返りながらジョーっとおしっこをする俺、失禁した訳ではなく此れはスキルである。死ぬほど恥ずかしくて、液体が身体に掛かるが気にしていられない。
「ガウガウガウッ」(何だこいつ臭ーーーーーーーーーーー)
(お前に言われたくねぇよ!)
どうやらスキルにはちゃんと効果があったらしい。
【マーキング:聖水効果でモンスターが一定時間近付きません。】こうなのだ。
EPを50消費しつつ黄色い液体を辺りに撒いたら、野犬レッドは俺から10m位離れつつ恐ろしい目で睨みつけてきた。
マーキングは撒いた所にしか効果がなく、ここから離れると俺は襲われるので一歩も動けなくなってしまう。撒き散らしながら進む訳にもいかず、少し考えて閃いた俺はもう一度マーキングした所へ寝転がると、ゴロゴロしながら体へ聖水を擦りつけた。
すると視界の隅へ突然、『システムアナウンス:スキル、マーキングバリアーが解除されました。』と、表示されて俺は使えるスキルが一つ増えた。
「ワンワンワンワン」(これなら喰えないだろ、諦めたらどうなんだ)
「ウーーーーーーーー」
低い声で唸ってきた野犬は、簡単には諦めてくれそうにない。このスキルだけでは不安だがこのまま立ち止まっててもしょうがないので、聖水の効果を信じて城塞都市にまで進む事にする。(都市に入ればモンスターは追って来れない筈だ)
長い長ーーーーーーーーーい逃避行。
野犬レッドは本当にしつこかった。時々マーキングバリヤーを掛け直しながら、草原を歩いている俺の後ろを付かず離れずと、一定の距離を保ちながら付いて来る。
長々と歩いていると1匹が2匹に、3匹が4匹にと増えて行き、群れとなって追い掛けて来るのだがどうしたものか。(俺はそんなに美味そうに見えるのか?)
チラチラと時々後ろを警戒しながらテクテクと、棍棒を持ったスケルトンさんも引き連れて長時間(大体6〜8㎞ぐらい?)を歩くと城塞都市が見えてくる。(あーーあれがスラム街なのか)と俺は直ぐに理解した。
水堀に囲われた城塞都市の前には鉄柵に囲われた広い土地がある。
布テントが敷き詰められていて、安っぽい服を着た人達がウロ~ウロ~と、徘徊しているちょっと近づきたくないこの一帯。ここを守るように兵隊さんも居るので、治安は意外といいのかも知れなかった。
スラム街の入り口には鉄門があり、鎧を着てライフルを持った兵隊さんと側にある監視所がここを守っている。その人達の所へトコトコ近づいて行くと、
「モンスターの襲撃だーーーーーーーーーーー」と兵士の一人が大声を上げた。
ハーフメイルの背中に、ベルトで掛けてある長くて痛そうな鉄の筒。叫んだ兵士さんはそれを素早く前に回すと右手で銃身を支えつつ、左手でトリガーを引いてダダダダダと警告せずに撃ちまくっていく。
(なんか悪い事をしたような気分になるが、兵士はこれが仕事だよな?)火薬の炸裂音で耳が少し痛くて、よく訓練された兵士が掃射する姿を(銃を撃つのって初めて見るなぁ~~)と俺は下から見上げている。
「数が多いぞ応援を呼んで来い!」
そうなのだ、何故こうなったのかこっちが聞きたい位だが、俺に付いて来たモンスターは何と12匹も居るのである。しかもだ
(兵士は格好いいなぁ、モンスターなんてイチコロだ……)等と思いつつ、振り返って先頭にいる野犬レッドを見ると、ライフル弾の攻撃に耐えているではないか。
(えーーーーーーーーーーーーーーーーーー)と俺は驚きを隠せない。
口を開いて目も開きつつよくよく観察して見ると、茶色い肌をした筋肉質な犬の前方になんか透明な幕の様なものが発生している。(あれがEシールドか凄いな、さすが異世界転生だ燃える展開ーーーーー)等と冗談をやってる場合ではない。
ダダダダと撃たれる銃弾(5.45㎜弾かな?)を透明な盾で防ぎつつ、口を開いた野犬レッドは何か炎の塊のような物を、俺達の方へと撃ち返して来たのだ。
(たったLV5のザコモンスターが装甲車並みに凶悪だ……)
野犬レッドのEPが少し減りヒュルヒュルーと、俺達を目指して飛んで来る野球ボール位の火の玉。(わーーい初めて魔法を見たーーー)等と尻尾を振ってはいけないぞ。
「フレイムボールSなんか俺に効くかよ!」
俺の側で銃を撃っている勇ましい兵士さんは、野犬レッドと同じように右手を前に伸ばしつつ「Eシールド!」と盾を展開する。
なんか攻撃魔法がそのシールドに触れると、ドカーンと爆発が起きて(手榴弾1発分ぐらい)ビックリした俺は、兵士さんの後ろに回ると尻尾を丸めてガタガタガタ。
(しようがないじゃないか! 俺は元事務員で平和ボケした日本人なんだから)
【(過激すぎだろ神様! モンスターハンター、怪獣の相手とか無理だって! 異世界転生なんかしたくなかったーーーー)】
この世界はしゃれにならない。
監視所から飛び出した兵士は応援を呼びに行き、門を守っていたもう1人が最初の1人と協力し合いつつダダダダダとアサルトライフルを撃つ。
モンスター軍団も負けてないぞ! なんせ数が多いのだ。
野犬レッド×6、俺達の前で横一列に並んだこいつ等は、銃弾を防ぎつつ口からフレイムボールSを次々に吐いて来る。
ドガンドガンってここは戦場か!
(ヒエーーーーーーーーー)と俺は兵士の足元で震えている訳だが、その後ろに陣取る棍棒を持ったスケルトン4匹は、左手を前に付き出すと「〇×◇」とか髑髏を動かして何かしゃべりつつ、氷の塊のような物を俺達の方に向けて撃ちだし始めた。
「氷耐性は持ってねぇーーーーーーー」
「耐えるんだジム、俺達が逃げたら門を抜かれるぞ!」
氷魔法はアイスボールSとか言うらしく、スケルトンのLVはたったの8で、戦っている一般兵士にLVとかステータスバーは無い。
LVで強化できるのは、王族・エインヘリアル・エリート軍人の特権であり、一般人は神族であっても魔力は高くないとHELPに書いてあった。魔力が弱くてもそこそこの魔法が使えるのは地球人には羨ましい所。
「直ぐに応援が来るからそれまで耐えるんだ! うぉぉぉぉ」
(モンスターと戦わなくてよかったぁ)+(大量に引き連れて来てごめんなさい)と言う2つの思いが俺の中でクロスする。序でに(俺は勇者候補なのに……)とか神様を恨んだりしたりもして、混乱した頭は(兵士に任せて逃げよう)と結論付けた。
可愛いワンちゃんなんか戦場に居ても邪魔になるだけ。(うんうん)
12ー10=残りは2体、こいつ等はもっと強そうだ。(LV15だし)
厳つくて立派な鳥、美味しそうだなぁとか思えたりもする軍鶏タイプだが、熊並みに大きくて迫力がある相手。そいつらはスケルトンの後ろに並んでいる訳だけど、嘴を開くと目を光らせつつピカッと何かを撃ってきた。
「鳥レーザーだ!」
「シールド弱では耐えられない、貫通がーーーーーーーーー」
(なんだと、わーーーーーーーー)
気付いた時にはもう走りだしていた俺、(御免なさい、御免なさい)と兵士さんに心の中で謝りつつ、その後ろにあるスラム街に向けて猛ダッシュ。
逃げて行くその道すがらで俺は、「今夜は焼き鳥パーティだーー」等と叫びつつ、全力で走る複数の兵士とすれ違う。(此れなら門にいる2人も安心だ)と、安堵した俺は迷わずスラム街へ逃げ込んで行くのだった。
さて……
非日常的なバックミュージックを聞きつつ、ここまで来ればもう安心だなと足を止めた俺は、戦いの音を聞いてザワザワしている通りから、少し外れた所に移動して辺りをグルリと見回してみる。
正門から直進して来たここはどうやら商店街になるらしく、通りの奥には城塞とそこへ通じる橋があってスラム街の中心になるようだ。
商店街と言っても建物は無くて、代わりに使い古された布テントが並んでいる。その下には敷いた布の上に商品を並べて売ったり、巨釜で怪しい動物を煮ていたりとか、中古の銃火器まで売る人達もいて品揃えは豊富なようだった。
「加勢に行った方がいいんじゃないか?」(スラム街の人からこれを聞いてまず驚く)
「警報が出て無いし大した事ないだろ。それより……」
戦い慣れしているのか、門の方を少し気にて立ち上がったおじさんは、座り直すとテーブルの上に置かれたチェス盤のナイトを持って移動させる。
俺は今どこに居るか? 人の流れの邪魔にならない様に寄った道の端にある、木のテーブルの側でお座りをしているのだ。
チェスをして居るのは人間ではない、青くて手足が8本あるタコ星人と、顔がバッタの様な昆虫人間らしき人が向かい合っている。EPとレベルが表示された頭上のステータスバーに首輪が表示されているので、彼らは俺と同じエインヘリアルだ。
「なぁ本当にほっといていいのか?」
「気にすんなって、相手は怪獣じゃないし兵士だけで十分だ」
「そうだな、じゃあこれで……」
吸盤の手と三本爪がチェスをするのを横目に見つつ、通りを眺めていると沢山の人種が行き交っていく。エルフ顔、ドラゴニアン、ワニ頭に猿顔、仔馬に子ライオン、人(多分パートナー)の頭に乗った鳩。
(適当過ぎるだろ神様……)→彼らは皆エインヘリアルである。
いい加減な転生システムと違って統一されている物もあり、それは彼らが着ている安い麻布で作ったぼろっちい服。LVが高かったり低かったり、なんでスラム街に居るんだと首を傾げる様な人もチラリホラリと居たりした。
「若しかしてお前は新人か?」
(通りを眺めているだけで楽しいなぁ……)
「お前だよお前、机の側にいるただの子犬」
「ワンワンワンワン?」(何か用ですかって? 通じる訳無いか)
黒い鼻先を持ち上げながら相手に聞くと、黄色い複眼をした昆虫人間は下を見ながら同じ質問を繰り返してきた。
「ワンワンワンワン」
話は通じないだろうなと思いつつ、昨日空から落ちて来たばかりですって言うと、昆虫人間は頷きながら「そうか俺はカマキリンって言うんだ、宜しくなただの子犬」って何と話が通じてしまう。
「ワンワンワン?」(どうして言葉が分かるんですか?)
「動物言語の翻訳スキルを持っているからだ。友達になろうぜ」
いきなり信用するのもどうかと思うが、俺は一応快諾していおく。
「これからお前はどうするつもりだ?」
「ワンワン」(それはえーーーーーと)
……アネラスの居場所を2人に聞いても知らず、頑張ってレベルを上げて……とか目標らしきものを言ってみると彼らは揃って
「止めとけ止めとけそんなの苦しいだけだ」「神の言いなりにならずにスラムでのんびり暮らした方が楽しいぞ」と手を左右に振りながら主張してくる。
(スラム街にいる人だしなぁ、それでもいいかも知れない)
この2人のLVはそれぞれ60を超えているが、強そうなのにやる気0、弛んでブヨブヨしているタコ人間とか歩くのも辛そうだ。(太り気味)
「怪獣ハンターは超ブラックの仕事なんだ」
「ここに転生するとか運が無いなお前……」
怪獣さんは神様が話していた通りに魔王より強くて、倒すために必要な装備とか飛行戦艦の維持費にめちゃくちゃ金が掛かる、ハイ々リスクでローリターンな仕事らしいとかこの2人は俺に教えてくれた。
「それでもさぁ……」
誰かに褒めて貰えればまだ頑張れるが、魔王と戦う勇者と違ってこっちは底辺。無くても困らない仕事、怪獣さんのお肉は嗜好品だからそういう風に扱われ、能無しはいらないとか〘体育会系がーーーー幅を利かせているーーーーーー真っ黒な職場。〙
「俺達はエインヘリアルなんだよなぁ」
〘何があっても死ねません、病気になったら首を吊って即復活、過酷な怪獣さんとの戦いに容赦なく放り込まれてひたすら戦うバラ色の人生。〙(聞きたくない々……)
「はぁーーーーーーー、それでも昔はさぁ」
長い溜息を一つ吐き、澱んだ眼をするタコ人間は過去を振りながら、机に載っているケースから葉巻を一本取りだして口に咥える。
タコ人間のクラケンとか言う名前の人は、葉巻に火を付けると大きく吸って身体に悪そうな緑色の煙を吐き出しつつ、
「昔はみんなやる気に溢れて頑張っていたんだよ」と遠くを見ながら呟いた。
「もう160年も前の話だろそれ」
「そうなんだけどさぁ」(長生きなんだなみんな)
「ワンワンワンワン」(160年前に何かあったんですか?)
「詳しくは自分で調べなこのミーティアにはな……」
《昔は惑星全体を支配するように、5つの城塞都市と1つの宇宙要塞があって、何千万人という人とかエインヘリアルが頑張って働いてました。
【魔神機械竜ヘルカイザードラゴン(略してヘル・ドラゴン)が現れるまでは】》
「あれは魔神族がやったに決まってる」
「証拠はねぇけどな……」
《怪獣さんのお肉はめっちゃ美味い!(と2人は断言する)で、その肉を寄越せーーと魔神族達は頻繁にここへ盗みに来て、昔は神族とよく喧嘩をしていたんだそうだ。
で何かあったのか知らないがある日突然、惑星ミーティアの環境をコントロールするシステム(聖機竜マザードラゴン)が大暴走し、怪獣達と組んでクーデターを起こす。怪獣達は狂暴だが脳に埋め込まれたチップの所為で、マザードラゴンの命令には逆らえず怪獣ハンターは今ほど大変では無かったらしい。
【クーデターを起こした怪獣軍団は恐ろしく強かった。】(数千頭もいる!)
怪獣は個々が魔王クラスで、そこに暴走したマザーが操る防衛兵器群が加わると神族と大戦争になって此れに、今がチャンスだーーミーティアを乗っ取るぞーーーと魔神族が参戦して、惑星全土を巻きこむ宇宙戦争になった。》
「あの戦争こそ本物の地獄だった」
「毎日万単位が死んでいったな……」
戦争は2年半年近くも続いて複数あった城塞都市は、ここから見えるホワイトスティグマだけになる。そしてあれこれ交渉した結果、惑星ミーティアはヘル・ドラゴンが管理する事となり、怪獣ハンターは条約で決められた少数の怪獣を狩って、細々と商売をする情けない集団になってしまったらしい。
「昔は神様の言われる通りに宇宙中へ毎年、千数百万tの肉を供給してたんだぜ」
「それがどうだ今や数十万tと激減してしかも……」
「怪獣達は昔より遥かに強くなりやがった」
「ヘル・ドラゴンが改造してるからなんだが、やってられねぇぜったく。怪獣1匹は約2〜3万tだから毎年20~30頭程しか倒してない計算になる」
「伝説の勇者様にヘル・ドラゴンを倒して欲しいなぁぁ! さぼり過ぎだろ彼奴ら」
チェス盤が載せられたテーブルには、お酒の入った瓶とコップも載っている。コップに注ぐのが面倒なのかカマキリンさんは瓶を持って、尖った口に当てるとグビーーっと一気飲みをしていった。
「仕事が無いから人が集まらないっ!」と酒を飲みほしたカマキリンさんは、ドンッと瓶をテーブルに突きつつ文句を言う。
「集まらないから廃れていく」
緑色の煙を吐き出して空を見上げるクラケンさんは何だか虚しそうだ。
「昔は40以上あったハンタークランはなぁ」
「今やたったの3つで風前の灯火なんだぞ。余りにも儲からねぇから魔神族も手を出してこない忘れられた惑星。つまりだな」
「「ここで真面目に働くのはただのアホだ!」」
(そんなに迫られても困るんですが……)
聞かない方がいいような話を大人しく聞いていると、前の二人は終わりに真顔で俺を見つめながら力説してくる。
「ワンワンワンワン」(怪獣を倒さない皆さんはどうやって生活をしているんですか?)
「草原に普通のモンスターがいたろ。奴らを狩って手に入れた素材を加工したり」
「ヤバい商品を密かに作ってだな悪い事は言わねぇ、ここで一緒に仲良く暮らさねぇかただの子犬? 犬一匹位なら面倒を見てやれるぞ」
「働かずに一生遊んで暮らすんだ。悪くない話だと思うんだが……」
(ただの子犬、子犬ってステータスバーに書いてあるから、そう呼ばれているんだけど何となく面白くない。あっ)
クラケンさんの青い触手が横から近づいて来たので、俺は慌てて後ろにジャンプしてそれを回避する。
「ワンワンワン!」(何をするんだ!)
「逃げなくてもいいじゃないか」
「お前には勿体ないってそれ。俺達の仲間になろうぜいいだろ?」
(勿体ない? もしかして七星ペンダントの事かな、ええいこの)
前の2人がじっと見つめてくる物に気が付いた俺は、「わんわんわーーーん」(お断りしますーーーーーー)と逃走を開始した。
「どこに行く」
「まちやがれーーーーーーーーーーーーー」
逃げて逃げて逃げまくりーーーー、楽しい異世界転生だなぁ。
逃げ切れたのは奇跡か、それともあの2人の体が鈍っていたおかげなのか、よく分からないが兎に角あいつ等から逃げ切った俺は、スラム街の西端の方までやって来た。特に考えてないが自然と足がこっちの方へ向くのである、その理由とは……
グゥーーーーーーーーーーーーーーー(腹減った)
お金は持ってないし、中央通りに行くとあの2人に見つかります。朝に果物を幾つか食べてからずっと走ったり歩き通しで、体力の余りない子犬の体は悲鳴を上げており、何かお腹に入れないと倒れてしまいそうだ。
で、こっちから何だかいい匂いがするなぁと俺は西に進んでいる。
(おおこれは!)ここはエインヘリアルではなく、本物の鳥、ブロイラーがケージに居れられて沢山飼われている所だった。その隣にはアヒル小屋もあって美味しそうに丸々と太った鳥達が……って俺には無理。
生を食うなんて冗談じゃない(犬としては正しいのか?)し、小屋の前には怖そうな番犬が陣取っていて近づけなかった。肉は無理だが諦めるのもまだ早く、小屋の隣には畑が広がっていて色んな野菜が植えてある。
俺は右を見てから左を見た(誰も居ないよな)、耳をピンと立てて周囲の音をよく聞きながら、匂いを嗅いで辺りを警戒し慎重に畑へ入って行く。
まず近くにあったキャベツを一囓り。(美味しくない)
(こんなんじゃなぁ……)果物が食いたい人参でもいいぞ。何かないかぁと辺りを見渡しながら畑の畝をトコトコと歩いた俺は、やがて地面に棒を立てて野菜を育てている所までやって来た。
棒に巻き付いた蔓から生えているのはキュウリとかトマト。「今日の昼御飯はこれにしよーーーーーー」っと、ぶら下がっているそれらに噛みついた俺は、枝から引き千切って地面へ落すとガツガツ食べて行く。
野菜ばかりで不満だが味が良くて形もいい、ここの農家は作るのが上手だなぁ……と夢中になって食べている俺は、自分が何をしているのかを忘れていた。
思い出したのは「ワウォン!」と何かに吠えられてからになる。
食べるのに集中して周囲の警戒を疎かにした俺は、いつの間にか黒と茶色2色の毛がある大型犬に睨めつけられていた。
(どうすればいいんだこれ……)
牙を剥いて体を低くし戦闘態勢へ、恐ろしい番犬に今にも襲われそうな俺は尻尾をを巻いて怯えながら、「キューンキューン」(許して下さいーー)と鳴いてみる。
「ガルルルル」(俺の畑を荒らすとはいい度胸だな)
「キューン、キューン」(お腹が空いていたんです、御免なさい許して下さい)
「ガウガウガウッ!」(俺も丁度腹が減っていた所なんだ)
「ワンワンワーーーーン」(ちくしょうマーキングバリアーーーー)
俺が取れる対抗策はこれしか無く、スキルを発動させて空から黄色い液体を浴びるもモンスター以外には通じないのか、相手は無視して一歩ずつ近付いて来る。
(このままではたかが犬に人間様が……、俺はエインヘリアルなんですけど!)足は震えているが立ち止まっていても喰われるだけ。
「ワンワンワンワンワン!」
心を鼓舞して尻尾と毛を逆立て子犬なりに相手を睨んで、牙を剥いた俺は吠えるのだがその健気な反骨精神は、「ワウォン!」と大声で吠えたシェパードのような犬に、いとも容易く吹き飛ばされてしまう。
(これは駄目だーーーーーーーーーーー)
背を向けた俺は全力で猛ダッシュ。
「ワンワンキャンキャン」(誰か助けてくれーーー、喰われるーーーーー)
「ガウガウワウォン!」(逃げるな黙って喰われろ!)
「ワンワンワンワン」(喰われて堪るかぁ)
直線で走ると直ぐに追い付かれるので俺は、キュウリやトマトが生っている棒の隙間をを潜り抜けながら、ジグザグに走って走って走り続ける。
シェパードは大きいので、茂っているツタの間を通り抜けられない。これなら逃げられると俺は思ったが、一匹では難しいと踏んだシェパードは、「ワウォーーーン!」と遠吠を発して味方を呼びつける。
すると騒ぎを聞きつけた2匹目の犬がやって来たり、麻布の服を着ている農夫までが参加して俺を追い始めた。
「ワンワンワーーーーーーーーン」(神様お助けーーーーーー)
困った時の神頼み、俺にはもうこれしか残ってない。だがあの神達が俺を助けてくれる事はなく、走り回って疲れる頃には取り囲まれてどうにもならなくなっている。
「どこの犬だこいつ?」
「飼い主や親犬が見当たらないし、野良じゃないのかこいつ?」
「ガウガウガウッ!」(俺に喰わせてくれ!)
「グルルルゥ」(美味そうだなぁこいつ)
前門のシェパードに後門のブルドッグ、人間に待てを命じられた犬達は舌なめずりをしながら俺を見張っている。
「キューン、キューン」(許して下さい、見逃して下さいーー)
人間と獰猛な犬に囲まれておろおろしている俺。(おっ)少しして首筋を捕まれた俺はひょいっと持ち上げられて、人間の顔と向き合う事になった。
「見た事のない犬種だな」(ここに柴犬はいないのかな?)
俺を捕まえたのは鍬を持ったガタイのいいおっさんで、(人間ってこんなに大きいんだなぁ)と思いながら、吊された状態から尻尾を振って媚びてみる。
「キューーン、キューーン、クーン、クーン」
「どうするのそれ?」
「此奴らの餌にする」(ふざけるな!)
「キューン、クーーン」(許してくれーー、助けてくれーー)
「そんなの可哀想だよ、まだ子供じゃない」
(そうだその通りだぞ!)
抗議してくれるのは農夫を手伝っていたらしい女の子。頼みの綱はこの子しかいないと悲壮感を込めつつ、子犬らしい可愛い瞳で俺は彼女をじっと見つめていく。
「幾ら子犬だってなぁ……」
甘えた声で泣き続ける俺、命懸けなので恥ずかしいとか言っていられない。
「家には余分な犬を育てるゆとりはないし、大体こいつはエインヘリアルなんだぞ」
「えっそうなの?」
(なんだ? なんか急に女の子の態度が変わったぞ……)
「エインヘリアルならしょうがない」
「そうだね。もう悪い事をしちゃだめだよただの子犬、神様の所に行ったらそこでしっかり反省してきなさい」(そんな冷たい!)
「じゃあなただの子犬」ポイッ
(うぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーー)
「こいつ使えねぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ただの子犬じゃしな」
「パートナーに逃げられてますし、ちょっと酷すぎますね」
正面の石像から聞こえる不愉快な神様達の声。気が付くと俺は転生の儀式とは違うらしいだだっ広い石畳の上に青白い魂として浮いていた。
「◎♪○×△□☆〒!!!!!」
「ただの子犬じゃ戦えない何とかしろだと?」
「それも運命です」
「その話はもう済んだ筈だ。話しをする前に復活するがいい、RPGの醍醐味であるぞ」
「△□★☆〒?」
「前回と同じように水晶玉へ触れれば良いのだ」
人魂なのに話が通じるこの不思議感。黄金の台に載せられた水晶玉があちこちに置いてあってその一つに体を重ねると、どんなカラクリなのか元の子犬へ戻ることが出来た。
「ワンワンワンワン! ワンワンワワンワンワワン! ワンワン……」
「煩いぞ犬ーーーー」
「分かった、分かったから」
「少し落ち着いて話しなさい」
俺の前にはドラゴン、三角帽子のおじいさん、女神像と、前回と同じく3体の石像が並んでいて頭に来ている俺は吠えて吠えて吠えまくってやった。
「まず復活システムについて説明しておく」
「エインヘリアルの復活には制限がねぇから、何回でも好きなだけ死んでくれ。首つりに飛び降りとか切腹や焼死体って、普通は出来ない貴重な体験をやりたい放題だぜ」
「悪ふざけは止めなさい! 死に戻りには4時間+αが掛かります。頭上でカウントしてるタイマーがそれですよ」
黄金の台の側には全身鏡も置いてあって、それに子犬の体を映してみると確かにタイママーが時間をカウントしていた。
「市に戻り先として選べるのは、死んだ各惑星の神殿かワープポインドだけです。復活時間を縮めたいのなら金や魔宝石などを捧げて神に祈りなさい」
「ワンワンワンワン」(神は見返りを求めない筈では?)
「エヘン! コホン! 何か言いましたかただの子犬?」
「そうやって都合の悪い話しを誤魔化すのは、神としてよくねぇなぁーーーーーーーーーーと俺は思ったりするんだが、キララちゃんはどう思うよ?」
「向こうで話しましょうかゴーチャン」
ゴズウィル様の挑発をアテナイ様が受けるとドゴーン、バリバリ、ドッカンドッカンとか派手な音が聞こえて部屋が震え始めた。
【神様がこうやって喧嘩をするのは良くないと俺は思う。】
「あの2人は無視して我の話を聞くがいい」
「ワンワンワン」
思う所はあるが3人目の神様に言われたので、静かにお話を聞く事にする。
「この話は知っておるかの?」
エインヘリアルと同じく契約したパートナーも不死身になるが、パートナーの復活はエインヘリアルとは少し違った特殊な形になるそうだ。俺は何度死んでもいいがパートナーが死ぬと、英雄ランクが下がって色々と困るらしい。
「パートナーを守れん、犠牲にするようなエインヘリアルは儂らに必要ない。分かるかただの子犬? 死者であるお主よりパートナーつまり神族の住人が優先されるのだ」
「ワンワンワンワン」(分かりました)
(何だか面倒だなぁ、パートナーに後方支援をして貰えばいいのかな?)とアネラスとの関係についてあれこれ悩み始めると
「心配しなくてもいいぜ、TPSがあるからな」とドラゴンの石像が言う。
「秘技! 惑星落としーーーーー」
「惑星を投げるとかどんだけ怪力なんだよババァ! ブラックホールシールド」
(ただの言葉遊びだろ? 本当にやってる訳無いよな……)
ズゴーン、バゴーーン気にしない、気にしない、部屋がガタガタ揺れたけど気にしたら負け。天井とか壁には窓があって外が光ってるけど、どこで何をしているのか神様の姿は見えないので考えても疲れるだけなのだ。
「ワンワンワン」(TPSって何ですか?」
「詳しくはHELPを読めばよいのだが……」
「エインヘリアルがTPSって唱えるとな、パートナーとエインヘリアルの立っている位置が入れ替わるんだぜ」
「パートナーが攻撃を受けそうになったら、エインヘリアルが盾になって代わりに攻撃を受けてあげなさい。これを【ヒーロー道】と言います」
「戦闘以外でもTPSは謎解きとか使い道が多いんだ、泥棒したアネラスと入れ替わればハッピーになれると思うぞ」
「彼方という神はーーーーーーーーーーーーーー」
ドンガラピッシャーーン、天井が突如光ったと思ったら雷の轟音が鳴り響いた。
「TPSはモンスターや敵と戦う前に訓練して、使い慣れておくがよい」
「ワンワワンワンワンワワンワ」
「いやだからその件についてはだな。まぁ少しぐらいなら……」
「特別なスキルとか伝説の武器を支給するなんて、チート行為は大禁止です!」
オーディナル様が何か言い掛けると、何かはぁはぁ言ってる女神像が割って入る。
「ただの子犬じゃスライムにも負けちまうぞ」(どうやら平気だったらしい、さすが神様)
「何か1つ位は渡してもよいと思うのだが」
「能力を持たない普通の人間が、努力に努力を重ねて強くなる事に意味があります。あなたは既に七星ペンダントを貰っていますし、いいですかただの子犬……」
私は俺ツエーとか、ただの凡人が異世界に転生した瞬間に、超絶的な力を手に入れたとか言うチート能力が大嫌いです。あ言うのを見ているとムカムカして、ふざけた神や作家に説教してやりたくなるんですよ! だって。
(気持ちは分からなくも無いが対象にされる側はなぁ)
「聞いていますかただの子犬! ああ言うの小説やアニメばかりを見たり読み続けたりするから、勘違いして人間が歪むんです」(その通りだな)
「剣を握った事さえないど素人をじゃな、身勝手な理由で召喚して凶暴なモンスターと戦わせようと言うんじゃ。あの者達には特別なものを貰う権利が……」
「あ・り・ま・せ・ん! エインヘリアルとして魔法が使えるだけでも特別ですし、そう言うのは格好良くないんです。神が特別な力を授けるのなら死者ではなく、今襲われている現地の誰かへその力をばら撒いてあげるべきでしょ」(正論だ)
「ぬぅーーーーーーーーーーー」
「それだと退屈凌ぎにならないじゃねぇか。エンターテイメントってのはな……」
「人が強くなるには時間が掛かるのが普通です。本当に強くなりたいのなら10年でも20年でも、【修業に修業を重ねて強くなるのが美学!】と言うもの。ちょっと偶然に力を手にして英雄になりましたーーーとか、世間を舐めてるとしか思えません」
「理想と現実は違うものじゃ。お主が望むような下から多大な努力で上ってきたイケメンクールで優しく、歌って踊れる都合のいい正義の勇者など、滅多に現れるものではないと言うかあり得ん。現れないのならそれらしい者を儂らの手で作り出さねばならぬ」
「そんな紛い物が何の役に立つって言うんですか!」
「現実に戻って来いよババァ」
「なんですってーーーーーーーーーーーーーーー」
いつの間にか止まっていた戦闘が、また再開されそうな雰囲気になってくる。(要するに俺はだだの子犬として逃げ回るしかないのかな? 嫌だなぁ……)
「まぁ余り気にせず気楽にやるがよい、魔王と戦っておる他と違ってミーティアでは別に頑張らなくても良いのじゃ。最弱のスライムから始めてコツコツ10年、いや30年もあれば幾らお主と言えども、それなりに戦えるようになるであろう」
「ワオーーーーン」(えーーーーーーーそんなぁーーーーーーーー)
「アネラスにどうにかして貰いなさい」
「あーーーーーー思い出した事があるぞ」
《LVアップに必要な経験値を手に入れるには、戦闘に参加しなければならないが攻撃スキルのない俺は【戦闘に参加できない】のだ。》
「つまり経験値を得られるのはパートナーだけになるのじゃな」
「そんなのはただの子犬だけじゃないでしょ」
「たしか以前、問題になったことがあったぜ……」
ゴズウィル様曰く、戦闘経験値を得られない運の悪いエインヘリアルが、世界に絶望して悪落ちから魔王になったレアケースが存在するらしい。
「そう言えばあったのう」
「その後どうなりましたっけ?」
「いっとき大議論になったが、他のエインヘリアル全部を調べるとか無理。彼奴は運が悪かったんだ俺らは困らないしほっとこうとか何とか……」
「確か、対応出来ないエインヘリアルが悪いという結論になったのじゃ」
(なんと言う無責任……)
「ただの子犬は七星ペンダントを持ってるよな」
「悪落ちされると困るのう」
「だからどうしたと言うのですか!」
「ちょっとこっちへ来るのじゃアテナイ……」
1時間が経ち、2時間が過ぎ、俺が復活する前に話を纏めて欲しいなぁとか地面に丸くなってうつらうつらしつつ、沈黙する神像達が再び話し始めるのを待っていると、3時間目を過ぎた頃にようやく語り始める。
「起きておるかただの子犬? 儂らの話をよく聞くがよい」
「神に感謝しろよ、ほんと運のいい奴だなぁお前は」
「いいですかただの子犬、此れからはですね……」
なんか神様の方針が変わったらしくて、攻撃スキルが全くない場合には何か一つだけ攻撃スキルが貰えるようになるそうだ。
「ただの子犬に与える攻撃スキルは何がいいかしら?」
「聖技サウザントクロスレイ、∞爆弾とか?」
「最強の技なんか無理です。ああこれにしましょう、えーーーーい」
女神像がこう言って光りだすと、何だか俺の体も光って新しスキルが手に入った。
「あなたにミニブレスのスキルを授けました。このスキルはですね……」
前方50㎝位の範囲に炎とか雷、冷たい息を吐いたり出来る弱いスキル。種族特性によって吐けるブレスは変化するそうで、俺は口から炎を吐ける様になってしまう。
(こう言うスキルって……)
「吐いてる奴が一番危ないよなぁ」
「彼方が言いますかそれ? 火傷とか凍傷は無視しなさい魔法ですからね」
「此れならスライムも怖くないのじゃ」
「番犬に喰われることも無くなりました、神に感謝するんですよただの子犬」
「儂からはこれを授けよう」
「ちょっと!」
「口止め料じゃよ、そら」
魔導士の像が光るとカランと俺の前に空から何かが振って来る。パット見た時はなんか気持ち悪かったがよく見るとそれは、鋼色をした犬用の入れ歯みたいな物だった。
「それは鋼の牙だ、前足で触れると装備できるから試すがよい」
(大丈夫かなこれ?)と思いつつ前足で触ると、『勇者システムが鋼の牙を装備するかアイテムBOXに入れるか』と視界の隅にアナウンスを入れてくる。人間なら普通に出来る事だが動物族とかには、難しい事なので親切な設定だ。
装備するボタンを押すと鋼の牙が口に装着されて、全身鏡の前でアーーンって口を開くとギラリと光る金属の歯を見ることが出来る。Sペンダントを触って装備欄から解除を選ぶと、俺から外れた鋼の牙はカランと口から地面に落ちた。
「装備の仕方は分かったかの? もう文句は無いじゃろうな」
鋼の牙を付け直しながら「ワンワンワンワン」と俺はお礼を言う。
「うむ、では復活時間が過ぎるまで暫くここで待つがよい」
4時間まであと少し、特にする事もない俺は床でゴロゴロしながら、時間が過ぎるのを待ってホワイトスティグマに復活した。