6. 楽園での暮らし 6才
6才の誕生日。
私とロウは、図書館に入り浸っていた。
誕生日で嬉しいことといえば、なんといっても新しい本が解禁されることである。図書館は新しく読めるようになった本だけ並ぶようにカスタムして、どれだけあるのかを見てまわるのがとても楽しかった。
図書館にいる時、ロウはあまり興味なさげだったもののいつもやたらと付き合いがよくて、ごろごろしたりくっついてきたりしつつ大人しく私の気が済むまでまで待っていてくれた。
たまに服を噛んでひっぱって、外に遊びに行きたいと誘われる時もありはしたけれど。
その頃、私には悩みの種が二つあった。
一つ目は、大人になった後の身の振り方について。
神たるもの、イチから創世するか、既存の世界の一部を担当する歯車になるか。
大方この二択である。
既存の世界運営の仲間入りをする場合、私は海を司るし便利な目もあるので、結構重宝される部類らしい。
いわば手に職がある幹部候補、と言ったところか。
何も経験がなく仲間もほとんどいない状態での創世は、無謀である。
創れたとしても何もない平地か海だけがひたすら広がる、生き物も住めず豊かさとは縁遠い世界になるだろう。
大地とか木々とか空とか太陽とか、それぞれの分野での神々や精霊が揃ってこそ、豊かな世界ができるというものなのである。
ちなみに祖父は超ド級の器用さで、維持管理はともかく創造するだけなら、海に限らずあらゆるものに精通しているらしい。
お前もやればできるようになると言われたけれど、苛烈な指導を受けることになりそうな予感がしたので、海以外に関してはとりあえず遠慮しておいた。遊ぶ時間の確保はとても大事だ。
それに、祖父はいつも分体を作って同時活動しなければならない程忙しいようだったし、それは彼が何でもできてしまうが故だろうと思ったからというのもあった。
まずはどこかの複合世界の運営に参加して経験を積み社交をしつつ、折を見て独立するのが賢明だろう。
その時はそんな風に考えていた。
5才までは外界についての運営情報は開示されていなかったのだが、6才になったことでそれらの資料が開示されていた。
それらをざっと見ていきながら、今年はこれらの資料を重点的に確認していくことにしようかと考えていた。
二つ目の悩みごとは、ロウのことだった。
彼は一向に言葉を喋りたがらず、学ぶことにも興味を示してくれなかった。
動物たちの間では少しずつ喋ることが浸透しつつあって、ぶーさんなどはかなり流暢に喋れる上に、簡単な魔法を習得し始めているほどだった。
けれどもロウにとっては、私と一緒にいることが何よりも大事のようだった。
私に対して心も時間も全振りしてしまい、それ以外のことはいらないし興味もないというように毎日を過ごしていたのだ。
今はよくても、これから先もずっと同じようには暮らせない。
同じ場で働ける程度の能力を持てなければ、いつも隣にいるのは難しくなる。
喋らなくても武闘派な仕事はこなせるかもしれないが、そもそもロウは気が優しくてそういうのも向かなそうだ。
(私も残念ながら運動センスはほぼない、一応頭脳派である)
それらを噛み砕いて話してはみたものの、今ひとつうまく伝わらなかった。
『ずっと一緒にいようねって言ったでしょ? おれも一緒にいたいから、ふたりとも一緒にいるつもりなんだから、ずっと一緒にいられるでしょ?』
おそらくはこんな認識で、首を傾げるばかりだったのだ。
……残念ながら、そうはならないのに。
私のエゴなのだとは思った。
どんな形でもいいからとにかく一緒にいられればいいと思っている彼と、パートナーとして対等に隣にいてほしいと思う私は、この時点でかなりすれ違っていた。
それでもこのままいけば、周囲は彼を私の愛玩動物としか捉えないことだろう。
関係性など自分たちだけが分かっていればそれでいい、とはならない。他者の認識というものは、気にしないだけで済ませるものではない。否応なしに影響を受けるものだ。
これから先の身の振り方、ロウの学習意欲の向上、周囲にも認めさせられる関係づくり。
これらについて参考になりそうな本をひたすら読み漁った。
すると、前から気になっていた”魂を結ぶ婚姻”に関する記述を見つけた。
私の父母も祖父母も、契約の方ではなくその魂を結ぶ婚姻をしたらしいのだが、これまでは制限があってその方法を知ることができなかったのだ。
内容を以下に大まかにまとめる。
・魂を結ぶ婚姻は、“愛の境地”に至った者が執り行うことができる
・双方の心からの合意がなければ、結ばれることはない
・魂を結ぶと、常に相手の感情を心の裏側(すなわち背)に負うこととなる
※感情が筒抜けになり、隠すことはできなくなる可能性が高い
※感知できる度合いは個人差がある
・常に魔力の受け渡しを行う状態となるため、寿命も共にする
※片方の寿命が尽きる状況であっても、片方の寿命が残っていれば両方生きられる
※ただし片方が死に至った場合、もう片方も死に至る
・両名が望めば、いつでも婚姻を解除可能(片方だけでは解除不可)
この記述を読むまで、私は父も母と同じく私に「与えすぎたから」亡くなったのだと思っていた。
だが、二人揃ってそこまで思い詰めることがあるのだろうかと疑問にも思っていた。
ここで初めて、父の死は母の死に引きずられたものだったことを知った。
同時に、当時の自分にとっては物凄く恐ろしい懸念が生まれた。
自分を庇護してくれている祖父は、病でいつ命の火が消えてもおかしくない祖母と魂を結んでいる。
つまり、自分のこの暮らしは、いつ失われてもおかしくはないということだ。
頭を抱えて読み耽っていたところ、かなりの時間が経過していたらしかった。
私の様子が変わったことを察知したのもあったのかもしれない。ロウがいいかげん帰ろうというように私の背中に頭を押し付けてぐりぐりしてきた。
その可愛さに我を取り戻しつつ、今後の身の振り方は早めに考えた方がいいかもしれないと結論づけて、図書館を出る支度を始めた。
せっかくだから、ロウが好きな綺麗な絵本でも借りていこうかと帰りがけに探したところ、ちょうどいいものが目につき手に取った。
その絵本のタイトルは、”楽園”と書かれていた。
一日で得た情報量の多さに疲れたため、家に帰った後は何もする気になれず、早めに寝台に入った。
どしたん? というようにこちらを伺うロウの横っ腹に顔を突っ込んで、思う存分モフモフした。まさに癒しの塊である。
眠りたくとも、頭はまだくるくる動いていた。
こんな日がいつまでも続けばいいのに、と思った。
けれども、自分もロウも周りも常に変化していく。何かしら行動し続けなければ、現状維持すら難しい。
与えられただけのものは、いつ取り去られても文句は言えないのだから。
選択肢が多いということは恵まれているということだ。そこから考え選び行動し、何かを得ていこう。
そんな結論に至ったところで、耳をぴくぴくさせながら寝入っているロウに頬を寄せて、私も眠りについた。
※複合世界…複数の神々が協力して創世・運営している世界のこと
※なお楽園と地球は複合世界です