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2. 楽園での暮らし 0才

 祖父に手を引かれながら、レンガを積み重ねられてできた質素な佇まいの家のドアをくぐった。

 部屋の奥には暖炉があり、パチパチと小さく火が燃えていた。そばには小さなテーブルと椅子、それとロッキングチェアがあり、ショールを羽織った人が何やらカップやお菓子を準備してくれているようだった。


「いらっしゃい、お飲み物は何がいいかしら。甘いココアはいかが? それともお茶の方がいい?」

「無理をしてはいけない。私がやるから、椅子にかけて待っていておくれ」


 祖父はその人の手をとり付き添って、柔らかそうなクッションの置かれたロッキングチェアに腰かけさせた。

 私もその後ろを付いて歩き、その様子を眺めていた。


 祖父と同様に老いた姿をしていた。皺がれた手の指がとても細くて、見ているだけで心配になった程だった。

 絶妙なバランスでなんとか形を保っているだけで、少しでも触れたらそこから崩れてしまいそうな心を抱えた人。

 そんな状態であってもーーとても美しくて優しい人。そんな風に感じた。

 祖父は、その人が私の祖母だと言った。


「……分かるだろうが、病に罹って久しいのだ。不用意に触れないこと、無理をさせないことを気をつけなさい」


 私はこっくりと頷いて、テーブル横の椅子に座り、祖父が差し出したココアを受けとった。

 祖母が、マシュマロを浮かべてみてはどう? と勧めてくれたのでやってみると、甘いココアの上でマシュマロが蕩けて美味しかった。

 足元では狼くんが、何それおいしい?おいしい?くれる?? と言うかのようにつぶらな瞳で私を見上げながら尻尾をふるふるさせていた。可愛い。


 ココアを飲みながら、祖母がぽつぽつと漏らすように話すのを聞いた。

 私の両親が亡くなってしまったことは、とても悲しかったこと。

 防げなかったことを、他の誰よりも私に対して申し訳なく思っていること。

 それでも……私が生まれてきてくれたことが、とても嬉しいということ。

 だから思い詰めないでほしい。貴方は自由に生きていいのだ、と。


「辛いことを、辛いまま終わらせてはいけないわ。ちゃんと幸せに繋げていくのよ」


 この時も言っていたが、これは祖母がいつも、噛み締めるように繰り返した言葉だった。

 長く病に苦しんできた祖母が、自分にも言い聞かせてきた言葉だったのかもしれない。


 その日から、私と狼くんは祖父母の家で暮らし始めた。




 祖父母の家で暮らし始めてから数日経った、ある日のこと。


「……何をしている?」


 仰向けにごろんとしている狼くんのお腹のモフモフに顔を埋めていたところ、祖父が胡乱げな目でこちらを見ながら話しかけてきた。


「ちゅーしてる」


 定期的に口づけして力を補給するなり加護を与えるなりしないと、ほっといたら消えてしまうじゃないか。

 何言ってるの? というような目つきになっていたらしい。祖父は細くため息をつきながら私の頬を指でつついて、それからいいことを教えてくれた。


「存在を安定させたいのなら、”名”を与えなさい」


 なんでも名を与えると、それが魂同士を繋ぐ回路となって、わずかながらも常に魔力を供給することができるようになるらしい。ほとんど無意識下で行えるし、逆に意識すれば供給を止めることもできるそうだ。

 ただし、お互いの魂に多少なりとも影響があるので、みだりに行ってよいものではないらしい。そして、対象の合意がないと名は与えられない。


「きみ、なまえほしい?」


 狼くんに問いかけると、全力でしっぽをぶん回している。可愛すぎる。

 合意ととってもいいのか分からないけど、とりあえず与えてみて受け取ってもらえればいいのだろうか?


「”名”をあたえるって、どうすればいいの?」


 親から貰った知識の中には方法がない。

 どうやら両親とも、誰かに名付けた経験はなかったらしい。


「まず自分が名乗りを上げて、決めた名を名付けると宣言すればいいだけだ。作法にこだわる者もいるが、そこは自分の好みでよい」


 なるほど、名乗りを……。

 と、初めのところですぐに(つまず)いた。

 私には、まだ名前がない。


「じいさま、わたしに”名”をくれる?」

「それも考えていたが、性質が似通い過ぎているところと真逆なところとで、正直なところあまり相性が良くない。私が名を与えると、窮屈な思いをすることになるだろう」


 何でも私は、祖父の力に飲み込まれるような、圧迫されているような感覚を覚えるだろうとのことだった。

 力の方向性がほぼ同じで親和性があれば反発もないのだが、似通っている部分の他に真逆の性質も持っているせいでそうはいかないらしい。


 ちなみに、各々の性質をざっくりまとめると以下のようになる。


 〜〜〜

 ■祖父

 司るもの:海、知

 力の性質:冬、昼

 特質:真実の()(魂の情報を得られる)、愛(精神の境地・到達点)


 ■祖母

 司るもの:家、炉

 力の性質:夏、朝

 特質:???(病に関連するもの)※この時点では伏せられていた


 ■私

 司るもの:海

 力の性質:夏、昼

 特質:真実の()(魂の情報を得られる)


 ■狼くん

 力の性質:春、夜

 特質:魅惑のモフモフ(じゅるり)


 〜〜〜


 なお、力の性質の分類方は各個人によって異なるらしいが、祖父は春夏秋冬で分類していた。

 細かく説明すると長くなるので端折るが、大雑把に言うと振るう力や性格の温度感が各季節に応じる感じである。四季のある日本に在住している方々にはなんとなく分かることだろう。


 春は芽吹き。新しいことやきっかけを作ることなどが得意。

 夏は育み。既にあるものを更に発展させること、教え育てることなどが得意。

 秋は実り。十分に成長したものを見極めること、人材確保などが得意。

 冬は眠り。保存や保護すること、熟成させること、癒すことなどが得意。

 一応はざっくりだが上記の傾向を持つと言われている。

 ※注:個人差があります 

 ※生まれた季節は関係ありません


 ……ということで、夏の性質以外は、私はがっつり祖父似なのである。

 力の性質も冬であれば、祖父に名をもらっても問題なかったようだが、ここがネックになった。


 それじゃあ、名は自分で勝手に決めるしかないのかな?

 父母の名前をもじって適当なのをこさえようか、などと思っていたら、祖父が何やら小さな封筒に入った紙を取り出して、私に手渡してきた。


「此処ではないところで暮らしている私の子が、名付け親を買って出てくれた。十分に信頼に値することは私が保証するから、名を受けてみないか?」


 かさりと二つに折られた紙を開くと、そこには『ルリ』と書かれていた。ごく短い名だ。

 異界の地、その祖父の子がその当時暮らしていた国の言葉で、深い青色の宝石を指すらしい。

 私が祖父の目と同じ深い青色の目をしていると聞いて、その名を選んだと書き添えられていた。


 音も意味も気に入ったし、私は二つ返事で名を受けることに決めた。

(名を受けた後で魂の繋がりから違和感を覚えた場合、返上することもできると聞いたこともあり)


「『ルリ』とおなじところのことばで、“狼”はなんていうの?」

「……オオカミ、またはロウと読むようだな」


 ロウ、という言葉を舌の上で転がしてみる。

 ルリと同じ二文字で、最初の音もなんとなく似ている。


「じゃあ、きみのなまえ、『ロウ』でどう?」


 狼くんに尋ねると、おん! と元気よく吠えた。ある程度は分かっていたのだろうか。賢くてとっても可愛い。

 そうして、その日から私は『ルリ』に、狼くんは『ロウ』になった。

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