10. 界渡り、名付け親との邂逅
世界とは何ぞや。
げっそりしながら地球に向かう道中で、後見人は饒舌にそんな講釈を垂れ流していた。
「世界とは、神々の視点では一般的に、”一定の規則が定められた空間”を指す」
世界を歩くことができる。
それは何故か。
土を固めてできた地があるから。それらは足を絡め取らない。
他にも色々とあるが、世界ともあれば少なくとも最低限それくらいは定義されているのが通常だ。
「対して、今いる”世界の外”である亜空間は?」
ーー土を作って、敷き詰めて固めて地を作らなければ、歩くこともできない。
しかも、容易に侵入できるような道を創ってはならないというから、通ってきた道の土を回収しながら進まなければならなかった。
最初はご丁寧に土の粒から創っていたけど、少し進んだだけで面倒くさくてたまらなかったので、土で道ではなく2つほどパネルのような形を造り風で浮かぶ足場にし、それらをスイスイと交互に前に進めて踏むようにした。
慣れてきてから、そもそも自身がそれに乗って足場自体を進めればよいことに気づいてそうした。(平らなキン斗雲的なものになった)
後見人は私がどのようにするかを観察したいのか、私と全く同じ行動を取りながら進んだ。
後見人はしょっちゅう地球から楽園に来ていたが、毎回こんなに面倒なことをしているのだろうか?
そう思って尋ねてみると、「いや? いつもは方舟使ってるよ?」とのたまった。
それを使えば今の100倍くらいの速度で移動できるらしい。
「ま、何事も経験だからね!」
学ばせたい意図は分からなくないが、少しだけイラッとした。
やってる方は相当しんどいのだ。
地球でいうなら「勉強がてら、開墾しながら100km歩いてみようか!」と言われたようなものだ。
後見人はそれを、さらっとピクニックにでも出かけるように「じゃあ出発だ!」としか言わずに出てきたのである。
あらかじめ説明するべきと思うのはおかしくないはずだ。
「ここをもう少し行ったところで合図を出すから、そこで右に75°曲がってね」
所々に塚が立てられており、そこをそれぞれ決められた角度で曲がらなければ、目的の場所には辿り着けない。
外敵の侵入を防ぐためのセキュリティの一環である。私も覚えておかなければ、と記憶に刻んでいく。
亜空間ではぐれた場合、見つけてもらうのは困難を極めるし、何の知識もなく自力で目的地にたどり着くのはまず不可能なのだ。
いくつかの塚を通って、後見人の長話に耳に綿を詰めたくなるくらいうんざりしてきた頃。
ようやく目的地が見えてきた。
「……うん。到着だ」
ずらりと扉が並ぶ中から、後見人は少し考えた後、一つの扉を選び出した。
聞くと、時間帯や通る人によってその時通れる扉が異なるそうだ。……随分と厳重なことだ。
楽園から出る時は何もなかったが、ひょっとして戻る時は同様の装置や手順があるのだろうか。
改めて、自分はまだまだ知らないことが多すぎるということを痛感した。
同時に、もうしばらく帰ることができないのだということが、心にずしりと重くのしかかってきた。
ーーそれは他の誰でもなく、自分で決めたことだ。
躊躇いそうになる足に力を込め、早足で扉を抜けた。
扉を抜けた先は、深緑の世界だった。
樹々が織りなすこれまで見たこともない美しい色彩の中、きらりと瞬く光の粒がいくつも舞っている。
まるで絵本の中の世界。
ロウが見たら、どんな表情をするだろうか?
きっとぽかんと口を開けて、目をきらきらさせて、尻尾をちぎれんばかりにふるっふるさせるに違いない。
真っ先に浮かんだ感想がそれで、そんな自分が少し可笑しかった。
「ようこそ。庭へ」
「庭? 地球ではないの?」
「そうでもあるし、違うとも言える。地球に重ねて結合してあるけど、厳密に言えば違う空間でもあるから……まあその辺の説明はおいおいね」
加えて、「詳しくは僕以外の人から聞くといいよ」などと言っていた。
答えに窮するから、突っ込んだことは聞かれたくなかったようだ。
柔らかな土でできた道を、踏み締めるように歩いて進んだ。
土すら生き生きとしている。そのように感じた。
楽園は枯れ朽ちた土地だったのだということを、否応なしに実感させられる。
……この景色ごと、持って帰れたらいいのに。
口には出さなかったけれど、そんな風に思った。
いくら景色が美しくとも、此処にずっと留まりたいとは思わない。
私が居たいと、帰りたいと思う場所は、どんなに暗くて寒くともあの楽園なのだ、と。
曲がりくねった道をしばらく進むと、大きなトンネルがあった。
遠目に見た時はただの樹でできたアーチかと思ったが、近づいてみればそこかしこに瑞々しい葡萄が実っていた。
粒の一つ一つが美しく、光を帯びながらも宝石のように透き通っていた。
「すごい……! この実は食べられるの?」
「もちろん。食べてごらん……と言いたいところだけど、勝手に採るとうるさい人もいるから後でもらってくるよ」
巨大な葡萄棚のトンネルを抜けて、空が高く開けた場所に出た。
それまで茂っていた樹々は途切れ、その場に在るのは中心に聳え立つ巨大な樹だけだった。
その樹を目にしたところで、奇妙なことに気が付いた。
庭に入ってからここまでで目にした樹は全て、魂が同一だった。
似ているのではない。全く同じ、つまりは同一なのだ。
それは、この大きな樹が、それだけの分体を同時に存在させられるほど大きな魂を持つということを指す。
ーーそんなこと、きっとおじいさまにもできない。
驚いて目を見開いていると、その様子を見た後見人が、自慢げにニヤリと笑った。
「すごいだろう? あれこそ、我らが生命の樹だ」
圧倒されながらも、目を凝らす。
まだ距離はあったが、誰かが樹の根元にもたれかかりながら目を瞑っているのが見えた。
ヒト型に成っているが、彼も生命の樹だ。
それを察すると同時に、もう一つの事実に気づく。
初めて会うけれど、私は知っている。
彼は、私のーー。
結論を出すより先に、この足は駆け出していた。
「ーー抱っこ! して!」
勢いがついたまま彼の膝に飛びのると、閉じていたその目は驚いてぱちりと見開かれた。
思いやりの深い、樹々の色そのままの深緑の瞳が私を捉える。
「……ルリ?」
驚きを隠せず戸惑うその口から、彼が私にくれた名がこぼれた。




