05
近衛兵の大半は王宮の敷地内にある寄宿舎で寝泊まりしている。有事の際にすぐに駆け付けることが出来るからだ。俺も例に漏れず寄宿舎に部屋があるが、実家は一応そこそこ有力な貴族なので、王都内に両親が住む屋敷がある。王宮から馬車で20分もかからないので、割と頻繁に顔を出していた。
今日は父上から呼び出しがあったので、勤務の後に屋敷に帰った。今日は日勤だったのでちょうど夕食の時間帯に帰ったのだが、大事な話があると言って着替えすらさせてもらえず、父上の執務室に連れていかれた。
「今日、王宮から使者の方がいらっしゃった」
「はぁ」
「これを見ろ」
父上が1通の書状を手渡してくる。既に開けてあったが、封蝋は間違いなく王家のものだ。
王家から手紙…?
俺は訝しみながら書状を読み始め、途中で手が震えだし、最終的には膝から崩れ落ちた。それでも書状を何度も読み直し、最終的に俺は自分の頭がおかしくなったのではないかと思った。
「父上…俺はどうやら目と頭がおかしくなったようです。分かりやすく説明していただけないでしょうか…」
「もうすぐ行われるシャルロット様の成人パーティーで、シャルロット様のエスコート役を頼めないか、と王家から打診があった。使者の方は断ったとしても問題ないとおっしゃっていたが…どうしてお前に打診が来るのか私の方が聞きたい」
父上は落ち着いているように見えるが、しきりに薄い頭を撫でているので、動揺しているらしいことが窺えた。
「俺、俺………これは夢でしょうか?父上、ちょっと俺のことを殴ってください」
「いや無理」
俺は自分で自分を殴った。
痛い。夢じゃなかった。
「カイン、お前シャルロット様と親しくしているのか?」
「名前は覚えていただいていますが、特別親しいわけではないと思います」
「だよなぁ。なんでお前なんだ?他にもシャルロット様と年の近い、婚約者候補と言われている令息は何人かいるだろう」
「そうですね。なぜ俺なんでしょうか…?」
俺は首を傾げた。父上も首を傾げつつ、頭髪を撫でている。
「で、どうする?」
「もちろんお受けする以外の選択肢はありません」
「…お前がシャルロット様を敬愛しているのは知っているが、エスコート役を受けるということは事実上婚約者になるということだぞ。つまりシャルロット様と結婚するということだ。分かっているのか?」
俺がシャルたんと結婚!?
父上に言われてようやく俺は事の大きさに気付いた。
エスコート役という大役におののいていたが、それ以上の展開が待っている。
シャルたんが俺の妻に…?家に帰ったらシャルたんがいて、毎日シャルたんを眺め放題で、しかも触っても良くて、なんならそれ以上のことも…。
俺はくらりと眩暈がした。やばい鼻血出そう。今なら出血多量で死ねる。
俺がシャルたんに抱く気持ちは敬愛などという一言で説明できるものではない。もはや俺の全てはシャルたんのためにあって、シャルたんこそ俺の命なのである。
決して手が届かないと分かっていたからこそ態度に出さずに何とか出来ていたが、手が届くと分かった今、エスコート役を受けないという選択肢は存在しない。
俺が喜びに打ち震えていると、父上が不安そうに言った。
「王女殿下が我が家に降嫁なさる…粗相のないように対応できるのだろうか…」
「父上、我が家はそれなりに力のある貴族なんですよ、そんな及び腰でどうするんですか。頭は寂しくても我が家の懐は寂しくないでしょう」
「黙れ!私の頭と我が家の財政は関係ないだろうが!」
「とにかく、この話はお受けします。丁重にお返事をしておいてください」
俺は父上にそうお願いすると、執務室を出て私室に向かった。部屋に入って扉を完全に閉めると、その場にうずくまる。
ああああああ!!!!!
ゴロンゴロンとのたうち回って俺は身悶えした。
シャルたんが!シャルたんが俺の妻に!?!?やっぱり夢とかそんなオチじゃないよな?もう1回殴ってみるか?
俺はしばらくそうして転がり続けてから、ハッと身を起こした。
そういえば先日サーシャ様のところで話題に出ていたエスコート役候補って俺か!?
婚約者のこととか結婚のことで悩んでいたのも、相手は俺か!?
ああああああ嘘だろ嘘だろ嘘だろ!マジか、俺のことで悩んでたの?可愛すぎる。俺の天使。
どっ……どういうつもりなんだろう。シャルたんは俺のことどう思っているんだろう?
少なくとも嫌いじゃないよな?嫌いだったらエスコート役に選ばれないよな。
なんで俺が選ばれたんだろうか。もしかしてシャルたん好き好きオーラでも出てた?いや勤務中は完全に隠せてたはず…だよな?なんか自信なくなってきた。
考えても答えは出ない。とりあえず俺はシャルたんのエスコート役という望外の喜びに浸ることに決めた。
幸い明日は訓練日だ。シャルたんの前で無様な姿を見せないよう、思いっきり汗を流して心を落ち着かせよう。




