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サーシャお姉様のところに行ってから数日後、目前に迫ってきた私の成人祝いのパーティーのために新たにドレスを作るということで、私は自室にデザイナーを呼んでデザインを相談していた。お母様も同席している。
「今年の流行の型はこちらのもので、こういったデザインを裾に入れるのが流行っております。ただあまり大きく取り入れるよりは、こっそり入れるくらいが丁度良いかと思います」
スケッチブックや布を見ながらお母様とデザイナーと私の3人で意見を出し合い、どんなものにするか決めていく。
「シャルロット様はまだ婚約者はお決まりではないのでしたっけ?もしお決まりでしたら、婚約者の方の色味をドレスか装飾品に入れるべきかと思いますが…」
「婚約者はまだいませんわ」
「そうでしたか。ではシャルロット様のお好きな色で考えていきましょう」
ドレスについて相談しながら、私は先日のサーシャお姉様の言葉を思い出していた。
私の特異体質について知っているのは家族と乳母だけだ。そして10歳でカインと出会った直後、私はカインに容姿を褒められたのが嬉しくて、家族にそれを報告してしまっていた。その流れでカインが今でも私のことをべた褒めであることは家族の全員が知るところであり、いっそのことカインと結婚すればと家族全員から言われているのだ。
家族がそう言うのも分かる。私は他人の心の声が聞こえてしまうため、人付き合いが苦手だ。人間は誰しも裏表があり、口では褒めていても心の中では汚い言葉で罵っていることもある。王宮内でそんな人たちを沢山見てきた私にとって、純粋に私のことを可愛いと思ってくれる人はとても得難いものだ。
5年間全くブレないカインは、人生を共に歩む相手としてある意味では好条件の人間だと言える。心の声がああだからこそ信頼できるのだ。ちょっとアレだけれども。
けれど同時に私はカインにふさわしいだろうか?と考えてしまうのだ。カインは可愛いと言ってくれるけれど、私は自分に自信がない。口下手で社交もろくにしてこなかった私に、貴族の妻という役割が果たせるのだろうか。
お父様にカインと結婚したいと言えば、きっとそれは叶うのだろう。けれどその先は?結婚した後は誰にも頼らず1人で頑張らなければならないのだ。
『シャルロットちゃん、元気ないな…ドレス選びはいつも楽しそうにしているのに、何か気になることでもあるんだろうか?あ、もしや例の婚約者候補のことで悩んでるとか?くそっシャルロットちゃんの笑顔を曇らせるとはどこのどいつだ!?俺だったら絶対にあんな顔させないのに』
カインの心の声が聞こえてきて、私は思わずカインの方を見てしまった。
『あっシャルロットちゃんがこっち見てる!可愛い!何か用事かな??』
私は思わず話しかけそうになったが、お母様に話しかけられてハッとした。
「シャーリー、私はこの案が良いと思うのだけれど、どうかしら?」
「え、ええ。私もそう思いますわ」
ドレスのデザインが決まり、次回の採寸の約束をしてデザイナーが退室する。お母様も続いて退室され、部屋の外で待機していた近衛兵がデザイナーを王宮の外まで送る。カインは部屋の外で待機するためにドアをくぐろうとしていた。
「カイン」
「は、なんでしょうか」
「あなたは確か嫡男ですわよね?まだ結婚はしないのかしら?」
「いずれは結婚しなければなりませんが、今は仕事が充実しておりますので」
「…そう」
『ああーシャルロットちゃん何だろう何か他に聞きたいことあるのかな?ちょっと迷ってる感じが可愛い!』
「何か気がかりなことがおありですか?」
心の声はともかく、真摯な瞳でこちらを窺うカインに、私は相談してみようと決意した。
「私、もうすぐ成人でしょう?そろそろ婚約者を、と言われているのだけれど、自信がないの」
『くっ婚約者…一体誰なんだ婚約者候補の男は!』
「自信、ですか?具体的にお聞きしても?」
「…婚約するってことは、その人と結婚するということでしょう?結婚するということは妻になるということだわ。貴族の妻は、社交をしたりして夫を支えるものでしょう?人付き合いが苦手な私に出来るかどうか自信がないの」
「シャルロット様、まだ結婚していない私が言っても説得力に欠けると思いますが、結婚とは決して妻だけが夫を支えるものではないと思います。お互いに支えあうのが夫婦というものではないでしょうか?」
お互いに、支えあう…。
「自信がないことは、夫に相談すればよろしいのです。そして一緒に悩んで解決法を探してくれるような人と結婚するのが理想…いえ、申し訳ございません。これは私の理想ですので、あくまで1つの意見として考えていただければ」
『アーッ恥ずかしいうっかり俺の理想の夫婦像を語っちゃった。でも俺はシャルロットちゃんの悩みも丸ごと受け止められるような男じゃなきゃ許せん。いやそもそもシャルロットちゃんが婚約するとか耐えられない!』
そうか、今まで私は自分が頑張ることだけを考えていたけれど、相談しても良いのね。なんだか私は目から鱗が落ちるような気分だった。
カインならこんな私でも受け止めてくれるかしら…?
『真剣に考えこむシャルロットちゃん可愛い…』
「カイン、ありがとう。ちょっとすっきりしたわ」
「光栄でございます」
『はにかむシャルたん可愛すぎ萌え死にそうハゲる』
シャ、シャルたん…?カインの中でまた新しい私の愛称が誕生したわ…。
それにしょっちゅうハゲるって言ってるけどなぜかしら…?
私は若干笑顔がひきつるのを感じつつ、お父様にカインにエスコートを頼めないか打診してもらおうと考えた。
その日の晩餐は、嫁いだサーシャお姉様以外の家族全員が揃っていたので、私は丁度良いとお父様にエスコートの件を相談してみることにした。
「お父様、私の成人祝いのパーティーですけれど」
「おお、もう3か月後か。準備は順調か?」
「ええ。ドレスのデザインも決まりましたし、招待客の手配や他の準備も順調だと聞いておりますわ。それで、エスコートなんですけれど、お願いがあるんです」
『シャーリーのエスコートは父親である私がふさわしいだろう』
「…あの、私、エスコートをカインに頼めないかと思っているのです」
お父様の心の声を無視し、思い切って言うとお父様はとても驚いた顔をした。それからすぐに複雑な表情をした。
「カインか…」
お父様も私の結婚相手にカインなら問題ないと思っているのだが、私が末の娘で可愛がっているからか、少し面白くないとも感じているらしい。
「シャーリー、ついにカインを婚約者にする決心がついたの?」
エラールお兄様が横から話しかけてくる。
「ええ、カインが了承してくれるかは分かりませんけれど、カインになら体質のことを話しても良いと思えたのですわ」
「むぅ…シャーリーがそう言うのなら、打診してみよう」
「お願いいたします。ただ、ちゃんと断っても問題ないともお伝えくださいね」
王家から王女のエスコート役の打診があるということは、そのまま婚約者として最有力候補だと言っているようなものである。と同時に、普通は断るという選択肢は存在しない。王家はこの国の貴族の頂点に立っているからだ。
だが私はカインに無理をしてほしくなかった。あくまでカインの気持ちを尊重したかったのだ。
「あーあ、シャーリーにもついに婚約者が出来るのかぁ…ハロルド兄様とサーシャ姉様は結婚しているし、ヘンリー兄様も婚約者がいる。あと相手が決まっていないのは僕だけか」
エラールお兄様が少し面白くなさそうに言った。
それにお母様が反応する。
「そうだわ、エラール、あのご令嬢はどうかしら、ほら、去年デビューした…」
そこから会話はエラールお兄様の婚約者候補の話に移った。