03
俺の名前はカイン・ツヴァイス。ツヴァイス家の長男にして第2王女の近衛兵だ。
いずれは父の跡を継ぎ、領地を治める身だが、幼い頃から騎士に憧れていた俺は騎士学校に通った。父も将来的に跡を継ぐならと許してくれた。
17歳で騎士学校を卒業後、俺は対人警護が得意ということで、近衛兵に配属された。そこで担当となったのが当時10歳だった第2王女のシャルロット様の警護だ。
近衛兵の先輩方によれば、第2王女はめったに人前に出ることがなく、内気でおとなしく、警護と言ってもほとんど突っ立っているだけらしい。だから外れクジだなんて言われていた。俺も先輩方の言葉を真に受け、あーあ、第2王女かよ、くらいに思っていた。
だけどそんな思いはシャルロット様にお会いした瞬間、すべて飛んで行ってしまった。シャルロット様を見た瞬間の俺の心中はこうだ。
(あ゛あ゛ー!!!なんって可愛いんだ!天使かよ!この職場最高!!可愛すぎてハゲる!)
そう、シャルロット様はめちゃくちゃ可愛かったのだ。誰だ、外れクジとか言ったの!大当たりじゃないか!
シャルロット様はまだ10歳だというのにあまり子供らしさを感じさせない落ち着きで、白く透き通った肌にクリクリのお目目を伏し目がちにし、小さなお手手をお行儀良く膝の上に置いていた。
俺はその運命の日から毎日が楽しくて仕方ない。シャルロット様の警護担当の日は朝から晩までウッキウキで、無表情を貫きながらも心の中では常にシャルロット様を褒め称え、警護担当ではない日はシャルロット様がどうお過ごしか妄想して過ごした。
毎日毎日シャルロット様を称えるうちに、俺はいつしかシャルロット様のことを心の中でシャルロットちゃんと呼ぶようになっていた。不敬?心の中でどう呼ぼうと俺の勝手である。
さて、シャルロットちゃんの成人パーティーを3か月後に控えた頃、第1王女であるサーシャ様が2人目のお子様を出産された。
シャルロットちゃんには3人の兄君と1人の姉君がいらっしゃる。上から順にハロルド様が27歳、サーシャ様が25歳、ヘンリー様が俺と同じ22歳、エラール様が20歳だ。
サーシャ様は宰相の息子に嫁がれており、確か20歳の時に男の子を、そして今回女の子を出産された。シャルロットちゃんは王妃様と一緒にサーシャ様に会いに行くことになったので、俺もお供に選ばれた。
久しぶりのお出かけということで、シャルロットちゃんはいつもより少しきらびやかな、よそ行きのドレスを着て、つばの広い帽子を被っていた。馬車の横で待機し、シャルロットちゃんに手を差し伸べる。
(あ゛ーっシャルロットちゃんの今日のドレス最高に似合ってる!可愛い!!いつもの質素なドレスも可愛いけど、お出かけ用のこういうドレスも良い!)
馬車のドアをしっかり閉めると、御者に合図する。俺たちは騎馬で馬車の前後をお守りする。と言っても10分程度の道程なのだが。
宰相のお屋敷にはあっという間に到着した。
お屋敷では馬車と馬のところでの待機組と、警護のために王妃様とシャルロットちゃんに付いていく組に別れる。俺は当然シャルロットちゃんに付いていく組だ。シャルロットちゃんの一挙手一投足を見守らねばならないからな。
サーシャ様とお子様がいらっしゃる部屋に通されると、俺は室内のドアの横に陣取った。
「サーシャ、出産おめでとう」
「お姉様、出産おめでとうございます」
「ありがとう、お母様、シャーリー」
サーシャ様が赤ちゃんを抱っこして、王妃様に預ける。王妃様は愛おしそうに赤ちゃんを抱いていらっしゃる。
「シャーリーも抱いてあげて」
シャルロットちゃんもおずおずと抱っこしているが、王妃様に比べてとても緊張していらっしゃるのが手に取るように分かった。
「ふふ、可愛いでしょ」
「ええ、とても。お姉様に似て美人になりますわ」
和やかな家族の会話に、俺の心も和む。
(赤ちゃんも可愛いけどやっぱシャルロットちゃんが一番可愛い。あー、赤ちゃんと言えばシャルロットちゃんの赤ちゃんとか絶対可愛いんだろうな。見てみたい…はっ、シャルロットちゃんの赤ちゃんってことはシャルロットちゃんが誰かと結婚するってことであ゛ーシャルロットちゃんが結婚するとか俺絶対泣く無理もうハゲる仕事辞めちゃうそうだ領地に引っ込もう)
3人は室内でお茶をするようだ。侍女たちがてきぱきとお茶の準備をしていく。
「サーシャ、ポールは?」
ポール様とはサーシャ様の上のお子様だ。
「今は家庭教師の時間よ。もう少ししたら来ると思うわ」
まだ5歳なのにもう家庭教師が付いているのか。宰相の家の跡継ぎも大変だな。
「ね、シャーリー。彼はどう?相変わらず?」
「…ええ」
彼!?!?彼って誰だ??
俺は思わず身体ごとシャルロットちゃんの方を向きそうになり、必死で平静を保った。
誰か気にかけるようなお相手がいらっしゃるのだろうか?
俺が見ている範囲では、シャルロットちゃんは特定の男性と面会してる様子はない。もしかして婚約者候補がいて、文通でもしているのだろうか?
「それだけ思われてるなんて良いじゃない。彼と結婚したら?」
「それは、その…まだはっきりとは分からないですし…」
「彼なら身分的にも問題ないし、なによりシャーリーのことを一番に考えてくれそうじゃない」
「そうですけれど…」
「成人のパーティー、エスコートをお願いしてみたら?」
!!!
パーティーのエスコートは陛下かエラール様に頼むのではなかったのか!?
エスコートを頼むなんて、婚約者に内定しているようなものじゃないか。シャルロットちゃん、いつの間にそんな相手が…。
(アッ駄目だ婚約者が出来るかもと思っただけで泣けてきた辛い)
「無理にとは言わないけれど、うかうかしてると他のご令嬢に取られちゃうかもしれないわよ」
「…」
「サーシャ、シャーリーも色々と悩んでいるのだから、あまり追い詰めないであげて」
(何っシャルロットちゃんは悩んでいるのか!?全然気付かなかった…あっシャルロットちゃんの憂い顔可愛い)
その後はどこそこのご令嬢が結婚間近だとか、流行りのドレスの型についてだとかの世間話をして、ポール様がやってくるとポール様を交えて少しお茶をしてから、王妃様とシャルロットちゃんは王宮に帰られた。
俺はその夜、シャルロットちゃんのお相手について気になりすぎて眠れなかった。