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01

 カツン、カツンと靴音を響かせながら、王宮の廊下を歩く。後ろには今日の警護担当の近衛兵が2人、音もなく付いて来ている。

 目的地に向かって黙々と歩いていると、前方からハロルドお兄様がやってくるのが見えた。廊下の真ん中から少し端に寄り、会釈して通り過ぎようとすると話しかけられた。


「シャーリー、図書室に行くのかい?」

「ええ、お兄様」

「何か借りるのかな?」

「歴史の先生から宿題を出されたのです」


 私が答えると、お兄様はちらりと私の背後の近衛兵を見た。


「今日も相変わらず?」

「ええ、いつも通りですわ」


 お兄様は小さく苦笑すると、勉強頑張って、と言って歩いて行った。

 私はお兄様を見送ると、図書室に向けて再度歩き出した。

 図書室に着くと、宿題に必要な本を数冊探して抜き出し、閲覧用の机に積む。この図書室は王宮に勤める者が自由に使える図書館とは別の、王族専用の図書室だから他に人はいない。私は持ってきた宿題を広げ、資料とにらめっこしつつ1時間ほどを図書室で過ごした。

 宿題を終えて自室に戻ると、お茶の時間だった。侍女たちがお茶と菓子を用意してくれたので、一息つく。近衛兵は部屋の前で待機だ。

 今日はお茶の後はピアノのレッスンがあるだけだ。レッスンの後は何をして過ごそうかと考えながらお茶を飲む。


 私の名前はシャルロット。この国の第2王女で現在15歳。5人いる王子王女の中で末っ子の私は、両親や兄、姉から甘やかされて育った。だが私は口下手で引っ込み思案なので、家族以外の人とは極力関わらないように過ごしている。

 私がこう育ってしまったのには訳がある。それは「他人の心の声が聞こえる」という特異体質のためだ。半径数メートル以内にいる人の心の声が聞こえてしまう。近くにいればいるほど、また思いが強ければ強いほどよく聞こえる。それゆえ、どうしても参加しなければならない公式行事以外では人前に出ることも、お茶会に参加することもない。特異体質を知る家族もそれを許してくれている。

 そのせいで私は巷では「深窓の白百合姫」と呼ばれているらしい。めったに人前に出ることがないことと、銀髪を白に見立ててそう呼ばれているのだとか。そんな御大層な二つ名を付けられるような姫ではないのに。


 話が逸れた。レッスンの後は刺繍をしようと決めると、私はお茶を飲み干してからピアノのレッスン室に向かう。

 部屋に入ると既に先生が待っており、二言、三言挨拶を交わす。


「シャルロット様、それではレッスンを始めましょうか」


 ピアノの先生は男性なので、近衛兵の1名は室内の扉の横に、もう1名は部屋の外で待機している。

 私が弾き始めると、程なくして声が聞こえてきた。


『先週はうまく弾けなかったところがずいぶん良くなっているな。褒めてあげなくては』


 先生の心の声だ。


『あ、今のところはミスタッチか?』


 演奏中に話しかけられれば、普通は集中できないものだが、幼い頃から慣れている私には何ら問題はない。


『あー、ピアノとかよく分からないし、退屈だなぁ…』


 これは室内の近衛兵の心の声だ。私なんかの護衛をさせて申し訳ないと思う。

 そう、人前に出ることがほとんどなく、毎日同じことを繰り返している私の護衛任務は、近衛兵にとって外れクジらしい。5番目の子供だということもあるかもしれない。


 もしこれが王太子であるハロルドお兄様の護衛であれば、将来は国王の護衛となれる、これ以上ない名誉な仕事だろう。だが私は5番目の子供で第2王女。いずれ誰かに嫁ぐ身だ。そうなれば近衛兵はお役御免、その先の仕事はどうなるか分からない。近衛兵でなくなることはないが、昇進はなかなか見込めない。


「先週よりずいぶん良くなりましたね。特にこの部分、情景が良く表せています。逆にここは…」


 次のレッスンまでの課題を言い渡され、レッスンが終了する。

 レッスン室を出ると、外で待機していた近衛兵の心の声が聞こえてくる。


『可愛い。今日は褒められたのかな?ちょっと嬉しそうにしてる。可愛い。ああっ一瞬しか顔見えなかった!後ろからじゃ表情が分からないよ。でも後ろ姿も可愛い。まじ天使』


 ピクリと肩が跳ねそうになるのを必死で抑え、何とか自室に戻る。

 先ほど私に対して「可愛い」を連呼していたのは、私が10歳の時に担当になったカインという近衛兵だ。

 彼は配属になった時、堅苦しい挨拶をしながら心の中ではとんでもないことを考えていた。


「シャルロット様、お初にお目にかかります。この度、近衛に任命されましたカイン・ツヴァイスと申します。以後よろしくお願いいたします」

『あ゛あ゛ー!!!なんって可愛いんだ!天使かよ!この職場最高!!可愛すぎてハゲる!』


 この心の声が聞こえた時、私は動揺のあまりしばらく声が出なかった。


『シャルロット様、喋らないな…恥ずかしがり屋さんなのかな?え、可愛い。っていうか本当に俺と同じ人間?女神が遣わした別次元の、そう天使か何かだよな?可愛すぎる』


 家族が心の声で『可愛いシャーリー』と言うのはまだ分かる。だがカインは何を言っているのだろう、と思った。私は自分で言うのも何だが、容姿は人並みだ。特別可愛くもなく、不細工というほどでもない。王族なので最高級の手入れはされているが、可愛いと絶賛されるほどの見た目ではないのだ。

 私は可愛い可愛いと連呼するカインの心の声をなんとか振り切り、小さな声でよろしくお願いします、と答えた。


 カインが私の担当になってから5年、心の声が変わることはなかった。

 近衛兵は1日3交代制だ。だから毎日カインが側にいるわけではないのだが、最初の頃はカインが担当になる度に、私は不思議で仕方なかった。私のどこが可愛いのだろうと。

 だがそれも5年も続けば慣れるというものである。例えばあるぬいぐるみを見て、可愛いと思う人とそう思わない人がいるように、私のことを可愛いと思う人もいるんだな、くらいに思うようになっていた。


 初めて会ったとき17歳だったカインも今では22歳。カインはそこそこ有力な貴族の長男なので、そろそろ結婚の話が出てもおかしくない。もし結婚したら、心の声はお相手のことを思うセリフでいっぱいになるのだろうか?

 そう考えると、なぜだか少し心がざわついた。

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