アンダー・コントロール
「そういうわけですので、ゆかりさんには供出の円滑化にご協力を願いたいと思います」
「そういうわけですので、ですか」
何がどういうわけでなのかちっとも解らなかったが、裕福でない人間の、要するに、汚れ仕事だ。
「ゆかりさんにはお子さんがいらっしゃいましたよね」
「ええ、五歳の娘がいます」
いらっしゃいましたよね。疑問形、強意の効果、と。電話の相手は上機嫌だった。五歳児の母なら都合がいい。効果的で、簡易だ。スペックとパフォーマンス。まるで調べ物をするなら図書館の近くに住んでいるのはちょうどいいとでも言うように、電話先の男は言った。ちょうどいいじゃないですか。
電話を切り、キッチンから部屋へ移ると、そこには食卓で一心不乱にお絵かきをする娘の姿があった。真剣な眼差しで、輪郭線からはみ出さないように丁寧にお気に入りの紫の色を塗っている。ちょうどいいじゃないですか。
息をのむ。呼吸を整える。
「ねえ、ゆりか、大きくなったら何になりたいんだっけ」
「――――」
涙をこらえる。いいのか。親として、本当に。
「ふうん、ママ、それって面白くないと思うな」
「――――?」
ああ、純粋だ。そうだよね。疑問だよね。親としての務めはまず子に食べさせること。でも、本当にそれだけでいいのか。大事なことって何だっけ。大事なこと。ちょうどいいじゃないですか。
「そう、幸福の樹。ゆりかがああいうものを造ってくれたら、ママ嬉しいな」
「――――」
鋭いんだよね。うん、賢くなった。そうだよ、私たち国民の夢を原料に、この国が莫大な費用をかけて造る、成長と繁栄を象徴する芸術作品。より立派に造れば、より他国に畏怖の念を抱かせるだけの、何も産み出さない不気味で巨大な構造物。
「じゃあ、学校の先生なんてどうかしら。ママ、ゆりかが先生してる姿、見たいな」
「――、――――!」
やってしまった。最低だ。お願いだから、そんな笑顔でママを見ないで。ママはね、泥棒なの。ゆりかの大切なものを盗んだ、絶対に許してはいけない泥棒なんだよ。
ちょうどいいじゃないですか。
勝手に夕飯ができていればいいのに、そんな私の浅はかな夢を申し訳につけて、輝かしい我が愛娘の夢の供出の手続きをする。
その夜も、娘は布団の中でおはなししてを繰り返す。
「そうねえ、これは昔むかし、まだみんなが自由に夢を持てた頃のお話……」