伝聞
実家に帰った翌日、私は寝不足だった。
アルバート・シャノン副団長のことばかり考えていた。別に、甘ったるい話ではない。
曖昧なものを紐解いていくには……。
「よね? …………ナ! ルーナってば! 聞いてんの!?」
「えっ!? な、なに?」
向かい側で座っているアリア・ローレルが、黄色の瞳を細め、眉を寄せ、頬を膨らませて不機嫌そうにしている。
怒る表情も可愛いなと呑気に思っている場合ではない。アリアが本気で怒ると面倒なのだ。
「ご、ごめん!!」
「まったくもーー!」
「まあまあ。大丈夫? 体調悪い?」
アリアの隣に座るルイス・ブライトが、アリアの右肩にぽんと手を置いて、小首を傾げ、心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です。ごめんなさい」
今、賑やかな食堂で昼食をとっている。いつもこの三人で昼休憩をとることが多い。
二人の邪魔だろうと思うが、二人は友達の少ない私を案じて、「一緒にいてくれる方が和やかなの!」と理由をつけて引き留めてくれる。
つい、私はそれに甘えてしまっている。
「ぼーっとしてるから転ぶのよ」
アリアはふてくされたような声で言った。
「それは蒸し返さないでよ」
「あぁ、勢いが凄かったな!」
午前の訓練中、走り込みをして、自分の足に引っかかり転んだのだ。全力疾走していたため、結構痛かった。
「ブライトさままで! 忘れてください、間抜けだったし」
私は恥ずかしさで、机に肘をつき、頬を拳にのせて、むすっと不貞腐れた表情を作る。
「……で? さっき、なんて言ってたの?」
アリアはにんまりと楽しそうな笑みを浮かべる。
「明後日の夜、四人で食事に行かない? って聞いたの!」
「四人??」
「アルバートを誘うんだ。次の日は休日だし、どう?」
ブライトさまもにこにこと笑みを浮かべている。
アルバートを入れた四人で食事に行くなんて初めてだ。
「別にいいですけど。なんでシャノン副団長?」
「シャノン副団長はルイスの友人でしょ! しかも、ルーナと副団長は、普通に話すようになったでしょ? 交流よ! 交流!」
アリアが堂々と力説するので、私は気圧される。
「……な、るほど」
「だから、アルバートを誘ってきて?」
ブライトさまが笑顔を浮かべながら、ウィンクでもしそうなお茶目な感じでそう言った。
「え? ブライトさまが誘えば良いでしょう?」
食事に誘うなら、異性より同性の方が自然だ。
ブライトさまはアリアを一瞥して、眉を下げて困ったような表情になる。
「えーー、それだと断られる可能性あるし」
それに付け加えるように、アリアが言葉を続ける。
「それに婚約者なんだし、ルーナが適任よ!」
「えぇ? 私でも断られる可能性は拭えないよ」
「とにかく! お願いね!」
異論は許さないというように、私の声に被せるようにアリアは大きな声を出した。
「まぁ、いいけど……」
「よろしくね!」
なぜそんなに必死なのか。よく分からないが、まぁ交流だと思えばいいか、と頭の中で完結させる。
「あのさ? シャノン副団長について、聞きたいことがあるんだけど」
「「ええ!? 」」
そう切り出すと、アリアとブライトさまは驚いたように目を見開いて、示し合わせたかのように、同時に声を上げた。
声の大きさに私はびくっと肩を揺らし、訝しげに眉をひそめる。
「……な、なに?」
私をじっと凝視する二人。ブライトさまは、意外だという驚きを隠さない表情のまま、口を開く。
「珍しいな。シアーズは、いつも他人に興味ないだろ」
「……そう、かも」
私は人付き合いが苦手なのを思い出し、曖昧に返事をした。
ばんっと机を叩いたアリアは、怒った顔ではないのに、気迫がすごい。
「そうよ! 噂話だって聞き流すし、親しくない人のこと、聞いてこないじゃない!」
「だって、どうでもいいし……」
「入団してきた頃は、近寄ってくるなって圧が強かったよな」
ブライトさまは眉を下げて苦笑いを浮かべ、こくこくと頷きながらそう言った。
あの頃は、貴族とはどうせ考え方が合わない、と初めから否定して、人を避けていた。
今では、アリアたちのような人がいるってことはわかっているが、深く関わることは避けている。面倒なのだ。
「会話も速攻で切ろうとするし、何度も話しかけて、仲良くなれたのよね」
アリアの呆れたような、悲しそうな声。ずきずきと私の良心が痛む。
「ご、ごめん……」
さっきとは一転して、アリアはにやりと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ルーナって、ぐいぐい押されると弱いよね?」
「……」
図星のため、思わず黙り込んでしまう。ブライトさままで面白がっているように見える。
アリアは今の状況を言っているのか、それよりも前のことか。聞かなくても、心当たりはたくさんある。自覚はしている。
「シャノン副団長のこと、気になるのねー」
私の反応を楽しむようにアリアが目を細めている。
「……へ?」
私はぽかんと口を開けて呆けてしまう。改めてそう言われると、考えてしまう。
え? 気になる? 確かに……。というか、最近気にしすぎではないだろうか。
関係のない時間でさえ、アルバートに頭の中を独占されているような……。なぜだか恥ずかしくなってくる。
ぐるぐると考えて、表情をころころ変える私をアリアは好奇心の色が強い目で楽しげに見ていた。しかし、次第にじとっとした目に変わっていく。
そして、アリアは悔しそうに口をへの字に曲げて眉を寄せ、勢いよく、机にばんっと腕をついて顔を伏せた。
「複雑っ!! 副団長なんかに!!」
なんかに? なんだろう? アリアの急な奇行に驚きでいっぱいだ。
「えーと? それで、聞きたいことって?」
ブライトさまはアリアの背中に手を添えて、なぜか笑みを引きつらせている。
「え、えーと、副団長って、前からあんなに仕事熱心でした?」
アルバートを気にしたことがないから、以前のことはさっぱりわからない。少し、少しだけ、気になるだけだ。
「二人が入る前は、やるべきことはやるって感じだったかな」
ブライトさまは眉を上げて口を開いた。
そうすると、アリアがうぅーと唸ってから、顔を上げた。獣だろうか。
「……私たちが入った頃から、あんな風だった気がするわ」
座りなおして腕を組んだアリアは、さっきとは違ったさっぱりとした声で、
「ま、詳しいことは、本人に聞くしかないわね。噂話が好きな私がいうのもおかしいけど、自分の目や耳で確認しなきゃ」
鋭い提案にうっと息がつまる。人伝てに知ろうとしているのがばれている……。
アリアの言葉にブライトさまはこくこくと頷く。
「そうそう、他の人から聞けることなんて、たかが知れているよ。嘘や誤解の可能性もあるから、正確性に欠ける」
「ルイスが聞いた私の噂だって、違ったでしょ?」
アリアが何も気にしていない表情で、ブライトさまに顔を向け、きょとんと首を傾げる。
アリアは人と仲良くするのは得意な方だ。
しかし、思ったことを正直に話すところや、自信満々な態度を嫌がられることだってある。しかも、明るい好青年風のルイスだって、親しみやすいので人気がある。
ブライトさまは、一瞬、アリアから視線をはずしてから口を開く。
「あぁ、と、人をごみのように扱う令嬢だっけ?」
「なにそれ!? それは初耳よ!」
掴みかからん勢いでアリアはブライトさまに追求する。ブライトさまは、眉を下げて、困り顔。
なんとも酷い噂だ。
「まあまあ、ブライトさまが悪いんじゃないんだから」
私がフォローを入れると、はっと気づいたようにアリアの動きが止まる。
ウサギの耳でもあったら垂れ下がって見えただろうというほどに、アリアはしゅんと縮こまる。
「そうね……ごめんね、ルイス」
「俺もごめん。アリアが聞いてないことを全て把握できなくて」
「しかたないわ」
それは無理だろう。私の顔がひきつるのを感じる。アリアへの愛が重い。内心、私はちょっと引いている。
頬をほんのり赤くしたアリアは、こほんとわざとらしく咳払いをする。
「それで、話しを戻すとね、他人に聞くよりは本人に聞く方が良いってこと! 聞きにくいなら、小さいことから聞いていけばいいのよ」
二人が背中を押してくれることに自然と頬が緩む。
「……そうね、少しずつ。ありがとう」
「うんうん!」
満足という、きらきらしい笑顔で、アリアは首を縦に振る。
それが微笑ましくて、私とブライトさまは声を上げて柔らかく笑っていた。