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味方 心配

 第二騎士団訓練場で基礎訓練を終えると、アルバート・シャノン副団長に呼び止められた。


「シアーズ、帰る前に、私のところに来るように」

「承知いたしました」


 なにかしでかしたっけと首をひねりながら、副団長から離れる。すると、騎士服を着た女性が走ってきた。

 ピンク色のウェーブのかかった髪と黄色の瞳の、背が低い女性。可愛らしい顔つきだが、気の強そうな顔の女性だ。


「ルーナ! 今日は自由室で食べない?」

「うん。いいよ!」


 彼女はアリア・ローレル。婚約者を追いかけて、騎士団に入ったそうだ。

 伯爵家の令嬢だが、人を身分で分けない珍しい令嬢だ。アリアとは同じ第二騎士団で、同期なのもあり、よく一緒にお喋りをする。

 私の数少ない友達の一人である。


 騎士用の食堂は、大変混雑している。

 女性への配慮として、自由室という部屋がいくつか用意されている。ただ、残念なのは、食堂よりもさらに先にあり、少しばかり余計に歩くことだろう。

 休憩時間は有限なので、足を運ぶ者は少ない。



 誰もいない自由室に入り、昼食を置いて、椅子に腰を下ろす。騎士用というのもあり、豪華でもなく、殺風景でシンプルな部屋だ。


 自由室に行くのは久しぶりで、アリアは妙にそわそわしている。人に聞かれたくない話でもあるのだろう。


「なにか話でもあるの?」

「ねえ、シャノン副団長と婚約したって本当なの!?」

「んっ!?」


 危うく吹き出しそうになってしまった。確かに、人に聞かれたら周りがうるさそうな話題だ。

 しかし、婚約者にベタ惚れでツンデレな彼女のことだから、そっちの相談だろうと思っていたのだ。


 にこにことした笑顔と細めた目がアリアの好奇心を物語っている。


「……なんでその話を?」

「馬車に乗り込む二人を見たって令嬢がいるのよ! それに、前より副団長が話しかけてくるようになったじゃない!」


 確かに、休憩の合間や偶然会ったときに、少しだけ雑談をするようになった。


 たいした内容でもないが、それを楽しんでいる自分もいるので、避けていない。もともと副団長は忙しいので、長々と話すことはない。


「婚約したのは事実。それより、令嬢が見たって本当なの?」


 私は眉を寄せて、楽しそうなアリアを見る。


「ええ。見学の令嬢が増えてると思わなかったの?」

「少し多いとは思ったけど……、まさか」

「そのまさかよ」


 家族や恋人、一般人も、正式な手続きを取れば、訓練を一定時間、見学できるようになっている。

 公開しているのは、騎士の意識向上と職業選びのためだ。

 しかし、面倒な手続きをしてまで、男を探りに見学に来る令嬢もいるのだ。


 第二騎士団にも、日を開けて毎回来る令嬢はかなりいる。令嬢たちは黄色い悲鳴を上げたりするので、動揺しないための修行だと思って無心で励む騎士が多い。

 ある意味では騎士の向上に役立っているので苦笑してしまう。

 

 最近は、同じ令嬢が続けて来ていたり、見たことのない令嬢までいて、いつもより席が埋まっているのだ。


「あれって、副団長を狙っていた人たちとかでしょ? ルーナってば、これから大変よ?」

「やっぱり、そうだよねぇ……」


 私はがっくりと肩を落とす。女の嫉妬は怖いものだ。承知の上で婚約したのがだが、うまく対処できる気がしない。……とても不安だ。


「ところで、いつから両思いだったわけ?」

「えっ?」


 予想外のことを聞かれ、ぽかんと間抜け面になってしまう。ニヤニヤとした表情でアリアは私を見てくる。


「面白いことを聞いたのよ! 副団長が女性からの誘いを断っているところを見たって! これって、そういうことじゃないの?」


 女性を断る? 忙しかっただけでは? というか、アルバートが私を好きって、こんな女を? あるわけがない。

 興奮しているアリアに、私は首を横に振って、どんどん進行するネガティブな思考も、遮るように声を上げる。


「ないない!! それきっと勘違いだよ!」

「えっなんで?」

「女性なら選り取りみどりなあの人が、私みたいな売れ残りを好きになるなわけないよ!」


 アリアは目を丸くすると、表情を曇らせて、下を向いてしまう。何やら、ぶつぶつと呟いている。


「まさか…………、いや……」

「……アリア?」

「ねぇ、どうして婚約したの? 恋愛じゃないなら……、こんなこと言いたくないけれど、政略的な意味合いではないでしょ?」


 アリアは神妙な顔で聞いてくる。

 婚約の経緯は、とても言いづらい。言いふらされても困るが、その点はアリアを信用している……。


「誰にも言わないと約束するわ」

「…………あのね、」


 一人で抱えているのは、限界でだれかに相談したかったのもあり、口を開いてしまった。


「失恋と任務のことで落ち込んでたら、副団長が飲みに誘ってくれて、そのまま、泊まって、それを理由にずるずると……」


 オブラートに包んで伝えると、アリアは険しい表情になる。


「なにそれ? 脅されてたわけ? 最悪だわ! ルーナはそれでいいの!?」


「……わからないの。家に迷惑をかけるのは嫌だけど。それに、このまま婚約してたら、何か変わるのかなって思ちゃって」


 私は、はぁとため息をつく。いったい、これからどうすればいいのか。答えは定まらない。

 アリアは眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げて、不機嫌を顔に表している。


「ルーナ、酷いことはされてない?」

「それは大丈夫」

 

 最初の脅し以降は、高圧的な態度は取られていなかったはず。ちょくちょく注意は受けてるけど。

 アリアは私の真意を読みとろうと、私の目をじっと見つめる。


「……本当に?」

「うん。心配してくれてありがとう」


 アリアの気遣いが嬉しくて、つい口角が上がる。すると、アリアは堂々とした笑顔を浮かべ、


「まあ、婚約したままにするなら、うまく利用しなさい! 後々、本当に嫌になったら、私に言ってね! 絶対に、なんとかしてあげるから!」

「ありがとう! アリア」


 私は満面の笑みで口を開いた。アリアらしい言葉だ。

 いい友達をもって、私は幸せものだ。絶対に、というのは言い過ぎだろうけど、アリアの親切心に私の心が温かくなる。



 ふと思い出したように、アリアが声を上げる。


「そういえば、王太子殿下がもうすぐご婚約されるそうよ」


 私は友達が少ないので、そういう話に疎い。王太子殿下は確か二十歳で、知も武も優秀だとか。


「え、そうなの? やっとなのね、お相手は?」


「東の方の国の王女と聞いたわ。これから、上も忙しくなるのでしょうね。よく知らないけど、随分と婚約も結婚も急いでるらしいわ」


 王太子殿下の婚約者は王妃となる可能性があるので、他国との兼ね合いも見て、婚約者を決めていなかったそうだ。


「私たちも配置につくのよね。なにも起こらないといいけど……。」


 舞踏会などの行事では、第一騎士団と第二騎士団が主体となって、警備につく。勿論、休みを取り、舞踏会に出ることもできるし、少しの時間だけ出ることもできる。


「そうね……。って、やばい、ルーナ! 時間!!」

「えっ、ま、まだ走れば間に合うかも!」


 焦った私たちは急いで片付け、訓練場に戻って行った。



 *



 私は帰る前に、執務室に寄っていた。団長は今は用事で外している。


「失礼します。ルーナ・シアーズです。お昼の時は本当に申し訳ありませんでした。」

「ん? いや、それはもう注意したからいいんだが」


 全力疾走した私たちは、結局、午後の開始時刻に間に合わず、軽く注意を受けて終わったのだが、気まずくてまた謝ってしまった。

 私は眉を下げて、笑顔で答えるアルバートに礼を言う。


「……ありがとうございます」


「誰だって失敗はする。てか、とりあえず、座れ。どこでもいいぞ?」


 アルバートはニヤッとからかうような笑みを浮かべる。

 どうしよう? 隣か、向かいか。向かい側は悪い思い出が蘇ってきそうだ。よし、隣に座ろう!


「し、失礼します」

「あれ? 隣でいいのか?」


 アルバートは、目を見張り、驚いた表情で首を傾げる。近さと自分の行動に恥ずかしくなり、私は顔を赤くして、焦ってしまう。


「……っやっぱ、向こう行く! うわぁっ!」


 立とうと腰をあげると、手首を引っ張られ、後ろ向きのまま、アルバートの膝の上に乗ってしまう。背中に、たくましい身体がある。

 アルバートの腕が、私の腹に回り、引き寄せられ、動けなくなる。心臓がばくばくとうるさい。息がしづらい。顔が熱いのを感じる。

 アルバートの形のいい唇が、私の耳に近づいてくる。


「……行くな」

「んっ」


 アルバートの吐息が耳にかかり、低い声が聞こえ背中がぞわっとする。これは、まずい。身体が思うように動かない。

 アルバートは私の肩に顔を埋め、さらに腕に力を込める。柔らかな髪があたってくすぐったい。


 ……どのくらいそうしていたのだろうか。


「…………あ、アルバートさま。えと、隣にいますから。えと」

「……ん、わかった」

 

 もう一度、ぎゅっと力を入れられてから、アルバートの腕から解放される。温かさが離れ、名残惜しくも感じてしまう。

 アルバートは耳まで赤くなっている。視線は微妙にそれている。


「……すまん」

「いえ、だ、大丈夫です」


「……そんなに、見ないでくれ」

「え? あ、ごめんなさい!」


 アルバートは眉間にしわを寄せて、手で私に目隠しをしてくる。そして、見過ぎていたことにやっと気づいた。アルバートの珍しい表情に、目が離せなかったのだ。



「そういえば、昼は話に夢中だったって言ってたけど、そんなに面白い話だったのか?」


 空中へ視線を泳がせたアルバートは、まずは話題を変えることにしたらしい。

 本当のことは言えないので、なんて返すか迷う。


「えーと、アリアが友達想いだとよく分かる会話でした」


 アルバートは納得したように頷く。


「ああ、確かに、彼女は情に厚いよな。分別もつくようだし。信頼できる人がいるのは良いことだ、大切にな」

「はい」


 近しい友達が褒められて嬉しく感じる。

 なにかが引っかかる。その正体は分かることなく、アルバートの声にかき消された。


「あぁ、話があったの忘れかけてたよ」


 そうだった。用があって呼ばれたのだった。


「今度、ルーナの御両親に挨拶に伺いたいんだが、いいか?」


「え、行くのですか??」

「もちろん」


 貧乏男爵家に、挨拶なんてしに行かないと思っていたので、驚いてしまった。


「いいですけど、いつに?」


「早めがいいのだが……。それに合わせて休みを取るから、都合のいい日を教えてくれ」


「分かりました。でも、いいんですか? もうすぐ殿下がご婚約されると聞きました。忙しくなるのでは……?」


 副団長の座にいるアルバートにだって、第一騎士団との会議や書類が増えるはずだ。

 そうたずねると、アルバートは眉をあげる。


「もう聞いたのか? 早いな……」


「すべて終わった後でも、いいのではないでしょうか? 私の両親は緩いですし」


「……いや、そうすると、時間が空きすぎてしまうから」


 無理をする必要はないと言ったつもりだが、却下されてしまった。本当に私の両親はおっとりした平和的な性格なのに……。


 頑固だなぁと思いながら、声をかける。


「無理そうだったら、言ってくださいね」


「わかった。話は以上だ。今日もお疲れ様」


「ありがとうございます。アルバートさまもお疲れ様です。まだ、お仕事をされるのですか?」


 アルバートは目の前の書類の束を見ながら答える。


「まだ、残る。これからやることが増えるから、少しでも減らしたいんだ」


 目を抑えてため息を吐くアルバートに、なにかしたくなり、思いついたことを言ってしまう。


「コーヒー、淹れましょうか? あっ……、特別上手わけではないのだけど」


「嬉しいよ。うまいかなんて関係ない。ルーナのぶんも入れてきな」


「はい」


 ぱっと笑顔になったアルバートに頷いて、コーヒーを淹れ始める。

 その間に、アルバートは書類をとって読んでいる。真面目な横顔に目を丸くしてしまう。

 私の分のカップを、書類から離れた角に置き、アルバートにもう一つのカップを手渡す。


「ありがとう」

「……どうです?」

「大丈夫だ、美味しい。ルーナが毎日いれてほしいくらいだ。これで、まだまだ頑張れる!」


 アルバートはにかっと笑顔で、片腕を曲げるポーズを作って、元気そうな声で言った。

 私はくすくすと笑いながら、


「倒れないでくださいよ?」

「大丈夫、これでも俺は副団長だぞ?」


 体力はかなりあるのだろうと分かってはいるが、無理しているように見えるのだ。

 アルバートは、外を一瞥して、眉を下げる。


「そろそろ帰った方がいい。寄り道せずに帰れよ。人に声かけられても、付いて行っちゃだめだからな。本当は送りたいところなんだが、」


「一人で平気ですよ。私を何歳だと思っているんですか。十八ですよ?」


 まだ続きそうなお小言に、苦笑いを浮かべながら被せるように、私はそう言った。

 はぁと息を吐いたアルバートは、どこか遠い目をして口を開く。


「……お前はわかってないな、まぁいい、気をつけて帰れ」


 なんだか馬鹿にされているようにも感じるが、ここで喧嘩を売っても、仕方がないので、素直に挨拶をする。


「はい。アルバートさまも、お気をつけて。また明日。それでは失礼します」

「また明日」


 アルバートは笑顔で手を振ってくれたので、私も手を振り返して扉を閉める。

 なんとなく立ち止まっていると、中からアルバートの大きな声が聞こえた。


「よし、やるか!!」



 私は自然と頬が緩み、前へ足を踏み出す。

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