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シャノン伯爵家

 私とアルバートは馬車に揺られ、シャノン伯爵家に向かっている。馬車の中で私は、忌々しげにアルバートを睨みつけていた。


「聞いてないんだけど」

「言ってないからな」


「事前に言ってくれてもいいじゃない!」

「言わせなかったのは、ルーナだろう」


 私はむすっとした表情をしながら、窓の外へ顔を向ける。アルバートは怒るわけでもなく、ため息をついて項垂れている。そんなに面倒そうにしなくてもいいじゃないか。


 心の準備ができていないのに、ご家族に会わないといけないだなんて! 服だってドレスではない。なにを言われるのだろうか。とても不安だ。私の胸中を読み取ったのか、アルバートは、


「大丈夫だ。いじめられることはない。母も妹も、好きなタイプだから」


 そんな励ましは、気休めにもならない。深く息を吐いて、気持ちを切り替える。

 初対面の印象は大事だ。失礼のないようにしなくては。


 アルバートの存在をすっかり忘れて、縁遠くなっていた貴族のマナーを頭の中で復習していた。





 大きな屋敷の玄関前。シアーズ家の二倍はありそうなお屋敷だ。


 扉が開くと、綺麗な女性がアルバートに、勢いよく抱きついた。いや、突進したという方が正しいだろう。うぐっと潰れたような声が耳に入る。

 急な光景に私の頭が追いつかない。


「お帰りなさい! アルバート!」


「……母さん。毎回申していますが、危ないのでおやめください。」


「あら? いいじゃない! 帰ってきた息子を歓迎してるのよ?」


 勢いが凄かったにもかかわらず、アルバートの足が一歩も動いてないことは流石だなと思う。


 それにしても、母親だったのか。ふわふわした金髪に、綺麗な水色の瞳。可愛らしい顔立ちの女性だ。

 アルバートの兄は二十二歳だと聞いたが、今のお茶目な行動もあり、実年齢より若く見える。


 私に気づいた彼女は首を傾ける。


「あらあら? 女の子? もしかして、この子が……!?」


 彼女はぱぁっと顔を明るくした。

 私は、スカートを指でもち上げ、左足を少し下げて、微笑む。


「お初にお目にかかります。お会いできて光栄です。ルーナ・シアーズと申します。どうかよろしくお願いいたします」


 彼女はアルバートから離れて、にこやかに私に近づく。


「私はアルの母のグレース・シャノンよ。よろしくね。アルは迷惑をかけてない?」


「お世話になっているのは、私どもでございます」


 アルバートは私から視線を外さず、驚いているのか動かない。

 そんなにいつもと違うのだろうか。それとも、なにか粗相でもすると思っていたのだろうか。口を開こうとしたら、ドタバタと足音が聞こえる。

 音がする方を見ると、少女がスカートを持ち上げて走ってきているのが見えた。私は三歩下がり、アルバートから距離を取る。見るとグレースさまも離れていた。

 またも、ぐぅっとうめき声が聞こえ、私は、おぉ、派手に飛びついたなぁと二人を眺める。


「アルお兄さま! お帰りなさいませ!!」

「……あぁ、ただいま。……ほら、降りて」


 嫌そうな声色に聞こえるが、よけないということは、そういうことだろう。


 抱き着いてぶら下がっている少女は、私に気づいて首を傾け、アルバートからおりる。似た者親子だなぁ。

 アルバートはふぅっと息を吐き、服を整える。


「この子は妹のジェシカだ。十六才。彼女は俺の婚約者のルーナだ」


「お初にお目にかかります。ルーナ・シアーズと申します。よろしくお願いいたします」


「お会いできて嬉しゅうございます! ジェシカと申します! 見合いを断ってばかりのお兄さまの婚約者に、私、会えるのを楽しみにしていたんです!!」


 グレースさまによく似た可愛らしいジェシカさまの勢いに圧倒される。そんなにいいものでもないのだが……。

 すると、ジェシカさまはアルバートをきっと睨み、責めるように見る。しかし、その愛らしい容姿では迫力はあまりない。


「お兄さま! なぜドレスを贈ってないのですか! その服は似合っていますけど、ドレスをお召しになれば、もっと見違えるのに!! 勿体無いわ!」


「いいじゃないか。似合ってるんだし」


 アルバートは顔を引きつらせ、そう呟くと、ジェシカさまはアルバートの腕をべしっと叩く。


「まったくお兄さまったら、気が利かないんだから!」


 ジェシカさまは私の方に来て、私の手を握り、にっこりと笑顔を作る。


「お兄さまは、放っておいて、私とおしゃべりしましょ? ドレスもデザインしてさしあげるわ!」


「あら、それなら、私も」


 言うや否や、お二人にさあさあと背中を押され、すさまじい勢いに、私は何も言えずに部屋に入れさせられる。


「えっ? ちょっと?…………そりゃ、ないだろ……」


 残されたアルバートの声に、返事をする者はいなかった。





 入った部屋は客室のようだ。花が置かれている机、花瓶の下にはおしゃれな布、座り心地のよい長椅子、高そうな調度品、屋敷が描かれた掛け軸。窓から見えるのは庭の立派なバラ。


 ルーナは、カップに入っている香りのよい紅茶を一口飲む。緊張のせいで、茶の味を楽しむことはできない。しかし、感想を言わないわけにはいかない。


「美味しい紅茶ですね」

「うちの領内で採れた自慢の茶葉なのよ」


 世間話をグレースさまとしていると、ドアが開かれる。

 さきほど部屋に入って早々に出ていったジェシカさまが戻ってきた。二人の侍女を後ろに引き連れている。


「ルーナさま! さぁ、お立ちになって! サイズを計らせてくださいませ!」


「あ、あの、わざわざ、私のためにドレスをお作りにならなくても、よろしいのですよ?」


 さっきは怖気付いて何も言えなかったが、私にお金を使ってもらうのは気が引けるのだ。

 しかし、ジェシカさまは私の腕を引いて立ち上がらせ、目をうるうるさせて私を見る。


「私のデザインしたドレスをお召しになるのはお嫌ですか? ちゃんとルーナさまに似合うように作らせて頂くつもりですよ?」


「そんなことはございません!」


 目に涙を溜め、声を震わせるジェシカさまに私は焦って勢いよく返事をした。すると、ジェシカさまはぱっと明るい笑顔になる。


「では、よろしいのですね? 最近、ドレスのデザインを考えるのが私の趣味なのです! さぁ、お願いね」


 侍女は、私をつなぎの部屋へ連れていき、あれよあれよと作業を始める。

 なんだか踊らされた気がする……。


 服を着直して、隣の部屋へ戻ると、アルバートも座っていた。入室許可が出たのだろう。

 アルバートは私に気づいて、隣の空いているスペースをぽんぽんと叩く。アルバートは随分と疲れた顔をしている。


「母たちが強引ですまない」

「いえ、謝られるようなことはなにも」


 すると、グレースさまは口をへの字に曲げて。


「あら、アルってば、ひどいのね、私たちがなにかするとでも思ったの?」

「……いえ」

「そんなことより!」


 爛々とした目をしたジェシカさまは、アルバートの言葉に被せるように大きな声を上げた。


「お二人はどうしてご婚約なさったのですか!? お兄さまはお見合いを逃げてばかりだったのに、いきなり婚約するなんて!」


 にこにこと無邪気な笑顔を浮かべ、ジェシカさまは、明るい声で聞いた。隣のグレースさまも目を細めて面白そうにアルバートを見ている。


 答えづらい質問だ。なんと答えるかなんて打ち合わせをしていない。アルバートを一瞥すると。


「俺が求婚したんだよ。好みの女性だったから」


 アルバートの答えに、私は笑顔を崩しそうになる。求婚された時の状況を考えると複雑なのだ。社交辞令なのは分かっているが。


「まぁ! そうなのね!」

「あら? 二人って同じ騎士団なのよねえ?」

「はい。同じ団で、アルバートさまの部下です」

「では、なぜもっと早く婚約しなかったの?」


 確かに出会ったのはもっと前だというのに、今更婚約するなんて、第三者が聞けば不思議に思うだろう。


「ルーナは他の人に懸想していてね。わかりきった状況で、求婚はしなかったんだ」


 それを言ってしまうのか。アルバートを目を見開いて見てしまう。アルバートは何を考えているのだろうか。


「そうだったのですか? では、今もその方を?」


 ジェシカさまは首を傾げて、私を見る。


「いえ、その方は最近ご結婚なさったそうなので」


 予想できた問いに、平然とした声で答えると、グレースさまは、眉を下げて口を開く。


「アルバートとは、なぜ?」


 グレースさまが息子を溺愛しているのは、先ほどまでの行動でよくわかっている。他の男に目を向けている女と婚約する息子を心配しているのだろう。

 なぜ? なぜ私は、婚約するということに流されているのだろう。脅されたから? 確かにそうだが……。もしかすると……。


「…………私は、アルバートさまを、信じたかったのだと、思います。」


 私はそれ以上のことは言えず、口を引き結ぶ。そんな私の様子を見ていたアルバートは、私の手に自分の手を重ね、穏やかな表情でこちらを見ている。グレースさまの顔の力も抜けた。


「まぁ、良いでしょう」

「あ! もう一ついいですか? お兄さまの気に入ってるところってありますか?」


 ジェシカさまは、手を小さく挙げて、質問した。目を爛々とさせ、好奇心に満ち溢れた表情をしている。

 気に入っているところ? アルバートについて、知っていることは少ない。

 それでも、副団長としての顔なら、少しは知っている。執務室に入ると、毎回積まれた書類に囲まれてペンを片手に書類とにらめっこしている。団員には逐一助言を与えて、指南を決して断らない。これだと思うと無意識に頬が緩む。


「意外と真面目で、人をよく見ているところが好きです」


 『意外と』をつけたのは、失敗だったろうかと言ってしまった後で後悔する。アルバートは目を見開き、ジェシカさまとグレースさまは目を細めて嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「そう! そうなのね! アルバートは面倒見がいいのよ」

「その分小言は多いですよね!」


 グレースさまとジェシカさまはくすくすと笑って、アルバートの話をはじめる。

 アルバートは微妙な顔をしているが、黙って傍観している。雰囲気が良くなり、私はほっと安堵する。

 その後は、アルバートの面白い話を聞いたり、騎士団での様子を話していた。



 グレースさまとジェシカさまは、穏やかな笑顔を浮かべている。


「またお越しくださいね!」

「歓迎するわ」


「はい、是非に」


 私も笑顔で答え、お別れをする。

 帰りもアルバートと馬車に乗る。



 アルバートは穏やかな微笑を浮かべて私に顔を向ける。


「今日はありがとう。家族を紹介すると言わなかったことと、一人にさせてしまったことはすまないと思っている」


 行きの馬車では急なことに動揺して、アルバートに理不尽な態度をとっていたことを思い出す。

 家に行くと知らなかったことには、私にも非がある。


「いえ、こちらこそ。私も無視してすみませんでした。大人気なかったと思っています」


「今度、何か埋め合わせをしよう」


 そう言われて、したいことがぱっと浮かぶ。私は笑みを浮かべて。


「では、またドーナツを食べにいきましょうね!」



 アルバートは、一瞬きょとんとして、拍子抜けしたように笑った。

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