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お出かけ

 雲の少ない水色の空。風にゆったりと揺れる木々や花。暑すぎない気温に、外の賑わい。これらがそろえば絶好のお出かけ日和だ。天気が良いのは喜ばしい。


 窓の外を眺めていたルーナは、椅子から立ち上がる。寮にはキッチンも風呂もトイレも、部屋に備え付けられている。

 クローゼットから数枚服を取り出し、ベッドの上に並べ、重いため息をつく。


「雨が降ればよかったのになぁ……」


 今日はアルバート・シャノンとの約束がある。つまり、貴重な休日に上司と出かけるのだ。

 どこに行くとも聞かされていない。いや、聞いていないのだ。意図的に避けていたから。


 仕事中、アルバートの態度はいつもと変わらなかった。呼び方も考え直してくれたのか、シアーズと呼ばれた。


 どうしようかな、と服を眺める。ワンピースは気合を入れているような感じがする。でも、騎士服で行くのもおかしいし、目立つ。アルバートにどこに行くか聞いていれば、それに合った服を選べたのに……。


 もうすぐ十一時になる。いまさら悩んでも遅い。よく着る紺のパンツと薄緑のシャツを選ぶ。白銀の髪をハーフアップでお団子にする。この格好が楽なのだ。


 コンコンとノック音が聞こえる。鍵は開けてあるので、どうぞー! と声をかけて、寝間着を洗濯籠に入れる。ガチャリと扉が開かれる。


 狭い玄関には、淡い青目と蜂蜜色の髪に、見慣れない私服姿のアルバートが、整った顔をしかめっ面にして立っている。


「どうぞじゃないだろ。不用心だ」

「お早うございます。副団長がお越しになるって分かっているんですから、大丈夫ですよ」


 会って早々に文句を言うのはどうかと思う。アルバートはため息をついてから、私を上から下まで眺めて、小首を傾げた。


「その格好で出るのか? スカートとかないのか?」

「失礼ですね。そのつもりでしたが? 一応ありますけど……って、ちょっと、なに勝手に入ってるんですか!」


 アルバートは室内へ進み、ベッドに並べてある数枚の服を見て、青いワンピースを手に取り、私に渡す。


「これに着替えて。その格好は似合うが、少年のようだ」

「はあ、分かりました。……副団長は、いつも通り素敵ですね」


 感想を言われたので、私も返してみたら、アルバートは目を見開いて、閉口していた。そんなにおかしいことだろうか。

 むっとしながら、ワンピースを片手にもち、アルバートを扉の向こうへ押し出す。


 少年と間違われることはよくある。ややつり目で、紫色の瞳だからか冷たい印象を受けやすいらしい。


 着ていた服を脱いで、ベッドの上に放る。丸襟で、ふんわりしたスカート。へそのあたりで一周する布を蝶々結びにする。ワンピースに合わせて買ったヒールに履き替える。

 アルバートは背が高いから問題ないだろう。バッグを持って、ドアを開ける。


「お待たせしました! シャノン副団長。行きましょうか」


 壁に寄りかかっていたアルバートはぱっと顔を上げ、目を丸くしてかたまった。あれ? 悪くないと思うんだが、どうしたのか。


「……副団長? やっぱ、やめます?」

「やめるわけないだろ!」


 あぁ、戻ってきた、戻ってきてしまった。思わず小さく舌打ちをしてしまう。

 アルバートがむっとした表情をしているが、気にしない。


「さて、どこ行くんですか?」

「とりあえず、昼食をとろう。静かな店があるんだ。そこでどうだ?」

「構いません」


 私は、ドアに鍵をかけて、アルバートの方へ振り返ると、手を差し出される。

 普段エスコートされることがない私は、ぽかんと呆け、アルバートの顔と手を交互に見てしまう。アルバートは、目を細め柔らかな微笑を浮かべる。


「ほら、お手をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 アルバートの大きな硬い手に、自分の指先を重ねると、軽く引っ張られた。


「ルーナ、似合っている、綺麗だ」


 ほんわかした笑みを浮かべるアルバートを見て、私の顔が熱くなるのを感じる。言われ慣れていない言葉に顔が赤くなっただけだと心の中で繰り返す。

 居たたまれなくなって、私はアルバートから視線を外して、横を向き頬に手をあてる。


「……さっさと行きましょ」


 ぶっきらぼうにそう私が言うと、ふっと息を吐くような笑い声をもらしたアルバートは、私の手を引いて、足を踏み出した。





 アルバートが勧めたカフェは、落ち着いた雰囲気だった。

 クッションを乗せた木の椅子と布をかけられた木のテーブル、二人席と四人席があり、数は少なめだ。窓際の角に室内用植物が置かれている。


「よく来るんですか?」

「ああ、落ち着きたいときとかは、ここにね」


 メニューを開いて、つい値段も見てしまう自分に内心苦笑する。


「何を食べるの?」

「んーと、カツサンドとアイスココアにしようと思います」

「ここのドーナツ美味しいぞ? 食べたら?」


 その言葉を聞いた私は、目を見開く。私はドーナツが大好きなのだ。無意識のうちにドーナツばかり見ていたのだろうかと気恥ずかしくなる。


「副団長は?」

「あ、副団長じゃなくて、アルバートって呼んでくれ。仕事の気分になるし、婚約者だろ?」


 私の眉間にシワがよる。どうしようか、いずれはそう呼ぶこともあるかもしれないのなら、後でも先でも同じだろう。


「……アルバートさま。店主呼んで良いですか?」

「さまもいらないけどね。俺も決まった」


 初めの言葉は聞こえなかったふりをして、店主を呼び、注文する。そんなに待たずに、料理が運ばれる。

 パクパクと食べながら、アルバートを見る。アルバートは、ミートドリアを随分と多めにすくって食べている。一口大きいな、あまり噛んでないなぁ、とどうでもいい感想が浮かぶ。

 視線を感じたアルバートは顔を上げ、きょとんとする表情は、子どもっぽくて可愛いらしい。


「なに?」

「いや、美味しいですか?」


 眺めてました、なんて言えるわけもなく、無難な質問を投げる。


「あぁ、食べたい? どうぞ?」


 うまい具合に勘違いをしたアルバートは、使ってない方のスプーンで、カチャッとミートドリアを掬って私の口の前に持ってくる。


「え、えぇ? と?」

「ほら」


 アルバートはさらに近づけ、にこにこと無邪気な笑顔を浮かべている。い、いたたまれない……。

 笑顔の圧に負け、スプーンにパクっとかぶりつく。うぅ、恥ずかしい……。


 まだいる? なんて聞いてくるので、私は勢いよく首を横に振る。経験の差だろうか。

 アイスココアを飲んで、一息つく。そして、お待ちかねのドーナツを口に含む。


「ん!! 美味しい!!」

「よかったな」


 いつも以上の笑みを浮かべてドーナツにがっつく私を見て、アルバートは満足そうに微笑んでいる。

 全部食べ終え、勘定にいこうと、財布を取り出す。伝票を取ろうとすると、反対から手が伸びてきて先にとられてしまった。


「俺が払うから」

「え、良いです。大丈夫ですよ、このくらい払えます」

「懐事情を気にしたわけじゃないんだが」


 アルバートは苦笑する。


「まぁ、いいじゃないか。おごられておけ」


 アルバートは背中を向けて先に行ってしまう。

 いいのか? よくないけど、食費が浮くのは助かるけど……。



 私たちは店を出て、行き先を知らない私は、アルバートに手を取られついていく。


「どこに行くのか決まっているのですか?」

「これから馬車に乗る」

「馬車? いったいどちらへ?」

「シャノン家、俺の実家に」

「……え、えええぇぇーーーー!!??」


 私は足を止め、予想もしていなかった言葉に目を見開き、思い切り叫んでしまった。

 アルバートの肩がビクッとふるえる。道行く人々は何事かとこちらを振り向く。私はアルバートを凝視する。


「……う、うそ?」


 狼狽する私を見て、アルバートは眉間にしわを寄せる。


「嘘じゃない」


 私の顔から血の気が引いていく。

 誰か嘘だと言って……!!

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