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魅力

「ん……」


 布が擦れる音で私は重たい瞼をゆっくりと開いた。まだ眠いし、体が重い。

 起きようという気になれず、掛けている布団を顔の上まで引っ張った。いつもの布と手触りが違う気がしたが、そんなことはどうでもよかった。


「ねむ……」


 今日は休みなんだから、起きるのが遅くても構わないだろう。もう一度眠りにつこうとして目を閉じた。

 するとふと腰に軽いものが乗った。


「……ルーナ、起きろ」


 そう声を掛けられ、沈みかけた意識がまた浮上して、薄っすらと目を開く。

 部屋に入る光が寝起きの目には眩しい。


(もう少しで夢の中だったのに、って、……え?)


「起きたか?」


 一瞬幻聴かと思ったが、聞き覚えのある低い声を耳に入れ、私の中で確信に変わり、顔まで被っていた布団を退けるように飛び起きた。


「おはよう」

「え……。お、おはようございます……?」


 目の前には淡い青の瞳。

 アルバート・シャノンがベッドに腰をかけるようにして私と対面していた。

 どうやら先に起きていたらしい。


 数秒放心したが、アルバートの口元が柔らかく緩むのを見逃さなかった。


「無防備で可愛い」

「……え?」


 聞き間違いかと思って声が上がってしまった。

 身体の熱が首から顔へとじわじわと上ってくるのを自覚して、顔を隠すように俯く。

 視線を落とすと、高級ではないがまあまあな質の布団と昨夜身に着けていた青いワンピースが目に入る。


「な、なに言ってるんですか! もう……。恥ずかしくなるのでそういうこと言わないでください」


 アルバートが「あー、もう……かわいい」と小さく呟いたが、私は言葉が見つからなくて何も言えなかった。


 とりあえず、昨晩は何もなかったようだ。覚醒してきた頭で私は昨夜のことを思い出す。


 昨夜は、アリアたちと一緒に例の酒屋で飲んで、アルバートが転んだ女性に手を貸して……。

 そして、アルバートと彼女のやり取りを見て複雑に感じ、彼が笑いかける女性を羨ましいと思ってしまった。

 そんな思いを抱いてしまったことがとても恥ずかしいことのように感じる。


 一晩明けて落ちついてしまうと、あれは嫉妬だったのだろうと嫌でも分かる。

 しかし、認めたくはない。認めてしまえば明確になってしまう気がして、文字通り私は頭を抱えてしまう。


「うそだあ……」

「なにが?」


 不思議そうにアルバートがのぞき込んできた。


「何でもないです……」


 素直に話せるわけもなく、アルバートから視線をそらした。

 まさか私が嫉妬するなんて、と信じられず、なんで、と疑問で頭がいっぱいだった。嫉妬するということは独占欲やらが芽生えた、ということかもしれない。認めたくはないけれど。

 こんな感情を抱いたってすっきりしないだけで楽しいものではない。


「昨夜のことか……?」

「お酒はしばらく控えます」

「それは、いいかもな」


 アルバートがどれを指しているのか知らないが、言葉には魂が宿るともいう。これについては声にしたくなかった。

 言葉にすることで変わってしまいそうで、それに、アルバートがどう思うのかも分からない。私は心の中で否定的な言葉を並べて深く考えないように意識する。


 私はアルバートのことが好きなのかもしれない。

 それがどの意味合いかは分からない。気づいていないだけかもしれない。それ以上は分からないままでいいとも思う。

 形になりかけていることに気づきつつも、これ以上はダメだと考えまいとした。


 言葉少なに私たちは部屋を出るための準備をする。

 いつものように腰まで伸びる白銀の髪を高い位置で結わえて身支度を終えた。


 窓から日の高さを見ると、いつもより朝寝坊したらしいことが分かる。

 鞄を片手に近寄ってきたアルバートに視線を向ける。休日の朝だからか機嫌が良さそうに感じる。


「アルバートさま」

「どうした?」


 落ち着いていて余裕のあるアルバートを見てなぜだか悔しく感じてしまう。


「昨夜、なんで……」

「なんで?」


 『何もしなかったんですか?』と言葉を続けようとしたが、なぜだか躊躇して閉口してしまった。


 この宿泊部屋で一夜を共にしたことが、婚約のきっかけだった。今は婚約をしているというのに手を出さなかったのはなぜだろうか。何かされたかったわけじゃないが、そんな疑問が浮かんだ。

 もちろん結婚前に情を交わすことは褒められたものではないが、アルバートが女性慣れしていることを考慮に入れると何もしなかったのが不思議であった。アルバートは手が早いのだと思っていたから余計におかしいように感じる。


 こういったことを女性から話題にするのは躊躇われる。でも、聞かずに考えていたってアルバートのことは分からない。

 なんとなく聞くのが怖い。落ち着かない心音に心地悪さを感じながら、私は短く息を吐いた。


「なんで、私に何もしてこなかったんですか? 私が酔っていたのが理由だったとしても、あの日の夜も酔っ払っていたことを思い出すと違いますよね?」

「え?」


 アルバートは何を言っているのか理解できていないかのように呆けた。

 私は変なことを言ってると分かっているので恥ずかしくなり、さらに付け加えようと開口する。


「だから、……なんで婚約したら何もしないんですか? それともほかに、…えと、お、女の人が?」


 口ごもりながらアルバートに問うと、彼は驚いたように一瞬かたまった。

 この婚約は、裏で女性と会うためのカモフラージュなのではないかという考えが頭に浮かんだのだ。


「いるわけないだろ! ルーナだけだ」

「そ、そうですか」


 アルバートは真剣というよりは必死だった。

 さっきまで嫌な感情がぐるぐると渦巻いていたというのに、『ルーナだけ』という言葉になんだか心が温かくなる。


「何もしないのはルーナを大切にしたいからだ」

「大切に?」

「ああ、なんていうか、ルーナは他の女性とは違くて、可愛いんだよ」


 なんだか嬉しいような、恥ずかしいような感じがして、私は視線を落とした。

 大切にしたいなんて言われたのは初めてだ。家族には大切にされている自覚はあるし、アリアたちだってそうだとは思う。でも、身内以外に面と向かって言ってもらえたのはこれが初めてだった。


 そんな飾らない言葉で喜んでいる私がいて驚いてしまう。我ながら単純だ。


「今更だがあんな無理やりになってしまって申し訳ないと思っている」


 本当に今更だ。でも、謝罪の言葉をちゃんと伝えてくれたことに、彼の性格を感じられた気がして、嫌な気持ちにはならなかった。

 もう過ぎたことだし、私が甘かったのも原因だし、どうしようもないことだ。


「他にやり方、なかったんですか?」

「あったが、あの時の俺は焦っていたんだよ」

「焦って?」

「ルーナの婚約者が決まらないうちに、と」


 まるで私の婚約者になりたかったと言っているように思えた。

 でも、すぐにそんなことないだろうと心の中で否定する。業務関連の必要最低限の会話しかしてなかったのだ。何か言えない理由があるんだろう。

 期待はしない方がいい。


「焦らなくても私は可愛くないし、背も高く、騎士なので、婚約できず売れ残っていましたよ。魅力もないので」

「魅力がない?」


 アルバートが不思議そうに繰り返して、私ははっとして左の手のひらで口を抑えた。

 なるべくネガティブなことを人に話さないようにしていたのに……。


「すみません。こういうところが可愛くないんですよね」


 元婚約者にも苦言されたことがある。自分でも悲観的なところは良くないと思う。でも、悪い所だと分かってはいても、思考傾向は変わらない。


「そこも可愛いよ」

「そう、ですかね」

「可愛い。そこもルーナの魅力だろう。それに、なんとなく気持ちもわかるからな」


 わかるということは、アルバートも似たようなことを思ったことがあるのだろうか。


「……ありがとうございます」


 素直にそう言えた。私を否定されなかったのが嬉しく感じたのだ。


「礼を言われるようなことはなにもしてないぞ」


 本当にそう思っているのだろうか。

 わからないが、自然と頬が緩んだ。


「そうですか? じゃあ、私は嬉しかったのでお礼を伝えただけですよ」


 アルバートは驚いたように私を見ていた。

 ふとそろそろ部屋を出ないといけないと思い出した。

 もう少し喋りたい気がしたけど仕方ない。


 私たちは宿泊料金を支払い、店を出た。もう大通りは、活気良く人々で溢れていた。

 アルバートが寮まで送ってくれて、その日は寮でのんびりと穏やかに過ごした。



 翌日、早朝から出勤する。

 東から日が上り始め、空に白んだ明るみが広がっている。吸い込む空気は澄んでいた。


 準備をするために自由室へのドアを開ける。


「ルーナ!」


 いつもの高い声でアリアが私の名を呼んだのだった。

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