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ストーカー

 日が沈み、あたりが薄暗くなっている。


 普段仕事帰りに着ないロングスカートとシャツを身につけて、執務室へ向かう。


 同僚のアリア・ローレルとルイス・ブライトは、午前中のみ、勤務だった。そのため、先に居酒屋に入っているだろう。


 執務室へ向かっているが、待ち合わせ場所が合っているか自信がない。


 一昨日、アルバート・シャノンに送ってもらったとき、約束をした。しかし、執務室か、自由室か、どちらだったか思い出せない。


 とりあえず、周りにいないのを確認して歩を進めた。



 廊下を左に曲がる。執務室の扉が見えてくる。


「ちょっと、あなた!!」


 廊下に響く甲高い声が耳に入り、足を止める。


 後ろを振り返ると、三人の女騎士がいた。見覚えがない顔だ。第二騎士団ではない。

 三人とも小柄で、おそらく、ふつうにしていれば可愛く見れるだろう。


 目を吊り上げて物凄い形相で女性たちは、私に詰め寄ってくる。


 面識のない女性が私に声をかける理由に、心当たりはひとつ。


 私の口角がぴくぴくと引きつる。


「……なにか?」


 真正面にきた赤髪でつり目の女性。その女性が腰に手を当てて、きつい目で私を睨む。


「アルバート・シャノンさまに近寄らないで!」


 うわぁ、典型的な展開だ。

 とりあえず、笑顔を作ることにする。


「私が決めたことではないので、シャノン副だ……」

「色目を使ったんでしょ!!」


 黄色の髪で童顔の女性が、言葉を被せてきた。


 そんなはしたない言葉を誰に聞かれるとも分からない廊下で、大声で叫んでいいはずがない。


 失礼すぎる。しかし、強ち間違いではない。アルバートとのはじまりはそれ。それがなかったら、こんなことになっていない。


 私は眉間にしわを寄せ、じろっと睨みつける。


「……は?」


 無性にイラっとして、いつもより低い凄みのある声が出た。


 黄髪の女性は、びくっと怯み、顔を赤くしてぷるぷるしている。

 ずっとそうしていればいいのに。


 ふわふわした緑色の髪の女性が勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。


「やはりあなたが脅したのですね、あなたのような卑しい女に近づかれて、シャノンさまは迷惑がっていますの!」


 女性はまるで悪役のように手の甲を口の前に持っていき、声を上げた。


 「脅したのは逆だ」という言葉は飲み込んで、呆れたように声を出す。


「それは本人にしか」

「わかりますわ! だって、私とシャノンさまは見えない強固な赤い糸で繋がれていますもの!」


 緑髪の女性は胸の前で両手を握りしめ、高らかに歌うように声を上げ、頬を桃色に染めて浮かれている。


 どうやら頭の中はお花畑らしい。

 強固という言葉を使うあたり、脳筋なのだろうか。もっと綺麗な言い方があるだろうに。


 私は口角が引きつるのを抑えられない。ぴくぴくと動くこめかみを指先で抑える。


「はあ!? 私の方があの素敵でかっこいいあの方にお似合いよ!」

「私の方があの綺麗で素晴らしいお顔にふさわしいわ!」


 赤髪の女性と黄髪の女性が反発して、三人で口げんかを始める。

 統率が取れていない。あくまで、一度限りの仲間なのだろう。


 相手にするのは面倒だ。それにしても、アルバートの容姿ばかり褒めている。


 蚊帳の外になった私は、音を立てないように後ろに下がる。


「なに逃げようとしてんのよ!」

「……」


 どうすればいいのだろう。執務室はまだ距離がある。

 無防備な背中を向けて立ち去りたくはない。だからといって、言い争いたいわけでもない。


 誰か気づいてくれないだろうか。活発ではない時間帯なので期待できない。


 こんなグダグダした会話では時間の無駄だ。鬱憤が溜まる。思い切り、ため息をつきたい。


「なに黙ってんのよ!」


 赤髪の女性の目はギラギラと燃えたぎる炎のようだ。彼女は一歩近寄り、私の肩を突き飛ばす。


「シャノンさまに、婚約を破棄してくださいって、もちろん言うわよね」


 私は眉間にしわを寄せる。女性の横暴な態度が癇に障る。


「言いません」


 つい、口を開いてしまった。

 女性は髪色と同じように顔を真っ赤にして、苛立ったように大口を叩く。


「調子に乗ってんじゃないわよ! 一度相手にされたからって!」

「……っ!」


 顔に向かって拳が飛んできて、すんでのところで首をひねって避ける。

 足を後ろに下げたときに、ヒールを履いていることに気づいて、ぎりっと歯噛みする。


 こんなときに限って、履き替えてしまった自分が恨めしい。


「罰則ぅわっ!」


 規則に反する行為だとなだめようと思ったのだが、飛んできた膝蹴りに言葉を遮られる。

 両手で受け止めたが、仕掛けてきた緑髪の女性は興奮して、止まらない。


「うるさい! あんたみたいな背の高い女が! 気に入られるわけないのよ!」


 ずきっと胸が痛む。そんなこと他人に言われなくても、自分が一番分かっている。背は高いし、顔は可愛い系でもないし、口下手。

 こんな女を好む人はいない。分かっているのに……。

 言葉が見つからなくて、唇を噛む。


 迫ってくる攻撃を受け流しながら、人が通りそうな広い廊下へ誘導しながら後ろに下がる。


 赤髪の女性は動きがいい。しかし、三人とも新米らしい実力だ。

 急にパキッと小さな嫌な音がして体勢が崩れる。


「やばっ」

「あんたなんてどうせ捨てられるわ!!」

「……っ!」


 赤髪の女性の蹴りが腹にめり込み、私の身体は後ろに吹っ飛ぶ。

 このままでは壁にぶつかる。受けるであろう衝撃に、思わず目を瞑った。

 ドンッと音が立つ。


「いっ……?」


 痛く、ない。

 背中に壁よりは硬くないものがある。


「「「きゃーーーー!! 」」」


 女性たちは一斉に黄色い悲鳴を上げた。

 耳がおかしくなりそうで、顔を歪めて耳を手で覆う。女性たちの視線は私の真上に固定されている。


 私を抱えている両腕を見下ろして、首をひねって後ろを見る。



 そこには、女性たちに鋭い視線を向けるアルバートがいた。

 急に現れたアルバートを見て、私は唖然とする。


「なにをしている、お前たち」


 蔑むような冷淡な声。


 女性たちは頬を紅潮させて、うっとりとした笑みを浮かべている。


「シャノンさまのためにまとわりつく悪い女を退治していたのです!」

「そんな可愛くないおおきい女、ご迷惑でしょ?」


 アルバートの眉がぴくりと動く。


「そんなことは思っていない。お前たちはなにをしていたのか分かっているのか」


 こめかみに青筋が浮いている。氷のような瞳が剣呑な雰囲気を醸し出している。

 冷ややかで突き刺さるような空気に私の身体がすくんでしまう。


 しかし、女性たちはアルバートに擦り寄っていく。そして、アルバートの腕の中にいる私に鋭い視線を向ける。


 アルバートの表情や声に気づいていないのだろうかと疑うほど、遠慮がない。三人ともメンタルが強いのか。それとも、ただ鈍感なのか。


「まあ! お可哀想に!」

「この女の毒牙にかかってしまわれたのですね!」


 演技がかった哀れみの声。


「そんな可愛くない女は放っておいて、私たちと遊びましょう?」


 赤髪の女性はアルバートの右腕に豊満な胸を密着させて誘うように動く。

 私は気色悪くて顔を歪め、悲鳴のような叫び声をあげる。


「アルバートさまに変なことしないで!」


 女性の肩がびくっと跳ね上がると、すぐに頭上から低い声が聞こえる。


「お前たちを相手にするわけないだろ。俺の婚約者は誰よりも可愛くて綺麗だ。よく知りもせずに勝手に決めるな」

「そんなっ! 酷いですわ! 私の方が」


 愕然とした女性たちは悲嘆し、喚きはじめる。


 こんな状況なのに赤くなろうとする頬をパチンッと両手で隠す。真に受けてはいけないのに……。

 意識が違う方向に向いていたが、アルバートの両腕がきつく抱き締めてくるのを感じて、すぐに現実に引き戻される。


「ぐぅっ」という呻き声と共に、ドンっと低い音が耳に入り、息を呑む。

 アルバートは後ろにいる女性を転ばせたらしい。


「な、なに」

「黙ってろ、口を塞ぐぞ」


 アルバートに釘を刺され、不穏な言葉に、思わず口をつぐんでしまう。


 アルバートの右腕を胸で挟んでいた女性が振り払われる。


「……っ!」


 声にならない声を上げて床に倒れた女性は、腕を回して腹を抱えるようにうずくまっている。

 左腕に絡んでいる女性がブルブルと震えだす。


 私は眉間にしわを寄せる。私に殴りかかってきた厭な女性たちだが、こうも怯えているのを見ると同情してしまう。


 青白い顔の女性が手を離して一歩下がる。


 その女性にアルバートの冷淡な視線が向けられ、私は焦燥感に駆られる。

 アルバートの腕が私から離れ、アルバートが一歩踏み出す。その刹那、アルバートにくるりと向き直り、


「えいっ」


 背伸びをしてアルバートの首に腕を回し、頭を下げさせるために、腕に力を込めて引っ張り、片足を前に出し、腰を下げて体重をかける。


「……っ!」


 不意打ちに成功して、アルバートの顔が目の前に迫る。鍛えているだけあって、やはり倒れる前に上体が止まった。

 アルバートは目を丸くして頬がほんのり赤くなってている。


「もう、良いでしょ?」


 気が削がれて欲しくて私はにこりと笑みを浮かべる。

 怯えて動きが鈍い相手を追う必要はないと私は思う。

 どうせ、いまアルバートが怒らなくても、報告すれば、あの女性たちは上にこってり絞られるだろう。


 眉を寄せたアルバートは、口をへの字に曲げる。


「……わかった」


 アルバートはため息混じりにそう言った。そして、アルバートは私を抱きしめて体勢を直すために持ち上げてくれる。

 足腰が辛い体勢だったから助かった。


 ゆっくりと離れたアルバートは、腕を組む。青ざめている女性たちに鋭い視線を向け、威厳のある声で話しかける。


「任務や鍛錬、および、正当な理由のある援助以外の目的で行われる戦闘は禁止されている。よって、お前たちは処分を受けることになる。所属している団と名前は」


 女性たちは団と名前は告げて、一目散に逃げていった。

 アルバートは紙にペンを走らせ、ポケットにしまう。



 すべて終わって、ほっと胸をなでおろす。

 安心した私は、頬を緩めてアルバートに顔を向ける。


「アルバートさま、ありがとうございます。助けてくれて」

「どういたしまして。まさかルーナに首を引っ張られるとは思わなかった」


 疲れた表情のアルバートは、手を添えて首を回す。


「うっすみません」


 あれ以外、アルバートを止める方法が思いつかなかったのだ。


「まぁ、いいけど…………」


 はぁ、とため息をついたアルバートは、呆れたような声をあげる。


「なんでやり返さないで、避けるだけなんだ。甘い。優しすぎる。正当防衛だろう。こんなくだらないことで身を危険にさらす必要はない」

「で、でも、相手が女性だし……」


 語尾がしぼんでいく。女性相手だと怪我をさせそうで怖い。慰謝料とかも怖い。


「いまの三人は、女でも騎士だ。男相手なら反撃するだろ?」

「……それは、やります」


 男性だったら、全力でやり返さないといけないと思う。男に比べれば、女は力も弱いし、持久力もない。

 いつまでも避けるなんて所業はできない。


「男相手と同じように、縛って動けなくさせればいいだろ。怪我をさせたくないのなら、足を引っ掛けるか後ろを取って転ばせればいい」

「うっ、はい……」


 たしかに、そうだ。紐も持っていたのに、頭が回らず、それをすっかり忘れていた。

 だんだんと私の視線が下がってしまう。

 アルバートは額に手をつけて項垂れる。


「こんなことでは、敵が女だったときが気がかりだな」

「……」


 なにも言えない。もしそうなれば戦うだろうけど、いまそれを言ったところで説得力は皆無だ。


「俺が来なかったら頭を打っていたかもしれないんだぞ。女性相手でも対処できるようにしろ。甘さが致命的な失敗につながることもあると覚えていろ」

「……はい、申し訳ありません」


 ぐさぐさと心に刺さる。しゅんと落ち込んで、頭を下げる。

 アルバートの大きな手のひらが私の頭をやさしく撫でる。


「心配させないでくれ……」


 アルバートは眉間にしわを寄せて、覇気のない声を出した。

 見たことないアルバートに私は目を見張る。


「自由室にいないから、なにかあったのかと探しに来てみれば、金切り声が聞こえて見つけたと思ったら殴られそうになっているし……、間に合うかひやひやした。……とても心配した」


 表情や声色からよほど気にしてくれたことが伝わってくる。反省すると同時に嬉しく感じてしまう。


「ほんとうにごめんなさい。待ち合わせ場所を忘れちゃって執務室に向かっている途中でした」


 アルバートは私の頭を撫でたまま、やさしく微笑む。


「無事でよかった」

「ありがとうございます」


 私は頬を緩めて明るい声で返した。


「怪我は?」


 アルバートは私を上から下まで眺める。


「ないです、お腹蹴られただけですから」

「……」


 アルバートは眉間にしわを寄せ、苦しそうに顔を歪める。


「大丈夫ですよ! でも、靴を履き替えます。ヒールが折れました」

「……そうか。腕、貸す」


 アルバートはじっと私を見つめてから、そう言った。気遣ってくれるのだろう。


「ありがとうございます」


 靴を履き替えた私は笑顔でアルバートに声をかける。


「遅くなっちゃいましたね? 早く行きましょうか」

「ああ、怒られそうだ」


 アルバートに差し出された左手に、迷わず右手をのせる。


「たしかに!」



 明るい笑い声が廊下に響き渡った。

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