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とびらの少年~「扉の少女」外伝~  作者: K・t
最終章 長い旅の果てに
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第三十五話 闇のとびら

「引きずり込まれたんだね。……あの時、お姉さんの声が聞こえて、心の中に自分を見付けた」


 あれは光の扉でした。そしてクェイルを召喚したのです。あとは三人がお互いを助け合ってその場を切り抜けました。

 しかし、ネオルクは受けた傷が元で気を失ってしまったのです。


「もうだめだって思った。でも、ここにこうして生きてる……クェイルのおかげで」


 今となっては、思い出した過去を見るのは身を切るほどに辛いものでした。

 姉とクェイルが張りつめた視線を交わすも、それは一瞬で、すぐに明るい笑顔を浮かべました。


「ね、ごはんにしよっか」


 そして生まれて初めて、姉と手をつなぎました。天使の導きで、二人はテラスへと向かいます。


 料理は次々に運ばれてきました。どれも旅の間には口に出来なかったような本格的な品ばかりです。けれど、どこか懐かしい、気負いの要らない食事でした。


「どう? おいしい?」

「うん。ちょっと緊張するけど……」


 いずれもクェイルに引けを取らない美貌の天使達が、どんどん現れて料理を運んでは去っていきます。


 夢の中の出来事のようで、妙に心が浮つくのを感じました。きっと、現実味が追いついていないのでしょう。

 円卓について、姉とこうして向き合っているのが不思議でした。


 皿でいっぱいのテーブルを楽しそうに眺めながら、彼女が料理の一つにフォークを刺して口へ持っていきます。


「実は私も。今日は特別なんだ。いつもはもっと普通だよ」

「お姉さんのこと、聞いてもいい?」


 ここへ来た理由の一つ、疑問への答を求めてネオルクが口を開きます。今放り込んだ野菜の欠片を呑み込んでから、姉が微笑みました。


「うん。あ、私のことは好きに呼んでね」

「じゃ、じゃあ、お姉ちゃん」


 ずっとこう呼ぶ機会が来るのを待ち望んでいた気がします。家族なのに、血がつながっているはずなのに、「お姉さん」はとても他人行儀に感じられたからです。

 呼ぶと、彼女は嬉しそうに更に笑ってくれました。


「どうして、お姉ちゃんはここにいるの?」


 色々他にも聞きたいことはあります。もっと遠回りすべき質問だったかも知れません。でも、これが一番の疑問だったから勇気を振りしぼって訊ねました。


 かちゃり、と食器が置かれ、真剣な表情が表に現れます。そうするだけで数年分以上の開きが二人の間にあるように思えました。

 姉は、自分とは比べ物にならない位大人で、ずっと先を歩く人でした。


 そうして、自嘲じちょう的な笑みをほんの少しだけ浮かべます。


「私ね、神様なの」

「……?」


 どういう意味でしょう。姉はネオルクの実の姉のはずで、つまりは「人間」のはずです。


「はじめは、ちゃんと地上の、とある村に住んでたんだよ。普通の人間として。ルアナさんっていう女の人が育ててくれたの」


 いちいち心臓を打たれました。言葉は感情を薄く含んで、それでも淡々とつむがれていきます。


「私ともう一人を、10歳までね」


 流れから、そこで何かがあったのは確実でした。そしてそれは喜ぶべき事でないことも。


「10歳になった時、私はそこにいるエルネアと出会って」


 ずっと付き添っていた金髪碧眼の女性が「よろしくね」と笑いました。本当に綺麗な天使ひとです。誘われるように彼も笑い返しました。


「同い年だったもう一人は、悪魔を呼び寄せてしまったの」


 体が固くなります。「悪魔」がどんな存在かは想像するまでもないでしょう。


「本来なら天に繋がるはずの扉が、悪魔の住む世界と繋がってしまった。もう一人は……ダリアは悪魔のマカラを地上にんで……、辺り一帯が消し飛んだ」

「そんな」

「生き残ったのはエルに助けられた私と、悪魔を召喚したダリアだけ」


 あとはネオルクがここまでやって来たのと同じように、天使に導かれて精霊と契約する旅に出たのだと言いました。


「その旅で出会った友達は今でも大切な親友なんだ」


 言われて、ネオルクは自分の旅を振り返ってみました。旅では唯一、ディーリア――サリアだけは、深く関わる間柄だったように思えます。


「それに、ここにいる二人……エルネアも、フェロルも、私にとってはもう家族なの」


 今度はフェロルと紹介された青い髪の男性が微笑みます。


「さみしくないの?」


 覚えず口からこぼれ落ちていました。心配だったのです。家族からどういう理由で離されたのかは知りませんが、辛くなかったのかが気になったのです。


「さみしくないよ」


 これまでで一番の笑顔を見せてミモルが言います。強く「真実」を感じさせました。



 通された先はこぢんまりとした寝室でした。

 あまりに多くのことを連続して頭に入れて、ネオルクは混乱していました。考えを整理するため、ミモルはこの部屋を彼にあてがったのです。


 トゥワイスと同じく「神の使い」らしい、黒く長い髪を棚引かせるアルトという女の人が案内してくれ、寝巻きやシーツ、翌日の着替え等を準備してくれました。


「それではご用がありましたら何なりとお申し付け下さい」


 彼女がと深々頭を下げその場を去ると、狭い部屋にはクェイルと二人きりです。ベッドに寝ころべば、すぐ上の窓から月明かりが降ってくる位置にありました。


 クェイルみたいだな。


 何気なく考え、改めてそう思いました。神、悪魔、天使……それらの関係はまだ良く分かりません。でも、姉やクェイルが信じられる相手なのは肌で感じました。


 妙に冴えた五感を持て余して、気持ちを落ち着けるために外へ出ます。自分をき付けた月を、もっと身近で見たかったのです。


 建物伝いに歩くと、ふいに中庭らしき空間へ出ました。芝生しばふの真ん中に小さな噴水があり、ささやかな音を立てて水を吹き出しています。


 丸みを帯びた月が澄んだ水面に映っています。そうして見上げれば、大きな本体がこちらを優しく見下ろしていました。


 やっぱり似てるなぁ。


「あれ、どうしたの?」


 頭上に注目していたせいで全く気が付かなかったネオルクはビクリと身を震わせます。声をかけてきたのはミモルでした。こちらが驚いたのを見ると、微かに笑います。


「邪魔しちゃったみたいだね」

「ううん。ちょっと外の空気を吸いに来ただけだから」

「それにしては随分と見入ってたみたいだけど?」


 どうやら人から見てもかなり月に魅入られていたようです。理由を言うべきか迷いましたが、姉の目には何かを追求する強さはありません。

 その自然体がすんなりと言葉を引き出させてくれました。


「月って、クェイルに似ている気がして」


『ごめんね』

「えっ?」


 それはクェイルと心を通じ合わせて話す時の、あの独特の響きです。けれど今のそれは消え入りそうで、とても悲しい姉の声でした。


「な、なんでもないよ。さぁ、中に入ろ。昼間の続きを話してあげるから」


 取りつくろった様子の彼女はネオルクの背を押して、また目新しい部屋に連れていきました。村ほどの規模の人数なら一度に詰め込めそうな広間です。


 大量に並ぶ長テーブルや椅子に圧倒されていると、入口の側の一角に座るように促しました。

 そこでミモルは、喚び出された悪魔のその後を話してくれました。

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