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とびらの少年~「扉の少女」外伝~  作者: K・t
第四章 きりを抜けて
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第十七話 白いやみ

「あ、あぁ」


 消え入りそうな声で謝るようにそう言うと、慌ててネオルクを解放して軽く息を吐きました。


 そんな仕草をされると、悪いことを言ったような気になります。心配してくれ、痛みを(いや)してくれたのに、と。


 それにしても、自分が意識を取り戻してからのクェイルはどこか変だと、ネオルクは気付いていました。

 れ物に触るみたいに接して、こちらの顔色をうかがっているようです。


「……ね、水、飲んでもいい?」


 クェイルは黙ってうなづき、改めて井戸の前へ彼を連れていきました。

 おけが上にないので井戸を覗き込んでみると、底の、満々とたたえられた水面にたゆたう小さな器を見出します。


むから少し下がっていて」


 言っておいて、桶をつなつるを手にとり、からから音を立てながら引くと木桶が上に上がってきました。中には澄んだ水が溢れんばかりです。


 器は大きく、深さも十分ありました。そのため、受け取ると思った以上の重さで、彼はびっくりして水をこぼしそうになります。

 ふっと、それが急に軽くなったのはクェイルが支えてくれたためでした。


「はい」

「ありがとう」


 水はとても美味しく感じられて、飲むほどにノドのかわきを覚えました。結局、息継ぎもそこそこに飲み干してしまったほどです。


「……ふぅ」

「まだ要る?」

「うん、もう少し」


 こんなに美味しい水は久しぶりです。そうして思い出すのはウォーティアに認めて貰った泉でした。桶に再度水を汲み入れながら、ぽつりとクェイルが言います。


「疲れていたんだ」


 元気を取り戻し、何気なく真っ青な空を眺めていたネオルクは、聞きもらしそうな呟きを耳に留めて目を向けました。


「もうネオルクの故郷からだいぶ離れてしまった。ここまでの行程はやはり」

「そんなことないよ。……疲れてないって言ったら嘘だけど、辛くなんかない」


 がしゃがしゃと井戸の壁に桶が当たる音がして、地上に上がってきます。水を与えられた彼は、礼の代わりに少し悲しげに笑いました。


「本当だから。だって、この道を進んで行けばお姉さんにえるんでしょ?」

「それは、そうだけど」

「だったら行くよ。どこまでも、クェイルと一緒にね」


 クェイルは何か言いかけたものを飲み込んだようでした。少年は決意を含んだ瞳で言い終わると、二杯目も一気に飲み干してしまいました。


「村を出る」

「え、いいの?」


 一休みしたら、クェイルはあっさりと宣言しました。

 井戸のふちに腰掛けていたネオルクは、まだ待たされることを予感していただけに、この言葉に驚き、立ち上がります。


 村は来た時と変わらず、鬱々とした空気に包まれています。調査はどうなったのでしょう?


「もう、ここですべきことはない」


 詳細を聞きたくても、声が出てきません。たずねても苦しめるだけかもしれず、それよりは黙ってついていく方が良い気もしました。


 きっと、ここにはもう助けるべき相手がいないのでしょう。それに、先ほどのクェイルの様子を見たばかりでは、一歩踏み込む気持ちになれなかったのです。

 彼等は寂れた村の入り口をあとにして、細い道を再び行くことにしました。



「えっと、今のところ認めてもらったのは水と風の精霊さんだよね」


 指を折りながら草原地帯を歩きます。長く伸びた道行きはその太さを増し、二人は並んで歩けるようになっていました。


「次は何かなぁ」


 気持ちが落ち着いてきたら、今度は未知への期待が膨らんでくるのが分かります。


「ネオルク、足下に気を付けて」


 ずっと黙っていたクェイルが突然忠告してきたかと思うと、それまでとは違った感触が足に伝わってきました。


「わっ、ここ何?」


 つるっ! 危うく滑って転びそうになるのを踏ん張ってえました。辺りを見回すと、いつのまにか風景は雰囲気を変えています。

 大地に根付く短い草木の種類もがらりと変化していました。


 湿っぽい空気とれた地面。視界の届く範囲の先まで薄い水の層がおおっています。その表面を太陽が照らし、あちこちできらきらと輝きました。


「湿地帯だ」

「綺麗だね。でもちょっと歩きにくいな」

「それに、霧が」


 温度が上がったために蒸発した湿気が霧になり始めています。今はまだいいようなものの、そのうち一寸先も分からなくなるとクェイルは言いました。


「どうしよう」

「大丈夫だ」


 ぎゅっ。クェイルが、その大きな手でネオルクの手を握ります。汗一つかいていないてのひらの暖かみが感じられました。


「私がついている」

「う、うん」


 さっきはあんなに動揺していたのに。もしかして、「あれ」そのものが原因じゃないのかな……。


 まだ身に残る抱きしめられた時の感覚に、逆にどきどきしてしまうのはネオルクの方です。


 ぺちゃぺちゃと水をねさせながら、手を繋いだまま二人はどんどん進んでいきました。


「ねぇ、あとどれくらい?」


 霧は予想通り濃くなる一方で、もうクェイルの顔さえはっきりと見ることが出来なくなっています。すぐ隣にいるのに聞こえない気がして、声を張り上げました。


「半分は過ぎた」


 けれども返事は淡々としたいつもの音量で、それでもきちんと耳は捉えています。


 クェイルの声って良く通るから……僕のはどうなんだろう?


 霧は先が見えません。これは白い闇だと、ネオルクは身を震わせた。失敗事を起こしたら、二度と出られないように思えたからです。


 ここは誘導してくれる天使を信頼して、ついていくしかありません。たまに落ちている枯れ木に足を取られないよう気を付け、必死に歩きました。


「……ん?」


 静かな原は穏やかさを見せ、動物の足音さえ湿った地に吸収されます。そんな中で、ふと何かが耳に触れたように感じました。


「何?」

「ううん、何でもない」


 何だったんだろう、気のせいかな?


 なおも歩き続けていると、少ししてまたふわっという感覚を覚えました。気のせいではないみたいです。


 立ち止まって耳を澄ましてみたくなります。そうすれば、この不明瞭ふめいりょうな感覚をはっきりと感じ取れそうでした。


 でも、こんなところ早く抜けないと。闇は、怖い……。


 足がすくみます。霧という先の見えない闇の中にいて、天使というたった一つの道しるべを見失うことだけは避けなければならなりません。


 ふわっ。ふわっ。

 けれども、段々それは心に直に訴えかけてくるものへと変化してきていました。体の奥が揺さぶられ、焦燥しょうそうに駆られます。早く、早くとささやかれているみたいでした。


 ふわっ。ひたりと足が止まります。


「く、クェイル」

「ネオルク?」


 真っ白い空間のただ中で、お互いを見ることも難しい状況でした。

 切羽せっぱ詰まった声を出すネオルクをいぶかしんで、「どうした」と聞くクェイルでしたが、答えは余計にれた調子の声だけです。


「ぼ、僕っ」

「落ち着いて」

「落ち着けないよ。ずっと呼んでるんだ」

「呼んでる? 誰が」


 繋いだのとは反対の手で触れると、ネオルクの肩はかすかに震えていました。

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