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とびらの少年~「扉の少女」外伝~  作者: K・t
第三章 風のけはい
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第十三話 嘘とほんとう

「ある――」

「だめっ!」


 ウィンの言葉をさえぎり、その背後に何者かの気配が現れました。

 黒い影に一瞬ドキリとしましたが、すぐに「あれ」とは違うと分かります。恐ろしさが感じられなかったからです。


『なっ!?』


 驚きは声となって、二人分が重なりました。一つはウィン、もう一つはネオルクのものです。


 風の精霊を羽交はがめにしたのは、同じくらいの背丈……いえ、全く同じ人物でした。


「ウィンが、二人?」


 言葉にしたものの、自分でも理解は出来ません。緑の髪と目、背中の羽。まさに瓜二つで声まで一緒だったのです。こんな奇怪な事が存在するのでしょうか。


「双子なの?」

「違う! こっちは偽物だ!」

「いや、お前こそ偽物だ!」


 訳が分かりません。二人の精霊のうち、どちらかが偽物と言われても、口の中にみ切れない物があるようで気持ち悪さがあります。


 とらわれた前のウィンは必死にもがいています。姿は同じ、加えて力も互角のようです。しっかりと捕まえているのが難しいのか、後ろの方も苦しげでした。

 そのうちに耐えきれないと言った声で叫びます。


「ネオルク、偽物の正体をあばくんだ!!」

「えっ、僕? 出来ないよ、そんなこと!」


 ネオルクは慌てて否定しました。その間にも二人の攻防は目の前で続けられ、周囲には風がじょじょに巻き上がってきています。


「やるんだ! やらなきゃ、こっちがやられる!!」


 もうどちらが話しているのかも分かりません。ですが、精霊たちはなお激しく暴れ、その説得には耳に残る切迫感がありました。


 やられる。それはつまり……。


 考え、身震いがします。やらなければ、ここで終わりなのだと思ったら、脳裏のうりに天使の顔がちらつきました。


 クェイルはもしかして。


 ひらめいた着想に我ながら情けなくなります。じっと見つめた先にある瞳がうなづいていました。その奥に、光が見えました。


「か、返して」

「あっ」


 ふとした弾みに腕がほどけます。今や凄い形相になった精霊、とも呼べぬ者が逃げ出そうとしていました。どちらが偽物かなど、正体を暴くまでもなく明らかです。


「クェイルを返して!」

『力を貸そう』


 カッ! ネオルクの腹の底からの叫びと同時に、目の前には光る板が現れました。それは流れる水でできた、透ける鏡でした。

 頭に、先日聞いたばかりの声が届きます。


『水は全てを見ている、この鏡は真実を映し出す』


 鏡を通して見た物にネオルクは凍りつきました。


 じりりと鏡から目映い光が発せられます。敵はそれを浴びてすぐに灰と化しましたが、彼の目蓋まぶたにはあるものがはっきりと焼き付いてしまいました。


「あいつだ。僕たちを狙ってる影……」


 すとん、と体から力が抜けて崩れ落ちました。ふうと息を吐き出したところで、本物のウィンが手を差し出してくれます。


 けれど、「大丈夫?」と案ずる声も、放心状態の少年には聞こえませんでした。

 一つの考えが頭に取り付いて離れないのです。


 僕が偽物と会う前に、クェイルは。


「ほら、立って。お陰で助かったよ、君がいてくれて良かった」


 本物のウィンの声は優しく、暖かい風が吹くようでした。茫然ぼうぜんとした意識の中で触れたその手にも温もりがあります。

 ネオルクはなんとか立ち上がりましたが、その唇は震えていました。


「僕は……助けてあげられなかった」


 目の奥に熱がこもり、耐えきれなくなって外へ溢れ出ようとします。ぐっと握った手にも熱が集まってくるのを感じました。


「お姉さんに会う前にクェイルを失ったら意味がないよ。謝ることも出来ないなんて」

「ネオルク、それは」


 精霊は声をかけようとして喉を詰まらせた、訳ではありませんでした。後ろの、自分達よりも大きい何かの気配に気が付いたからです。


「私は決してネオルクを置いていったりはしない」

「えっ?」


 なおも自分を責める少年はやっとその気配へと目を向けました。赤くなった瞳では視界がにじんでいたけれど、間違いようがありませんでした。

 滅多めったに見せない柔らかい微笑ほほえみをたたえ、怪我一つない姿で立っています。


「凄く久しぶりに見たような顔だ」


 待って、クェイルは。


 駆け寄りかけて、ネオルクは思わず体を強張こわばらせました。実際にこの目で確かめても、疑いを払うことが出来なかったのです。


 あの偽物は二人をどこかで引きはなし、一人ずつ倒すつもりだったに違いありません。そのため、まずは手強てごわいクェイルを誘い出したのでしょう。


 そして「精霊」はネオルクの前に現れたのです。それは天使を動けない状態にしたという証拠でした。つまり――。


「信じられないか」

「だって、クェイルは」


 ずきりと胸が痛むも、クェイルは笑みを崩しません。何が起こったのか、天使はゆっくりと分かるように説明してくれました。


「あれは私を倒したつもりだった。やられたふりをしただけだ」


 クェイルは森に入った直後に邪悪なものが近くにいると気付いたらしい。そうして攻撃を受けてすぐ、元の場所まで戻って捕まえたはずだったと。


 ほんのわずかだったけど、クェイルは……。


 その間もネオルクは一定の距離を取っていました。これは心の距離そのものです。


 信じられないのは悲しいけれど、信じて裏切られるのは、裏切られて本当のクェイルが守ってくれたこの身を滅ぼすのはもっと辛いことだからです。

 正直な気持ちが胸を何度もつつきました。


「逆に反撃をくらい、とっさに負けたフリをすることを思いついて」

「……」

「奴が去った後に本物のウィンを森の中から見つけだして……」

「そんなことが聞きたいんじゃないよ」


 生まれた気持ちを自分でも知らずに弾かせていて、クェイルはキョトンとした顔でこちらを見ていました。

 真っ直ぐな瞳の蒼に見咎みとがめられて、わき起こった激情が冷めかけます。


 けれど一瞬だけ。

 言ってはいけないことだと知っていて。

 言わずにいられないことでもあったから。


「クェイル? 本物の? ……こたえてよ」


 柔らかい繊維せんいで編まれた天使の服に、すがるようにして問い詰めていました。

 触れることにはためらいがありましたが、リスクを犯しても聞きたかったのです。


「本物……」


 ぽつり、どう表現して良いか思案する顔を見せます。ドキリとする横面でした。落ち度のない、そこが人間ではない証だと言わんばかりの流れがあります。


 人間ではない。改めてそのことについて考えてみました。そこへさらうようにクェイルの声が落ちます。


「本物だと言って、信じられるのか?」

「それは」


 あおあいに変わった気がしました。ともる光は責めるものではありません。あるのは、不安でしょうか。


 悲しみを浮かべる瞳と出会った途端とたん、さっきまでの感情がどこかへ押しやられてしまいました。

 代わりに後悔が突然胸の奥に起こり、全身が一気に冷たくなりました。


「ごめん、僕……っ」

『ネオルクだけには信じて欲しい』


 頭に直接、声が響きました。理屈でなく、心で理解します。これこそがクェイルが本物である証だと。

 いつでも二人はつながっている。だから声は届くのだと。


 地面は何も言わず自分達を受け入れてくれます。どんなに踏まれても蹴られても、こぼれる涙を受け止めてくれます。染み込んだ後がじわりとにじみました。


 天使は大地の化身なのかもしれない、そんな気になりました。

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