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とびらの少年~「扉の少女」外伝~  作者: K・t
第三章 風のけはい
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第十二話 少年のささやき

 

 何者かと訊ねかけて、ネオルクははっとしました。こういう時は自分から名前を言わないといけないのだったと気付いたのです。


 小さな頃、母親に教わったことの一つでしたが、今の彼にとっては重さを伴っていました。優しげな面影が脳裏に浮び、淋しさが一瞬増したのです。

 そんな思いを振り払い、勇気を振り絞らなければならないのは辛いことでした。


「僕はネオルク、あなたは?」


 内心、正体を知るのが怖くもありました。けれど、逃げることも出来ません。声は楽しそうな笑い声をひとしきりあげて、そのままの感情で返事をしてきました。


「もしかして森のお化けか何かだと思ってる?」


 どきり。どこかで考えていたことを見透かされ、2・3歩後ろへ下がります。がさりという茂みの擦れる音が妙に耳に残り、顔に赤みが差すのが分かりました。


「そ、そんなこと」


 しどろもどろに否定しながら、相手を怒らせたかと思ったネオルクは慌てます。


 自分は身を守る術のない子どもです。誰が相手であろうと、不利なのは分かりきっていました。そして、声は悪意ある言葉をささやきます。


「一緒にいた人は君をこの森に――」

「ちがうよっ」


 聞きたくないと耳をふさぎました。違う違うと心の中で呪文のように繰り返します。そんな様子を見て何を思ったか、突然トーンを落とした声が森に響きました。


「まぁいいや、もう言わないよ」

「え?」


 怖いセリフを更に浴びせられると思っていた少年は、興醒きょうざめした感のある相手に呆気あっけにとられました。


「こんなことしても別に面白くないし」


 急に飽きてしまったのでしょうか。まるで猫のように感情の移り変わりが早い相手です。


「ネオルク、だっけ? 何でこんなところにいるのか教えてよ」


 ネオルクはホッとしました。考えたくもない、否定もできない疑いを指摘されるのは苦しみ以外の何者でもないからです。


 ただ、この新たな質問にも戸惑とまどいました。誰ともつかぬ相手に本当のことを喋ってしまっていいのかと。もちろん、その答えは明らかです。


「それは……」


 言いよどみ、困っている彼をじっと観察するような視線が上から注がれました。声は一つなのに、大勢の人からの視線に感じられます。


「この、むこうの町に行くために」

「だから、何のために?」


 やっと口にしたことも、あっさりとかわされて根本へ話題が戻ってしまいます。こうなっては嘘を付くよりはと、突っぱねることにしました。

 それがクェイルへの信頼だと思ったのです。


「言えない」


 鼻で笑うのが空気の動きで分かりました。


「教えてくれたら君の連れを探してあげるよ」

「……いい、自分で探すから」


 ネオルクはこの相手を不審に思い始めました。最初にあった不信感とは違う感覚です。言葉以上に、まとった空気そのものが硬くなるのを自分でも感じました。


「じゃあ、行かせない」

「えっ、――っ!」


 ざわっという風の流れの変化が肌に伝わるも、それはただの予兆。今度こそ本当の「風」が彼におそいかかりました。


 体中に、大きな爪が引き裂いたような痛みが走ります。次いで体が浮き上がったかと思うと視界が回転し、硬い何かに大きく打ち付けられ、反動でのけ反りました。


 叫びたいのに息が詰まって声になりません。


「行かせないって言ったよね」


 何が起こったのか、すぐには理解できませんでした。ただ、硬い何かが太い木の幹であることは、ぼんやりとかすんだ中でも見て取れることが出来ました。


 背中には木屑きくずが刺さっているようです。少しだけ呻いたネオルクは、痛む体にむち打って起きあがりました。


「……君は」


 そこに「彼」がいたからです。年はネオルクと同じくらいでしょうか。

 気の強そうな瞳は明るい森の色をしており、同じ色の髪はさっきと打って変わって穏やかになった風になびいています。


「あっ」


 声を発し、ネオルクは目を見開きました。その背に、向こうが透けるほどに薄い羽根が付いていたからです。まるで絵本に出てくる悪戯いたずら好きの妖精のような姿でした。


「ふふっ、そんなに珍しい?」


 楽しげに笑いながら、足を空中でふらつかせる様は人間ではないことの証です。


 驚く様子がおかしくて仕方ないみたいですが、こちらは思ったより重い怪我はないものの、あちこち切り傷やり傷を負って、その笑い声さえ障りそうです。


「き、君は何者なの?」


 痛みをこらえて問いかけると、「彼」は肩を落としてふわりと地面に足をつけました。


 一歩ずつ、ゆっくりと近づいて来るのを見ていると、つい逃げ出したくなってしまいます。やがて、目の前で立ち止まりました。


「僕はウィン、風の精霊さ」

「え……」


 確かに風は彼が現れる直前にネオルクの足下をすくい、今も彼の意志で襲ってきたように感じられました。

 ただ、それを鵜呑うのみにして良いのかどうか、迷います。


「なら何で、こんなこと。精霊は――」


 そこから先をどう表現して良いか更に迷っていると、「精霊」を名乗る少年は「面白くないね」と呟きました。


 ネオルクは眉根を寄せます。どういう意味なのかと首を傾げる思いでしたが、今は痛みでそれも叶いません。立ち上がった状態を維持するので精一杯なのです。


「そう、僕たちは確かに契約者や天使と協力関係にあるけど、それってこっちにはあまりメリットがないんだよね」

「メリット? 得る物がないってこと?」

「力を貸しても何か得するわけじゃない。今まではそれが使命だと思ってやってきたけど、ミモルじゃあ」

「えっ?」


 漏らした愚痴に思わぬ反応を返され、最初は不思議そうな表情だったウィンもその意味に思い至ります。


「そっか、ミモルの弟だっけ」


 面白い遊び道具を手にしたような表情が浮かんだのを見て、ネオルクは今まで以上に嫌悪感を覚えました。

 しかし、それよりも知りたいと思う心が勝ります。痛みも忘れていました。


「お姉さんを知ってるの? なら教えて!」


 精霊に会うたびに耳にする姉のこと。その都度、何者なのだろうと思わないではいられません。

 自分と同じような境遇であること以外は、何も知ることが出来ていないのです。


「そんなに知りたいなら教えてやってもいいけど」

「本当?」


 どんなことでもいい、知りたい。

 知識をひけらかす優越感を刺激する口調でたずねれば、いよいよ自慢げに語り出しました。


「ミモルは」


 自分でも知らぬうちに唇をなめて湿らせます。ごくりと喉が鳴りました。


「僕たちの」


 精霊全てという意味でしょうか。一人の人間に過ぎないはずの『ミモル』の正体に対して、疑問が膨らみます。


 これまでだって、いえ、クェイルに会ったあの瞬間から思っていたことです。天使や精霊に一目置かれているらしい姉の謎が解ける――。

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