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とびらの少年~「扉の少女」外伝~  作者: K・t
第二章 森の奥でのであい
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第十話 石のこえ

 頭が混乱して眠るどころではありません。体の疲れは残っているのに、後から後から疑問が浮かんではネオルクを夜の闇に引きとどめました。


 荒れてしまった部屋はクェイルの不思議な力で元通りに戻っています。とてもここで先程大事件が起こったとは思えません。鏡も今は透き通り、室内を映し出しています。


「クェイル、聞いても良い?」


 思考の回廊に迷い込んだ心地で、助けを求めるように隣のベッドに声をかけました。天使も眠る様子はなく、こちらをむいてゆっくりと目を開きました。


「……答えられることなら」

「うん、それでいいよ」


 それでいい、と心の中で繰り返します。別にクェイルを困らせたいわけではないからです。


「あの倒れてた女の人、大丈夫かな」


 巻き込まれただけなのに、一番被害をこうむったのはあの人でした。そして、先程聞こえた「精神を荒らされた」という言葉が胸を締め付けます。


「平気だ。少し休めば支障はない。……心の闇を喰われただけだろうから」


 それはシーツに汗と一緒に吸われてしまいそうな小さい声でしたが、ネオルクはどきりとしました。


 心の闇なんて、漠然としていてはっきりと形がつかめない言葉です。


 ただ、それはこれまでの人生で感じなかっただけだということが、胸のあたりの痛みで感じられました。きっと、ここにもあると思うのです。


「大丈夫」


 肺の空気の重みに苦しむネオルクをなぐさめるように、ふっと優しい声が耳をかすめました。


 見れば、沈痛なおももちをしています。痛くて仕方がないと、ともすれば悲鳴を上げそうになる心が伝わってしまったのかもしれません。


「ぼ、僕は平気だよ」


 彼は怖くなりました。自分が何とか言って弁解しないと、クェイルが消えてしまうのじゃないかと思えて恐ろしかったのです。

 だから、クェイルのセリフには心の底から驚きました。


「ネオルクの心の闇は、私が守ってみせるから」

「え、どういう意味?」


 暗い部分なんて、ない方がいいに決まっているはずです。


「心の闇はネオルクの一部、人間であることの証だから」


 あ、と声が意識せずしてこぼれ落ちました。誰かを憎んだり嫌ったりする心。クェイルはそれらを失ったら人ではなくなってしまうと言っているのです。


「うん、分かるよ。何となく」


 それきり沈黙が訪れました。外はまだ夜のまっただ中です。窓に吹き付け、カタカタと鳴らす風が大きく聞こえます。


 それは自分に与えられた考えるための時間のように思えて、随分長い間じっと身じろぎもせずにいました。考えに考えて、また苦しくなってきた頃、再び口を開きます。


「あの人達……」


 クェイルがピクリと動きました。その反応に戸惑とまどいながら、出来るだけ相手を思いやるように言葉をつむぎます。衣擦れに紛れてしまわない程度の声で、ゆっくりと。


「誰か聞いても、だめだろうけど。クェイルの知ってる人、なんだよね?」


 質問の意図はだいたい伝わったはずです。返事を受けて、安心したい気持ちでした。直感と、何よりクェイルを信じたかったのです。


 ふっと表情がやわらぎました。それだけで冷たかった体に熱が戻ってくるのを感じます。ようやく訪れた眠気のどこか遠くで、水音を聞いた気がしました。



 翌日の朝早く、昨日のことには触れないままに二人は宿を後にしました。その足で近場の食事所に入ります。


「おいしい」


 瑞々(みずみず)しいサラダや温かくてほんのり甘いスープ、香ばしいパン、カリっと焼かれた白身魚……。


 朝食は乾いたノドをうるおし、空腹で滅入っていたネオルクの気持ちを奮い立たせるのに足る物でした。やはり、道中の軽い食事ではどうにも疲れが取れません。


「クェイルは本当に何も食べないんだね。それで、これからどうするの?」

「町を出る、次の目的地へ急ごう」


 食べ過ぎたかなとも思えるお腹をさすりながら、町の中央通りを歩いていきます。


 前日はほとんど見物しなかった出店がズラリと並んでいますが、まだ時刻が早いために人出もなく静かなものでした。


 そんな中で開いている店の前を通りがかりました。赤いテントに木の机、そして不思議な商品が並んでいます。


「わぁ」


 アクセサリーを売る店でしょうか。きらきらした光を内に含んだ紅や黄、蒼い石がブローチやネックレス、指輪となって並べられています。


 何気なく通り過ぎる一風景のはずだったのに、ネオルクはそれらの輝きに吸い寄せられ、しげしげと眺めてしまいました。


 何でだろう。「宝石には魔力がある」とは言うみたいだけど、女の子でもないのにな。


 宝石をこんなふうに熱心に見つめたことなど今までなく、とても不思議です。


 店番をしていたのは女の子でした。赤い髪をポニーテールにまとめた、にこにこと笑顔の耐えない子です。


 その子にずっと見つめられていることに気が付いて、ネオルクは慌てて頭をちょこんと下げました。


「こんにちは。君がここのお店をやってるの?」

「うん、お兄ちゃんも良かったら一つ買っていってね」


 並んでいる宝石のような光を放つ瞳が、きらりと一際強く輝きます。


 言い方はもちろん、声もまだ幼く聞こえます。自分といくつ違うのだろうか、そんなことをぼんやりと考えました。


 けれど、買うつもりはありません。今までお金の支払いもクェイルに頼っていて、持ち合わせはほとんどないのです。


 天使が何故旅費に困らないほど持っているのか不思議ではあっても、ここに来るまでついに聞けずじまいでした。


 ただ、石を見ているとどうしてもここを離れがたく思ってしまいます。どうしようもなく立ちつくしていると、横にクェイルが近寄ってきました。


 ごめん、僕お金を持ってないんだ。そう言って離れなければならないのに、これでは叱られてしまうかもしれません。


「これ下さい」

「えっ?」


 しかし、あっさりとクェイルは陳列された商品の中の一つを指さしました。小さな紫の石を付けた首飾りで、少年も引き込まれる光の反射をしています。


「ありがとうございます!」


 無邪気に喜んで、少女が小さな紙袋にそれを入れました。店番をしているのは今日ばかりではないらしく、手慣れた手つきです。


 受け取ったクェイルがさっさと店を後にしたので、ネオルクも弾かれたように後を追いかけました。


「クェイル、それ欲しかったの?」


 何だか宝石と天使が不釣り合いに思えます。

 首飾りは確かに可愛いのですが、クェイルには露店で売っているようなものではなくて、もっと本格的なアクセサリーの方が良い気がしました。


 すると、ふふっという楽しそうな笑い声が立てられました。


 袋を開け、中身を取り出すと、誰もいない道の上で立ち止まって振り返ります。瞬間、何か呟いたように聞こえましたが、何を言ったのかまでは分かりませんでした。


「はい」

「え、何?」


 スッと、その腕が前からうなじに回るのを感じてドキリとします。視界がクェイルでいっぱいになっている間、体が固くなりました。


 そうして二人の距離が再び元に戻ったとき、首元には鎖のひんやりとした感触が残されていました。


「……いいの?」


 ようやく、買い物が自分のためだったと分かりました。


「石の力にかれたのが分かったから。その石がネオルクに呼びかけていることも」

「呼びかける?」


 言われてみて、そうかもしれないと思えました。


「石は服の中に入れておくと良い」

「……ありがとう」


 何かにここまで引き寄せられたのも、宝石を身につけるのも初めてです。それはくすぐったかったけれど、嬉しい気持ちでした。

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