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第6話<1>

 そうして学園祭当日。


 初日である今日は幸いにして天気に恵まれ、十一月最初の週末という時期にも拘らずブレザーなしで外を歩けるくらい暖かかった。気象庁によれば明日も天候に不安はないそうだ。どうやら我が校は日ごろの行いのいい生徒のほうが比率が高いらしい。


 さて、時刻は開会五分前。


 学園祭実行委員であるところの僕は、現在、クラスの出しもののある教室ではなく、校内の巡回の真っ最中だった。二の腕には実行委員であることを示す腕章をつけている。使用機材関係のトラブルがないかとか、生徒が羽目を外して馬鹿をやっていないかとか、そこそこ気をつけるべきことは多いのだ。今のところは喧嘩未満の口論を一件仲裁しただけですんでいる。


 と、そこで電話がかかってきた。相手は同じ実行委員のメンバーだ。開会直前の定時連絡だろう。


「もしもし」

『あ、藤間? もうすぐ開会だけど、様子はどうだ?』

「現状、特に問題はないね」


 前述の件も報告するほどのものではないだろう。


『わかった。そのまま見回り頼む』

「了解」


 実に定時連絡らしい短いやり取りを交わして電話を切る。


 それから程なくして校内放送が流れた。


『生徒の皆さんにお知らせします。ただ今より20xx年度明慧祭を開催します』


 生徒会長による開会宣言だった。


 それに合わせて手の空いている生徒は拍手をし、それでも足りないやつは「いぇーい」だの「うぇーい」だのと奇声を上げる。


(去年も思ったけど、『明慧祭』って安直なネーミングだな)


 そこに少し不満がある。が、これまでそれでやってきたのだ。改名を提案したかったが、却下されるのがオチだろうと思い、やめておいた。


 開会宣言に続いて注意事項も並べられているのだが、もはや誰も聞いていなかった。気持ちはすでに学園祭の真っ只中。ここで注意を最後まで聞きましょうなどと言って水を差すのは野暮というものだろう。


 では、僕も気を引き締めて、実行委員としての仕事をするとしようか。




                  §§§




 先ほども言ったが、今の僕の仕事は校内の巡回だ。


 文字通り校内を回って、問題がないかを確認するのだ。この場合の問題とはわりと広い意味を持つ。各クラスやクラブの出しものに事前の申請と齟齬があったり、高校生の学園祭としてふさわしくないものがあったら、注意して是正を促す必要がある。また、生徒同士、或いは、学外者とのトラブルがあれば、速やかに学校側に報告することになっている。


 まぁ、人の行動を眺めるのが好きな僕にうってつけの仕事だと言えるだろう。


「藤間」


 自分のクラスを通りかかったとき、呼び込みをやっていたらしい浮田に声をかけられた。


「浮田か。何か問題でも?」

「客がこん」

「それは企業努力でどうにかしろ」


 割り当てられた教室を見れば、確かに盛況とは言い難い有様だった。


 とは言え、まだ午前中。勝負は昼から午後にかけてだろう。それなりに勝算もある。

 ひとつは、僕が実行委員としての立場を利用して、いい場所を割り振っておいたことだ。具体的には――いちばん賑わう中庭を貫くようにして講義棟と講義棟を結ぶ連絡通路があるのだが、その出入り口から入ってすぐの教室。休憩場所を探しにきた人が最初に目につく場所だ。


 加えて、お菓子作りが趣味のクラスメイト数人によるクッキーやらケーキやらがメニューを飾っている。それらにも期待したいところだ。


「実行委員で忙しそうだけど、シフトには入れるのか?」

「その点は大丈夫。ちゃんと戻ってくるさ」


 心配そうに聞いてくる浮田に、僕はそう返す。


 実行委員と言えどもクラスの一員、という主義のもと、学園祭実行委員はクラスとの両立が大前提となっていて、各人多い少ないの差はあれど、自由時間が確保されている。僕は前日までおおいに働くことで、当日である今日明日の自由時間は多めにもらっていた。


 尤も、その多めの自由時間でやるべきことはたくさんある。クラスの手伝いに入らないといけないし、明日になると雨ノ瀬が遊びにくることにもなっている。何より槙坂先輩の相手もしなくてはいけないだろう。


 ああ、そう言えば、昨日不審な電話があったな。


 相手は半分だけ血のつながった妹である切谷依々子。昨夜、唐突に電話をかけてきて「真、明日から学園祭?」と、例の如く平坦な調子で聞いてきたのだった。「そうだけど?」と僕が答えれば、彼女は「……そう」とだけ言い――そして、電話は切れた。不審すぎて嫌な予感すらする。


「どうした? やっぱむりか?」


 と、浮田。


「いや、大丈夫だ」

「わかった。あてにしてる」

「ああ」


 さてさて、客の入りにどれだけ貢献できることやら。踊らにゃ損、ではないが、せっかくの学園祭だ。道化になるべく小道具も用意している。役に立てばいいのだが。




 さらに巡回を続けていると、やけに賑わっている一角があった。


 単に賑わっているだけなら問題はない。問題は何らかの騒ぎや羽目を外したサービスで人を集めていないか、だ。


 僕は手に持っていた実行委員用の資料を開き、何の出しものが行われているか確認する。


 ここは小教室ふたつ分の広さを持つ中教室。やっているのは……お化け屋敷? 定番ではあるがこんなにも盛況になるほどのコンテンツではない気がする。が、続く項目を見て納得した。槙坂先輩のクラスだったのだ。


 この賑わいの原因も彼女か。なら大丈夫だろう。槙坂先輩なら馬鹿はやらないだろうし、周りもさせはしまい。


 にしても、あの槙坂涼を如何な配役に据えれば、こうも人を集められるのか。いや、何をやらせても話題にはなりそうだが、お化け屋敷という舞台となるとどうにもピンとこない。気になるところである。


 しかし、気になりはしても、ここに問題がないなら長居はできない。次に行くか。


 と、思っていたら、人だかりの切れ間から槙坂先輩の姿が見えた。入り口の付近だ。なるほど。中での脅かし役ではなく、受付や呼び込みをやっているらしい。確かにこれがいちばんの適役かもしれない。


 そうして眺めていると、槙坂先輩は中に向かって何ごとか声をかけ――その後に出てきた女子生徒にその場を任せると、自分は中に這入っていってしまった。交代の時間だったのだろうか。集まっていた生徒たちからは少なからず落胆の声が上がり、三々五々散っていく。大半は彼女が目的だったようだ。実行委員としては不必要な混雑は避けてもらいたいところなので、ありがたい状況ではある。


 とりあえず、ここは今後も要注意の場所として頭の隅にとどめておくことにしよう。


 


「うらめしやー」


 


「うおっ!?」


 いきなりの背後からの声に驚いて振り返ると、そこに槙坂先輩が立っていた。


 いったいいつの間に、と思ったら、彼女の向こうに『関係者以外立入禁止』と書かれたドアが見えた。おそらくそこがこのお化け屋敷のバックヤードなのだろう。彼女は中を通ってこのドアから出、僕の後ろに回ったにちがいない。


 そして、改めて槙坂先輩の恰好を見れば、先ほどの群がるバカどもの間からではわからなかったが、裾や袖のゆったりした白装束姿だった。実際には白い浴衣なのだが、どうやら幽霊であるらしい。長い黒髪が白装束によく映えている。先の「うらめしやー」の声もこれで納得した。


 しかし、その表情は僕を驚かせることに成功したからか、幽霊にはそぐわない満面の笑みだった。


「実行委員のお仕事、ご苦労様」

「もしかして気づいてたのか?」


 おそらくこのために受付兼呼び込みを代わってもらったのだろうが、それにしては僕がいることに気づいた素振りは見えなかった。


「ええ。これでもわたしは藤間くんの視線を感じながら一年間過ごしていたのよ? すぐにわかるわ」

「……何のことだろうな。忘れたよ」


 確かに一年ほど手の届かないはずの高嶺の花を眺めていたような気もするが、それも今となっては遠い過去の日だ。思えば平和な日々だったな。


「それは兎も角として――クラスの出しものはお化け屋敷か」

「そうよ。実行委員でお忙しい藤間くんとは、そんな話はさっぱりできなかったけど」

「……」


 もしかして責められているのだろうか。


「ま、何にせよ盛況なようで喜ばしいね」

「そうかしら?」


 と、槙坂先輩は自分のクラスのお化け屋敷へと目を向けた。僕もつられてそちらを見る。


 先ほどまで大盛況だったそこは、一転して今やごくごく普通の賑わいとなっていた。看板娘の槙坂先輩がいるのといないのとでは雲泥の差のようだ。


 しかも、だ。


「わたしが立つと人は集まるのだけど、中まで見ていってくれるかというと、そうでもないのよね」


 槙坂先輩は悩ましげにそう言う。


 つまり、この学園祭でしか見れない幽霊スタイルも相まって、例の如く人は寄ってくるけど、だいたいはそこで終わってしまうわけだ。


「せっかくクラスのみんなが、お客さん全員泣かせる気でがんばってるのに」

「そりゃすごい意気込みだ」


 どんだけ気合い入ってるんだ。


「まぁ、人が集まればそれだけ中に入ってくれる人間も増えるだろ。そう割り切って客寄せに徹することだ」

「ええ、そうするわ」


 そう言って槙坂先輩は、楽しそうに浴衣の袖を振った。


「あー、ところで、」


 と、僕はタイミングをはかりつつ切り出す。


「そういう珍しい恰好をしてるからって、撮影会じみたことはやめてほしいんだが」

「あら、その注意は実行委員として? それとも彼氏として?」


 彼女はまるで試すように、或いは、いたずらでも仕掛けるように、問いかけてくる。


「言っておくけど、わたしこう見えて悪い生徒だから、お客さんにきてもらうためなら写真くらい撮らせてあげてもいいと思ってるの。実行委員の目を盗んでそうしようかしら」

「……」


『こう見えて』も何も、僕の目にはどこからどう見てもそうとしか映らないのだがな。特に今は。


 僕は、事前申請にないことをする場合は本部で許可を取るようにとか、廊下が混雑するからとか、そういう用意した言葉は一旦飲み込み、


「……後者だ」

「そう。じゃあ仕方がないわね」


 僕の返事に満足したのか、槙坂先輩は笑みを見せる。


「藤間くんのクラスは確か喫茶店よね? 後で寄らせてもらうわ」


 そうして彼女は袖を振り振り、再び自分の仕事に戻っていった。

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