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その女、小悪魔につき――。  作者: 九曜
第1章 SIDE-A
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第9話<3>

 客が少なくなりはじめたころを見計らってレストランに入った。


 少し遅めの昼食。


 注文した品がくるまでの間、涼はさっそく先ほどのケースを自分のスマートフォンに取りつけようとしていた。


「こんな感じね」


 手先が器用なのか、特に手間取ることもなく今までつけていたものを外し、新しいものへと着け替える。


「スマホが赤だからよく合うな」

「わたしもそう思うわ」


 彼女は端末をテーブルの上に置き、ケースを開けたり閉めたりしてみせる。


「真のも貸して。つけてあげる」


 今度は僕のらしい。手を差し出してくる。


 言われた通りポケットからスマートフォンを出して――そこで僕は手を止めた。少し考えて、ひとつ操作。


「どうしたの?」


 涼が聞いてくる。


「電源を切る。ロック画面を見られたくない」

「真のってプリインストールされてるような画像じゃなかった?」


 よく知ってるな……って、思い出した。彼女はスマホ誘拐の犯人だったな。


「変えたんだよ。見られたくない」


 もし涼に見られたら、僕はここで舌を噛んで死ななくてはならない。……わりと本気で。


「いったいどんなのに変えたのかしら? そう言われるとよけいに見たくなるわね」


 そう言って苦笑。

 その態度に一瞬どうしようかと迷ったが、電源を切っているから見られる心配はないだろうと思い、渡すことにした。


 五秒前の約束など簡単に反故にして今にも電源を入れるんじゃないかとはらはらしたが、彼女はそんな素振りなど微塵もなく、すぐにつけ替えはじめた。特に思い入れがあるわけでもないハードケースが外され、新しい手帳型ケースへと交換される。


「はい、できたわ」


 程なく作業終了。

 赤に赤だった彼女のものと同じく、黒い僕の端末にも黒のケースがよく似合っていた。


 テーブルの上にふたつのスマートフォンが並べて置かれ――、


 直後、ああ……――と、僕は心の中でうめいていた。


 今ごろやっと気がついた。これじゃ色がちがうだけの()()()()じゃないか。


「どうかした?」

「いや、別に」


 こちらの微妙な変化に気がついて涼が聞いてきたが、僕は短い言葉で誤魔化す。


 ちょうどそこで頼んだ料理が運ばれてきた。




                  §§§




 天を仰げば、青空のキャンバスにはひと筋の飛行機雲が描かれていた。


 午後はさらにおとなしい、というか、むしろのんびりしたアトラクションばかり回っていたのだが、観覧車を降りた後、涼がまたジェットコースターに乗りたいと言い出し、むりやりつき合わされる羽目になった。


 その結果として、また僕はベンチでぐったりしているわけだ。


 涼は何か冷たい飲みものを買ってくると言って、今はここにはいない。そろそろ戻ってくるころだろうかと背もたれに乗せていた頭を起こした。


「ん?」


 確かに戻ってきてはいたが、僕の正面少し先で両手に缶ジュースを持った涼がきょろきょろしていた。見失ってしまったのだろうか。


「涼!」


 呼んでやる。


「真!」


 するとすぐに彼女もこちらに気づき、背伸びしながら笑顔で答えた。


 と、そのときだった。




「あっれー。涼さんじゃーん」




 今のやり取りに反応した人物がいた。


 車椅子に乗ったスポーツ少女風の女の子。着ている服を明慧の服に置き換えなくても、すぐに誰かわかった。伏見唯子先輩だ。


 ふたりはほぼ同時くらいに僕の座るベンチへと寄ってきた。車椅子を滑らせてやってくる伏見先輩を、僕は立って迎える。


「奇遇ね、唯子」

「ほんとほんと。……で、君は確か藤間くん」


 彼女は僕を見上げ、確認した。


「ふうん。そっかそっか。そういうことかぁ」


 何やらひとり納得している。


「涼さんが珍しくお誘いを断ったと思ったら、こういうことだったんだぁ」

「……」


 伏見先輩は僕と涼を交互に見、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


 その様子は実に楽しげだ。もしかしたらマズい人にマズいところを見られたんじゃないだろうか、と思わざるを得ない。確かにこの遊園地はこのあたりではメジャーなレジャースポットなので、休日に同じ学校の生徒と会ってもそこまで不思議ではないのかもしれないが。


「見つかってしまったんじゃ、もう誤魔化しようがないわね」


 涼も小さく笑いながら僕に言った。


 僕としてはがんばって誤魔化してほしいところなのだが、とは言え、この場を切り抜けるいい案もないし。結局は諦めて肩をすくめるしかない。


「ま、運が悪かったと思って」


 と、伏見先輩。


「そうね。まさか行き先が同じだとは、ね」

「あれ? 誘うときに言わなかったっけ?」

「ううん。聞いてないわ」


 涼のその言葉に伏見先輩は、そうだっけ? そうだったかも? と首を傾げつつ自信を失っていく。


「だって、聞いてたら別のところにしてたもの」

「それもそっか」


 そして、納得。


 そんな大事なことはちゃんと言っておいてくれよ、と僕は心の中で嘆息する。涼の言う通りだ。予め知っていたら危険は回避しただろう。


「にしても、涼さんがねぇ……」


 伏見先輩はしげしげと僕らを眺める。


「最近よく一緒にいるなぁとは思ってたけど、まさかふたりでこんなところにくるまでとはねぇ。……せっかくだから、そのへんのことも詳しく聞かせてもらおっかな」

「は?」


 素っ頓狂な声を上げる僕をよそに、彼女はポケットからスマートフォンを取り出した。まさか一緒にきている友達を呼ぶのだろうか? この場合、即ち明慧の生徒ということになるわけだが。


「やほー、あたし。偶然ばったり知り合いと会っちゃってさ。うん、だから合流はちょっと遅らそう。一時間後くらいで、じゃねー」


 しかし、彼女は手短に要件をすませると通話を切り、端末を閉じた。


「じゃ、向こうのレストハウスに行って話そうか」


 言うが早く、さっそくハンドリムを回し、車椅子を進ませる。


 僕と涼は顔を見合わせた。


「厄介なのにつかまったわね」

「笑ってる場合か」


 差し出されたジュースを受け取る。


 本当、笑っている場合ではない。槙坂涼がらみの話はどんな些細なことだって話題になるのだ。それが同じ学校の男子生徒とデートしていただなんて、かつてないほどのセンセーショナルな話題だ。涼のほうは、面白がって自分でいろんな噂を流していたくらいだし、質問攻めを受け流すのは得意かもしれないが、僕にとってはそれはあまりにも酷な状況だ。


「……」


 僕の愛する平和と退屈はどこにいったのだろう。碓氷から霧積へ行く途中で渓谷にでも落としたのかもしれないな。


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