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回天ロック 上  作者: 朝日ローズ
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こいが新しか九州の夜明けたい


ドラムの森伊蔵が「ワン、ツー、ワンツースリーフォー」とカウントを取り始めた瞬間、客席の最前列でヘルスエンジェルスを気取ってふんぞり返っていた新撰ゼミの連中が一斉に立ち上がり、

「ご禁制の8拍子だっ!即刻演奏を中止しろ!」と叫びながらステージに向かって駆け出した。 


【プロローグ】

アジア大陸の一番東っぺたにエビぞった感じで海に浮かんでいるニッポン国。そのエビのシッポ辺りに位置するのがニッポン国の属国『九州』である。

その『九州』を実質支配しているのはニッポン国の最大財閥である徳川財閥である。そのため九州には徳川財閥傘下の関連会社の利益確保のために独自の法律や政令が制定されていた。


その一つが『異拍子禁止令』である。

この政令により九州は長い間世界に向けて音楽鎖国を強いられ、徳川財閥の傘下である九州徳川レーベルは九州のミュージックシーンを長年牛耳る事が出来ていた。


『九州において流通・配信される総ての楽曲は2拍子で創られ演奏されなければならない』と言うハタから見れば「何のこっちゃ?」と思うこのバカげた『2拍子しばり』が何故外国からの侵略を妨げているかと言うと、ニッポン民族の様な農耕民族が大の得手とする音頭系2拍子は、海外の狩猟民族系のミュージシャンにとって大の苦手とするリズムなのである。

あのギリギリまでの後ろノリで繰り出される1拍目や、その後も2拍目ギリギリまで擦られるモミ手ごときは『田植えからの収穫からの秋祭りを親子3代に亘って経験しなければ絶対に取得不可能なリズム』であるからだ。


よって外国レーベルは、九州市場の奪い合いで手持ちのミュージシャンを親子三代に亘って『田舎で暮らそう』させてまで、日本最大の配信流通網を持つ徳川財閥と摩擦を起こすのは得策ではないと判断していたのだった。

しかしそんな中、昨年浦賀に来港した世界最大のレーベルである『ハリスレーベル』のハリス社長は徳川財閥が独占している日本市場の解放と九州の開国を要請してきた。


【九州博多のバンド 平面隊(HEY─МENТAI)】


平面隊は今日も天神親不孝通りにあるスタジオで8月15日に開催される『アンダーザ葵タマネギフェス』に向け猛練習をしていた。


「あのよ~こん前くさ、国境のジャマーの乱れた時のあったやろが、そん時に釜山放送から流れて来たエイトビートって言うんか?何かこう体がタテにノルって感覚の音楽やったとよね~バリカッコんよかったばい」JC120を立ち上げながらギターボーカル担当の『坂本鉄矢』が言った。

「あん時の曲やろ、おいもヤタローと聞いたばい。たしかスモークなんちゃらて言う曲やろが」

ベースの『仲岡シンタロー』がジャズべのチューニングしながらそのリフのリズムを体で取った。

アンプのセッティングを終えた坂本が足元のオーバードライブを踏み込みながら、「こいやろ?」と世界的に有名なそのリフを弾き始める。

何回目かのリフが繰り返されドラムの『岩崎ヤタロー』がハイハットでフィルインしようとした時、スタジオのドアが乱暴に開けられ「おめえら~なにご禁制の拍子を弾いてやがんだ!」

「やめろやめろ~!」と声を荒げながら揃いの法被を羽織った集団がどやどやとスタジオに入り込んで来た。

「やべえ、新撰ゼミの奴らだ!」昔からまったく喧嘩の弱いシンタローなんぞはベースを両手で守りながらスタジオの隅に逃げ込んでいる。


この新撰ゼミとはニッポン国の市ヶ谷あたりの予備校でたむろしていた浪人生達が、徳川財閥の末っ子慶喜が九州徳川レーベルに出向させられる際に、徳川バンドの親衛隊を勝手に買って出て九州新撰ゼミに転校して来た集団である。

九州校に転校後この集団は、博多市中見回り役をまたまた勝手に買って出ると、以降九州徳川レーベルに反抗する異分子の取り締まりを主に受け持っていた。


「練習を中止して即刻スタジオを出よっ」

新撰ゼミのリーダーであるコンドーが予備校生のくせしてやけに落ち着きドスの効いた口調で坂本達に命じた。

コンドーのこの命令口調にはカチンときた喧嘩っ早い坂本は

「きさんなんばフザけたこつば言いよるとか~、まだオイ達はスタジオ入ったばかりやろがぁ~クラすぞこらぁ~」と右手拳を握りしめコンドーに向かって半身で腰を下ろしながら一歩踏み出した。

その坂本とコンドーの間合いに何の躊躇いも無く割って入って来たのが新撰ゼミ一番の使い手であり最年少のソージだった。

坂本の方に向き直り自然体の構えをとったソージは

「坂本さん、次はありませんよ」と梅雨の最中に凍ったような声で言っ放った。


「くっそー、あの野郎やけに喧嘩なれしとる、完全に気ば削がれたばい。あ~腹んたつ!オイは飲んで帰るけん」新撰ゼミの連中から追い出されたスタジオの前で坂本は二人と別れると「いつかあんバカちん、ほんなごてボテクリ返しちゃる!」と親不孝通りをブツブツ唸りながら歩き出した。


《JC120》 発売以来40年間ちょっとベストセラーを続けるローランド社製のギターアンプの120w仕様。どこのスタジオにもライブハウスにも大概置いてある名機。

《オーバードライブ》歪系エフェクターの一種(ギターとアンプの間に挟む)でBОSS製がJCとの相性が非情に良い。

《くらす》一緒に暮らすと言う意味ではなく、殴ると言う意味の博多弁

《ボテクリかえす》くらすの最上級語



【ニッポン国長州のバンド HAGY JОKER】


長州は萩城下にあるサラリーマンで埋め尽くされた居酒屋の小上がりで、年相応な厚化粧をして年不相応なロッカーの恰好をした女3人組が飲んでいた。彼女達は長州の萩城下で活動しているスリーピースガールズバンド『HAGY JОKER』のメンバーである。


「ねぇねぇ、どうして九州くんだりまで行かなきゃならないのよぉ」ここ数年で愛用のガンズのロックTも本人の意志と関係なく勝手にチビTに変化し、黒の網タイツの網目も自らの意志と関係なくモモ肉の圧力で、少しずつイワシ漁の網の目からブリ漁の網の目へと広がって来ているボーカルギターの久坂ちゃんが、一気に大ジョッキを飲み干したあとボヤいた。

「仕方ないでしょ、あたしたちガールズバンドって言ってるけど来年はみんな40歳なのよ。だからニッポン国ではもう売れる見込みは無いからって、昨日も社長から事務所に呼び出されて・・」

「ねえ、その話長い?ちょっと待ってて、すみませ~ん、大ジョッキと鳥カラお代わりお願いします~」

「ちょと~ちゃんと聞きなさいよ!それでね社長が言うには、九州は2拍子しか無い国だから、多少の無理はあるけどお前たちは『お色気音頭路線』で再デビューしろってハ・ナ・シ」

「そうなんだ~へえ~」

「何がへえ~なのよ~、アンタの体重も大きく関係してる話なのよ」

久坂ちゃんを他所のバンドから引き抜いたのは、その実力もさる事ながら、スリムな割に出るとこは出てるセクシーな体にフィットした衣装映えも大きかった。

今は出てはいけないとこが出るとこにコールド勝ちしている久坂ちゃんに説教している桂子の横から「アタシらのこの歳からすれば、それしか道はないかもね~ウィッ」

コップのフチまで並々と注がれた熱燗に下クチビルを持って行きながらベースの高杉江がつぶやいた。

二十代の頃は萩城下のセクシー小町と呼ばれもてはやされた高杉江も今や居酒屋の店内風景と完全に同化している。


こいつ等はもう完全にオヤジだな、と思いながらドラムでリーダーの桂子は昨日事務所で社長から告げられた使命をメンバーに伝えるべきかどうかと悩んでいた。


長州の『松下音塾』それが彼女らの所属する音楽事務所である。

社長であり敏腕プロデューサーの吉田が徳川財閥系の徳川レーベルを倒すために作ったインディーズレーベルを持つこの事務所には、吉田を慕って全国から若いミュージシャンが続々と集結していた。

「桂子よく聞いてくれ。ここで学んで地下に潜った私の教え子達はニッポン各地で徳川レーベル打倒の期を窺がっている。

そしてその教え子達が一斉に蜂起した時、徳川レーベルの時代が終わる。それが叶えば昨年浦賀に乗り込んで来たアメリカのハリスレーベルに十分対抗できる音楽がこのニッポン国に誕生するのだ。

しかし徳川レーベルの市場開放引き延ばし応対に業を煮やし、さらに我々の動きを不穏と捉えたハリスは、ニッポン国市場の開放に時間的猶予を与える代わりに、九州の『異拍子禁止令』の廃止と市場開放を要求して来ている。

2拍子しかない九州に渋い4拍子や、ノリの良い8拍子や、超絶技巧の16拍子を持ち込まれたら瞬く間に九州はアメリカンミュージックの植民地と化すだろう。

そうならない為にも早急に九州のミュージックシーンを変えておかなければならない。その足掛かりとして『HAGY JОKER』を今年のアンダーザ葵タマネギフェスにねじ込んだ。頼む、九州のため、しいてはニッポンのためにも九州へ行ってくれ。

まずは薩摩の西郷と接触すれば良い。彼の上司には話が通っているはずだ」

吉田社長はそう言うと真っ直ぐに桂子の目を見た。桂子は吉田社長の目に宿る悲壮なまでの決意の炎を見据えたまま頷いた。

「いざとなったら、そんときゃぁ私一人でもやるさ」と大食漢のデブと大酒飲みのヤセギスの酒宴を眺めながら、桂子はそう思った。



【九州薩摩のバンド CRОw CОZY】


自宅の縁側で、バンドのドラムが転勤で抜けた穴をどうしようかと西郷が思案していると、近所に住む幼なじみの森伊蔵が遊びに来た。

伊蔵の家は昔から貧乏でいつも彼は腹を空かせている。西郷は目の前に置いてあるふかしイモの皿をそっと伊蔵の方に差し出した。

イモを嬉しそうに頬張る伊蔵を見ながら西郷は、伊蔵が示現流には珍しい二刀流の使い手である事を思い出した。

「伊蔵どん、うちんバンドでドラムば叩いてみんか?」

「だめだめ、西郷どんも知っての通り、うちには楽器なんぞ買う金はなか」

「ドラムはスタジオに置いてありもす。あとは城山で硬か木ば削ってスティックちゅうんば2本作れば終いでごわす」

「練習は?おいどんはスタジオに突然入っても何も叩ききれんが」

「ほしたらここんある雑誌ば持って帰ってドラムん似せて段ば作って叩いて練習すればよか」そう言うと西郷はスネア、タム、バスタムの形に雑誌を重ねて見せた。

「あとは鍋ん蓋ば竹ん先に括りつけりゃあ立派なドラム練習台でごわす。どやひとつ、こん西郷ば助けてくれんか?伊蔵どん」

西郷が笑って頭を下げると、伊蔵は初めて人に頼られたのが余程嬉しかったのか破顔で頷いた。



【九州博多区 九州徳川レーベル】


九州徳川レーベルの7階会議室では、毎年8月15日博多武道館で行われる『アンダーザ葵タマネギフェス』の打ち合わせが行われていた。このフェスは博多武道館で毎年1万人の観衆を集めて行われる九州徳川レーベル主催の九州で最大の音楽フェスである。

むろん2拍子の楽曲の演奏しか許されない九州であるため、必然的に演奏される楽曲は『音頭』のみとなり、フェスの終わり頃には、全出演バンドから繰り返し聴かされた2拍子でトランス状態に陥った観衆が踊り出し、五月四日の博多どんたく最終日の『総をどり』状態となるのが常のユル~いフェスである。


それでもこのフェスの優勝バンドには、来年の九州徳川レーベルのたった一つのCD発売枠が与えられるため、九州各地から『本選に選ばれた売れてない実力派バンド達』が来年の生活をかけて争そう命がけのフェスでもあった。

しかし、みすみす飯のタネを他人にくれてやる様な馬鹿な会社がこの資本主義の世に存在するはずもなく、主催者である九州徳川レーベル社長慶喜の「葵徳川バンド」の優勝が毎回織り込み済の出来レースである。


会議室の一番偉そうな場所で一番偉そうにふんぞり返って

「この長州から初参加のバンドとはどんなバンドなんだよ~?細川副社長」と毎年大した変更事案のない会議の終盤に社長の徳川慶喜がけだるそうな声で言った。

「はは~、アラフォーのガールズバンドと聞いております。そろそろ広く門戸を開放したふりをして出来レース色を薄めよという本社からの指示がございましてですね、わたくしなりに大層悩んでおりましたが、先日春吉のクラブ曼珠沙華へ行った折に和子ママに相談したところ、チーママの親戚がちょうど長州でバンドをやっているとの事で、早速先方と話をつけてもらった次第でございます、ハイ」

慶喜は《わしが曼珠沙華のママにぞっこんなのを知っててコイツまだあそこに通っているのか?いつかパパに言いつけて目にものを見せてやるぞ》と細川副社長を睨みつけた時

「おそれながら申し上げます。近ごろ長州松下音塾の門下生が全国に間者を放って不穏な計画を練っているという情報が入っておりますが、その長州のバンドとやらの素性は大丈夫なのでしょうか?」いつの間に会議室に現れたのか、情報室の柳生情報室長が先ほど発言した際にヅレたヅラのズレを直し終えた細川副社に向かい質問した。

「貴様はワシが苦労して見つけてきたバンドにケチをつける気かぁ?それにたかが長州のインディーズの弱小レーベルごときに天下の徳川レーベルの牙城が崩せるとでも思うておるのか?控えおろう!」こいつ何言ってんだよぉ~と細川副社長が吐き捨てる。柳生室長はいつの間にか居なくなっている。

「まあよい細川副社長が言うのも道理じゃ。この徳川の世に盾突くものなんぞおらんわ」慶喜がそう言って高笑いをすると会議室の誰もが一緒に笑った。



【九州中央区春吉 クラブ曼珠沙華】


紫色の灯りを燈した春吉のクラブ曼珠沙華のドアが開き、背は低いがエクゼクティブを感じさせる着こなしの男が店に入って来た。

「あら、いっらしゃい~」和子ママがハスキーな声でその男を迎え入れる。男はカウンターの横に立ったまま「どうだい、あれから細川は来たかい?」とチャキチャキの東京弁で和子ママに尋ねた。

「先週いらっしゃったわよ、チーママが上手く細川さんに吹き込んでくれたみたい。でもどうして今回突然長州のバンドなの?うちもフェスに出て有名になって芸能界デビューしたかったとに~ねぇ~なして~」甘えた声で男に寄りかかろうとする和子ママを両手で乱暴に押しのけながら男は「やめろって言ってんだろが和夫!」と言った。


「いや~ん、本名で呼んじゃダメって言ってるじゃない~。もおすか~ん」

「和夫を和夫って呼ぶ事のどこが悪いんでえ!まあ、何故長州のバンドかって事はそのうちお前さんにも分かるさ。おっとこの事は慶喜には内緒だぜ」と言い残すと男はさっさと店を出た。

店を出たあと、天神バスセンターまで歩きながら男は「知らねえとはいえ慶喜も可哀想な男だよなぁ」と思った。


男が帰った後、カウンターに座って和子ママは「ふふふ、あの人テレちゃって・・・」と初めて男にあった時の事を思い出していた。

和夫はアマチュア相撲の横綱であった父の影響で小さい頃から相撲を始め、高校は何度も相撲の全国大会で優勝している隣の県の高校に進学した。この高校の運動部は全て全寮制であり、生まれて初めて家族と離れ寮生活を送る和夫は柄にもなくホームシックにかかった。

その和夫に本当の兄の様に接してくれたのが相撲部の若いコーチであった。そして相撲の練習中互いに肌を合わせているうち、いつしかコーチに恋愛に似た感情を持ち始めた自分に気づいた和夫は、自分は何を考えているんだと悩み続け、結論として高校を辞める事にした。

実家へ戻りバイトもせずに和夫が街をブラブラしていると「兄ちゃん、良い体してんな自衛隊に入らへんか?」と突然肩を叩かれた。振り返るとそこには背広を着たオジサンがいて、隊員募集のパンフレットを手渡された。高校中退の和夫の行く末を心配している親の手前もあり、和夫は海上自衛隊に入隊する。

厳しい新人訓練の間、和夫はあの感情を忘れる事が出来ていたが初めて配属された巡洋艦であの男と出会った時、和夫は自分が相撲部のコーチに抱いた感情は女のそれであると言う事を確信した。

その日から和夫は厳しい訓練の間もその男から目を離す事が出来ず、つのりつのった恋心の行き先として玉砕覚悟の「特攻」を選んだ。

その日は荒天の甲板上での有事対処訓練が行われ、夜には乗組員の殆どが疲れ切って眠っていた。和夫は熟睡しているだろう男のベットに思い切って潜り込むと、まず相撲で鍛えた腕力で男の首と腕を固めた。そうして袈裟固めの体制でファーストキスを男に捧げようとした時、異変に気付いた男が騒ぎだし和夫の特攻は玉砕に終わった。

この前代未聞の艦内強姦未遂事件で自衛隊をクビになった和夫は、失意のまま自宅にも帰らず女として生きて行く道を選び、自分を知る人間が居ない九州に来てオカマ道に邁進した。

昼は食堂の調理長、夜は夜の蝶。金をためては肉体改造に取り組んだ和夫は念願である自分の店と女の肉体を手に入れた。


そして店を持って3年くらい経った頃、和子となった和夫は、ある使命を帯びて博多に来たついでに天神大丸の地下食料品売り場で土産物を買っていたあの男と偶然?再会したのであった。

そしてなぜか九州徳川レーベルの社長慶喜が和子の店の常連である事を知っている男は和子ママにある依頼をした。

再び淡い恋心が人口の胸に宿った和子は二つ返事で答えた。



【九州博多中央区 親不孝通り】


遅い梅雨明けのため、夜になってもまだムシムシする親不孝通り「おや?さかもっちゃんじゃなかと?」スタジオを出て一杯ひっかけようと歩いていた坂本に気付いた西郷が声をかけて来た。

「おお、西郷さん久しぶり~、今日はどげんしたと?」

坂本と西郷は2年前に薩摩は加治木の盆踊りで対バンして以来の仲だった。

「芋焼酎の売り込みで博多に来たついでに武道館の下見に行ったら迷子になってしもうたとでごわす。良かったら今かい一杯やりもさんか?」

「行きましょ行きまっしょ、丁度おいもムシャクシャしとったけん一杯引っかくうかて思うとったとこですけん」

そう言って親不孝通りを並んで歩きだす二人の少し後を追う様に5,6人の集団が歩き出していた。

二人は親不孝通りから小路を曲った「朝日楼」という小汚い店に入り、芋焼酎のお湯割りで乾杯したあとは、二人で世間話やら、手拍子の1拍目を打った後の流行りのモミ手のすり方とか、音頭におけるタテノリや前ノリの可能性についての音楽論を互いに熱く論じ合った。

そして酒もだいぶ回って来た頃、店の大将がキッチンに引っ込んだのを見計らうと、西郷が声を潜めて坂本に言ってきた。

「実は今のバンドでは力の限界ば感じちょるとです。」

「いやあ西郷さんとこのバンドは九州でもトップクラスの実力派じゃなかですか。こんフェスも優勝候補てみんな言うとりますばい。なしてそげんこつば言いなさると」

「そげん小さか話のこつやなか、さかもっちゃんはこん九州のミュージックシーンの現状ばどげん風に考えとりもす?外国ではあらゆる拍子ば使おて自由に曲を作り歌っておりもす。そんで去年浦賀に来たハリスレーベルなんぞは、その自由な楽曲で東南アジアの各国や中国、韓国まで自分達の市場にしてしもうたとです。ニッポン国も市場開放ば迫られておるとはさかもっちゃんも存じておろうが。徳川財閥は徳川レーベルば守ろうと国に働きかけてそん交渉ば引き延ばしさせておりもしたが、しかしこいに腹ば立てたハリスが《ならば属国九州の市場をすぐに開放せよ、そしたら交換条件でニッポン国の市場開放ば2、3年待ってもよか》て言うて来とるらしかて。ほんで徳川はそん条件ば呑みそうな方向に傾きつつあるとの噂らしか」

「そいはほんなごてねっ!そりゃ大ごとばい!こん九州ば夷敵の地にしてしまうとは徳川と言えど許されんこつたい。しかし、なんでんまた何でそげん話ば西郷さんはどっから聞いたとですか?」

「徳川財閥ん中にも変わった取締役がおっての、先日うちん島津社長が葵ビールの特約店会に出席した時に、横ん来た偉いさんの一人が耳打ちしてくれたらしかでごわす。」


西郷が勤める薩摩の焼酎メーカーである『島津酒造』は、その酒類卸業務で徳川財閥の酒類部門の看板商品である『葵ドライビール』の九州総代理店を兼ねていた。


そんで薩摩としては、夷狄レーベルから九州ば守るためにも今回そん徳川の偉か人が勧めたていう長州のバンドHAGYJОKERと手ば組もうと思うとりもす。ほんでそん連合バンドで徳川ば倒すつもりでごわす。」

坂本は徳川を倒すなどと大それた計画をサラリと言い放った西郷に驚くとともに、この男の地声の大きさに慌てて人差し指を自分の口の前に持って行こうとした時、店の戸が乱暴に引かれ新撰ゼミの連中が店の中になだれ込んで来た。

恐らく親不孝通りから追けられ今まで店外に潜んでいたのだろう。

「あんた達、随分と物騒な話をしていたみただな」最後に店に入って来たコンドーが相変わらず浪人生とは思えない落ち着き払った態度で西郷と坂本の方に向かって言った。

「はて?何のこつでごわすか?」

とコンドーを無視するかのように背中を向けたまま焼酎のお湯割りを飲み続けている西郷がとぼけた様に答えた。

流石、薩摩に西郷ありと言われる男だ、この状況でまったく動じる事もない。

しかしコンドーもニヒルな笑みを浮かべその西郷の背中を睨み据えながら、カウンターの中にいる店の大将に「とぼけても無駄ですよ、ねえ大将」と言うと、店の大将は西郷達が座っているカウンターの近くに置いてあったスマホを取りあげ「通話中」と表示されている画面を西郷と坂本に向けた。

「さて、御二方には長浜交番まで御同行願おうか」

薄笑いを浮かべたコンドーが外に向かって顎をしゃくった。

すると、そのコンドーとその他大勢の新撰ゼミに、背中を向けたままの西郷が、まるで独り言のように呟いた。

「うちん会社がもし葵ドライの仕入れば止めたら慶喜社長は本社から怒らるるだけじゃ済まんでしょうなぁ~」

とたん、新撰ゼミの連中の顔から血の気が失せ、皆一斉に狼狽え始めた。虎の威を借りてデカイ面をしていても所詮浪人生の集団である、『あわよくば将来徳川財閥系のどっかの子会社に潜り込めたらという淡い期待で描いた未来予想図』が今この瞬間にもタダの紙屑になるかもしれない人生最大の危機なのである。

これには流石のコンドーも一度真っ青になった顔を怒気を含んだ真っ赤な顔に戻しながら

「クソっ、汚ねえ大人の考えそうな事だぜ、帰るぞ!」と捨て台詞を残し店を出て行く。その後から肩を落としすごすごと退散する新撰ゼミの中で、ソージだけが店を出る最後まで西郷と坂本を睨み続けていた。



【九州博多 中央区舞鶴小学校前】


西郷と店で別れ、長浜に〆のラーメンを食べに行く途中、坂本は西郷との話を思い出していた。

「西郷さん達はスゴカねぇ、九州の行く末とか考えてからくさ。うちんがたのバンドとは目指すもんの大きさが違いすぎとうばい」

ふぅ~とため息をつきながら長浜通り方面に曲ろうとした坂本の前に、舞鶴小学校の暗がりから数人の男が飛び出して来てその前後を囲んだ。《はて誰や?》と思いながらも坂本は夜目が効かない。

「なんや、きさんら人違いじゃなかとか~、おいは早よラーメンば食いたかったい、そこばどきない!」

この坂本の問いかけに構わず男たちは斜に構えながらジリジリと間合いを詰めて来る。やがて坂本は完全に包囲されてしまった。

《こん人数じゃ、ちょいと分が悪かかねぇ~逃げれるか?》

坂本は正面突破も考えたが、よほど訓練されているのか囲んだ輪の何処にも護りの薄いところが見当たらない。

「こいはヤルしかなかな」と決めた坂本は博多での喧嘩の定番であるセリフを吠えた。

「きさんら~どこ中かぁ~!」

これはまあまあの都会でありながらも意外と世間が狭い博多において『出身中学校が分かる事で相手がどの程度のワルなのか?相手の先輩に恐い職業に就かれている方がどの程度いらっしゃるのか?が瞬時にわかる』と言う、非常に優れた互いの確認兼威嚇方法である。

相手が答えた中学校がどう解釈しても自分の出身中学校よりワルい場合は逃げるか謝るか玉砕するかを選ぶしかない。たとえ万が一勝ったとしても後日そいつの先輩や後輩から執拗に的に掛けられるのは避けられない。しかし相手からは返事が無いどころか囲いの輪を更にジリジリと狭めて来た。

「こいつら博多もんじゃなかな」と坂本が思った時、坂本の後方で構えていた集団の中の一人が音も立てずに坂本の背後に回り、

「中洲中学たい!」変なイントネーションで答えると同時に、坂本の後頭部に特殊警棒を振り下ろした。

「はて中洲中て、あったかいな?・・・・」

薄れ行く意識の中で坂本は頭をひねった。



【九州博多区ベイサイドの長州屋敷】


「大丈夫かしら、この人?」

「あっ気付いたみたい」

「痛ててて、なんやったんアイツら・・・」


体中の痛みを堪えつつ、そこにいる誰かに体を起こされながら自分が居る場所と、心配そうに自分を取り囲んでいる化粧の濃いデブと化粧の濃い酒臭いヤセギスとそれより更に化粧の濃い3人の女性達を見回した。

「本当は途中で止めたかったけど、相手の人数も多かったしさ」桂子まだボンヤリとした顔で床にペタンと座っている坂本に冷たいタオルを渡しながらそう言った。

「まずは助けてくれてありがとうございます。自分は坂本鉄矢ていいます。何でやられたかはどしてん分からんちゃんね。そいよか、あんた達は言葉が博多ん人じゃなさそうやけどドチラさんですか?ほんでここは?」坂本は殴られた後頭部にタオルを充てながらスーパーかなんかの店舗らしい部屋を見回しながら桂子に尋ねた。

「私たちは、アンダーザ葵タマネギフェスに出るために九州に来た長州のHAGYJОKERっていうバンドのメンバーよ。そしてここは長州が博多ベイサイドで山口物産館として使っていた店舗跡よ」

桂子の返事に目を丸くした坂本が「あんた達が長州のHAGYJОKERね!」と驚いた。


それから坂本は自分もフェスに参加する博多の『平面隊』のメンバーで、同じくフェスに参加する薩摩のCRОwCОJYの西郷とさっきまで一緒に飲んでいた事や、そこで西郷が長州のバンドと連合して九州徳川レーベルを倒す計画を聞かされた事を桂子達に話した。

坂本の話を黙って聞き終えた桂子は何かを決意したように話始めた。

「久坂ちゃん、高杉江、今まで黙っててごめんね。それから坂本さんにも聞いて欲しい。それは・・・」

只の大食いの久坂ちゃんと只の大酒飲みの高杉江がこの計画を聞いてバンドから脱退するのではと心配しながらも、九州に来た真の目的は九州のミュージックシーンを夷狄から守る為、まずは九州徳川レーベルを倒す事であると説明した。

最初は驚きながらも黙って桂子の話を聞いていた久坂ちゃんと高杉江であったが、その顔はやがて憂国の志士の顔に変わっていった。

そして、桂子の話が終わると桂子達3人は誰からとではなく抱き合い、そして思いが高まったのか嗚咽とともに涙を流していた。

「九州の夜明けかぁ、ちょうどよか西郷さんも今博多におる、明日にでん会うて欲しか」坂本は最近多くなった小じわを隠すためせっかく厚手のファンデーションを塗ったのに涙のせいで崩れかかった桂子の顔を見ながら言った。


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