表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAR  作者: 混沌加速装置
3/3

デスク

 あれこれ考えているうちにマスターが店の奥から戻ってきた。


「大変お待たせ致しました」


 松田の前に置かれたフルート・グラスには、乳白色の液体が全体の三分の二くらいまで満たされている。照明のせいなのか少しだけ黄色がかってキラキラと輝いているようにも見える。


「こちらが<ミックス>で御座います」


「こ……」


 カクテル・グラスの中で波打っている液体を見て俺は絶句した。母乳というイメージとはかけ離れた赤黒い色なのだ。そして液体からはゴツゴツとした物体が顔を出している。


「どうなされました?」


「あの、これはその」


 店に入った時から空耳のように聞こえていた、くぐもった人の声が大きくなった気がする。何か中身の詰まった物を叩く、重くて鈍い湿った音も確かに聞こえる。


「どうしたんすか、先輩?」


 耳の奥で心臓が早鐘(はやがね)を打つ音が響く。椅子がぐらついているのではなく、膝に置いた俺の両手が痙攣けいれんのように震え出し全身を揺さぶる。俺の目は眼前のグラスに釘付けとなり、松田の顔もマスターの顔も見ることができない。


「顔色がすぐれないようですが」


「先輩、飲まないんすか?」


 あるはずがない。おかしいじゃないか。そんなことあるはずが……。考え過ぎだという思いに反して身体が拒絶反応を起こす。


「そうですか。お気に召されませんか」


「もったいないっすよ、先輩。ねぇ、マスター」


「松田様の上司とうかがいましたので、新鮮なものを提供させて頂いたのですが」


 マスターの新鮮という言葉に俺の身体はビクリとなった。


「つい今しがた、提供者の方からありがたく頂戴したものなのですが」


 俺は渾身こんしんの力を振り絞ってやっと声を出した。


「い、いい、一体キミは、何を<ミックス>したんだっ!」


「……松田様、御説明なさらなかったので?」


 松田のホヒヒという笑い声が耳に入る。


「それでは(わたくし)から御説明致しましょう」


 マスターの声が幻聴のように聞こえ、目の前が夢のようにゆがむ。俺は疲れているんだ。そうだ、きっとそうに違いない。


「<ミックス>というのは、母乳と──」


 そこで俺の記憶は途切とぎれた。




「先輩、飲み行きましょうよ!」


 快活な松田の声で、俺はしていた机から顔を上げた。今日は真っ直ぐ家に帰ろう、と直感的に思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ