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花迎えの頃  作者: 亜唯
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第五章 七度目

 七度目、目覚めてすぐあたりを見回すと、あの人がこちらを見ていることに気付いて驚いた。

 信じられなくてジィッと見つめていると、あの人は花咲くように微笑んで手を振る。

 かろうじて表情がわかるくらいの距離まで近づいていたことに今更気付いて、更に驚いた。


 ――私に手をふっている?


 信じられなくて周囲を見回すと、他の動物がいるはずもなく、シシィはいつもより離れた位置でそっぽを向いていて、自分にむけて手を振られているのだとようやく理解した。

 小さく手を振り返すと、更に大きく手を振り返してくれる。

 願っていた夢のような状況に脳がついていかない。

 荒れる息を抑えて必死に叫んだ問いに、あの人は微笑んだまま答えてくれた。


「ちゃんと、覚えているよ」と。






「鳥があいつに話したのよ。フゥが嫌われてるかもって悩んでるって」


 興奮しながらどうしてだろうと騒いでいると、不服そうにシシィがつぶやく。


「それで何か覚悟を決めたとか言ってたわよ。意味わかんないけど。……鳥があんたに伝えといてくれっていうから一応言っておくわ。あぁもう、面倒くさい」

「ありがとうシシィ」


 眉間に皺をよせて話すシシィにお礼をいうと、シシィは驚いたような顔をして「別にいいのよ」と目をそらした。

 シシィまでの距離は、植物二本分ほどいつもより遠い。

「いつもより遠いね」とフゥが話しかけると、シシィは手をゆっくりと動かしながら「さぁ、知らないわ。あんたに合わせてないもの」と答えた。


 ――?


 いつもより落ち着かないシシィの様子に、フゥはひっかかるものを感じた。

 何か、おかしい。

 何か、今まで見落としている気がする。

 シシィは自分を守るための嘘は言わない…だから嘘は下手だ。

 もしも嘘の裏返しが真実なのだとしたら…。

 深く、深く、考えをめぐらせる。


「……、」


 ある結果に思い至って、フゥは愕然とした。


 ――シシィは、自分に合わせていたんだ。


 一筋の糸を手繰るように悩んだ末の結論。

 自分はあの人に会うために努力して種を投げていた。考えてみればすぐに不自然だと気付くだろう。どうしていつもシシィが傍にいられたかを。

 少しでも考えれば気付いたはずだ。

 考えていないから気付かないのだ。



 ――私は、酷い勘違いを。


 シシィは自分のことを嫌っていない。

 嫌いなら相手に合わせたりしない。

 言葉だけで判断をして、どうして真実を見ようとしなかったのだろう。自分の馬鹿さ加減に呆れる。口は悪いが、シシィはいつも自分のことを考えてくれていたのに。


 ――シシィは、私のことが嫌い?


 よく言えたものだ。

 毎回、努力して合わせてくれていた相手に向かって。

 シシィに自分はお前のことなど考えてはいない、といっているようなものではないか。遠く離れた花迎えのことを考えて、近くの花迎えを傷つける……。自分は最低のことをしていた。


「……ごめんなさい」


 ゆるゆると緩む視界で、シシィを見つめて謝る。

 

「え、なに泣いてんの」


 表情は涙でゆがんで分からなかったが、驚いた声をしていた。


「ごめんなさい、シシィ」


 本人に、自分が気付いたことは話せない。

 気付くことを望んでいないことは分かっていた。


 言ったところで本人が喜んだりしないだろう。


 ――自分には誰かを愛する資格なんて、ない。


 フゥは泣きながら、ただそれだけを思った。





 数日後


 シシィの黄色い花の下に、棒状の果実がつく。

 前回よりも別れが少しだけ早くなりそうだった。


 あれからフゥは、シシィの言葉の裏を見ようと努力している。

 その中で、何度か不思議に思うことがあった。

 シシィが自分を見ながら、何かを叫んで泣いているという、消えそうなほど古い記憶。

 逆光で見づらい表情は間近にあって、抱きかかえられながらシシィを見上げているかのように思えた。

 だが、それは許されないことだ。

 花迎えは基本的に管理している植物からはなれることができない。体の一部が管理している植物に触れていないと、数分で死んでしまうからだ。

 だが、実際記憶は残っている。妄想だとは思えない。

 そして、深く悩んで、出した答えはひとつだった。


 ――昔、シシィの管理している植物に寄りかかっていた?


 考えられる理由はそれしかない。

 フゥの管理している蔦が他の植物に寄りかかるようにくっつくのをシシィは嫌っていた。その上、今は必要以上に近寄ることもしない。シシィの管理している植物は黄色の花を咲かせて美しいが、とても細い。蔦が絡まったら倒れてしまいそうにも思える。 

 だが、それが正しいのなら、どうしてシシィは自分を見て泣いていたのだろうか。どうして迷惑をかける花迎えのそばにいようと思ったのか……。


 ――それに、どうして泣いていたのだろう。


 シシィは「そんなもの知らない」と言っていたが、それはたぶん嘘だろう。だからといって聞きだすのも無理だ。


 答えが出ないまま、花迎えは途方にくれた。



 枯れた黄色の花、鞘から落ち終えた種子。

 花迎えの期間が終わる。


 遠く空を見ていたシシィの身体が、だんだんと透けていった。


「シシィ」


 名前を呼ぶと、こちらを見て表情を和らげる。

 役目を終える時のシシィは、いつも穏やかだった。


「なによ」

「あ、あのね」


 光に透ける黄色の髪、消える手先。

 感謝の言葉をいいたいのに、言えない。



「私、シシィのこと、大好きだよ」



 思い切って伝えた言葉に、シシィは驚いた顔をした。


「……残念ながら」


 呆れた顔で呟く声。


「私もよ」


 透けていく中で細められる目。

 今まで見たこともないような笑顔で、シシィは消えた。








「ごめんなさい」


 シシィの消えた場所を、見つめながら呟く。


「……ごめんなさい」


 自分は、己を救いたいがために、この言葉を口にしている。

 そんなことは分かっていた。


「ごめんなさい、シシィ……」


 吐き出す答えに返事はない。

 聞こえたのは、自分を呼ぶ声だけだった。



「フゥ!」


 ゆっくりと視線を移し、遠くに見える赤紫の花穂を見つめる。


「……どうしたの、ディー!」


 返事を返すと、胸が痛くなった。

 この言葉を近くで聞きたいがために、自分はシシィから離れる。


 結局、「あの人」を選んだのだ。



 遠い空から飛んでくるカーに手をふる。

 カーには、種を三つ持っていってもらえるように頼んでいた。

 自分の種は芽を出すのが少なく、いつも目覚めるのは自分が目覚める植物の分だけだった。シシィの植物もほとんど咲いていないので土地が悪いだけだとは思うが、三つも種があればどれかは芽を出すだろう。


 ――私は、最低だ。


 分かっているのに、結局自分はディーを選ぶのか。

 ぼんやりと手を振りながら、フゥはそんなことを考えていた。

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