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花迎えの頃  作者: 亜唯
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第四章 六度目


 六度目の生まれ変わりをむかえ、前回より近くなったことを嬉しく思いながら毎日遠くから見つめ続ける。

 そんなある日ふと、あの人の周囲に花迎えがいないことに気付いた。

 そのかわり大きな鳥が時々、あの人を尋ねてくる。

 夜の色をした鳥はとても綺麗だった。


「夜で塗りつぶしたみたいね、あの鳥。あんなに大きいと食べられちゃいそう」

「あの鳥はきっと優しいよ。だから食べないと思う」


 シシィは相変わらず口が悪い。フゥが少し怒ったように言い返すと「甘いわねぇ」と呆れたように溜息を落とした。


 空は高く澄み渡っていた。

 風が雲をはこび、葉を揺らす。

 フゥは蔦の上に寝転んで以前思い出した過去の記憶を、再度確認することにした。気が重いが忘れてしまうほうが辛いことだったし、気持ち良い風に吹かれていれば、少しは悲しさが安らぐような気がした。

 切れ切れに思い出す記憶は、意味が分からないものも多い。

 記憶か妄想か分からないほど薄れかけているものでは、シシィが自分を見ながら何かを叫んで泣いているものもあった。


 ――ずっと前に、悪いことでもしたのだろうか。


 悩んでいても仕方がないので本人に聞く。


「そんなもの知らない。私がどうしてあんたの為に泣いてやらなきゃならないのよ。そんなことより近くに寄らないで。あんたによりかかられたら倒れちゃうわ」


 不安そうに問うフゥに、シシィは毒づきながら、ため息をついて手で追い払う仕草をした。

 フゥの管理している蔦は細く、いつも近くの植物寄りかかっている。シシィはそれが気に食わないのか、いつも「近寄らないで」と文句を言っていた。

 拒絶の言葉は相手を傷つけるということを知らないはずがない。

 だがシシィは何度も拒絶の言葉を口にした。

 

「シシィは、やっぱり私のことが嫌い?」

「……甘えられるのが嫌なだけよ」


 酷いことを言われるたびに、フゥは同じことを何回も聞いた。

 シシィがはっきりと嫌いだと答えることはない。

 けれど冷たい言葉を聞くたびに、フゥはやはり自分は嫌われているのだと思えてならなかった。


 寂しさを埋めるように、あの人への想いが強くなる。

 そのたびにフゥは自分が逃げ場を探しているのだと、思い知らされた。



 夜の色をした鳥が、空に舞い上がる。

 全身一色に塗り上げられた姿が美しくて、フゥは大きく手を振った。


「何やってんのよ! こっち来たらどうすんのよ!」

「だって綺麗だよ。仲良くしたいよ」

「あんなのどこが綺麗なのよ! 暗くて陰気じゃない!」

「陰気ってどういう意味? そんなことよりシシィはどうしてそんなに嫌なものが多いの? そんな嫌なことばっかりじゃないのに!」

「あいにくフゥみたいにお気楽じゃないのよ、私は」


 眼下でギャアギャアと騒ぐ花迎えたちを無視して、鳥は空を何回か旋回したあと不意にこちらを向いて、そのままバサリと急降下をはじめる。


「ほら、きたー! あんたのせいよ!!」


 騒ぐシシィにかまわず、フゥは勢いよく手を振った。

 鳥が近づくにつれ、思うより大きいことに気付く。おそらく今まで見た中では一番大きいだろう。


「おい、あんた! 俺はいいけど他の鳥にはそんな手をふんなよー食われちまうぞー」


 大きな鳥は、そう言って二人の花迎えの前に降り立つ。シシィとフゥのいる植物の間には、羽をたためば入れる程の幅があったため、二、三歩歩いて鳥はそのスペースに落ち着いた。


「あたた……ここらへんは草が生えすぎてて降りづらいな」


 左右にあるシシィとフゥの植物にバサバサと当たりながら、足場を固定するように体を揺する。シシィは植物を揺らされて迷惑そうに顔をしかめていた。

 

「なんで来たのよ! それに急に降りてきたら危ないじゃない!」

「鳥さん、こんにちは!」


 左右から同時に話しかけられて、鳥は両方を見やる。


「えーと、こんにちは。驚かしてすまないな。いや、ずっと視線を感じてたから、無視するのも悪いと思ってね」


 肩をすくめて苦笑する鳥に、フゥは驚いて蔦から身を乗り出す。


「見てるの気付いてたの?!」

「俺も馬鹿じゃないからな、あれだけ見られてたら気付くよ。それにあんた達の話も聞いてるから、会っておきたかったんだ。正しい情報を知りたいなら自分で確認すること……ってね」


 鳥はおどけるように返すと、羽を少しだけ動かした。


「フゥ、落ちるわよ、危ない!」

 蔦から身をのりだして見下ろしすぎていたのか、シシィの怒声が響く。

 シシィはフゥが蔦から落ちることを過度に危険視しているらしく、フゥが身をのりだすと決まって怒鳴る。フゥは慌てて蔦を掴むと鳥と視線があう位置まで滑り降りた。


「……鳥さん、あの人私のこと覚えてるの?」

「ん?」


 鳥の首から上が見える位置に下りると、頭だけでも自分の何十倍もあることに気付いて驚いたが、それでも恐れることもなく隣に腰を落ち着かせる。


 フゥは気付いていた。

 確かに鳥は「あんた達の話も聞いてるから……」と言った。自分たちのほかに花迎えはあの人しかいない……それならば、話を聞いたのはあの人からだろう。


「ねぇお願い教えて!私のことなんて言ってた?」


 必死の質問に返事はない。

 鳥は動じることもなく、ゆっくりと首を揺らして何かを考えているようだった。


 ――怖い、聞かなければ良かった。


 返事のない静けさに耐え切れず、フゥは思う。

 だが次の瞬間に、やはり自分はどんな状況でも聞いてしまうのだろうと考えて、落ちこんだ。

 探しにも来ない。それどころか忘れたふりをされている……。好かれている可能性の方が低いのは確かだ。それなのに、なにを期待しているのだろうと自分が嫌になる……それなのに。


「私、あの人に会いに行きたいんだ……けど、あの人は私のことが嫌いかもしれない」 


 ゆるゆると視界が歪んでいく。

 希望が欲しかった。微かでもいいから自分の努力は無駄じゃないと思いたかった。


「待て、待て」


 慌てる鳥の声が聞こえた。

 歪んだ視界は使い物にならず、喉の奥は詰まったように言葉を発することができない。目を閉じると涙があふれて頬をつたった。


「ああもう泣くな。そんなに簡単に泣くもんじゃねぇぞ。とりあえずな、ふつう誰かにあれこれ質問する前にはな、礼儀として自己紹介くらいするもんだろう? 話はそれからだ」


 焦って話す鳥の声に、コクコクとうなずいて涙をぬぐう。

 まともに話せるようになったのは、それから暫くしてからのことだった。



「ごめんなさい……私は花迎えのフゥ。あっちにいる黄色の髪をしてるのが同じ花迎えのシシィ。自分のことはよく分からないけど、頭悪いってシシィには言われる。シシィは口が悪いけど嘘は言わないから多分そうなんだと思う」


 嗚咽が収まり、息を吐いて呼吸を整えてからフゥはカーに自己紹介をした。

 自己紹介といっても今までその言葉自体知らなかったので、意味を聞いてから、思ったことをそのまま口にした。

 鳥はフゥの自己紹介を聞くと、目を閉じて首を何度かまわしてから目を開ける。


「俺はカーだ。よろしくな。……その、な、フゥ、自分を卑下するのは良くないぞ。例えばな、お前がさっき俺に向かって手を振っていたが、あんなことしてたら餌のことしか考えてない他の鳥に食われちまうかもしれない。今だって、こんな目と鼻の先ともいえる場所まで降りてきちまって、シシィから見たらお前はアホだろうよ。実際油断したら簡単に死んじまう世界だからよ、シシィの考えは正しいし、間違ってはない。だけど俺はお前の……なんていうのかな、なにかを否定せずに受け入れる姿勢っての? それは評価できるぜ。すべてのものには良い所と悪い所があるもんだ。お前は自分の良い所を見つめて大切にしてやれよ」


 話し終わると、カーは恥ずかしそうに体を揺すって目をそらす。

 フゥには正直、カーの話は難しく、よく分からない……と思った。それでもカーが自分のことを褒めてくれていることだけは分かったので、嬉しくなって笑う。


「ありがとう、カー」


 お礼を口にすると、それまでなにも口を開かなかったシシィが「話が長いわね……」と一言呟いた。


「シシィ、お前ろくな死に方しねぇぞ」

「そんな遠い未来のこと、考えたこともないわ」


 カーの言葉にシシィは冷めた言葉で返す。


「……あの、仲良くしてよ」


 弱々しく声をかけながら、フゥはオロオロと手を揺らしていた。


「あぁ…ごめんな」


 カーは気の毒なフゥの様子に気付くとシシィとの睨みあいをやめて目を閉じ、ゆっくりと開ける。

 心なしか雰囲気が、少しだけ変わった気がした。


「フゥ、お前は何を知りたい?」

「……え」


 真面目な声に戸惑う。

 あの人に会いたいけれど、嫌われているかもしれないから話を聞きたい……それは伝えたはずだ。それ以上に何かを言った方が良いのだろうかと考えてから、やめた方がいいのかもしれないと悩んで、フゥは何も言えずにいた。


「お前が言ってるあの人だがな、あいつはお前のことを嫌いだなんて思ってないだろうよ」


 静寂を切って、カーが口を開く。

 思いがけない言葉に、フゥの表情が明るくなった。


「本当に?!」

「あぁ。だがな、俺はこれ以上なにも話すことはできない。あいつが俺に向けて話してくれたことを、勝手に誰かに漏らしたら裏切ることになるだろう。それが相手のことを思って話したことだったとしてもな」


 どうして、と正直思った。

 あの人が自分のことを何と話しているかを知りたいだけなのに、どうしてダメなのだろう。

 一人の花迎えとしか話したことがないフゥには、カーの話す言葉の意味さえ分からなかった。

 戸惑うフゥに気付かないのか、カーは首を揺らしてから話し続ける。


「まぁ……相手に話して良い範囲が正確にわかるときは話したほうがいい時もあるが、俺には分からんからなぁ。種を運んでやるから聞きたきゃ自分で聞け。次の目覚めにはあいつの隣にいられるぜ」


 ゆっくりと話すカーの言葉は、思いがけないものだった。

 自分が望めば、次の目覚めにはあの人に会える……それは自分にとっては夢のように幸せなことだ。

 だが、自分の力であの人に会いに行くことも決意していた。それを守っていたからこそ今まで頑張ることができたのだ。やりとげなければ今までの努力が無駄になるのではないだろうか? それにシシィはどう思っているのだろう。シシィは口が悪いが会えなくなることは寂しかった。 

 頭のなかで、様々なことがグルグルと脳内をめぐる。


「できれば自分で行きたいと思ってるんだけど……でもどうしよう。決められない」

「そうか。よく考えな。お前が選ぶことの全てが自己責任だ。俺が悪いヤツだったらお前を騙して更に遠くに連れて行くかもしれない。持っていった種が芽を出さないことだってある。全ての可能性を考えろ」


 話す鳥の瞳は、こちらを見ているようで遠くを見ているようだった。カーが自分を騙すとは思えないが、シシィのことや種のこと、それから自分の決心を諦めること。それらは考えなければならない……とフゥは考えて、大きくうなずいた。


「分かった、よく考える」


 フゥの返事に、カーは笑うように目を細める。

 そして二、三歩後ろに下がると翼を広げた。


「その上で、頼みたくなったら俺に頼め。相手の好意にすがることは悪いことじゃねぇよ」


 バサリ、という音が聞こえて黒い翼が空を舞う。

 上空に飛び立った鳥を、花迎えの二人は目で追った。



 それからフゥは、何度もカーの話していたことを考えた。

 シシィには、行くのなら自分ひとりで行きなさいと言われ、自分で近づきたい…という思いを捨てることも、シシィに会えなくなる事も、どちらも捨てられずに途方にくれる。


 ――どちらにしても、あの人は私のことを嫌いじゃない。


 考えると、いつも胸が熱くなる。

 結局、フゥはいつもどおり種を自分で投げることにした。

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