第十章 エピローグ
ずっと不思議に思っていた。
自分は言葉というものを知っているのかと。
カーと出会ったのは、そんなことを考えている時だった。
「お前らみたいな妖精、他で見たことねぇよ」
なんの話をしていた時かは忘れたが、カーは僕にそう言って不思議そうな顔をした。
「お前達のいるこの場所だがな、あそこの林の外には低い塀があって四方を囲まれてる。そんで、その向こうには花迎えなんてもんはいないな。簡単に言えば塀に囲まれているこの場所にしか花迎えはいないってことだ」
簡単な説明で、今までの疑問が解けた。
自分達は、誰かに作られた存在なのだということに。
だから、言葉を知っている。だから心があるのだ。
フゥのことを想う。
可哀相な、愛しい花迎え。
フゥは記憶をなくしても自分を探し、遠くに種を運んで目覚めたとしても、どうしてか記憶が消える前に探しあててしまう。
同じ悲しみを繰り返すという呪縛から完全に逃がしてやるには、塀の外に出してやらないと、とその時思った。
最初の試みは失敗した。
種を塀の外までカーに運んでもらったが、塀の中に種がある限り花迎えは塀の中で目覚めてしまうらしい。だから悩んだ末に長い時間をかけて、フゥがいる植物以外の芽を摘み取ってしまうことにした。
少し気の毒に思えたが、確実に逃がしてやるためには仕方がない。
すべての駆除を終えた時、カーは「お前のためじゃなく、フゥのためにやったんだぞ」と一言呟いた。
あれから何度も生まれ変わり、次でフゥと会わなくなって三十度目の生まれ変わりを迎える。
シシィは、フゥが花迎えのいない場所まで行ったことを知り、少しだけ泣いた後、年に一度しか生まれ変わらなくなった。
時々、つまらなそうに寝転んでいる姿を見かけるよ。
ねぇ、フゥ、君がいない日々に少しだけ慣れたよ。
どれだけ花迎えとして生き続けなければならないのだろうと、時々どうしようもない気持ちになる時もある。死んで花迎えの役目を放棄したほうが楽だと思う時もあるけど、君に生きろといった僕が、どうして死ぬことができただろう。
今も、君のことを思うと、胸が痛くなる。
いつかはこの痛みも、消えてしまうのかな。
できれば、消えて欲しくないのだけれど。
遠く、高い空を一羽の鳥が飛ぶ。
漆黒の翼を羽ばたかせて目的の場所につくと、高度を下げて鳥は小さな生物にむかって叫んだ。
「フゥ、元気かー!」
声をかけられた生物は、空を見上げて笑顔でさけぶ。
「うん、元気だよ! カーも元気ー?」
手を振って笑うフゥは、もう花迎えという名前も忘れていた。
風が楽しいと笑い、雨が嬉しいと笑う生活は楽しいらしく、カーの罪悪感を拭い去る。
時々、遠くに見える灰色の塀を見ては「何か懐かしい気持ちになる」と言っていたが、それも少しずつ消えていくようだ。
花は種になり、次に命を繋ぐ。
花迎えの頃は過ぎ、新しい日々を手に入れたのだから、これからはどうか笑顔で。
フゥの質問に答えるように大きく鳴き声を上げると、カーは空高く舞いあがった。
花迎えの頃・終