第八話 村から追放された。
村が盗賊の襲撃にあった日から一週間ほど経った。俺が行った惨劇の後片付けは村の大人達が総出で行った。盗賊の死体をひとまとめにして焼き払い、そこら中に飛び散った血を洗い流した。
村人の中に襲撃による怪我人は居らず、護衛の冒険者が少し負傷したくらいだったのは不幸中の幸いだった。しかし、村人の中には不安に覚えた者も多く、護衛の人数を増やすかどうかを村の議会で議論しているようだ。
そんな状況の中、俺は周囲からの反応に違和感を感じていた。あの日から、村人達から避けられているような気がするのだ。まぁ、気のせいかも知れないが。もともと、普段からレベル上げに夢中でメリーナ以外の村人とはあまり接した事が無いのだ。いつも通りと言えばいつも通りかも知れない。その程度の違和感だった。
そういえば、ここ最近メリーナとも会っていない気がする。あの襲撃の日から今日まで顔を見ていない。これほど長い間、メリーナと顔を合わせていないのは前世の記憶が戻ってからは初めてだ。
そんな事を考えていたが、その日の夕食後、父から聞いた言葉によって、その違和感が気のせいでは無かったことを知った。
「クロト・・・。今日の村議会でお前を村から追放する事が決まった・・・。」
「え・・・?」
俺は最初、何を言われたのか理解出来なかった。
「追放・・・?」
「そうだ。あの盗賊の件でお前はこの村を救った。しかし、盗賊達を躊躇なく次々と素手で殺していくお前を見た人達が、自分達も何かあれば簡単に殺されるのではないかと怯えていてな・・・。」
父は言いのずらそうな顔をしてそう告げた。とんだ風評被害だった。あの時は無我夢中で、確かに躊躇はしなかったが人殺しが平気だったわけではない。
「あのときは・・・、ああするしかなかった。そうじゃないとみんなが・・・、メリーナ達がどんな目に合っていたかわからない。」
追放と言われたことがあまりにもショックだったため、激昂を通り越して逆に冷静になってしまった。ちなみに、ショックだったのは、村を追放されてしまうことではなく、俺が行った行動に対する周囲の反応に対してだ。
「そうだな。俺たちもクロトの行いは正しかったと思うし、そのおかげで村のみんなは助けられた。そう反論したんだが・・・、昔からお前は子供らしからぬところがあって、皆から不気味がられていてな・・・。押し切られてしまった・・・。」
「そっか・・・。」
最近メリーナに会えなかったのは親から止められていたからだろうか。村人達から怯えられるのはもちろん嬉しい話ではないが、追放に関しては村から出るのが早まっただけと考えればそう悪い話ではない。いや、村人達から怯えられながら過ごす事になるよりは良い。もともと、村人達から不気味がられていたのは俺の落ち度だ。
「わかった。明日には出て行くよ。」
「あ、明日か!?まだ何日か猶予はあるぞ?そう急がなくてもいいんだぞ?」
明日出ていくという俺の唐突な宣言に、父は慌てふためく。それも当然だろう。村から追放されればもう二度と会うことができないのだから。
「ううん、決心が鈍るからすぐに出て行きたい。明日出る。」
しかし、そんな父の様子を見ても、俺の決心は変わらなかった。我ながら唐突だとは思うが、日を置けば未練が残ると思ったし、村を出ていくまで追放者として見られることになる。針の筵だろう。それに、村に数日残ったところでメリーナと会える気がしない。
「そうか・・・。わかった。出来るだけの旅支度を済ませよう。食料も持てるだけ持っていけ!」
「ありがとう、お父さん。」
父はそう言って俺に同意してくれた。良い親の元に産まれたことは本当に恵まれていると思った。しかし、もう二度と会えない可能性は高い。前世の記憶を持っている俺にとっては、今世の親に肉親の情を抱くことは難しかったが、それでも今まで12年間一緒に過ごしてきた家族だ。離れることに拒否感を抱く程度には情がある。
そんな寂しい気持ちを押し隠しながら、俺は旅支度を始めた。と言っても、武器は無いし、保存食と水とある程度の着替えを袋に詰め込めるだけ詰め込むだけだったが。
明日には村を出発する。父の話ではこの村から北にバレスという街があるらしい。そこには冒険者ギルドもあるという事なので、まずはその街に行って冒険者になって生活の基盤を作ることを目標にしよう。
まぁ、自分のことはなんとでもなるだろう。問題はメリーナのことだ。村を出るのは成人してからの予定だったが、追放という形で早まってしまった。さすがに今、メリーナを連れて行くことは出来ない。しかし、このままメリーナに何も言わずに村を出て行くわけにはいかない。特にここ最近は会えていないことだし。
というわけで夜中、村の皆が寝静まってから家を抜け出してメリーナに会いに行くことにした。
メリーナの家に着くと音を立てないようにして窓からメリーナの居る部屋に侵入した。メリーナ以外の人に見つかると大騒ぎになる。特に今の俺は要注意人物扱いらしいし。
「メリーナ・・・、メリーナ」
俺は小声でメリーナに声を掛けた。
「クロト・・・?クロト!」
メリーナは俺に気づくと抱き着いてきた。
「しぃーー、しぃーーー!家の人に気付かれるから!」
「だって・・・、だって・・・、ずっとクロトに会えなかったんだもん・・・!お父さんとお母さんがもうクロトには会うなって言って外に出してくれなくて・・・!」
メリーナは涙声で必死に訴えてきた。やはり、俺とは会わせないようにされていたらしい。その声を聞いた俺は、もっと早く気付けていればと罪悪感を感じた。
「そっか・・・。ごめんな、メリーナ。」
「どうしてクロトが謝るの?」
これから告げることを考えると胸が締め付けられる思いがした。メリーナとは物心つく前から一緒に居たし、この世界での俺の心の拠り所の大部分を占めていた。しかし、メリーナに告げないわけにはいかず、俺は意を決してその言葉を口にした。
「俺、追放処分になったから、明日、この村を出て行くんだ。」
「え・・・?」
俺の言葉を聞いてメリーナは呆然としてしまった。
「なんで・・・?どうして・・・?」
徐々に言葉の意味を理解し始めたのか、メリーナの表情が悲しみに染まっていく。俺は自分の言葉がメリーナにそんな顔をさせてしまったことで胸を締め付けられた。
「この間の盗賊の件で村の人達を怖がらせちゃったからな。俺が居ると皆が不安になっちゃうんだよ。」
「そんなの・・・、だって、クロトは皆を守ったのに・・・。私のこと守ってくれたのに・・・!」
そう言ってくれるメリーナの言葉が嬉しかった。メリーナはいつでも俺に全幅の信頼を置いてくれている。
「うん・・・。メリーナは俺のこと良く知ってるからそう思ってくれるけど、皆は俺のことあんまり知らないからね・・・。俺もみんなとあんまり関わってこなかったし、自業自得ってやつだよ。」
「そんな・・・、そんなの・・・。」
それからしばらく、メリーナは泣き続けた。俺はその間、無言でメリーナを抱きしめ頭を撫でていた。
ひとしきり泣いた後、メリーナは言った。
「わたしも一緒に行く。」
「・・・ダメだ。」
メリーナがそう言いだすことは予想していた。が、連れていくことはできない。
「なんで?わたしも一緒に行きたいよ!」
「ダメだよ、メリーナ。それはダメだ。」
「どうして?わたし、魔法使えるよ?クロトの役に立つよ?それに一緒に冒険者になるって言ってたよね?」
メリーナは何年も前の、今よりもっと子供だった時の約束をきちんと覚えていたらしい。その約束があったから、今まで熱心に魔法の訓練に取り組んでいたのか。
「覚えてたのか・・・。でも、今はダメだよ。メリーナのお父さんとお母さんになんて説明する気なんだ?冒険者になるのはちゃんと成人して、お父さんとお母さんに納得してもらってからでも遅くないよ。」
そう、俺は追放処分となった身であるため、仕方がない。しかし、メリーナは違う。今、メリーナを一緒に連れ出して村を出てしまうとほとんど駆け落ち状態だ。メリーナまで両親に二度と会うことができないかもしれないし、ほかの村人への印象も悪くなる。
それにメリーナの魔法は確かに強い。他の魔法使いと比較したことはないが、天才と呼ばれても問題ないほどの実力を持っている。先の盗賊の件でも、メリーナが魔法を使えば難なく盗賊を制圧することはできただろう。しかし、やはりまだまだ子供なのだ。あの時のメリーナは恐怖で魔法を使うことさえ忘れていた。
「でも、クロトも成人してないじゃない!」
「俺の場合は仕方ないよ。選択肢が無いし、もうこの村には戻って来れないだろうから。でもメリーナは違うだろ?今、出て行ったらメリーナまで、もうお父さんとお母さんに会えなくなるぞ?」
「でも!・・・でも・・・。」
メリーナの声の勢いは徐々に弱くなっていき俯いてしまった。感情では嫌だと思っていても理性では理解できているのだろう。今、出ていくということを両親には話せないということに。そして、黙ったまま出ていくしかないということに。
「ごめんな、急な話で。でも、メリーナが成人して追い掛けて来てくれることを待ってるから。」
俺もメリーナと離れるのは辛い。成人するまでは約3年もある。子供の3年は長い。3年の間にメリーナが心変わりすることもあるかもしれない。その時は、俺はもうメリーナと会うことはできないだろう。
考えようによってはその方がメリーナにとって幸せかもしれない。明日をも知れない冒険者として生きていくよりも、この村で平和に暮らしていた方が。しかし、おそらくメリーナは心変わりすることは無いと俺は確信している。これまで一緒に居て、メリーナから感じる好意に気付かないほど俺は鈍感ではない。
「・・・ほんとに?待っててくれる?」
「あぁ、もちろん。」
「・・・わかった。成人するまでにもっと強くなってクロトを驚かせてやるんだから!」
「あぁ、楽しみにしてるよ。ありがとう、メリーナ。」
この調子ならメリーナは俺が居なくても大丈夫だろう。メリーナの好意は少し依存の領域に足を踏み入れている気がしていて心配していたのだ。なんとか、メリーナを説得できて良かった。これで憂いなく村を出ることができる。
この日は明け方近くまでメリーナと一緒に居た。日が昇る前に家の人にばれないよう、自分の家に戻った。