第四話 ヒロイン第一候補(?)は天才火属性魔法使いだった。
明くる日、俺は強烈な筋肉痛に襲われていた。
「これだけ痛いと今日はもうレベル上げは無理だな・・・。」
腕を少しでも動かすと激痛が走る。今日は、レベル上げを諦めて大人しく過ごすことにした。
「クロトー!居るー?」
家で大人しくしていると、外からメリーナの声が聞こえて来た。俺は家の外まで行ってメリーナを迎えた。
「どうしたの、メリーナ?」
「どうしたのじゃないでしょ。クロトったら昨日一日どこにも居ないんだもん。あたしずっと探してたんだから。」
どうやら、昨日一日会わなかったので心配して来てくれたらしい。確かに記憶を辿ると今までメリーナに会わなかった日はほとんど無い。
「ごめんごめん。昨日は恩寵を授かったから嬉しくてつい夢中になってたんだ。」
「そういえば、クロトは昨日が恩寵を授かる日だったね。どんな恩寵を授かったの?」
「《剣の扱い》っていう恩寵だよ。」
「剣・・・?剣ってこの村じゃ護衛に来てる冒険者の人たちくらいしか持っていないんじゃないの?」
「そうなんだけど、色々と工夫して頑張ってるんだよ。」
「ふーん。いいなぁ・・・。あたしも早く恩寵が欲しいなー。」
メリーナが俺を羨む。メリーナの誕生日は俺よりも少し後なので、恩寵を授かるのも数週間後の話だ。
「でも、剣のってことは家の農業の役には立たないんじゃないの?」
「うん。僕、冒険者になろうと思うんだ。」
俺は自分の希望をメリーナに語った。これを聞いたメリーナは嫌がるかもしれないが。
「冒険者!?じゃあ、いつかこの街から出て行くの?」
「あぁ。そのつもりだよ。」
「嫌よ!そんなの嫌!クロトはずっとこの村であたしと一緒に暮らしていくの!」
「でも、冒険者になるのは僕の夢なんだ。ちょうど、冒険者向けの恩寵も授かったし、夢を追いかけたいんだ。」
「ヤダ!そんなの絶対ヤダ!」
そう言い残してメリーナは走り去って行った。案の定、メリーナに反対されてしまった。幼い少女に少々酷な話をしてしまったが、俺の考えは変わらない。いつかこの村を出るときのために出来るだけ恩寵を成長させて冒険者としてやっていけるだけの力をつけたい。メリーナと離れることになると考えると、少し決心が揺らぐが・・・。今日ゆっくり休んだら明日からもまたレベル上げを頑張ることにしよう。
その日から、レベル上げをしたら筋肉痛に襲われ、治ったらまたレベル上げという日々を繰り返した。次第に筋肉痛も無くなっていき、一度にできる素振りの回数も増えていった。しかし、経験値の方はレベルが上がるにつれて徐々に増えにくくなっていた。
レベル上げは誰かに見られないように森の中で行っていたが、ある日メリーナに跡をつけられ見つかってしまったようだ。ようだというのは、メリーナは少し遠くの木に隠れてこっちをチラチラ伺うだけだからだ。本人は俺が気付いていることも分かっていないだろう。
レベル上げの息抜きに広場で子供達と遊ぶことも何度かあったが、その際もメリーナは俺とは違うグループと遊んでいた。こちらを伺うような気配は感じるのだが。やはり前に話した時、喧嘩別れのような形になってしまったから、気まずいのだと思う。俺としてもメリーナとは仲良くしたかったが、前世からコミュニケーション能力があまり高い方では無かったので、どうしたら良いのか分からなかった。何か切っ掛けでもあればいいのにと思いながらも何も出来ない日々が続いた。
それから数週間が経った。俺はいつも通り朝食を済ませた後、森の中へレベル上げに向かっている途中だった。
「クロト、クロト、クロトーーー!!」
と、遠くからメリーナが走って来て俺に向かってジャンピングダイブをかましてきた。
「うお、あぶなっ!」
俺はかろうじてメリーナを受け止め・・・きれずにその場に押し倒されてしまった。なんとか、メリーナを地面に激突させないようにするだけで精一杯だった。
「いきなりどうしたんだ、メリーナ?」
「あのね、あのね、あのね、私もぼうけんしゃになってクロトについてく!」
マウントポジションでそう宣うメリーナ。顔が近くて非常に気恥ずかしい。
「え、えぇと、どうしたの、急に?」
「今日ね、恩寵を授かったの。火魔法の恩寵よ!この恩寵なら冒険者になってクロトの役に立てると思って!それでね、すぐにでもクロトに知らせたくって・・・。それで、急いで来たの!」
メリーナが早口で捲し立てる。俺はメリーナが言った言葉を理解しようと頭の中でしばし反芻した。
「メリーナも冒険者に?一緒にこの村を出るってこと?」
「そうよ!クロトと一緒に居たいもん!絶対役に立ってみせるから!ねぇ・・・、いいでしょ?」
近い近い、顔が近い!非常に近距離で詰め寄ってくるメリーナに俺は終始押され気味だ。
「この村から出て行ったらもう戻ってこれないかもしれないよ?冒険者は危険な仕事だし、お父さんとお母さんにももう会えないかもしれないよ?
「そうだけど・・・、でも、それでもクロトと一緒に居たいの!」
「わかった。でも村から出ていくのは成人してからだぞ?それまでは、冒険者としてやっていけるように強くなるんだ。」
そこまで言われると頷かざるを得ない。ここで断って仕舞えば男が廃るというものだ。しかし、冒険者として村の外に出るのはまだまだ先の話だ。この世界での成人は十五歳。所詮は子供の約束なので、九年も経ったら考えが変わっているかもしれない。それならそれで俺はかまわなかった。そうなったら残念だが。
「うん、わかった。今日からクロトと一緒に特訓する!」
そうメーリナと約束をしてからは二人でレベル上げをするため、いつもの森・・・ではなく、村近くの川辺に来ていた。俺はメリーナが得た《火魔法の扱い》を《ルインノールの基礎知識》で調べてみた。
【恩寵:火魔法の扱い】
火属性の魔法を常人よりも上手く扱うことができる。
また、副効果として火属性魔法使用時の威力が微上昇し、魔力消費が微減少する。
《火魔法の扱い》は、魔法の恩寵としては基礎的なもので属性としてもさして珍しいわけではない。魔法の属性は火・水・風・土の四種類が基本属性と呼ばれている。魔法の恩寵を持っている人のほとんどがこの基本属性だ。それ以外にも、光や闇などの属性も存在しているらしいが、《ルインノールの基礎知識》には詳しく載っていなかった。基本属性は珍しいわけではない・・・が、そもそも魔法の恩寵を持っていること自体が珍しい。特に火属性は基本属性の中でもとりわけ攻撃に適した魔法だ。
俺が剣で前衛、メリーナが火魔法で後衛とそれぞれに役割が持てて良い感じだが、二人とも攻撃寄りなため、そのうち盾や補助の魔法に優れた仲間を見つけたいところである。
「メリーナ、まずは火を出してみてくれるか?」
「うん!んー、ファイア!」
メリーナが両腕を体の前に伸ばしてそう言うと、両手の前に人の頭ほどの大きさの赤い炎が現れた。
「おぉ!すごい!魔法だ!」
俺はこの世界に転生して初めて見た魔法に感動していた。炎に手を近づけてみると確かに熱さを感じる。夢や幻ではないことは確かだ。
「メリーナは熱くないのか?」
「うん、全然熱くないよ!」
なんとも御都合主義的な。やはり魔法というだけはある。それから10秒ほどで炎はかき消えた。
「メリーナ、経験値の方はどんな感じだ?増えてるか?」
「ちょっと待って・・・、えっと、朝見た時と変わってないみたい・・・。」
「そうか・・・。」
どうやら普通に魔法を使うだけで経験値を簡単に得られるわけではないようだ。俺の時みたいに何か効率良く経験値を得られる方法はないだろうか・・・。前世の知識によると、火、燃えるという現象は確か、燃料となる物質が急激に酸化するときに起こる現象だった・・・はずだ。酸素は普通に空気中にあるとして、燃料は・・・この場合、魔力だろうか。炎が赤いってことは不完全燃焼しているってことだから、魔力に酸素を供給する効率を上げられれば良いのか?
でも、そんなことをどう説明すれば六歳児が理解してくれるんだ・・・。自慢じゃないが俺は説明が下手な方だ。
「メリーナ、魔法を使う感覚ってどんな感じだ?」
「えっ?えーと、どんな感じって言われても、うーんと、あのね、体から何かを手の方にこうグワーッと集めてきて、ファイアって言うと手のひらからその何かがバーっと出て来て何かに当たってこうブワっとなる感じ。」
「そ、そうか。」
六歳児の表現力としてはおそらく上等な方だろう。そのメリーナの言から俺は推測を重ねてみる。最初の何かはおそらく魔力だろう。魔力を体から手に集めると言うことは魔力制御を自力で行っているのだろう。単純にファイアと唱えるだけでは魔法は発動しないと思われる。この魔力を効率良く運用出来る事が上達への道ではないだろうか。
一方で、最後の何かはおそらく酸素だろう。こちらをどうにかする事は難しそうだがなんとか酸素だけに魔力をぶつけるもしくは酸素だけを集めるような感覚を得られれば火魔法はもっと強くなるんじゃないだろうか。後者はまだ説明が難しいので前者の魔力制御の方から考えていこう。
「メリーナ、ファイアの魔法でさっきよりもっと小さくできるか?」
「え?うんと、やってみる!」
メリーナはまた両手を前に向けてうんうん唸りながら魔力を練っているようだ。
「ファイア!」
すると、手のひらサイズの炎が現れた。しかし、さっきと違い、数秒で消えてしまった。
「うーん、難しいよぉ。」
睨んだ通り、魔力の制御次第で魔法の威力や持続力は変わるようだ。これを訓練する事で魔法使いとして成長出来るだろう。
「じゃあ、今度はありったけの力を込めて出来るだけ大きく出来る?」
「うん!・・・んぅぅぅんん!ファイア!」
瞬間、ものすごい爆音とともに一階建ての家を優に超えるほどの大きさの炎が一瞬だけメリーナの目の前に広がった。俺はメリーナの斜め後方で待機していたため直撃は受けなかったが、爆風で後退りし、熱で火傷しそうだった。場所を川辺にして良かった。いつもの森だったら、大惨事になるところだった。
「すごい・・・!すごいよ、メリーナ!」
「えへへ、あたしすごい?」
「あぁ、すごいよ!メリーナは魔法使いの才能があるよ!」
「ほんと?クロトの役に立てる?」
「うん、すごく頼りになるよ。・・・でも、さっきのは俺の許可なしにやっちゃダメだぞ。」
「えー、うーん、クロトがそう言うなら・・・。」
恩寵を得たその日にあれだけ大きな炎が出せるなんて、メリーナはやはり才能があるのだろう。魔力切れのような症状も無いみたいだし魔力の方も多いみたいだ。この世界の標準は分からないが・・・。
「あ、そういえばさっき、頭の中でレベルが上がりましたって声が聞こえたよ!」
・・・たった数回の魔法でレベルが上がるなんて才能があるなんてものじゃないかもしれない。しかし、さっきのような目立つ魔法をそう何度も村の近くで放つわけにはいかない。先程の魔法でも村の方がざわつき、何人かの大人がこちらに向かってくるのが見える。
「メリーナ、とりあえず逃げよう。」
「え?うん、わかった。」
俺達はそそくさとその場を退散した。