第三話 恩寵を授かった。
翌朝、俺はいつものベッドで目が覚めた。
『《剣の扱い》を取得しました。』
「・・・っ!頭の中で声が!《剣の扱い》って恩寵か?」
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
《剣の扱い》 ランク1 レベル1 0/100
確認すると《剣の扱い》という新しい恩寵が一つ増えていた。
「よし!剣ってことは農業とは関係がない!少なくとも冒険者に向いた恩寵だろ!・・・魔法関係の恩寵じゃなかったのは少し残念だけど、・・・贅沢ばかり言ってられないか。まずはどんな恩寵なのか《ルインノールの基礎知識》で《剣の扱い》を調べてみよう。」
俺は《ルインノールの基礎知識》を発動し、《剣の扱い》を調べた。
【恩寵:《剣の扱い》】
主に剣や刀といった刃物などを常人よりも上手く扱うことができる。
また、副効果として、この恩寵の対象となる武器を装備している時、身体能力がわずかに上昇する。
ランクは1でごくごく一般的な恩寵。
冒険者の約半数はこの恩寵を持っていると言われている。
「・・・ごくごく一般的か。まぁ、冒険者の半数がこの恩寵を持っているということは、少なくとも冒険者としてやっていける恩寵ということだよな。それに平凡な能力から成り上がるような異世界転生の話も無いわけでは無いし・・・。」
動揺して多少早口で言い訳を口にしてしまった。どうやら、心のどこかで自分には特別な力が与えられるのでは無いかと期待していたようだ。
「何にしても今日からはこの恩寵を鍛え上げて冒険者を目指そう!」
恩寵が平凡なものだったことは残念だが、前世と比較すれば恩寵というわかりやすい力が見えるというだけでもやる気が出る要因となる。レベルや経験値が分かるのも大きいと思う。自分の努力の結果が目に見えてわかるのだから。
前世で読んだ異世界転生モノの中にも、平凡な能力だったり、欠陥が有りながらも成り上がっていくような話があるし、そう悲観することもないだろう。
そう意気込んでいた俺だったが、部屋を出て両親に自分の恩寵を報告した時、父から衝撃的な言葉を告げられた。
「《剣の扱い》か・・・。確かに冒険者向きの恩寵だが、残念ながらこの村には武器屋も無ければそもそもまともな武器を買うようなお金はうちにはないぞ。」
《剣の扱い》という恩寵を得られたが扱うべき剣がないことを父に告げられた俺は、村からほど近い森に来ていた。
「とりあえず、木の枝で素振りをして、経験値を得られるか試してみよう」
恩寵はその内容に関係のある行動を起こした時に経験値を得られる。この村に剣があれば文句は無かったが、無いものは仕方がない。俺は剣の代用として素振りにちょうど良さそうな枝を探すことにした。
「お、これなんか真っ直ぐで太さも長さも良さそうだな。これを使って・・・、とりあえず百回素振りしてみよう。」
ものは試しと、枝を使って素振りを始めることにした。まぁ、素振りとは言っても、前世では剣道など習っていなかったし竹刀や木刀すら握ったこともない。テレビや漫画、小説などで聞きかじった知識しかないが、ともかく何も考えず真っ直ぐに振ってみる。
「1、2、3、4・・・・」
一回ずつ数を数えながら枝を振る。当然、素振りをするのは初めてだ。普段使わない筋肉を使うためか思いのほかキツい。
「・・・、97、98、99、100!っはあぁぁぁ・・・・。思ったよりも辛いな。でも、これは経験値の方も期待できるんじゃないか?」
恩寵を確認してみる。
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
《剣の扱い》 ランク1 レベル1 0/100
「・・・」
今朝見たときからまったく変わっていなかった。経験値が微動だにしていない。
「マジか・・・。ただの枝じゃダメなのか?それとも回数が少ないのか・・・」
俺は、経験値が入らないのは回数が少ないのが原因だと考えた。ただ、腕の方が若干疲れていたので、少し休憩を挟んでまた百回素振りをしてみた。
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
《剣の扱い》 ランク1 レベル1 0/100
「はぁ・・・、はぁ・・・。仮に回数が少ないのだとしてもこれじゃ効率が悪すぎる・・・。何か良い方法はないか・・・。」
俺は他に良い方法が無いかを考えることにした。こういう時は、何か抜け穴的な方法で普通とは違う成長をするのが異世界転生モノの定番だ。俺は前世の知識を思い返してみたり、《ルインノールの基礎知識》で改めて恩寵の効果を確認したりして、何か無いか考えた。
そして、《ルインノールの》基礎知識で調べた《剣の扱い》の説明文では、扱う得物が剣であることと明言していないことに気が付いた。
「そういえば、手刀って言葉があるよな・・・。言葉的にはこれも刀だし、恩寵の効果の適用範囲に入るんじゃないか・・・?」
手刀という言葉をどこで聞いたのか、本来の意味が何なのかはよく分からなかったが、要は手や腕を刀のように扱うということだろう。俺は一縷の望みをかける試してみることにした。
「俺の手は刀・・・。俺の手は刀・・・。」
そう呟くことで、自分に暗示をかけ、自分の手を刀だと思い込むようにしながら素振りをした。
『《剣の扱い》のレベルが上がりました。』
呟きながら素振りを続けること百回以上。頭の中に声が響いた。
「やった!本当にレベルが上がるなんて!」
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
《剣の扱い》 ランク1 レベル2 0/100
恩寵を確認すると確かにレベルが2に上がっていた。
「でも、百回ちょうどで上がらなかったということは手刀の素振り一回につき経験値が1入るわけじゃないんだな・・・。思い込みが足りないんだろうか。」
俺は経験値と素振り回数の微妙な誤差を思い込みの足りなさが原因ではないかと推測した。この世界の経験値が得られるシステムについて、まだまだ分からないことだらけなので、これからも検証が必要だろう。
「とりあえず経験値が入ることは分かったわけだし枝を使うよりも楽にレベルが上げられるな。」
そう考えた俺は手刀による素振りを続けた。・・・・・・が、百回を超えた辺りで右腕に限界がきた。
「くぅぅ・・・、右腕が辛い・・・。少し休憩しよう・・・。」
右腕を振り下ろすだけの単純な動作だが、思った以上に負担が掛かるらしい。俺はその場に座り込んで、恩寵を確認した。
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
《剣の扱い》ランク1 レベル2 47/100
「うーん。だいたい2回の素振りで経験値が1入る感じだけど・・・、やっぱり、きっちり1/2じゃないんだな。・・・ま、いいか。右腕がもう少し楽になったら次は左手で素振りしてみよう。」
俺は座り込んだまま、右腕が休まるのを待った。こんな森の中で座り込んでゆっくりするなんて、前世でも経験がないなと考えながら。
しばらくすると右腕が楽になって来たので、今度は左手で素振りを始めた。
しかし、二百回くらい続けたところで今度は左腕にも限界がきた。
「ふぅ・・・、結構しんどいな・・・。経験値の方はどうなってるかな。」
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
《剣の扱い》ランク1 レベル2 98/100
恩寵を確認してみると、明らかに右手よりも左手のほうが経験値の上がり方が少なかった。
「利き手の差か集中力の差か・・・、この経験値の上がり方を見ると量よりも質って感じだな。恩寵を得て初日でもうすぐレベル3だなんて、結構な成長速度なんじゃないか?今日はこのまま休憩しつつ素振りを続けよう。」
その後も、休憩と素振りを繰り返した結果、《剣の扱い》のレベルが4になった。その頃にはもう辺りは暗くなっており、俺は疲れ切って両腕を上げることが出来なくなっていたため、そのまま家に帰ることにした。