第一話 記憶が戻った。
目を覚ますとそこは見慣れた天井だった。
ベッドの上で目覚めた俺、クロトが5年間過ごした自分の部屋だ。
(そうだ。おれは異世界転生をしたんだ。本当に異世界転生できたのか・・・。それ自体は喜ぶべきことだ・・・!問題は今回の俺の異世界転生はアタリなのかハズレなのかってことだな・・・。)
前世で多種多様な異世界転生モノの小説を読み漁ってきた知識からすると異世界転生にもアタリハズレがある。王道的に勇者となって様々なチート能力を与えられ異世界で無双するようなものから、モブとして登場し、自分が特別だと勘違いして主人公にあっさり殺されるようなものまで。
転生先で転生者が人として扱われないパターンもある。良い意味でも悪い意味でも。そういった知識から、自分の転生がアタリなのかハズレなのかは注意深く判断しなければならないだろう。
(俺に与えられたのは前世の記憶と現世の基礎知識のみ・・・。この世界、「ルインノール」ではクロトとして産まれごくごく平凡に生きてきた農家の息子だ。)
俺が生まれ育ったのは小さな村の普通の農家だった。前世の記憶がない状態で5年間育ったため、この世界の常識や言語など年相応に理解していた。読み書きはできないが。
(まずは、両親が健在なことに喜ぼうか・・・。スラムとか奴隷スタートだったらハードモードまっしぐらだからな。そもそも5年生き残れていたかも怪しいが。)
普通の家庭に生まれたことに感謝した。しかし、心の隅では貴族などの高い身分に生まれなかったことに少し残念さを感じていた。
(でもまぁ、普通の生まれから成り上がるのも異世界転生の醍醐味か。さて、まずは異世界転生最初のお約束から行きますか。)
「ステータスオープン!」
名前:クロト
恩寵:
《ルインノールの基礎知識》 ランク— レベル— —/—
そう叫ぶと頭の中に情報が浮かんできた。
(これがこの世界のシステム、恩寵か。)
恩寵とはルインノールの神が世界の人々に与えるもので、千差万別・多種多様に存在する。俺は今まで5年間の人生の中である程度、恩寵に関する知識を有していた。《ルインノールの基礎知識》という恩寵は輪廻転生の神が言っていたチート能力、転生先の基礎知識だろう。
「《ルインノールの基礎知識》か。早速使ってみよう、《ルインノールの基礎知識》発動!」
そう叫ぶと眼前に辞書のような本が浮かび上がった。
(恩寵の効果なのか、使い方がなんとなく分かるな。)
「まずは恩寵について調べてみよう」
そう言うと、眼前にある本が自動で動き、恩寵について記載されたページが開かれた。
【恩寵】
神が人に与えた力のこと。
どんな人間でも最低一つの恩寵を持っている。
通常は満6歳になったときに与えられる。
この時与えられる恩寵の数は一つ以上だが、二つ以上の恩寵が与えられることは極めて稀。
恩寵にはランク、レベル、経験値が存在し、その状態は見たいと念じることで頭の中に浮かんでくる。
経験値は恩寵に関わる行動をした時、その内容に応じて得られる。
経験値が100になるとレベルが上がり、レベルが10になるとよりランクの高い恩寵を得られる。ただし、レベルやランクが高い程、経験値が得られにくくなる。
恩寵を持っているか否かの力の差は顕著であり、ランク1の恩寵であっても恩寵を持っていないものとの差が覆ることはほとんどない。
なお、満6歳になった時とレベルが上がること以外でも新たな恩寵を得られることがある。
「恩寵は満6歳になったときに与えられる。ということは、明日か。・・・ん?恩寵は見たいと念じれば頭の中に浮かんでくる?じゃあ、ステータスオープンって言う必要はなかったのか!」
初めての異世界転生でテンションが上がり、思わず叫んでしまったが、叫ぶ必要がなかったと知り羞恥心に悶えた。
「き、気を取り直して、今日は恩寵が得られる前に《ルインノールの基礎知識》でできるだけ情報収集をしておこう。まずは《ルインノールの基礎知識》についてだ。」
【恩寵:《ルインノールの基礎知識》】
ルインノールの基礎知識が記載された本を閲覧することができる。
念じるだけで眼前に本が出現し、調べたい内容を思い浮かべると対象のページが自動で開く。
この本は他人が見ることはできない。
なお、ルインノールの神が与えた恩寵ではないため、ランク、レベル、経験値は存在しない。
「ぐおおおぉぉぉっ」
またもや叫ぶ必要がなかったことを覚り、精神的ダメージを受けた。
「はぁ・・・、はぁ・・・。なんで転生して早々(実際には前世の記憶を取り戻して早々)にこんなに精神的ダメージを受けなきゃいけないんだ。はぁ。さ、再度気を取り直して、今度は魔王について調べよう。」
【魔王】
恩寵:《魔物を統べる王》を与えられた人間のこと。
「なんだか、いきなり簡潔になったな。これは《ルインノールの基礎知識》だからか?魔王について分かっていることはほとんど無いということなのか。」
魔王の説明文の少なさに戸惑う。この世界の大多数の人々は、魔王と関わり合いを持たないため、魔王に関する知識が浸透していないらしい。そのため、《ルインノールの基礎知識》にもほとんど情報が載っていないのだろう。
「魔物を統べる王ということは、魔物を支配できるということか。この世界には魔物がいるんだな・・・。なら、簡単に魔物に殺されない程度には強くならないと。まぁ、幸いこの村の周囲にはそれ程強い魔物は居ないみたいだけど・・・。」
五歳の知識では、この村が世界のどの辺りに位置するのか全くわからない。というか、この世界が前世と同じように無数にある星の中の一つなのかもすらわからない。日付の概念もないようなので、この世界の天文学はあまり進んで居ないのだろう。
「次は、魔物について調べよう」
【魔物】
体内に魔石を持った生物。
その出生について解明されていることは少ないが、多量の魔力を受けた生物が魔物に変化することは知られている。
この世界の人々は魔物にS、A、B、C、D、E、Fのランク付けを行っている。
魔物のランクは同一ランクの冒険者またはパーティーと同等の強さを持つ目安とされている。
あくまで目安であるため、実際には魔物の種族、特徴、相性などにより低ランクだからと油断して負ける冒険者も居る。
「冒険者!この世界には冒険者がいるのか!異世界テンプレだ!俄然やる気が湧いてきた!」
前世の記憶が戻って間も無いためか、ややテンションがおかしい自覚はあるが、そのうち落ち着くと思われる。
「異世界転生と言えば、冒険者になってランクがどんどん上がって、悪目立ちしトラブルを招きつつも乗り越えていき気づけば女の子を侍らせてS級冒険者になって敵無し。これが定番だよな。」
前世でさんざん妄想した異世界転生の内容を反芻する。その中の大半は無双主人公が多くのヒロインに囲まれて大活躍をするような話だった。自分もそういった物語の主人公と同じようになれるかもと夢想していると口から若干ヨダレが垂れていた。誰かに見られていたらキモいと思われるところだ。
「よし、冒険者について調べよう」
【冒険者】
冒険者ギルドに登録した人のこと。
冒険者ギルドに登録すると冒険者カードが貰え、冒険者ランクおよびパーティーランクが記載されている。
冒険者カードは身分証としても利用できる。
冒険者ランク、パーティーランクはS、A、B、C、D、E、Fの7段階。
基本的に冒険者ギルドが発行しているクエストを受注し、その成功報酬や、魔物の素材や魔石を売って生計を立てている。
「冒険者に関してはおおよそテンプレ通りだな。やっぱり、異世界転生したからには冒険者になって高みを目指したい。明日、冒険者に相応しいレアな恩寵を獲得できるといいな。」
今の俺はただの農家の息子だ。このままこの家で一生を終えたら異世界転生をした甲斐がない。せっかく拾った2度目の人生だ。面白おかしく前世とはまるで違う人生を送ってみたい。そう思いながら俺は《ルインノールの基礎知識》を使って冒険者として生きていくのに必要そうなことを調べようとした。
「おーい、クロトー?朝御飯だぞー。」
その時、部屋の外から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。