プロローグ
気が付くと、真っ白な空間の中に居た。
(ここは・・・、どこだ?)
俺は昨日、会社で仕事を終わったあと自宅に帰りいつも通り趣味の異世界転生モノの小説を読み普通に寝たはずだった。
(夢か・・・?いや、これまで30年の人生で「夢の中でこれは夢だ!」と思ったことはなかった。だとすると、現実・・・?)
辺りを見渡してみるが、上下左右すべてが真っ白に塗り潰されており、どこまでこの空間が広がっているかも定かではない。突然の状況に、俺は何もない空間でしばし呆然と立ち尽くしてしまう。
「・・・ぃ、・・・ぉぃ、・・・おい!」
どこからか声が聞こえてきた。振り返るとそこには人の形をした何かが存在して居た。
「ようやく儂のことに気が付きおったか」
(あなたは?)
そこでようやく自分が声を発することができないことに気が付いた。
「儂は輪廻転生を司る神だ。つい先ほど死んだお前をこれから別の世界に転生させる。」
(死んだ・・・?俺が?って、異世界転生・・?まじか!)
俺は自分が死んだことに驚きつつも、異世界転生という言葉に心を囚われた。趣味として異世界転生モノの小説を読み漁っていたため、有り得ないこととは思いつつも異世界転生に憧れていた。
「その世界では魔王が度々出現するのでな、定期的にお前のような別世界の人間を転生させて魔王に対抗させておるのだ。」
(魔王に対抗・・・、ってことは俺は勇者ってことか!?)
俺は自分が異世界転生できることに心を踊らせた。前世では彼女いない歴=年齢の魔法使いで賢者候補で会社と自宅を行き来するだけ。休日も自宅からほとんど出ない灰色の人生だったが、チート能力を与えられて転生すれば、今まで妄想していたアレやコレやがイロイロできると期待した。
「ちぃとのうりょく・・・?あぁ、転生の特典だな。お前に与える特典は前世の記憶と、転生先の世界の基礎知識だ。」
チート能力と言われて一瞬意味がわからなかった様子の神だが、俺が居た世界の知識を閲覧したのか、すぐに理解したようだった。
(前世の記憶と、転生先の知識だけ・・・?それって異世界転生モノとしては必要最低限なんじゃ・・・。)
俺は今までに読んだ様々な異世界転生モノの物語の中でも、最悪ではないがそこそこにハードなタイプの異世界転生ではないかと思い始めていた。
「何を言うか。前世の記憶を持ち込めるだけでも十分ちぃとであろう?前の世界で前世の記憶を持った人間が居たか?もし自分がそうだとしたらどれほどのことが成せたか想像してみよ。」
(そう言われると確かに、今の記憶を持ったまま前の世界に転生したとしても十分人生を楽しめる気がするな。でも魔王に対抗するって考えると全然足りない気がするが・・・。)
やはり自分がハードな方の異世界転生に巻き込まれたのだと先行きに不安を感じ始めた。
「魔王に対抗とは言っても必ずしも魔王を倒さなくてもよい。魔王の方は転生者が居ることなど知る術はないしな。まぁ、かといって何もしないでいるとすぐ魔物に殺されてしまうだろうが・・・。」
(ダメじゃん!来世はハードモード確定じゃん!)
神の言った補足説明によって俺の絶望感はさらに高まった。
「そろそろ時間だな。では、検討を祈る。」
すると、俺の背後に黒い靄が現れ、体が吸い寄せられ始めた。
(ちょ、待っ・・・!いきなり・・・。嘘だろ!)
俺は為す術もなく黒い靄に吸い込まれて行った。
「あ、言い忘れておったが、お前が前世の記憶を取り戻すのは5年後だ。あと、その世界に勇者とやらは存在せんぞ。」
最後に神が何か大事なことを言った気がするが、俺には聞こえなかった。