06
小野との約束の期日まで大体四週間を切っていた。通常の性玩具としてのクローンであれば十分納品出来る状態ではあったが、今回は家族として愛される為の個体だ。それなりに人間として生活が出来るように入念な仕上げを行っていた。それは初めてのことではあったが上手く行ったのかナタはもう既に普通の人間とは見ただけでは全く区別が付かないほどになっている。
今まで機械的に商品として人間をクローニングしていた事を考えれば自分でも大いに意外だった。
「先生は今何をしていますか?」
昼飯を食べた後、地下室のソファで脚を放り出して本を読んでいるとナタが俺にそう訪ねてきた。既に家の中は自由に行動しても良い事になっているのだがどうやら手に持っている道具を見るに手探りで掃除をしていたようだ。その最中に俺が本のページを捲る音が気になったらしい。
「今は本を読んでいる」
「本……情報の詰まった物理媒体でしたか。私も早く本を読みたいです。文字自体は知っているようなのできっと私でも読めるはずです」
樹脂製の目隠しをしたまま生活させているので当然ナタは本が読めない。視覚障害のある人間向けに点字の本などもあるが流石にそこまでの準備はしていなかった。けれどレム睡眠学習によって一定レベルの文字を知ってはいるので視覚さえ解放すればすぐに読書は出来るようになっている。
「そうだな、きっとすぐに読める。お前は大事にされる為に生まれてきたんだ。本だって好きなだけ買って貰えるだろうさ」
実際俺の読んでいる文庫本の十万倍程度の価格でナタは引き取られていくのだ。その程度の物は好きなだけ買い与えて貰えるのだろう。
「私が大事にされる為に生まれてきたというのは、ええと、とても嬉しいです。……旦那様が良い人だと良いのですが」
「旦那様ねえ……まぁ呼び方はクライアントが決めるだろうから今はそれでも良いが。なんだ不安なのか? 間違いなく俺よりは良い人だろうよ」
ハッと投げやりに乾いた笑いを吐きながらそう告げた。
「でも、私は代替品でしか在りません。オリジナルでは無いですから気に入って貰えるのかは解りません。……それに先生は十分良い人なので、それ以上というのも良く解りません」
ナタはにこりと笑ってそう言った。純粋無垢なクローンであるナタは恐らく本当にそう思っているのだろう。けれど俺は俺自身を知っている。心が揺れることは無かった。
「冗談はよしてくれ。俺は、人の命を弄んで金を得るこれ以上無い悪人だよ。少なくともこの国の法律は俺のような人間を許容していない。捕まれば間違いなく死刑だ」
「法律ではそうかもしれません。でもご飯をくれます。ご飯を食べられず死んでしまう人も多いと聞きます」
「そりゃお前を育て上げて売りさばくのが俺の仕事だからだ」
「お風呂にも入れてくれます」
「それも同じだ。仕事だからだ」
「では昨夜私の頭を撫でてくれたことも?」
「……起きていたのか」
「ええ。今、先生の顔を見られない事が少し残念です」
平静を装ってはいたが少しばつが悪かった。昨夜眠る前にナタの様子を見に行き、その姿を眺めていると何故か自然とそうしてしまった。自分にはそういう事をされた記憶が無いのでどうしてそんなことをしたのか解らなかった。けれど、他者を撫でるという行為にはただの接触以外の何かがあるように思ってしまった。そしてそれが恐ろしくなった俺は即座に部屋を出て行ったのだ。そうしなければ、そこに留まってしまえば今まで築き上げてきた自分という物が壊れてしまいそうで。
「……あまりに動いてなかったから死んだのかと思って体温を診てみたんだよ」
「じゃあ、そういうことにしておきましょう」
そう返したナタを見て自然と頬が上がった。なかなか言うようになったと舌を出して小さく笑った。ナタは順調に成長している。それは喜ばしい事でもあったが、別れの時期が近づいている事と同義でもあった。当たり前のはずなのにそう考えると身体のどこかが少し締め付けられる気がした。




