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ドリイ  作者: 猫文字隼人
第一章
3/15

03

 ミキサーの無遠慮な音が地下室に響いている。

「こんなもんか」

 ミキサーの電源を切り、黄色っぽい色をしたどろどろの物体に指を付けて舐めてみる。粘度も味も問題無いようだ。そのままミキサーの内容物をだぱんとボウルに移し替えた。

 当然ながらクレイドルにも燃料補給が必要になる。当初は市販のレーションをミキサーにかけ水で溶いた物を与えていたのだが、どうやらそれだけでは栄養素が不足するらしく消耗し、数回の使用で壊れてしまう事があった。更に一度、分娩前に壊れた時は流石に肝が冷えた。その時は仕方なく見よう見まねで帝王切開を行い事なきを得たのだがさすがにああいったトラブルはもう二度とごめんだ。

 最近では葉酸や鉄分、カルシウムなどの妊婦に必要とされる栄養素を強化して与えることにしている。それが良かったのかクレイドルの耐久性は大幅に増している。

 そうした流動食を朝と晩、二度に分けてチューブを使い直接胃の中に流し込むメンテナンスは俺の毎日の日課でもあった。そしてそれは同時に排泄にも及ぶ。

 垂れ流しになっては面倒が多いので今では一日一度、尻を張る事で排泄を促すようにしつけをしていた。ベースが人間なので知能は高く、しつけ自体は簡単だった。

 最後のクレイドルのメンテナンスを終えたと同時に来訪者を知らせるブザーが地下の作業場に鳴り響いた。ここに来る人間など小野しかあり得ないのでモニタを確認すらせず手袋と白衣を脱いでいく。普段俺が過ごす地下室自体は施錠をしていないがこの第二地下作業場だけは別だ。俺以外は小野であろうと自由に入れないようになっている。

 部屋から出る間際にモニタを見ると案の定小野がカメラに向けて笑顔と共に手を振っていた。一瞬だけ苦笑いを作り、内線で「すぐ行く」と伝える。


「よう、作業中わりいな。また依頼を持ってきたぜ」

 顔を出すと小野はにこにこ顔でそう俺に告げてきた。厳つい外観とは裏腹に人懐こい性格をしていると思う。だがそれでもアンダーグラウンドの世界で生き抜いてきた者の一人だ。油断は出来ない。

「いつも助かる。で、今度はどんな変態野郎なんだ?」

 皮肉気にそう告げると、小野は笑いながら、けれど気まずそうに頭を掻いて目をそらす。

「あー……色々な種類の依頼を見たいってのがお前からの唯一の要望だったってのに、ここのところ同じような性玩具目的の複製依頼ばかりだったのは悪いと思ってるんだぜ。謝るよ。けど今回の依頼はお前もそれなりに興味を持ってくれるとおもうぜ?」

 小野はそう言いながら鞄の中からファイルを取りだし俺に写真を差し出した。そこには温和そうな中年の男が写っていた。やや少なくなった頭髪と知的さを思わせるメタルフレームの眼鏡がやや目立つ程度で特に特徴らしい特徴の無い容貌をしている。意識しなければすぐに忘れてしまいそうなほどだった。

「諸田茂、四十八歳。例のごとく偽名だろうけどな。依頼は――亡くなった息子のクローンの作成だそうだ」

 小野は神妙な面持ちでもう一枚写真を差し出してきた。他に写真が無かったのだろうか、被写体はカメラに気付いていないようで、まるでスナップ写真の一部を拡大して切り抜いたかのような写り方だった。画質も悪くざらざらとした描画は一世代前の物のように見える。そこに表情無く写っているのはやや長めの黒髪を携え中性的な印象を受けるひょろりとした男だった。目はと唇は薄く、やや冷たい印象を受ける。クライアントが四十八歳であり、その息子だというのだから高校生から大学生くらいだろうがこの写真ではもう少し若そうにも見えた。

「亡くなった息子との再会、か。狂っていると言えば狂っているが……アイドルを複製して性欲を満たす豚共――失礼、お客様と比べればそれなりに共感する余地はあるかもしれないな」

 言いながら写真を小野に返すと小野はくつくつと笑いながらそれをファイルに挟み仕舞う。冷めた対応で返したが小さな興奮が俺の中で熾るのを感じた。

「そう言って貰えると俺も肩の荷が下りるってもんよ」

 小野は安心したかのようにそう返す。様々な依頼を受けたいと小野に伝えてはいたが、この男が本当に気にしていたとは思わなかったので少しだけ驚いた。

「大体の依頼者は複製を依頼する理由なんざ説明することもないし、俺からも基本的に聞くことも無いんだが諸田は自分からぺらぺらと説明してくれたよ。息子はどうやら事故で亡くなったらしい。一度はそういう運命だったんだと納得しようとしたんだそうだが、それでも諦めきれなかったんだと。家族構成は諸田と妻、そして息子の三人暮らし。だが息子が亡くなってからしばらくして妻は自殺している。本人も平静を装ってはいたがありゃ相当参っているように見えたな」

 つまり今回のクライアントの諸田は家族をほぼ同時期に亡くしたという事になる。息子を亡くし、直後妻をも亡くした諸田の心情は計り知れない。その寂しさに耐えかねた諸田が違法な複製屋の話を聞いて今回の依頼となったのだとしたら納得出来るものがある。

「解った。受けよう。外見年齢は写真と同程度で良いのか? 普段みたいなお人形ではないなら多少学習濃度も上げて人間らしく振る舞えるように調整もしてみようか。納期は……少々余裕を貰うとして……二十五週ってところか。サンプルは?」

「ああ、ここに。けどサンプルはこれだけしか残ってなかったんだと。一緒に暮らしていたからこそこんな物くらいしか残ってなかったのかもしれないな。……おっと、納期もその条件で問題無いぜ」

「家族だからこそ、か。そういうものなんだな」

 透明なパケに入った髪の毛と思わしきサンプルを渡された。人並みの生活、家族という物を知らない俺にとってはあずかり知らぬ事柄だった。

「ああ……いや、すまん。悪気は無いんだ」

 小野は顔をしかめてそう弁解する。恐らくは家族という物を話題にした事に対してだろう。全く気にしていなかったのだがどうやら予想外に恐縮しているように見えた。普段のぶっきらぼうなしゃべり方ではなく妙に丁寧でも在るし本来は思っていたより真面目な男なのかもしれない。

「ああ、別に責めるつもりで言ったんじゃない。それにお前を責めるってんならそんな事より俺の昼飯を喰った事だろう?」

 今日の昼飯用に二つ買っておいたはずのサンドイッチが一つだけになっているテーブルに視線を送りながら軽くため息をつく。

「あー、はは……スマン! だってお前なかなか出てこないからさ、まあ今度美味い奴買ってくるって」

「約束だぞ」

 そう冗談めかして笑うと小野も笑いながら『ああ、約束だ』と返してそそくさと部屋を出て行った。小野の屈強な体つきからは想像も付かないほど素早いその姿にもう一度軽く笑いを漏らし、俺はデスクに座る。地下室はいつも通り俺以外存在しない灰色の世界へと戻る。おもむろに小野がおいていったパケに入ったサンプルを手に取って照明にかざして眺めてみた。

 今までのクライアント達も愛した者を複製する為に依頼してきた。けれど、今回は違う。

 性欲を満たす為にラブドール複製を依頼するクライアント。

 亡くした息子と再会する為に複製を依頼するクライアント。

 どちらも、形は違えど愛ゆえの依頼なのだろう。では果たしてその二つはどちらかが醜く、どちらかが美しいのだろうか。一見すると後者の方が美しく見える。けれど、俺は見た物しか信じない。だから作る。複製する。理解する為に。

 そうすることが、人の美しい物を知る事に繋がるのだと信じて。

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