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完全に日が落ちたにもかかわらず、やはり小野からの着信は無かった。
ぶっきらぼうに見えて、約束だけはきっちり守る男だったので嫌な雰囲気を感じた。夜二十二時を越えると流石にしびれを切らしてこちらから電話にかけるもコール音がむなしく鳴るだけだった。普段なら、出られなくとも三十分以内にはコールバックがあった。けれど今回はそれも無く、不気味な物を感じ始めた。
たまたま電話を見忘れているだけだろうと自分に言い聞かせるも一度気になると不安はもやもやと肥大していき、真綿のように俺の周囲をじわじわと締め付けていく。時間をおいて再度かけてみると今度は先ほどとは異なり、「圏外に居るか電源が入っていない」という主旨のガイダンスが流れた。この時代に圏外など離島でも無い限りあり得ない。調べてみるとどうやらこのガイダンスが流れるのは機器の故障か電池が切れている状況が主だという。
「一体何があったってんだ」
小野からDNAサンプルと一緒に貰った諸田の資料を全てひっくり返し自宅の情報が無いかを調べた。だがヒントになるようなものは何一つ見つからなかった。本名で違法な複製を依頼してくる奴などいやしない事など十分承知していたが藁にもすがる想いで諸田茂の名前で検索してみた。だがやはり出てくるのは同姓同名のSNSのページや過去起きた小さな事件の関係者名が該当するくらいだった。この地下室で出来る事が無くなってしまい、居ても立っても居られなくなった俺は無意味だと知りつつも地下室を抜け出して周辺をうろうろ探し歩いてみた。小野かナタクを見つけることが出来る可能性などほぼゼロで在ることは解っていたし、当然結果もその通りになったがそれでも何かをしないと不安に圧殺されそうだったからだ。
そうした不安の中で日々を過ごし、いつしか一週間が経過していた。
結局なにも手がかりは無く、小野とも連絡が付かないままだった。いつものように近隣を歩き回り、人混みの中で小野とナタクを探し回り、何の成果も無く帰宅し、地下室のソファに寝転がる。
「何がどうなってるってんだ……!」
こみ上げてくる涙をこらえながら天上をぼんやりと見ていた。ずっと俺は一人で生きてきていると思っていた。実際殆どの時間を一人で過ごしていたが、それでも俺は小野という存在に随分救われてきていたのかもしれないと今更ながらに思った。ナタのように突然二度と会えなくなってしまったのだろうか。誰も見ていないのに、涙をこらえていたが、それが無意味だと知って一人で声を上げて泣いた。
一体何が起こっているのか未だに何一つわかりはしない。ひとしきり一人で泣いた後、顔を洗っていると突然情報端末が鳴動した。慌ててディスプレイの表示を見ると唯一登録されている小野の名前が映し出されている。濡れた手のままでがむしゃらに情報端末を手に取った。
「おい小野か! 今まで何してたんだ!」
電話に出るなりそう声を荒げた。だがそこから聞こえてきたのは意外にもナタクの声だった。
「お久しぶりです、先生。いつでも構いません、今から告げる住所に先生一人でいらしてください。……ああ、けれど。けれど早い方が良いとは思います。それではお待ちしています。録音の準備は良いですか?」
「ナタク!? 何を言ってる!? 今何処にいる! それになんでお前が小野の――!」
「神光市東西町○○……」
俺の言葉を無視するかの用に住所を告げ出すので慌てて録音ボタンを押す。
「おい、ナタク!」
「――――」
俺の問いかけには一切答えず、そのまま電話は切れてしまった。すぐさまかけ直したが電話はやはり電源が切られたらしく以前と同じガイダンスが流れるだけだった。
「一体、何が起こってるんだ……」
ナタクの告げた住所をメモに書き出していく。確かにナタクの声だった。けれど、以前のような明るさは失っているようにも思えた。何か、冷徹な、そして刺さるような声。俺は訳がわからないままに壁に掛けてあったコートをひっつかんで外に続く扉を開けた。そうするしか俺には残されていなかった。




