魔王との決戦 ⑥
「そしたら帰ろっか」
NBKが溜め息混じりに提案する。
「そうだねチートも無いのにいきなり魔王と戦えなんて無茶だよ」
真面目H子(以下MHK)も帰りたいみたい。いや、口に出さなくてもみんな帰りたいんじゃない? GLOは最低限までの部分でがんばってくれたけど、その先の打開策があるわけじゃないし、こうなるのも仕方ないよな。
「いや、まあ1回だけ戦ってみる? ≪リセット≫ あるんだし」
CCOがふざけたことを言っている。なんなんだこいつ。女の子の前だから恰好付けてるんだろうな間違いねえや。
「ほなCCOだけ逝ってくればええやん。ウチら観戦しとるから」
関西K子(以下KKK)がCCOを冷たくあしらっている。ま、動物相手でも素手で挑むのは難儀なんだから、魔物相手に素手で挑むなんて無謀もいいとこ。CCOは現実を知らないバカって感じだから、さっさと1回痛い目見りゃいいんだ。
「あれれ~? みんな逃げる気満々みたい! もしかして私の奥義失敗した!?」
「おぉ、パルムぅ・・・・・・いえ、まだ失敗と決まったわけじゃないよ。彼等にはまだ正義の味方としての自覚が足りないだけだから。いま、目の前に自分達の力を必要としてる人がいるんだってことに気付いてもらうんだ。そうすれば、きっと勇者様達もやる気になるはずだよ」
「ウニュトラマンやラーメンライダーとはちょっと違うわけね」
「あの2人は24時間年中無休で正義の味方だからね」
「むぅ~」
「そんな顔しないで。ちょっとお願いすれば彼等も快く応じてくれるはずだよ。なんだかんだで彼等も勇者なんだから!」
「わ~ん、さすがキキ! いざってときに頼りになるね!」
「というわけなので勇者のみなさん! あちらをご覧ください! あの中の牧師のような黒い服を着たオジサマが魔王なんです。魔王を倒して人類を救ってください!」
これまでオレ達の様子を外野から見守っていた召喚師達がようやくオレ達に声を掛けた。GLOの説明にあった内容も含まれていたから、本当ならもっと前に召喚師達はオレ達に現状を伝えてたんだろうな。
「あー、ごめんな。ウチらじゃ魔王に太刀打ちできひんから帰りたいねん。だってウチら勇者やのうて遊び人やし。魔王が戦こうとる横で遊べる程遊び人極めてへんしな」
「そうそう、変に期待持たせても悪いからはっきり言っとくけど、たぶん私達全員弱いし」
KKKとNBKは帰りたいオーラ全開だな。
「ねえ、キミ達が僕達を召喚したんだよね? お役に立てなくて申し訳なかったけど、もう元の世界に帰してくれるかい?」
HEOも帰りたいようだな。それにしても召喚師達が素直にオレ達を帰してくれるものなのかな?
「確かに勇者様達を呼んだのは私なんだけど、いまはお帰りいただくことができないのです」
「おいおいそりゃどういう意味だ? オレ達じゃ魔王を倒せないし、それにオレ達とあんたらは赤の他人だ。助ける義理もなけりゃ命を賭ける謂われもねえんだぞ」
「お帰りいただく方法についてはこれから研究しないとだから、いますぐは無理なんです」
「これからぁ!?」
「片道切符しか手配できないとかやる気ねえにも程があるぜ」
「どうせ異世界チックな所に来るんだったら人間に召喚されるんじゃなくて神様にチート付きで転生させてもらう方がよかったよぉ」
「ホント使えねえな」
「その言葉そっくりそのままお返ししたいんだけど」
「パルム、そんなこと言っちゃダメだよ!」
「だって勇者のくせに魔王と戦おうとしないんだよ? それどころかみんなをほっぽいて逃げようとしてんだよ? 勇者どうこう以前に、人としておかしくない?」
「相手が魔王だからね。誰でも逃げ出したくなるよ。いい? ウニュトラマンとラーメンライダーは正真正銘のヒーローだから特別なんだよ。ここにいる勇者様達は勇者である前に人だったってだけ」
「そうね、切り替えていこう。でも奥義を使ったせいであと1人くらいしか召喚できそうにないけど」
オレ達と召喚師達との口論はすぐに終わった。召喚師達にとっては魔王撃破が課題なわけで、オレ達が使えないと分かってしまえばオレ達に構う理由がなくなる。オレ達にしたってパルムちゃんにオレ達を元の世界へ帰す手段がないと分かってしまったら、いま召喚師達にクレーム入れたってしょうがないし。なにより、まずは魔王をなんとかしてもらわないと、ゆっくり話もできやしない。
「おーい! 1匹そっちへ行ったぞ!」
頬にナルトを付けたおっさんが叫ぶ。声のした方からはオレ達の方へ向けて虎の化物のようなヤツが激しく突進してきていた。
「は! 3分以上経ったからウニュトラマンの能力が低下してきてるんだ! パルム、早く次を召喚しないと、ウニュトラマンはもうじき戦線離脱しちゃうよ! ラーメンライダー1人じゃパワーバランスが崩れちゃう!」
「ん、いま召喚する!」
召喚師達がそんな話をしてる間にも虎の化物はオレ達に肉迫してきていた。
「ガルル!」
一瞬だった。抵抗する間もなくただの同級生Q(以下TDQ)が喉元を喰い千切られて息絶えた。続け様にTDR、TDSがやられた。周囲の悲鳴はますます大きくなる。パニックに陥った挙句に扉の方へ走り出す者も出て、みんなてんでバラバラに動き出す。そんなみんなに対し、虎は一切迷うことなくひたすら目の前にいる人に跳びかかっては1撃のもとに絶命させてゆく。次元が違う生き物。現実世界の虎に襲われたってここまで抵抗できずにあっさりとやられてしまうことはないだろう。オレの5、6倍はありそうな重量なのに動きは俊敏で、動くたびに毛皮の下に隠された筋肉がしなやかに隆起した。
チラと魔王のいる方を見れば、ウニュトラマンとラーメンライダーが複数の魔物を相手に奮闘している。魔物の巨体を間近に見て初めてあの2人の正義の味方の凄さが分かった気がした。
虎の化物がこちらに視線を向けたときが命の終わり。
現実離れした魔物の力に圧倒されていると、ついに魔物の首がぐるりと回り、オレと目が合った。倒せる見込みはなかったけど、他の人よりは腕っ節に覚えがあったから少しは抵抗してやろうと思った。体躯に恵まれていたオレは高校1年生ながらすでに柔道で黒帯を貰っているくらいだからな。
虎の化物が迫ってくる。野球で打者が投手の放る球を見るような心持ちで虎の化物を注視する。それ程、虎の化物の動きは素早かったからだ。
だが、オレに突進してきていた虎の化物はオレに辿り着く手前で急に咆哮を上げて、その動きを止めた。何事が起きたかはすぐに分かった。虎の化物に向かってトランプのカードが立て続けに真っすぐ飛んでいたからだ。それらのカードが飛んできたであろう方に目を向ければ、そこにはGLOが立っていた。まさかGLOがカードを投げてんのか?
「博徒の【特技】で ≪カード≫ ってのがあったんだが、ダメだな! 全然ダメージを与えられてる気がしない!」
オレと目が合うとGLOはそう叫んだ。確かにGLOが投げたカードは虎の化物の皮膚を傷付ける程度の威力しかないようだった。運良く瞼を切り付けたカードがあったから、虎の化物の片目が出血で半ば塞がっているが、それも戦況に影響する程の成果ではない。
「カードなんて所詮は紙だからな! 僕の職業は戦闘には向かん! もう生きてる価値がないな!」
GLOがバカなことを言っている。この状況に発狂したんじゃなけりゃいいけど。
えい!
オレも自分の力がどこまで通用するか試すためにも注意が逸れている虎の化物の顎に蹴りを入れた。だが、オレの渾身の力を込めた蹴りも、まるで分厚いマットを蹴ったような感触を足に伝えるだけ。首回りも筋肉だらけの筋肉お化けだ。急所が見当たらない。
そこへ虎の化物の前足がしなってきて、オレの片足は半分以上千切れちまった。真っ赤な血が一面に溢れ出てきた。その傷口を見て、さすがにヤバいと思った。