ハイライト ⑧
ラストです
あと1話とか言ってたらアホみたいに長くなりました (^^;
小分けでお読みいただければ幸いです
昔話は禁止・・・・・・。
これはきっと、昨日までの学校でのことは忘れろという意味だろう。昨日のことまで昔だというには無理があるだろと思わないでもなかったが、彼女なりに雰囲気を和ませようとして、そういう表現にしたのだろう。それにまだ僕はいまの彼女との距離感が掴めていなかったから、その表現にツッコミを入れる気にもなれなかった。
「あと、≪ポーカーフェイス≫ も ≪とんずら≫ も禁止ね」
「僕の ≪特技≫、知ってるんだな」
「うん、私は・・・・・・私はね、キミのことを割と知ってるんだ」
私は、と強調する彼女。微かに笑みを見せているのに、でも喋り方はどこか寂し気で、ひょっとすると未来のGLOに思いを馳せているんじゃないかと思うと、心底深いため息が漏れた。
「MHKが知ってるのは未来のGLOだろ? 僕じゃない」
「ううん、キミなんだよなぁ」
「いや、だって僕とMHKってそんなに話したこともないだろ?」
「ん、それはね、未来のキミもいまのキミも一緒ってことだよ」
「つまり、未来の僕って、いまの僕と比べて、人としてまるで成長しなかったってこと? やめてくれよ」
「ははは、そこんとこは分かんないけど、良い意味で変わってなかったんだなぁって、さっき思ったよ」
「さっき?」
「そう、魔王とDCOが闘ってるときにGLOも私達の所に来たじゃん?」
話を聞いてみると、魔王と戦闘中だったDCOに対し僕が言い放った文句が、どうやら彼女のお気に召したらしいんだな。中でも、「簡単なことだよ。DCOは高校生で、僕達は同級生ってことだ」っていう僕の言葉は衝撃的だったらしい。本当に簡単なことなのに、彼女自身も頭ではそれを当然のように思っていたのに、じゃあ、なぜ彼女はDCOを諌められなかったのか? ほんの一時とはいえ、魔王との戦いをDCOとHDK、そして彼女自身の3人の戦いに、いや、DCOと魔王との戦いに置き換えてしまっていたんだと、彼女は言った。
「それに、なんだかんだでGLOとDCOって、悪い所を言い合える友達なんだなぁって思った」
「DCOは良いヤツだからな。あいつだけは僕の話に耳を貸すし・・・・・・。ああ、泣けてきた」
僕の冗談に彼女は微かに笑い、改めて
「僕達は同級生だ」
と言って
「いいね」
と続けた。
特に物真似をされているわけじゃなかったが、それでもやっぱり茶化されているように感じた。
「僕はふつうのことを言っただけだよ。MHKには3年間のブランクがあったから、ちょっと感覚がずれたんだろう」
「ま、確かに学校の制服姿に戻っても、急に気持ちまで元どおりってわけにはいかなかったかな。でも私達だけじゃなくってさ、あの場にはみんないたじゃん。PAOとかHEOとか、MJKもいた。でも、あの場で魔王の近くにやって来て、DCOに文句を言ったのはキミだけだった。ふつうのことだから、誰にでも言えたことだったのかもしれないけど、でも、実際に言ったのはキミだった」
「そんなの、ただ、僕がみんなより気が短かっただけさ」
「は? 何恰好付けてんの?」
「え? いまの何か恰好良かった?」
「え? 全然」
「なんだよそれ?」
「バ~カ」
意外だったが、彼女は僕に対して軽口を叩いた。思ってもみなかったことだから、僕は少しドギマギさせられてしまって、そんな僕の様子を見て彼女が小さく笑った。なんだかんだで、いまの僕は彼女のことが好きなんだと改めて思い知らされた。
僕だけしか記憶を持っていないからといって、完全にあのときの経験をなかったことになんて、できていなかった。
「ねえ、今日と昨日ってまるっきり違うんだよ。そうは思わない?」
まもなく、MHKが僕に言い聞かせるようにそう言って、同意を求めてきた。
「昨日っつったって、MHKにとっては3年前のことになるんだろ? だからそういうふうに思えるんじゃね? 僕には今日も昨日も同じだな」
実際、異世界に来たからといって、多少がんばってみた程度では何も変わらなかったから。
「ん? さっきから3年、3年って、もしかして喧嘩売ってる?」
「え? ああ、いや、そんなこと気にするなよ」
「ん、ま、いいよ。でも、ふつうだったらいまの時間って学校にいるじゃん。そこからもう違うと思うんだけど」
「ああ、つっても、1日分授業を受け損なっちまったが怪我人もいないし、全然取り返しが付くし、たいした違いじゃない」
「ええ!? ゆうてもここ異世界だよ? ワンダーランドだよ!? 学校さぼって馴染みの喫茶店に来てんのとは訳が違うくない?」
「僕だってここに召喚された当初はそう思ってた。だけど、終わってみると、ああたいしたことなかったんだなって」
「終わったって、まだ私達こっちにいるじゃん」
「ん? でももう魔王も倒したし、あとは帰るだけじゃん。学校もあるし」
異世界といっても、想像していたのとは違った。空想上の世界であるうちはファンタジーだがリアルになったらもうファンタジーでもなんでもなかった。目の前にある全てがリアル。魔王も魔物も魔法さえも・・・・・・。魔王と魔物に蹂躙されるファンタジーなんていらないし、リアルな同級生達と一緒に世界を巡るファンタジーもいらない。早く帰ってゲームしてる方がよっぽどファンタジーを楽しめそう。
「それはそうなんだけど、パルムさんの話だと元の世界に帰れるのって1週間後になるらしいよ」
「1週間!?」
MHKによれば、今夜に続き来週にも魔王討伐おめでとうパーティを催そうとパルムは考えているらしかった。というのも、今夜のパーティにはウニュトラマン達が出席できないから、来週、彼等を召喚するだけの力が回復したときに、改めて彼等を召喚して、みんなでお祝いしたいのだとか。そのみんなの中に、僕達も含まれているというのだ。
「私達が魔王を倒したんだから、私達がいなきゃお祝いが成り立たないってパルムさんは言うのね」
MHK達はすでにパルムさんにやんわりと異議を唱えたようだったが、それもダメだったようだ。1週間こちらに滞在するということは即ち1週間学校をサボるということであり、1週間、家族に消息を伝えることさえできない。
少年少女の謎の失踪。彼等の共通点はABC高校の同級生で同じクラスということ。クラスで示し合せたうえでの集団家出とでも解釈されるだろうか? いやいや、無理がある。2、3日もすれば大騒ぎになること間違いなし。それとも気の利いた誰かが、クラス全員まとめて異世界にでも召喚されたんじゃね? といったふうに推理してくれるだろうか? いや、仮に刑事さんがそう推理したってみんなの家族が納得するわけねえな。って何考えてんだアホか僕は。
「ほら、ここってやっぱ別の世界・・・・・・そう、ワンダーランドだからさ。私達の常識がどこまで通用するか分からないし、あまりしつこくしてパルムさんにへそを曲げられてもアウトじゃない? だから、とりあえず1週間は待つことにしたわけ」
なるほど、確かに世界が違えば常識も異なるかもしれないな。善悪の基準も違うかもしれないし、無暗に言い争うわけにもいかないだろう。やれやれ、いつのまにか妙な立場になってしまってるな。
「ま、私達としては空いた1週間を利用して気兼ねなく旅行できるからいいんだけどね?」
「ん、ああ、そりゃよかったな」
「あらまるで他人事みたい。GLOも行くんだよ?」
何を話したいのかと思えば、結局それかよ。ま、そうだよな。
「あ? それならさっきDCOに断りを入れた。MHKも聞いてたろ?」
僕に強烈なビンタまで喰らわせた張本人が、まさか知らないとは言わないよな?
「うん、確かにキミは旅行に行かないって言ってたけど、傍から見てたかぎりじゃ、さっきのキミはちょっと感情的になってたようだから、今度は落ち着いて話をしたくて」
「感情的だと? ああ、そうだな。確かに感情的だったろう。なんつっても心の底から、旅行になんて行きたくないって思ってんだから」
「ホント、素直じゃないね」
「正直に話してるんだけどな」
「言い方を変えようか。GLOは私達と一緒に旅行に行くべきだよ」
「行くべき?」
「そう、最初に言ったけど、昨日と今日は決定的に違うんだ。ただ、いまのキミにはそれが分かっていない」
「そのことなら、異世界に来てることが違うんだってMHKからさっき聞いたばっかだよ」
「それはGLOが昨日と今日が何も違わないって言うから、少なくとも異世界に来てる時点で昨日とは違うよね? っていう、最低限の話をしただけ。本当は、それ以上の違いがあるんだ」
「何が違うってんだよ」
「心だよ」
「は?」
「ハート♪」
「あ?」
「心だよ」
「そう」
真面目な顔して心だよと言ったかと思えば今度は胸の前に両手でハート型を作り歯を見せてハートとお茶目に言ってみせ、さらにスカした感じで心だよと繰り返す彼女。なにそれ心の三段活用か何かですか? ああ、なるほど。彼女は僕をからかって遊んでるんだな。
「MHKはこの世界で上手いこと変われたみたいだな。おめでとう。でも、僕は何も変わらなかった。ご愁傷様、だ!」
もう会話を締めようと思った。
「うん、いまのままなら本当にご愁傷様だ。でもね、みんなと一緒に旅行に行けば、きっとキミにも分かる。昨日と今日で、何が変わったのかってのがね」
「何が変わってるのか別に知る必要もないし。何度も言うようだが、旅行には僕抜きで行けばいいさ」
「ふう、まったく、キミを説得するのは魔王を倒すよりも大変そうだ」
「そうだよ。まったくそのとおりだ。もういいだろ? 早く屋敷に戻ってみんなに僕が説得に応じなかったと伝えてこいよ」
MHKの執拗な誘いに少々うんざりしていたから、言葉がやや強くなってしまった。一方の彼女は唇を噛んで僕を睨んでいた。その大きな瞳に、悔しそうな色がゆらゆらと浮かんでいる。そんな彼女の表情を見て、さすがに言い方がまずかったかと内心ビクビクした。
DCOに続き、彼女に見限られても仕方がないんだ。それに、彼女とは元々縁の薄い間柄だったから、彼女に突き放されようが無視されようが、どうでもいいはずだった。ついさっきまで、そうだった。そう思っていた。なのに、いまの僕ときたらどうだ。彼女に見放されることを怖れていやしないか。
「絶対やだ」
まもなく彼女が力強くそう言った。一瞬、自分の耳を疑った。だけど、改めて見た彼女の表情、口を固く結び、僕を真っすぐに見詰める潤んだ瞳を見て、聞き間違いじゃないのだと分かった。
「な、なんで・・・・・・」
なんでそう喰い下がれるんだ? なんですぐに諦めてくれないんだ? そう言おうとして、でも少し躊躇して・・・・・・。そのとき、ポツリと手の甲に何かが当る感触があった。まさかと思いながら天を仰いでみたが、そこには青空が広がっている。空の高い位置に、真っ白な小さな雲が浮かんでいた。それは決して雨雲じゃない。なのに、確かに雨が降っていた。小雨というにはまだ早い、降り始めの、不規則に雨粒が落ちてくるあの感じ。
「ワンダーランドが泣いているウサ」
ふと、花壇のある方から声が聴こえた。声のした方に目を向けても、そこには兎の親子の姿があるばかり。左右に視線を振ってみても、人影はないようだった。
「もう一度言うよ? ワ・ン・ダー・ラ・ン・ド・が・泣いてるんだウサよ」
「あ?」
まさか、兎が喋ってるのか!? 2本足で立って腰に手を当ててさも自分が喋ってるんだってな具合にアピールしてるし。
「GLO、私、キミのことが好きなんだよ」
ドッキン!!
おおーっとここでまたまた不可解な言葉が! MHK? 気は確かか? ていうか、彼女は晴天に降る雨のことも、2本足で立って喋る兎のことも気になっていないのか?
「ちょっと待ってな。雨降ってるんだけど」
「このくらい、どうってことない」
「兎も2本足で立って喋ってるんだけど」
「そりゃ兎だって喋りたいときもあるでしょうよ」
「うん、あるある」
言いながらも内心では、ねえよ! と思った。
なんだなんだ? さっきまで特に変わったことなんて1つもなかったのに、このわずか数秒の間に立て続けに異変が起きまくってるぞ。
「ねえ、GLO。私は、キミのことが好きだって言ってんの」
僕の反応を窺うように、尖った視線を向ける彼女。いやその目力は好きって言った相手に向ける類のモノじゃないよね?
「あ、ああ、ありがとう」
「違う」
彼女は表情を変えずに低い声で僕の言葉を否定した。一体何が違うというんだ? ま、この好きってのはあくまで友達、同級生としてであって、特別な好きではないってことは分かってるんだが。
「ていうか、いまの好きってのは同級生として、友達としてってことだよな?」
「そうだよ」
「彼女の深い悲しみと愛情に心を打たれて、ワンダーランドが泣いてるんだウサ」
やっぱそうだよな。あと兎がうるさい。
「僕もMHKのことは嫌いじゃないよ。好きかどうかは、MHKとはあまり話したこともないから、よく分からない」
「さっきから何度もそんなこと言ってるけどさ、悲しくなるからやめてよ」
「なぜそこで嘘を吐くんだGLO。キミの本心はそうじゃないだろぉ!? キミが正直にならなければ、この雨は永遠にやまないウサ!」
「うるせえクソ兎てめえは黙ってろ」
「GLO」
「ん?」
「キミが私のことをどう思っているかは置いといて、ちょっと私にも好きって言ってごらん」
「い?」
「ほら」
彼女が手の平を上に向けて、手招きするような感じで、挑発的に指をクイクイと動かした。一見優しそうに見えるその目元も挑発的に思えた。
「ごらんて・・・・・・」
なぜ彼女が僕に好きと言えと言っているのか分からなかったし、実際に彼女のことを好きになってしまっている僕には、少々きつい注文だった。
「チャーンス!」
だから兎は黙ってろって言ったろぉ。
「す・き・だ・よ」
結局、【す】と【き】と【だ】と【よ】の各1字をただ続けて発声しただけで、そこに気持ちを乗せることはできなかった。
「はあ~~~~~~ぁ。なにそれ?」
直後、隣にいる兎から大きな溜め息が漏れた。そして、瞬く間に視界が影に覆われたかと思うと、見上げれば空一面に暗雲が垂れ込めて、雨足も先程よりやや強くなった。驚くべき天候の変化だったが、目の前のMHKはさして気にも留めていないようだった。
「くす、最初だからね。いいよそれで。ね、私もキミのことが好きだよ。はい、もう1回言って」
「え? もう1回?」
「チャーンス!」
「うっせえ、僕の故郷じゃ兎を1羽2羽って数えるんだがその理由を教えてやろうか?」
「ほら、早く」
「っていうか、何で?」
「理由なんて考えなくていいんだよ。とにかく言ってみて。さ、早く」
「あー、好き、だよ?」
言えと請われて言うだけなのに、なぜか照れ臭くて語尾が疑問形のように上擦ってしてまった。
「はあ~~~~~ぁあ! ダメだこりゃ」
隣の兎がまた盛大な溜め息をつく。直後、たらいをひっくり返したような大雨が僕達を襲った。バチバチと凄まじい音を立てて大地に降り注ぐ雨粒の、その1粒1粒がとてつもなく痛い。時折り強風を伴い、縦から横から硬い雨粒に身体をなぶられて、目も満足に開けていられない。ち、こんな吹き降りの中にいたらそう時間を置かず頭の骨が陥没するぞ。早く建物の中に逃げた方がよさそうだ。
「屋敷に入ろう!!」
雨飛沫の音が凄まじいので、MHKに向かってそう声を張り上げた。
「ええ!? なんて言った!?」
「建物の中に入ろう!!」
そう彼女の顔に顔を寄せて叫んで、ベンチから腰を上げると、その瞬間、嘘のように雨が小さくなった。
「なんだったんだ?」
「なんか、一瞬だけアホみたいに強くなったね」
「とりあえずこのままだと風邪引くかもしれないから、お屋敷に戻ろうか」
「引かないんだなそれが」
「何言ってんだ? それにまだ小降りだけど雨降ってるし」
「それよりさっきの続き。座って」
「いや、ベンチすっげえ濡れてんだけど」
「大丈夫、だってキミのお尻だってもうびしょ濡れじゃん」
「え~・・・・・・」
「早く」
「マジかよ」
渋々といったふうを装ってはいたが、内心、このまま彼女とこのふざけたやり取りを続けてもいいと思ってる自分もいて、少し戸惑っていた。好きと言うのも、言われるのも、そこに特別な感情なんてないはずなのに、それでも胸の内にこれまで意識したことのないような不思議な気持ちが溢れてきて。このなんともいえない気持ちをどう受け取ったものか戸惑いつつ、改めて彼女と相対した。
そんな僕とは対照的に、彼女はこれまでの異変を気にも留めていないというふうに涼しげな表情のまま、濡れた前髪を掻き上げて、少し上目遣いで僕の方を見た。
「ねえ、ひょっとして照れてる?」
「チャーンス!!」
彼女が僕にそう尋ねた瞬間、間髪入れずに隣の兎が叫んだ。ここまで本当に僕の心を掻き乱してきた兎の鬱陶しい掛け声だったが、このときばかりはなぜだか僕も兎の言うことが嘘でないような気がした。
チャンスって、何が? 自分でもよく分からなかった。でも。
「うん、照れてる。だって、好きとかふつう言わないからな」
「ま、そだね・・・・・・。私もいま、ドキドキしてる」
吐息混じりの囁くような声。
「へえ、MHKもドキドキしてんだ?」
「そりゃね、好きって言うのも、言われるのも。あんま慣れてないし。GLOは・・・・・・いまどんな感じ?」
「よく分からない。いや、別に答えたくないってわけじゃなくて、どんな感じかって言われると、よく分からないってのがね、本音なんだ。まあ、僕もドキドキはしてるけど、具体的にこの感じを言葉にしようとすると超絶複雑で、とても長い話になると思う。たぶん、朝礼の校長の話の100倍くらい。聞きたい?」
「はは、遠慮しとくよ」
「ありがとう、助かるよ」
「んん!」と唸りながら、彼女が後ろに手を回して、息を止めて伸びをした。ぷはぁッと息を吐いて、肩をほぐすように腕を小さく振る彼女。その様子を見て、僕と話し始めてから、初めて彼女が気を抜いたのだと思った。
おふざけのやり取りでドキドキするのはもう終わりだ、と、彼女の清々しい表情がそう告げているようだった。いま、彼女は花壇の方を見ている。雨は相変わらず降り続いていた。彼女の気が晴れても、ワンダーランドは完全に泣きやみはしないのか、などと思いつつ兎の方に目をやると、
「キミたちが魔王をやっつけてくれたおかげで、魔王の呪いが薄くなってきているんだウサ。それで喋れるようになったんだウサよ」
兎は喋れるようになったことが嬉しいのか、尋ねもしないのに嬉々として僕にそう教えてくれた。いやその情報いらねえよ。
数秒間、僕は呪われた兔と見詰め合ったのちに黙って目を逸らした。喋る兎・・・・・・いや、呪われた兔のことはどうでもいいのだ。
「MHK」
人の傍が温かい・・・・・・そう感じたのは初めてかもしれない。
「ん?」
「キミが僕を思ってる以上に、僕はキミのことが好きだ。たぶん。本当に、好きなんだよ・・・・・・って言ったら、どう思う?」
言った瞬間、後悔した。だから最後に余計な一言まで。
心臓がトクトクとエイトビートを刻んでいて、僕はその速過ぎる自分の鼓動にも面喰らっていた。彼女は目を丸くして固まっていた。それから唇を軽く噛んで、黒目を斜め上に逸らせて、どう返事したものか考えているようだった。
柔らかな日差しが彼女の表情に陰影を作り出した。チラと空を見ると、さっきまで全体を覆っていた灰色の雲は綺麗に消え去って、青く澄み渡っていた。
「キミはよくがんばったウサよ」
兔が僕の腕に登ってきて、小さな前足で僕の肩を叩きながらそう言った。いや、特に何をがんばったってわけじゃないけど、それよりお前何様だよ。僕の肩を叩く兎の前足を掴んで、引き離そうとして、でもそれを拒むように僕の腕にしがみつく兔。そんな兔と僕が格闘していると、
「そうだねぇ。成長したなって、思うよ」
と彼女が言った。成長? 女子に告白するって行為自体が人としての成長に繋がるのだともし彼女が考えているのなら、いまの言い回しにも納得だ。それに・・・・・・。
「頭の良い返事の仕方だ」
質問形式にしていて良かったと思った。彼女をそこまで困らせずに済んだから。好き嫌いで回答するには、好きでない場合に難があるからな。
「もう、すぐにそういうこと言うんだから。ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったよ。上手く返事はできないけれど、好きだって言われて、嫌な気はしないかな」
ああ、いまの彼女が特別好きなのはPAOだからな。仕方ない。
「いいさ。ただ、気持ちを伝えたかっただけだから」
自分の正直な気持ちを受け取ってもらえただけで、心が軽くなった。ついさっきまで告白したことを後悔していたのに、いまは告白して良かったと感じていた。
「うん、ありがとう」
そう言って微笑んだ彼女に僕も笑って頷いてみせた。
雨上がりの庭園をさあっと風が渡ってゆく。見上げれば青空に虹が架かっていた。
虹を見ながら、変な天気だったなと思った。変な天気、呪われた兔、僕のことを同級生としては好きだというMHK、異世界、ワンダーランド・・・・・・。ふん、確かに不思議な世界だな。
元の世界へ戻れるのは最短で1週間後。
MHKとは話し合えたけど、ほかの連中との仲を修復できるとも思えず、だから、彼女が望むなら一緒に旅行に行きたい、という気持ちも芽生えてきてはいたが、まだ旅行に行くと彼女に伝えられるだけの決心が付かなかった。
むう、と内心唸りながらどうしたものかと考えていると、
「GLO、1つ、お願いしてもいい?」
と、彼女が尋ねてきた。旅行のことかな? と思いながら、
「何?」
と尋ねた。
「NBKのことなんだけど」
「NBK?」
「うん、実はね、私が ≪リセット≫ したときって、キミとPAO、DCO、HDK、MJKのほかに、NBKもいたんだけどさ、さっき思い出して。でね、GLOにお願いしたいんだけど、DCOが ≪リセット≫ したときにもNBKがいたかどうか、ちょっと確認してほしいんだ」
「え? どういうこと?」
「DCOに聞いてさ、もしNBKもいたっていうんだったら、NBKも旅行に誘わなきゃだから」
「DCOもNBKがいたことを忘れてる可能性があるってことか」
「そう。もしかしたら、だけど」
「でも、そんなのMHKが自分で聞けばいいじゃん。僕が聞くことじゃないだろ」
「だって私が聞いたら、私がNBKのこと忘れてたってのがばれるじゃん。それはあんまりよろしくないんだなぁ」
「いいじゃんそんなの。DCOのときにもNBKがいたとしたら、だよ? DCOだって忘れてたってことになるんだから」
「人のことはいいんだ。私が忘れてたってのが嫌なの」
「いや実際忘れてたんだからどうしようもないよな?」
「はいここでクイズです」
「あ?」
「確かにキミの言うとおり、私がNBKのことを忘れてたって事実は、どう形を取り繕おうと結局のところ私だけはその事実を知ってるからさ、一見、どうしようもないように見えるよね?」
「ま、つってもそれはMHKの気持ちの問題なんだろうけどさ」
「私の気持ちは変わりません。NBKのことを忘れてたことは一生の不覚なので、このあとずっと、それこそ一生負い目に感じてしまうことでしょう」
「感じんなよ」
「感じるんです」
「そこまで負い目に感じる必要ないだろ」
「そう、必要はないんです」
「じゃあいいじゃん」
「でも感じちゃうんです」
「ぶふ」
「そんなこんなで私、困ってるの。どうにかして助けてみて。さて、ここで問題。どうすれば私をこの問題から救えると思う?」
「ええ・・・・・・」
「ヒント1、私は始めからそうしてもらうつもりでキミと話してた」
「GLO、アレだよ! ン~ッから始まるアレだウサよ!」
また呪われた兔が茶々を入れてきた。【ん】から始まる言葉なんかねえんだよいい加減締めるぞ。
兔のことは置いておいて、問題を整理しよう。
まず、旅に出たあとのMHKが ≪リセット≫ するときの面子の中にNBKがいて、彼女も交えて旅行に行く約束をしていた。にもかかわらず、MHKはNBKの存在をすっかり忘れてしまっていた。それがMHKにとっては一生の不覚であり、今後の人生に負い目として圧し掛かる程の問題になっている。そのうえMHKの気持ちは変わらないから、一生、負い目に感じて生きてゆくこと間違いなし、とのこと。
MHKは僕に対し、DCOが ≪リセット≫ したときにもNBKがいなかったか確認してくれと言った。だが、たとえDCOもMHKと同じようにNBKのことを忘れていただけだとしても、人は人、と言っていたように、それだけでは彼女は救われない。
どこか違和感。
彼女は僕に尋ねるよう頼んできた。自分がNBKのことを忘れてたことが人に露見するのが好ましくないといって。なのに僕がDCOに尋ねたとしても、彼女は救われない。この辺の話っておかしくないか?
ヒント1は、MHKは始めから僕にそうしてもらうつもりで話してた、というもの。そうしてもらうって、何をすればいいんだ?
難しいな、と思った。
「ヒント2、本当に私を救えるのはGLOしかいない。PAOでもDCOでもHDKでもなくって、いまのGLOじゃなきゃダメなんだ」
う~んと首を捻った。2つ目のヒントを貰っても分からない。PAOでもHDKでもなく、僕がDCOに確認しなければならない、という意味か? それとも、僕にしかできないこと・・・・・・≪特技≫ が関係してるとか? そういえばMHKは未来の僕を知ってるから、僕の ≪特技≫ も知ってるんだったな。とはいえ僕の ≪特技≫ で有効そうなものなんて見当たらないんだが。≪ポーカーフェイス≫ とか ≪ダイス≫ とか? ≪とんずら≫ してもしょうがいないしな。むむむ。
「ヒント3、さっきも言ったけど、私はこのままここにいても絶対に風邪を引かない」
ああ土砂降りの後にそんなこと言ってたな。でも濡れた髪とか服とかどうにかしないと風邪引くと思うんだが。
「もう、鈍いなぁ。じゃ、これ8割答えみたいなもんね。DCOにNBKのことを聞くタイミングだけど、私達がDCOとキミの2人とここで合流する前がいいな」
くは、8割ってか10割答えじゃん!? 答えそのものじゃん!?
「≪リセット≫ か」
「正解。キミがそのタイミングでDCOに確認してくれれば、ふつうにDCOがNBKも誘おうって言ってくれるからさ、きっと私もなんの負い目を感じることなくこのあとの人生を謳歌できると思うんだ」
「うん、そうして」
「そうするから、≪リセット≫、しよっか?」
「またぁ!?」
「ん? また?」
僕が思わず大声を出したことで、彼女が訝し気に眉をひそめて聞き返した。
確かに、彼女には僕の言う【また】の意味が分からないだろう。まだ僕達が大聖堂で魔王達と戦っていたとき、一緒にお屋敷に回復薬を取りに行って、そこで彼女に告白されて、でも ≪リセット≫ したから彼女自身も告白のことを忘れてしまって。そして、いまもまた同じことが繰り返されようとしているわけだ。
さっきまでの不思議な感じのやり取りの記憶も、また僕だけのモノになってしまうのか。
僕は頭を抱えて煩悶した。
「≪リセット≫ するのが怖い?」
「怖い? いや、≪リセット≫ するときにそんなふうに思ったことはないよ。ただ、う~ん、そうだな。いまの気持ちを言うなら、寂しい、かな」
「寂しい?」
「だって、この花壇の前で色々と話したMHKが、≪リセット≫ で戻った先にはいないからさ」
「ああ・・・・・・」
彼女が僕に同情するように感嘆の息を漏らした。
「逆に ≪リセット≫ されるって、どんな気分?」
不意に気になって尋ねてみた。
「うん・・・・・・とねぇ、見送るって感じ」
「見送る」
「そ、見送る、期待する、応援する、願う感じ、祈る感じ」
「はは、≪リセット≫ する側は責任重大だな」
「うん、そうだよ」
「そっか」
彼女がみんなと一緒に旅行に行くことにこだわっている理由が、なんとなくだが分かった気がした。きっと未来のPAOが、HDKが、DCOが、MJKが、NBKが、僕が、いま彼女が答えたのと同じような気持ちで ≪リセット≫ する彼女を見送ったんだろう。そして、そのみんなの思いを、彼女は背負ってるんだな。
やれやれ、これは ≪リセット≫ するほかなさそうだな。また、さよならか。
「ねえ、遠くの方を見るような目でこっち見ないでくれる?」
「ん?」
「なんか無邪気な子供がはしゃいでるのを遠くから見守ってる親みたいな目ぇしてる」
「よく分からないけど、それがどうした?」
「なんか【やれやれ世話が焼けるぜ】とか思われてそうな気がして嫌だ」
「はは、そんなふうには思わないよ。狡い女だとは思ったけど」
「狡い? どういうこと?」
「いつもいつも僕がMHKのことを好きになったときに、MHKは僕に ≪リセット≫ させて、そのときにあったことを自分だけが忘れるんだ。ま、1度目の ≪リセット≫ のときは僕の都合っていうか、まだ魔王と戦っていたときだったから、選択の余地がなかっただけなんだけどさ」
「え? でもGLOって、さっきまで私のことはほとんど話したこともないから知らんって言ってなかった?」
「記憶喪失のMHKに話を合わせただけだ。本当は、おそらく1時間程前から、好きになってた」
「あらあら」
間抜けな調子の声を発しながらも、彼女の顔が赤く染まるのが見て取れた。告白ならさっき済ませたはずで、返事も貰ってるんだけど、なぜいまさらうろたえるのか?
「MHKがこれからの人生を謳歌できるように、≪リセット≫ はするよ。で、NBKのことはDCOに確認しておく、だったな」
「うん、お願いね。ありがとう」
≪リセット≫ しようと決めてしまうと、もうこの時間の流れの中に長く留まる必要はなかった。これ以上1人で苦しむための材料を抱え込むのは御免だ。
PAOを苛めた後も気分が悪かった。苛められた当人はケロっとしていたが。
ここで僕が ≪リセット≫ した後も、MHKは何も知らない顔でケロっとしてPAO、HDK、MJKとお喋りしながらまた花壇にやってくるんだろう。そんな未来を想像すると、たまらなく悲しくなった。
いまの告白はたまたま、偶然、話の流れで吐き出せただけ。おそらく、次のターンで僕は彼女に何も伝えられないんだ。
≪リセット≫ もいまいち使い勝手が悪いな、と思った。もう、これを最後に僕は ≪リセット≫ を使うまい、とも。
今度こそ僕はベンチから腰を上げた。彼女も僕を追うように立ち上がった。彼女には最後に確認しておかなければならないことがあった。
「あと、旅行のことは? もう聞かなくても平気?」
確か、僕が彼女に断りを入れたのに彼女が駄々を捏ねて、それから雨が降ってきて話が逸れたままなはずだった。あれから彼女は1度も僕が旅行に加わることについて口にしていない。
「うん、私が伝えられることは全部伝えたから。これ以上言うと、しつこいって思われちゃいそうだし」
「ま、最終的な答えを出すのは僕だしな」
「そういうこと。あ~、でも、最後にちょっといい?」
「最後って、うん、その言い方は割と現実的だな」
「うん、≪リセット≫ されると、いまの私はいなくなっちゃうからね」
「で、何?」
「好きな人ができると、その人のために何をしてあげられるだろう?、何をしたらいいだろう?って、思うじゃない?」
「あいにく僕は恋を始めて1時間足らずのド素人だからな。そこまで考える余裕はなかったよ」
「へえ? いいじゃん、逆に羨ましいよ」
「ふん、言ってろよ。んで、ごめん、何だっけ?」
「うん、私はね、GLOに見せたいものがあるんだ。一緒に行けば、すぐに分かるんだけど、きっとそれはキミにとってとても嬉しい発見になると思ってる。だから、だからね。意地でもキミを旅行に引っ張って行かなきゃって、ずっと思ってたんだよ」
「なるほど」
束の間の沈黙。
長居は禁物だったが、どうしてもじゃあバイバイとあっさり別れることができなくて、ここまで延ばしてしまった。
「じゃあ、10分後くらいに ≪リセット≫ するから。まあ、また30分前くらいに会うよ」
「うん、またここでね」
そう告げてから彼女に背を向けようとして、足元の兔に気付いた。途中からおとなしくなっていた呪われた兔。僕は足元の兔の両腋を持って、僕の目線の高さまで抱えてから、
「また来世で会おうな」
と言ってやったところ、
「来世て・・・・・・、またすぐ会えるウサ」
と兔の返事。
確かに、≪リセット≫ して1番に対面するのはPAOとこの兔だ。僕は兔を足元に下ろすと、そのまま振り返らずに歩を進めた。
これから庭園の林の中に身を潜めて、≪リセット≫ に備えてお化粧直しをするんだ。髪に付いた水滴を綺麗に払ってしまいたかったし、なにより泣きそうだったから。緊張の糸が切れたときに涙が出るんじゃないかっていう予感がしたのは人生で初めてだった。流して、その痕跡を消すまでの時間を考慮しての10分。≪リセット≫ したときの僕に変化があったら、目の前にいるはずのPAOを驚かせてしまうからな。
兔を下ろしてから、少し歩いたときだった。
「GLO!」
後ろから聴こえたMHKの声に振り返った。
「もしっ・・・・・・、あ、ごめん、なんでもない」
彼女は何か言い掛けたが、途中でやめて、曖昧な笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ」
僕はそう返して、再び彼女に背を向けて歩いた。彼女が何を言い掛けたのか、なんとなく分かっていた。もし僕が旅行に行かないつもりなら、説得にくるはずのMHKにここでのやり取りがあったことを告げろと、そういうニュアンスのことを言おうとしたんだろう。≪リセット≫ 後の、まだ何も知らない彼女自身を諦めさせるために。
庭園を歩きながら、最後の彼女の姿と言葉を思い返していた。またここでね、なんて、彼女はどんな気持ちで言ったんだろう? 平たく言ってしまえば、いまのMHKも ≪リセット≫ 後のMHKも同一人物だから、と割り切ってしまえば、どうってことないんだろうが、いまの僕には割り切れなかった。
≪リセット≫ されるなら、唐突にしてほしいものだ。宣言した後にやられるとなると、どんな気分になるか分かったもんじゃないからな。
そして、これまで散々 ≪リセット≫ してきたが、誰かの願いを抱えて ≪リセット≫ するのは初めてだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
結局、で、ございますか。
≪リセット≫ して、僕はまず天を仰いでそう思った。そして、続けざまに ≪セーブ≫ した。覆水盆に返らず、取り返しが付かない。そういった言葉が頭に浮かぶ。本来なら逆のはずなんだがな。
目の前ではPAOが異世界での自分の体験談を話していた。僕はうんざりして彼の話を遮り、その話は前に1度聞いたことがあるからもういいと断って、彼に屋敷へ戻れと促した。髪が乾き切らなかったこともあって、≪リセット≫ したことを隠す気にもなれなかったんだ。だが、一方の彼が僕の異世界体験談をまだ聞かせてもらっていないと駄々を捏ねたもんだから、僕は改めてうんざりさせられた。
「はあ、PAOにこの話をするのは2度目だ。僕は心の広い方だから2度目でも話してやるが、次はないからな」
滅茶苦茶で自分勝手な理屈だとは分かっていたが、それがいまの僕の本音だった。
「それはGLOが ≪リセット≫ したからそうなっただけで、オレが悪いわけじゃないからな。何度目になろうと約束は守ってもらうぞ」
彼の当然の訴えに思わず鼻から笑いが零れた。
「何がおかしいんだよ?」
「え? 僕がおかしいんだよ? いまの僕の言い方が、な。だって、いまのは明らかに僕がおかしいだろ」
「え? ああ、うん。そうだよ」
「悪かったよ。ちゃんと話してあげよう。僕の昔話を」
「あ? 昔話? GLOって何時代から生きてんだよ」
「平成から」
「ふつうか!」
軽口を叩きつつ話を始めて、僕が話を終えると彼は屋敷へと向かっていった。うん、彼が特に僕を嫌っていないことは知っていた。元々悪いヤツじゃなかったからな。
花壇の脇には兔の親子がいた。大きい方が呪われてるんだな。チッチッチッと舌を鳴らして兔に手招きしてみると、兔が僕の方を向いた。
「ほら、ちょっと来いよ」
声を掛けると、兔が僕の足元にやってきた。
「久し振り、いや、はじめまして、かな?」
兔は僕の太腿の上に跳び乗ってきたが、喋りはしなかった。僕は兔の背をさすりながら、
「まだ魔王の呪いが濃いのかな?」
と尋ねてみたが、兔はくすぐったそうに身を捩るばかりで返事をしない。むう、と僕が唇を尖らせていると、
「ああ! GLO! こんなとこにいたのかぁ!?」
と聞き慣れた陽気な声が耳朶を打った。一瞬、ドキッとした。兔に話し掛けているところを目撃されたとなると、まずいことになりそうな気がしたからだ。男子高校生が兔に話し掛けるとか、狂気の沙汰を通り越して事件だよな。
だが、それも杞憂に終わりDCOからは特に何も言われなかった。彼から旅行の話を聞いて、賭けの話を聞いた。賭けの話には乗らなかった。賭けはどうでもいい。問題は、DCOを除く面子の気持ちだからと言い訳すると、彼も僕のその言葉を了承してくれた。それから、機を見てNBKのことを彼に尋ねてみると、
「ああ!?」
と、彼が驚愕の大声を張り上げたから、僕は彼も彼女の存在を忘れていたのだと確信した。案の定、彼が ≪リセット≫ したときにもNBKはいたらしく、一緒に旅行に行く約束もしていたらしい。やれやれ、これでMHKもこれからの人生を謳歌できるな、と冗談っぽく思ってみたが、それでもまだ気は楽にならなかった。僕がどうするかを、これから判断しなければならない。僕の天敵、HDKとMJK。彼女達の本音を知るまで、判断は据え置きだ。
まもなく、PAOとMHK、HDK、MJKの4人が揃ってお屋敷の方からやってきた。DCOが彼等に手を振って、≪リセット≫ 前と同じやり取りが繰り返される。
「DCO、旅行計画のことはもうGLOに話した?」
HDKがDCOに尋ねた。
「ええ? なんでHDKが知ってんだ?」
それに対し驚くDCO。前のターンではここで僕がキレたんだったが、いまは真相を知っているから沈黙を守った。しばらく、DCOとHDK、MHKの3人の間で、お互いの旅行への認識を擦り合わせるための会話が為され、その後、HDKが僕の隣に腰を下ろし、僕を旅行に誘ってきた。
「ね、そういうわけだからGLOも一緒に行こう!」
彼女の本音を探るように、僕は黙って彼女を観察した。視線、表情、仕草、声音、そういったものから彼女の本音が読み取れないかと思ったんだ。
「ねえ、聞いてる? 旅行。行こ?」
黙っている僕に重ねて尋ねてくる彼女。ダメだ、見だけじゃ何も分からない。分かったことといえば、先入観というか、これまでの体験をクリアにしてみれば、彼女は可愛い、ということだけだった。
ど、どうしたら彼女達の本音を知ることができるだろうか? 直接聞けば手っ取り早いんだろうが、それをすると間違いなく角が立つだろう。そうなると、MHKが僕に ≪リセット≫ をさせた意味がなくなってしまう。
「どうしたの? GLO」
さらに隣にMHKが座り、僕に尋ねた。
「どうかしてた」
僕は彼女に即答した。
「誘ってくれてありがとう。僕、旅行に行くよ」
次に、HDKにそう答えた。
前のターンのMHKの、行けばすぐに分かると思うんだけど、という言葉を思い出したんだよ。
「おっし! イエーイこれで全員集合だね!」
そして、なぜかHDKがハイタッチを求めてきたので、彼女の勢いに圧されてハイタッチを交わすことに。ついでに彼女もNBKのことを忘れてることがいまの言葉から判明した。
パァン!
「痛い」
交わした手の平が嘘のように痺れた。そういえばHDKもMHKと同じくレベルアップしてるんだったな。ノリで彼女と手を合わせたのが失敗だったか。
「ごめ~ん! 大丈夫!? そんな力込めたつもりなかったんだけど」
「バカ、いまのHDKとGLOじゃレベルが違うんだから、少しは考えなよ」
前のターンで人をビンタで吹っ飛ばした前科持ちのMHKがHDKを叱っている。MHKも人のこと言えねえだろと心の中で笑ったんだが、このことを誰に言っても一緒に笑えないのだと思うと、少し寂しくなった。
「手が痺れてる。内出血もしてるようだし、これ、あとでグローブになるパターンだ」
HDKをからかうように、そう自己診断の結果を伝えた。
「MHK~、助けて~」
「まったく、手、貸して。≪元気もりもり≫」
MHKが僕の手を取ってそう言うと、嘘のように痺れと内出血が消えていった。これが、噂の回復魔法ってヤツか、と素直に感心。
「ほら、GLO。とっくもり~って言って」
HDKが変なことを要求してきた。
「ちょっと、恥ずかしいからいいよ!」
MHKがHDKを強めな口調で制した。僕を挟んで女子2人が騒ぐと無駄にドキドキするんだが。
「え? なに? とっくもり?」
「そうそう、MHKが ≪元気もりもり≫ ってしてくれたらね、とっくもり~って答えるのがお約束なの」
「そうなんだ?」
「HDKのバカ」
「ええ? 本当はMHKもGLOにそう言ってほしいんでしょ?」
恥ずかしそうに俯いてこくんと首を縦に振るMHKを見て、訳が分からなかったが、とりあえずそんな彼女が可愛いと思ったので、彼女が望むならと、
「とっくもりー」
と言ってみた。
「そう、そんな感じ! 仲間って感じだね! ね? MHK」
そう言ってはしゃぐHDKがなぜかMHKと僕の手を取って握手を促してきた。MHKの小さな柔らかい手を取って、握手した。
「MHK、ありがとう」
回復してくれたことに加えて、前のターンでお世話になったことへの感謝の意味も込めて、お礼を言った。
「うん。GLOも、一緒に旅行に行くって決めてくれてありがとう」
「いいんだ。だって、僕、みんなのことが好きだから。こっちこそ、誘ってくれてありがとう」
「うん、私もみんなのこと、好きだよ」
「私もー! みんな最高の仲間だよ」
MHKとHDKは恥ずかし気もなく素直な気持ちを言葉にしていた。
「ええ?」
MJKはこの2人のノリに驚いているようだった。DCOとPAOは何も言わず、ただただ目を丸くしていた。
「MJKも、よろしくな」
「え? ええ、よろしく」
僕の言葉に、MJKは困惑気味に返事した。
「DCO、愛してるよ」
「はあ!? お前マジか?」
「はは、冗談だよ」
「本当に世界が消滅するようなこと言うなよな。オレはてっきりお前がラスボスなのかと思ったぜ」
DCOはまだまだ素直になれないみたいだ。まったく、可愛いヤツめ。
「PAO!」
「な、何?」
「仕方ねえからPAOも愛してやるよ」
「いや、いいよ」
「じゃあPAOは僕の敵だ」
「なんでだよ!」
「友達だよ」
「そ、そうだな」
なんだか気持ちが浮ついていた。
高揚してたって感じかな?
妙にテンションが高くなってたんだ。
僕が問題の渦中の人物だってことを認識してたから、がんばってみたって感じだった。ひょっとして僕って異世界デビューできるんじゃないか、とか思ってみたり。
それから僕達はNBKを誘いに向かった。彼女は最初、面倒だからいい、1週間お屋敷でゴロゴロしてる、とか気のないことを言っていたが、女子3人の説得により1時間後に陥落した。
僕、DCO、PAO、HDK、MHK、MJK、NBKの7人が揃ったところで、僕はみんなに断りを入れてから ≪セーブ≫ した。だって、みんなと合流したときにさっきと同じようにはしゃぐことなんて2度とできないと思ったからさ。
そして、みんなの嬉しそうな顔を見て思う。MHKが示してくれた道筋に沿って動いてみて、本当に良かったと。
目を閉じて、さっき別れを告げたMHKの姿を思いながら、心の中でお礼を言った。
MHK、本当にありがとう。
~そして3年後~
まだ残暑の厳しい8月末日、夜、みんなと歩いているところを何者かに襲撃された。闇夜に紛れての奇襲にみんなが次々と屠られてしまって、かくいう僕も敵の剣閃を目視することもできず、あっけなく切り裂かれてしまい、あとは死を待つばかりといった状況。最早、誰が生きていているのかさえ、確認できない。混濁し、途切れそうになる意識の中へ、声が響く。
「ふはははは、PAO、残るは貴様だけだ。貴様を倒せば我が闇の一族の繁栄は約束されたも同然」
「や、闇討ちとは卑怯だぞ」
「バカめ、闇に紛れての奇襲こそ我が闇の一族の常套手段。卑怯と言われる覚えはない。さあ、大人しく死ぬがいい!」
「ふ、残念だったな。何人たりともオレ達を全滅させることはできんぞ!」
「ふん、強がりを。現に残るは貴様1人。それに貴様も満身創痍、そのうえ袋の鼠ときている」
「はあ、はあ。まあ、待ってろよ。次に会うときは、形勢逆転してるから」
(^^) (^^) (^^) (^^) (^^) (^^)
「きゃあああああ!」
「えええ~!?」
「PAO!?」
「どうした!? 何があった!?」
「どこで怪我したんだ!?」
「何しててこうなったんだよ!」
≪リセット≫ した瞬間、数人の男女の声が耳に響いてきた。同時に、オレは身体を支えることさえままならなくて、その場に崩れ落ちた。
「PAO!」
見上げた天井、廊下の壁、窓・・・・・・ああ、この見覚えのある内装は、オーギュスト家の屋敷だな。そして、オレの顔を覗き込むDCO、GLO、HDK、MHK、MJK、NBKの6人。ということは、ここは魔王を倒したあと、旅行に行く面子が揃った時点。ああ、懐かしいな。
「PAO、何があった!」
GLOが鬼の形相で尋ねてくる。オレの姿を見て只事じゃないと思ったんだろう。
「いまから3年後の8月30日の夜、オレ達は闇の帝王に奇襲される」
短い言葉の中に、詰め込めるだけの情報を詰める。オレももういつ意識が飛んでもおかしくない状況だったから。
「闇の帝王!?」
「闇の帝王って、GLOが言ってたヤツ?」
「ぼ、僕は知らん。あれは出まかせで言っただけだし」
「闇の帝王とその一族は闇に紛れて奇襲を掛ける戦法を得意としている。3年後の8月30日の晩だ。GLO、頼んだぞ」
伝えるべきことは全て伝えた。あまりに情報が不足しているが、現時点ではこれだけしか情報がないのだ。闇の帝王というのも、闇の一族というのも、奇襲されて初めてその存在を知ったのだから。
魔王がいなくなった世界で、ちょっと油断が過ぎてしまったな。
「きゃああ、PAOが死んじゃう!」
「GLO、早く ≪リセット≫ して! これ以上、PAOが苦しんでる姿なんて見ていられないよ」
「ちょ、ちょっと待て。なぜ僕なんだ?」
「こういうときはGLOが指揮を執るんだよ。魔王戦のときからの決まりじゃん」
「待て、そんなのいつ決まったんだ。ってか、それよりPAO、PAOは日本には戻らなかったのか?」
ああ、そこは気になるよな。
「はあ、はあ。ああ、日本には戻れなかった。パルムちゃん、召喚、するけど、帰すことは、できなかった」
「ウッソだろぉ!?」
「闇の帝王よりそっちの方が衝撃的なんだけど!」
「はあ、はあ。3年間では見つからなかったが、みんなを帰す方法を、パルムちゃん、ずっと探してる。いつか、帰れる、はず。ガク」
あ、もうダメだ。
「きゃあああああ! PAOが死んじゃう!」
「ほらGLOさっさと ≪リセット≫ しろよ。何モタモタしてんだよPAOを死なすんじゃねえよ!」
「ええ~、HDKってやっぱキツイのな」
「うっせえ、さっさとしろよ。PAOが苦しんでんでしょぉ?」
「はいはい、分かった分かった。分かりましたよっと」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
7人揃ったところで、みんなが本当に楽しそうにしていた。
僕はさっきまでと同じようにはしゃぐことができなくなっていた。闇の帝王と日本に帰ることができない、という2つの問題を背負わされて、どうしてはしゃぐことができようか。できるわけがない!
闇の帝王の話は1週間後、旅行を終えたときにしよう! 旅行前に伝えるとみんなの楽しみに水を差すようだし。
日本に帰れない話は、1週間後にパルムが勝手に発表するだろうから放置でいいな! あの野郎、1週間の猶予期間を設けて、その間にみんなを帰す方法を探す気でいやがったんだな。そうに違いない。
「GLO、大丈夫? 具合でも悪い?」
優しいMHKが僕の様子を心配したのか、気遣って声を掛けてくれた。
「ああ、ごめん。大丈夫だよ。ちょっと考えごとをね」
「ふ~ん、大丈夫ならいいんだけど」
改めて楽しそうに話しているみんなを見てみる。これまで僕は大抵独りぼっちだったのに、いまは僕を受け入れてくれた仲間達がいる。
不意に、ふっと笑みが零れた。
とりあえず異世界デビューは成し遂げたんじゃない?
めでたし、めでたしだ! がっはっは!
あとのことはあとで考えるさ!
自分でも不思議だったが、闇の帝王討伐に備えながらこの異世界で暮らしてゆく未来を想像して、わくわくしている部分もあって。身体の芯が熱くなって、感覚が研ぎ澄まされてく感じ。僕のファンタジーは、この異世界の未来の中にあるんだって予感がした。
おしまい