一転攻勢 ⑮
次回からハイライトです。
「むうぅ、DCOの纏う聖なる闘気が闇の闘気に浸食されていっているように見えますね。あれはどういう状況なんでしょうか?」
「もしかして闘気の力で押し負けてるとか?」
「DCO、大丈夫かな?」
「・・・・・・HDK、万が一DCOがやられたら即 ≪リセット≫ な。魔王の目標がDCOを倒すことから僕達全員を殺すことにシフトしてるから」
「う、うん」
HDKが息を飲む音が聴こえた。
「ふははは! 徐々に闇の力に身体が蝕まれているな!? そのまま闇に堕ちてみろ!」
「へ、へへへ・・・・・・」
「どうした? 気でも触れたか?」
「魔王ったらついに殴り合いながら喋り出しちゃったよ! DCOはなんだか笑ってるし、これって魔王の方に余裕が出てきたってことなの!?」
HDKが焦り気味にキキさんに尋ねた。無理もない。ふつうに喋ってる魔王と苦し気に苦笑いを浮かべるDCOには明らかな差があるみたいだもんね。
「いえ、殴り合いの最中に会話するということ自体は一定以上のクラスの達人同士の戦闘ではよくあることです。彼等は余裕があっても喋りますし、余裕がなくても喋ります。なので、そこから両者の優劣を計ろうとするのは無意味でしょう。それよりも気になるのはやはりDCOの身体が闇の闘気に浸食されていってるってことですね。特にDCOの左腕はもう真っ黒になっていて、動かしにくそうにしてますし・・・・・・」
「キキさんにもいまのDCOに何が起きているか分からないんですか?」
「ええ、私もあんな現象を見るのは初めてですし、聞いたこともありませんので」
「そうですか・・・・・・」
闇の闘気に身体を浸食された状態というのがどういうものなのか、私のイメージとしては命に関わるか精神状態に関わるかのいずれかなのだけど、当のDCOはいまどういうふうに感じてるんだろう? 苦笑いしてたから、まだ平気なのか。それともすでに相当苦しいのか。
「おお!」
そのとき、キキさんが驚いたように声を出した。DCOの右のボディが綺麗に魔王の腹を捕えて、魔王の膝がガクガクと揺れ出したんだ。そのうえ背を丸めて上体だけうずくまって、ボディを打たれた魔王はとても苦しそうにしていた。
「魔王さんよぉ、殴り合いの途中に、お喋りたぁ、油断が、過ぎるんじゃないか? 口動かしててまともに手が動くのか? 100パーセント集中してたって言えるのか?」
DCOがそう言いながらよろめいた魔王にラッシュを喰らわせていた。よく見れば闇の闘気に蝕まれて黒くなった左腕も問題なく動いているようだった。
「か、はあ、はあ。き、貴様。その左腕、まだ動いたのか?」
「おうよ、誰が動かないっつったよ?」
「先程まで左腕をほとんど使わなかったのはブラフか!?」
「あんたが妙な推測を披露しなすったから、そのとおりに演じたのさ」
「ぐぬぅ、で、ではその左腕の闇の闘気は一体・・・・・・」
「これはあんたの闇の闘気を盗んだからさ!」
「ぬ、盗んだだとぉ!?」
「そう、奪ってたのさ!」
「ば、バカな。貴様は聖拳の使い手だろう!」
「そうさ! だが、オレは聖人じゃないからな! あんたと闘ってるうちに闇の力がオレの身体に馴染むのを感じたんだ。こりゃオレでも扱えそうだってな!」
「なんてヤツだ」
「あんたこそこんなに殴られながらなんでそんなに余裕なんだ? さっさと倒れろよ」
「ぐ・・・・・・」
「ああもう、ま、いいや。これでトドメだ! 奥義 ≪昇龍≫!」
DCOが放った渾身のアッパーが魔王の顎に炸裂した。まるで飛び跳ねたかのように魔王の身体が宙に舞い、床面に落ちた。それから魔王はもう動かなかった。意識を失っただけなのか、死んだのか。DCOが魔王の首筋に指先を当てた。おそらく脈を取っているんだろう。私達はその様子を固唾を飲んで見守る。まもなく、DCOが小さく首を振った。首を振ったということは、すでに息がないってことでいいのかな?
「魔王は死んでるぞー!」
DCOが嬉しそうに叫ぶ。魔王が、死んだ。
「おおおー! 魔王死んだって! やったね!」
HDKが私の肩を掴んでぐらぐら揺らす。大聖堂に戻ってきてどれくらい時間が経ったのだろう? クラスのみんなを基準に考えるとたいした時間じゃなかったかもしれないが、少なくとも私やHDK、DCOにとってはそれぞれに3年間を費やした目標だった。
「うん、やったね」
まだ半信半疑の私はHDKのように声を弾ませることができない。GLOは特に何も言わず、DCOと魔王の方へ歩いてゆく。
「DCO、相手は悪魔だ。人と身体の作りが同じとはかぎらないから、もっとはっきりとトドメを刺してもらえないか?」
DCOの方へ向かいながら、GLOがそう声を張った。
私達の様子を見てなんとなく察したのか、クラスのみんなもこちらへ向かって歩いてきていた。その間にもDCOが魔王の首を捻じ曲げたり、腕を折ったり、足を折ったりして、仮に魔王が目覚めたとしても手も足も出ないように万全を尽くしていた。GLOはDCOの傍で彼の作業を平然と見守っていた。魔王の死んだ直後よりもさらに歪になった死体は吐き気を催させるに十分な仕上がりになっていた。ホラー映画に登場するリアルなメイクを施されたゾンビの死骸には醸し出せない生々しさを持って、魔王の死体は床に転がっていた。これまで見てきた魔物の死体とは一線を画す造形だった。
だから私はみんなに魔王には近寄らないように注意した。
数人の男子が仕切りに魔王の死を確認したいと言って私を押しのけて通過しようとしたから、それを止めようと私が彼等の1人の腕を取って引くと、その1人はあっけなく床に転がった。それを見て前に進もうとしていた男子達もすごすごと私の方へ戻ってきた。
「残念だけど、レベルが違うんだよ」
私は得意になって彼等にそう告げた。
彼等の目には人の形をした生物の死に対する好奇心がありありと浮かんでたいたんだ。その好奇心は小さな子供が抱くそれと同じで、ある意味とても自然な感情だとは思うんだけど、いまの私にはそれがとても怖く思えて・・・・・・。だから、そんな彼等が私の力に屈したことがとても愉快だった。
結局、魔王の死骸はDCOが外に運んでいって、そのあとにHDKが 魔法で燃やした。私とクラスのみんなはDCOとHDK、GLO、キキさん、パルムさんが一連の作業を行っている間、大聖堂内で待機していた。元々仲の良かった子達からはお礼を言われた。魔王と戦ってくれてありがとうって。その言葉に私は首を横に振った。
「ううん、私だけの力じゃないし、HDKもDCOも、きっと自分達だけで魔王を倒したんだとは思ってないよ」
「いやチート持ってたのがMHKとHDKとDCOなんだから、変に気兼ねしなくっていいんだけど」
「ふふ、私達がチート持ちだったって思ってるみたいだけど、違うんだよね。みんなと助け合いながら、少しずつ、ゆっくり強くなっていったんだから」
「ああ、DCOが言ってた ≪リセット≫ ってヤツね?」
「そう、あとでまた詳しく話すよ」
私達がそう話していると、
「おーい、魔王は完全にこの世から消滅したぞー!」
と、DCOの朗らかな声が大聖堂内に木霊した。
「今朝送り届けられて朝の内にダストシュートにゴオール!ってなもんよ!」
言いながら、DCOが私達の方に駆け寄ってくる。みんなもDCOの方に向かって駆け出した。感動的なエンディング、なのかな?
「DCO! すげえなお前!」
「なんでDCOだけそんな強ええんだよ!!」
「よくやったなDCO!」
魔王と最後まで戦い抜いたDCOにみんなから賛辞が送られると、DCOは照れ臭そうに笑った。
「おおっと、それよりみんなぁ、みんなの知らないところで魔王討伐のためにがんばってくれたPAOを胴上げだぁ! PAOが魔王との戦いのMVPだからな!」
「ええ!? PAOがぁ!?」
「ん? オレは何もしてないんだが?」
DCOのMVP発言に戸惑うPAO。ま、そうだよね。≪リセット≫ されてるから、何もかも忘れてしまってるというか、いまのPAOにとってはまだ経験していないことになってるんだろうけど。そして、その経験と同じ未来を辿ることも、もうないんだけど・・・・・・ね。
「そうだよ! PAOが私達にずっと勇気をくれてたから、私達も強くなれたんだから!」
困り顔のPAOに私もそう告げた。
「そ、そうなんだ?」
「そうなんだよ」
「よし、いくぞ~!」
「わ、わ」
「せーの! ウエーイ、ウエーイ」
DCOの音頭により、みんなでPAOを胴上げした。私もみんなと一緒にPAOを胴上げする。ありがとうPAO。サンキューPAO。メルシーPAO。大好きだったよPAO! 昨日までの私は昨日まで一緒にいたPAOに、きちんと好きだって伝えてたんだよ。でも、これからまた学校に戻ったら、その気持ちをキミに伝えられる自信がないんだ。
こうして3年前と同じみんなと接してみると、まるで昨日までの旅も一夜の夢だったように感じる。本当に夢だったかのような非日常だった。また日常に戻って、自分がどう変わってしまうのか、はたまた変わらないのか、そのときになってみないと分からないけれど。もし変わらずにこの3年間で成長したままの私でいられたら、そのときは勇気を出してきっと告白するよ?
しばらくして胴上げを終えた。
みんな息を弾ませて、表情はとっても明るい。魔王達がいなくなって安心したっていうのが傍目にもすごく伝わってくる。これで異世界ともお別れだ。辛く楽しい旅をして周った異世界、素敵な思いでをありがとう。
って、そういえば、まだやるべきことがあった!
そうそう、一昨日の晩、秘密の計画をみんなで立てたんだもんね。