一転攻勢 ⑦
景気付けに一発でかい魔法を撃つとしよう。テンションは大事だからね。まずはさっきと同じように空中に昇りましてっと。うん、イケメンライダーが参戦したからまた正義の味方チームが魔物チームを押し返してる感じだね。でも本気も出さずにチンタラしてるんだったら、引っ込んでてもらおうか。
「ラーメンライダー! イケメンライダー! でかいの行くから、巻き込まれたくなかったら逃げて!」
2人を魔法の巻き添えにするわけにもいかないから声を掛けると、2人が同じように私の方を見て、それから魔物の群れを撒いて逃げようと動いた。
「案外話の分かる人らじゃん。それじゃ・・・・・・!?」
特大の魔法を打とうと思ったときには、魔物の群れも蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げ出していた。
「ちょっとぉ!? あんた達まで散ったんじゃどこに撃ったらいいか分からなくなるでしょ!!」
なぜ魔物まで逃げ出してるんだ? ラーメンライダーやイケメンライダーを追っかけてるわけでもなく、完全に私が何かをすると予見して逃げてるように見える。魔物ってそんなに頭良かったっけ?
「チッ、標的はかなり少なくなっちゃったけど、まずはクラスのみんながいる方に逃げてる連中を仕留めるか。≪メテオレイン≫!」
私の魔力によって生み出された赤々と燃える数多の岩石が魔物の群れに降り注ぐ。耳をつんざくような轟音が数秒間に渡って鳴り響き、それが治まったころには大聖堂に燃える岩石の密集地帯が出来上がった。ちょっと熱気が籠るようだけど、これで魔物達がみんなに近寄る気遣いがなくなったな。
さてほかの魔物の群れの方はと目を向ければ、ラーメンライダーとイケメンライダーがそれぞれ魔物を圧倒していた。敵の戦力が分散した分、戦い易くなったんだろうね。これってもしかすると戦略的にも良かったんじゃない?
もうじきお邪魔虫な魔物もいなくなるだろう。
それじゃ、私は自分のやるべきことに専念しようかな。
眼下で凄まじい戦闘が繰り広げられている隙に、こっそりと外へ出た。
逃亡するときに初めて見た異世界の戸外の風景。オーギュスト家の緑の庭園。空から見下ろすと地上から見るのに比べてまた違った綺麗さがあるね。町の様子も遠くまで見渡せる。青空がとても綺麗だ。
これが、まだ魔王の手に堕ちる前の世界。
この数カ月後に世界は闇に閉ざされてしまったから、青空の下に広がる町を見るだけでもちょっと感動してしまう。同時に町から出たあとに見た赤く燃える空の様子を思い出した。これからほんの数時間後の話だ。ここで負ければ世界が終わる。だからこそ、ここで負けるわけにはいかないんだ。
外に出た私はとりあえず空を飛んだまま大聖堂の外周をぐるっと1周してみた。印象としてはちょっと大きめの体育館という感じ。それだけ確認すると、今度は地に足を付けて、魔力を地に注いだ。足元がぼんやりと紫色に光り始める。それからその魔力を地に留めておくイメージで外周を歩いた。しばらくすると、大聖堂の周囲に紫色の魔力の光に縁取られた円が完成した。最後に大聖堂の塔になってる先っぽにも魔力を注ぎ込めば魔法封じの段取りは完了だ。あとは呪文を唱えるだけ。そのあとはDCO次第だ。
段取りが完了してすぐに大聖堂内に戻ってみると、もう魔物の姿はなく、魔王と2人の正義の味方が向かい合っているところだった。魔王と正義の味方はお互いに向かい合ってるだけで動かない。とりあえず状況を確かめるためにDCOの下に駆け寄った。
「DCO、戦況はどんな感じ?」
「いまから魔王が第3形態に変化するところさ」
「第3形態、前にラーメンライダーとDCOが負けた形態だね」
「前にっつうか、さっきだけどな」
「あ、そうだったね。ところで、どう? 聖拳の方はなんとかなった?」
「ん? ああ、なんとなくだけど、この空間に聖なる力が満ちてるってことは感じ取れるようになったよ」
「お、ということは?」
「いや、まだ聖拳を極めたわけじゃない。空間の聖なる力を感じることができたって、それをオレの物にしなきゃ意味がないだろ? どうやってこの聖なる力を攻撃に転じるか、それが問題だ」
「さすがに時間がなさ過ぎるか」
「そうだよ、それに焦れば焦るほど気が散っちゃってさ」
「ま、無理を言ってるのは分かるよ」
「ごめん、別にHDKを責めてるわけじゃないんだぜ?」
「むう、一応、私もやってみるけど、魔王との腕比べで負けたらDCOの出番だからね」
「はは、厳しいな」
「現実はいつも非情なのだよ」
「でもその厳しさ、嫌いじゃないぜ。とかね」
「じゃ、引き続き、焦らず、落ち着いて」
「ああ」
「じゃあ行ってくる」
やっぱ時間が無さ過ぎるのかDCOの方は聖拳を極めるのに苦労してるな。こうなったらあまりDCOだけを頼りにしない方がいいかもしれない。私でやれるならそれに越したことはないんだけど。
とりあえず正義の味方達にも現状を尋ねてみる。
「ああ、これから第3形態に変わるんだとさ」
「だからオレ達、変形が終わるのを待ってるんだ」
呆れるほど屈託なく2人は答えてくれた。正義の味方ってのは空気を読んでるのかはたまた戦闘狂なのか知らないけど、こういうときに相手の準備が整うのを待つものらしい。DCOに聞いた話だと変化中の魔王は終焉の女神の祝福により無敵になっているというから、結局変形を終えるのを待つしか手はないんだけど、それにしても、とは思う。
「私も戦います」
「嬢ちゃんなら大丈夫だろうが、相手は魔王だ。油断するなよ」
変身が終わったのか、魔王の顔付きが変わった。
「ふふふ、まさかここまで苦戦を強いられるとは思わなかったぞ。全く予想外だったが、なぜか嬉しくもある。闘いに燃えるこの感覚、とうに枯れたものと思っていたが、我ながら意外だよ」
「ふ、それを言うならこっちもだぜ」
「ああ、あんたみたいに手強いヤツは初めてだよ」
「あんたら全員頭おかしい」
あいにくこっちは愉しむために戦ってるわけじゃない。魔王を倒すためにルール無用で戦ってるんだ。勝つためなら反則も厭わないし美学もいらない。
「≪ア スモール ピース オブ ヘブン≫」
戦闘の予備動作を待たず、私は魔王に私が使える中で最も確実に相手を仕留められる魔法を使った。相手の精神を破壊して身体の生命活動を停止させる魔法 ≪ア スモール ピース オブ ヘブン≫。心臓が止まらないまでも、正気を奪う程度には効いてほしいところだけど。
「おお! ああ! ぐああ!」
魔王が脇目も振らずに叫び始めた。どうやら私の魔法は魔王にも効いたらしい。
「もしかして譲ちゃん、魔法を使ったのか?」
「はい、使いました」
「おいおい、魔王の肉が次々に裂けてってるぜ? 一体、どんな魔法を使ったんだ?」
「私が使ったのはいわゆる天国の片鱗を見せる魔法ですが、血が噴き出していってるのはおそらく私の魔法とは関係ないかと」
「あれはオレが仕込んだ細麺の仕業だな。だが、魔王の野郎、細麺の存在には全く気付いていないようだな」
「見た目魔王は苦しんでいるように見えますが、たぶん当人はそこまで苦しんでいないはずです。それどころか流血を伴う痛みさえ気持ち良く感じているかもしれません」
「ひええ、魔法ってのは恐ろしいのお」
「私、黒魔導士ですから。使う魔法も少々黒いんです」
ラーメンライダーが仕込んでいた細麺のおかげで私の魔法の効果以前に魔王はその身をボロボロに引き裂きながら倒れてしまった。
「≪ファイアーウォール≫」
人の死体を観賞する趣味はないのですぐに火葬することにした。巨大な火柱が魔王の身体を包み込んでメラメラと立ち昇る。目に痛いほど炎は強烈に燃え盛っていた。じっと見ていると炎の揺らめきが目に焼き付いてしまうよう。
「終わったな」
「ああ、魔王リルラ=トゥール=メディシスの最期だ」
「いえ、2人ともまだ気を抜かないでください。魔王の身体が燃えていないです」
「なんだと?」
「た、確かに。この炎の中、魔王の身体は依然として倒れたときのまま・・・・・・いや! それどころか傷が綺麗になくなっていってるぞ!!」
「どういうことだ? まさか魔王のヤツは不死身ってわけじゃないよな」
「その筋の情報によると魔王は第4形態まで変化できるそうです。そして、形態を変える際、魔王は終焉の女神の祝福を受けて無敵になるそうなんですが、もしかすると恩恵は無敵であることだけに留まらず、回復もセットになってるのかもしれません」
「嬢ちゃんもなかなか情報通だな」
「先取りしてますからね」
そのとき、立ち昇っていた炎の柱が一瞬激しく揺らいだかと思うと、そのまま掻き消えた。そして、炎が消えた跡には魔王が立っていた。さっき受けた傷はすっかり癒えて、しかもその身体から溢れる魔力の力強さがいままでの比じゃない。第3形態とはまるっきり別次元の生き物。
「こ、これが第4形態・・・・・・」
「オレにはなんとなく分かるぜ、こいつはヤバい! 相当ヤバい! イカれてやがる!」
「≪ア スモール ピース オブ ヘブン≫」
ヤバいのは分かるけどとにかく攻撃するよりしょうがないじゃない。ビビってる暇があったらあんたらも何かしてよと思う。私の魔法もこの最終形態に効くかどうか分からないんだから。
「バカめ! 魔王に1度見せた技が通じると思うたか!」
ほら効かない!
バキ!
目にも留まらぬ速さで肉迫してきた魔王にラーメンライダーが殴られた。吹き飛んだラーメンライダーがそのままラーメンになって空に帰っていった。
「痛い!」
続いてイケメンライダーも殴られてブサイクになった。キキちゃん情報だとイケメンライダーは顔を傷付けられると怒るはずだけど、魔王相手に果たしてキレるんだろうか?
「このクソ野郎がああああ!! 誰の美しい顔を殴ってんだてめええええ!!」
あ、キレた。ホントに誰に対してもキレるのであればある意味フェアなのか。
「ぐはぁ!」
そして突っかかっていって返り討ちに遭うとか。魔王の強さは圧倒的だ。
「≪ララバイ フォー ミカエル≫」
さっき私が使った魔法に次ぐえげつなさを持った魔法を使ってみた。
「はあ!!」
が、魔王はどうやら気合いで堪え凌いだようだ。魔王の視線が私を射抜いたかと思ったときには魔王が眼前に迫っていた。
殴られる!!
その圧倒的な迫力の前に戦いの素人のように私は目を閉じた。
バシィ!!
鈍い音がしたが、私の身体に衝撃が伝わってこない。
そっと目を開けると、私の隣にDCOが立っていて、その手で魔王の拳を受け止めていた。
「≪ダーク「≪カタストロフィ≫」ブラスト≫」
魔王の呪文詠唱を遮るように私も静かに呪文を唱えた。大聖堂内に存在する魔力を全て霧散させる魔法 ≪カタストロフィ≫。
「は!?」
魔王の素っ頓狂な声はおそらく魔法が発動しないことに驚いたからだろう。
「アタァ!!」
その隙を付いてDCOの裏拳が魔王に炸裂。DCOは魔王を肩に担ぎ上げるとそのまま床面に叩き付けた!