一転攻勢 ④
実際、魔王はまだ立っていた。ファイティングポーズこそ取っていないが、膝を折らないその姿勢からは、まだ死んでいないぞ、という魔王の強い意志が感じられた。
その姿に尋常でないものを感じたオレは、2度と魔王と交戦したくない一心で殴打を繰り返した。魔王が動かないものだからサンドバッグを相手にしているようなものだったが、オレの拳を何度受けても魔王は決して倒れない。上体がどんなに揺さぶられようと、まるでダルマのように起き上がってくる。
聖なる力は間違いなく拳に纏わせていた。そのうえでコテンパンに殴ってるってのに、倒れないことに恐怖心が煽られてゆく。
対人で急所を何度も刺したり撃ったりしてるってのにそいつがいつまで経っても死んでくれない。それどころか必死に殺そうとしている相手を見て嘲笑っている・・・・・・そんな感じだった。
少なくともオレがいままで相手にしてきた魔物はここまで出鱈目な強さじゃなかったから、その延長線上に魔王がいると思っていたのだけど、それがそもそもの間違いだったのか。もしかすると魔王はほかの魔物とは全く異なる次元に君臨しているのかもしれない。
こんな化物とやり合うなんて御免だ。
「おおおおお!!」
バシィ!!
魔王の顔面に打ち下ろし気味のパンチを繰り出そうとしたとき、いまのいままで朦朧としていた魔王の目がカッと見開いたかと思うと、オレの拳は受け止められていた。
思わず息を飲む。
「まさか聖拳の使い手がここにいるとはな。私の覚醒がもう少し遅ければ危なかったぞ。だが、まだまだ聖拳の正当な伝承者の実力には遠く及ばんな」
魔王がそう言って唇の端を上げる。
「伝承者ってのは酔いどれ小六のことか?」
正当な伝承者という言葉を聞いて、オレは師匠の名を挙げてみた。
「そうだ。ヤツとお前とでは聖なる力の練り方が違う」
次の瞬間、ハンマーで殴られたような衝撃が走り、続け様に目の前に火花が散った。1撃目はパンチだった。次に回し蹴り。全く見えなかったわけじゃなかったが、恐ろしく速い身のこなし。しかも1撃が重い。
だけど見て喰らってみて分かった。第2形態といっても手も足も出ないほどじゃない!
「にゃーん!!」
オレがやってやる・・・・・・と思ったときにはすでにウルトラにゃんが魔王に戦いを挑んでいた。ウルトラにゃんは身軽な分、スピードがオレや魔王よりも圧倒的に上で、面白いように魔王を翻弄していた。
「き、貴様、先程までのスピードは様子見であったか」
「にゃん(これも本気とは言ってないし)」
「な、なんだと!? ぐはぁ」
第2形態になった魔王にオレは正直少しビビってたんだが、いまの攻防を見るかぎり、オレとラーメンライダーが手を出さなくても軍配はウルトラにゃんに上がりそうだった。
「にゃーんにゃにゃにゃにゃーん!(とどめだ! ≪ウルトラ光線≫!)
ウルトラにゃんが十字に交差させた腕から光線が出て魔王に直撃。
「こ、これは!? 聖なる力成分を含んだ光線だとぉ!? ぐぎゃ~!」
そして、魔王の断末魔と共に何かが爆発した。立ち籠める粉塵が薄くなってくると、床に伏した魔王の姿が現われた。オレが何度殴っても倒れなかった魔王が、いま、動く気配さえなく横たわっている。
「やったな」
ラーメンライダーがウルトラにゃんの頭を撫でる。
「にゃん!(いや、まだ油断はできないよ!)」
ウルトラにゃんはラーメンライダーの手を振り払うと、真剣な眼差しを倒れている魔王に向けた。
「ふっふっふっ。本当に驚いたぞ。まさか私が第3形態まで披露することになるとは思わなかった」
「なに!?」
「一体何段階まで変身するつもりだよ!?」
「私はこの変身のあと、もう1段階変わることができる」
「なんだとお~!?」
「ふふふ、しばらくそこでおとなしく待っていろ」
魔王がそう言うと、仰向けになった魔王の身体が痙攣を起こし始めた。
ピピピピ、ピピピピ・・・・・・。
オレの傍で目覚まし時計のようなアラームが鳴った。
「にゃ(あ、もう時間だ!? 魔王を倒し切れなかったのは悔しいけど、あとはよろしく!)」
おそらくウニュトラマンと同じ理屈なのだろうけど、この局面でウルトラにゃんまで戦線離脱してしまった。
「おいラーメンライダー! 第3形態になられるのはまずい! いまのうちにやっつけちまおうぜ!」
「そうしたいんだが、ダメだ、身体が動かねえ」
「なに言ってるんだ!? まさか腰でも抜けたか?」
「そうじゃない。ただ、やっぱ見てみたいんだ。魔王の第3形態ってヤツを」
「なに言ってるんだ! オレはやるぞ!」
あの第2形態を見ておきながらなお第3形態に変わるのを待ってやるなんて、これも正義の味方の性なのかもしれない。
オレは仰向けで変態しようとしている魔王のマウントを取って、とにかく頭を砕こうと躍起になって殴打した。どんな強いヤツでも頭をやられたらおしまいだと思ったから。なのに砕けない。上から、床面を下にして思い切り殴ってるってのに、一体魔王の骨格はどんな材質でできてるってんだ!? この条件でダメージを通せないんじゃ、オレが魔王に勝つ手段なんて、最早ないも同然じゃないか!
ギロリ・・・・・・と魔王の目玉がオレに焦点を合わせた。
第2形態への変化が終わったときとほぼ同じ反応。魔王が正気を取り戻したというシグナル。自分ではまるで歯が立たない相手と正面からやり合う訳にはいかなかったので、オレは咄嗟に魔王と距離を取った。
うるさい虫が跳び退いたくらいに思っているのだろう、魔王はゆっくりとその身を起こすと、
「キミはさっきから私の形態変化の最中に好き勝手殴ってるが、無駄なことだ。変態中の私は終焉の女神の祝福により完全無敵。いかなる攻撃も通さない」
と解説してくれた。
「じゃあ、その終焉の女神の祝福ってのはいまはないのかい?」
「ああ、そのとおり。だから、ここからが本番だ」
魔王がそう言うと、ここからが本気だとでも言わんばかりに、魔王の身体から黒いオーラが立ち昇った。