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僕は化け物の胃の中  作者: 漣職槍人
第一章
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007.謎解きはスッパゲッティー(ディナー)の後に

 もう一度手紙を読もうとしたとき、パリアンに手紙を取り上げられた。


「食べてからにしてください」

 ぷりぷりとお母さんみたいなことを言う。

 いや、食べている途中に手紙渡したのパリアンだからね、という言葉を飲み込む。余計な一言ほど人間言わぬが花だ。

「謎解きはディナーの後にです」

「わかったよ」

 口の中にかっ込んで頬張る。きっといま僕の顔は頬が膨らんでることだろう。何がそんなにいいのかパリアンがすごく輝いた目で見ているが無視。アイスティーでスッパゲッティーを流し込んだ。

「お口が汚れているのです」

 ナプキンで口を拭かれた。

「ありがとう」


「ユーゴの推理タイムの補助はパリアンに任せてください」

 テーブルにティーセットが置かれる。ティースタンドまであってイギリスのアフタヌーン・ティーのようで結構本格的だ。上から順にケーキ、スコーン、サンドイッチと結構ボリュームがある。ご飯を食べたばかりではちょっときつい。パリアンは残してもいいというかもしれないが祖父母から残さず食べることを教わってきた日本人だ。気持ち的に受け入れられないところがあり無茶をしてでも食べてしまうところがある。

「旦那様。どうぞ」

 メイド気分でお茶を入れてくれる。


 さて。じゃあパリアンの言う通り謎解きもとい推理でも始めるかな。


 まずすべきは手紙を読み直すことだ。

 前かがみ気味になりながら手紙に目を通す。

手紙の内容からすると手紙が僕の手に渡ることも道筋の一つだと書かれていた。

 しかしせっかく書いた手紙にスパモンはこの先のことについて何も書かなかった。正しくはかけなかった。書いてはいけない理由があったとしか思えない。例えば別の未来へとつながる条件を満たしてしまうとか。

 何せスッパゲッティーが複雑に絡み合っていたらしい。ニュアンス的に伝えたいことは分かる。ちょっとのことでよくない未来を招いてしまうということだろう。

 それでも手紙があるのは意味があるから。

 僕は手紙からその意味を自力で探さなければいけないわけだ。

 気になるワードといえば『その未来を形作る道筋を選択していかなければなりません』だ。通った道筋が未来を形作るのであれば、その道筋は未来に関係しているということ。そこに世界を救うための条件を示すヒントがあるんじゃないだろうか?

 重要と思えるキーワードを抜き出していってみよう。


 すっと都合よくパリアンが紙とペンを差し出してきた。

「できる女は違うのです」

「あ、ありがとう」

 どうして分かったのだろうかと思いつつも実際ありがたかったので受け取る。


 手紙を受け取る相手が僕に指定されている。僕自身が一つのキーワードなのかもしれない。

 木崎(きさき)悠悟(ゆうご)の名前を書く。

 スッパゲッティー・モンスターを書いて僕へ矢印を引く。矢印の上に手紙と書いた。手紙という文字をペン先で叩きながら考える。何も思いつかない。

 そもそもなぜ僕が世界を救う人間として選ばれた?理由は?

 自分の人生を振り返る。不思議な力があるわけじゃない。パンドラの箱が開かれるまではただの日本人としての日常を送っていたわけだし。

 僕の成したことといえば・・・・・僕は人類で初めての化け物とのファーストコンタクトを取った人間とされている。でもそれを成しえられたのは―――

 すっと自然と頭が上がり、隣に居るパリアンを見る。

―――パリアンがいたからだ。

 そうか。違う。矢印を消してパリアンを追加。スパモン、パリアン、僕の順で書き間に矢印を書く。手紙はスパモンからパリアンへ。パリアンから僕への道順が正しい。パリアンが間に入る。

 手紙はパリアンに預けられた。預ける相手なら別に玄武でもかまわないはずだ。でもパリアンである必要があった。手紙でだって僕を指し示すときになぜかスライム娘とパリアンを引き合いに出していたのは同じ理由からじゃないか?

 もう一度面を上げてパリアンを見つめる。

 つまり世界を救うすべての鍵はパリアンにある?


「いや~ん。そんなに熱い視線で見つめられると恥ずかしいのです」

 顔を赤らめて両手で挟んだパリアンがくねくねする。

「でもパリアン。ユーゴだったらいつでもOKなのですよ」

 勘違いの世迷言を無視して考える。スパモンの言葉を借りるなら、パリアンの辿ってきた道筋が世界存続の未来を形作るということ。その道筋の中にこそ世界を救う鍵があるということになる。


「パリアンは何か世界を救う方法を知っているんじゃないのか?」

「知っていたら話してるのです」

 パリアンが怒る。それもそうか。彼女も世界の滅亡を望んじゃいない。世界の滅亡が決まっても僕と一緒にいることを選んだ。僕の側に少しでも長くいることを望んでくれたんだ。


 パリアンの両肩に手を乗せて目を合わせ。真剣に向かい合う。

「パリアン。実は世界の存続にはパリアンが鍵になっているみたいなんだ。何か思い当たることはないかな?スパモンが手紙を渡したときのことでもいい。何かいってなかった?」

 パリアンが困った顔をする。そりゃそうか。さっきの答えで分かっていたことじゃないか。う~んう~んと唸ってまで考えて、しまいには泣きそうな顔になる。

「困らせちゃってごめん」

 パリアンの頭をなでた。

「パリアンこそ。なにも言えなくてごめんなのです」

 すっと顔を上げて僕と目線をあげながら呟く。

「パリアンはスパモンさんに手紙を指定された時間に届けるのを頼まれただけなのです」

「!」

 確かに手紙を渡してくれたとき手紙の受け渡しが時間きっちりだと言っていた。手紙にも『この手紙がいまあなたの手元にあることも』とある。この時間である必要があったんだ。

 なぜ?

 手紙を渡す直前にあったことが重要だったからじゃないのか?それこそ今までしてなくて世界滅亡が確定してからはじめてしたこと。

 思い出話。

 それでパリアンのいろんなことをはじめて知った。胃に表胃と裏胃があること。エンシェントスライムのこと。パリアンが少女を食べていたこと。パリアンがパスタを体から出していたこと。

 これらすべてを聞くまで手紙を渡すことができなかったんだとしたら?

 そこに世界存続につながる道筋が隠されているということになる。


 言いかえれば世界を救うためのヒントを僕はもう手に入れていたんだ。


 今日のパリアンとの会話を思い出せ。どんなわずかなことでもいい。

考えろ。気になったことを紐解くだけでもいい。


 仮説を立てろ。道をつなげ。


 だけど。思い悩めば悩むほど袋小路にはまるもの。

 当たり前か。僕は名探偵じゃないんだから。


「ユーゴもじっちゃんの名にかけてなぞを解くのですか?」

 本当にどこでそんな台詞を覚えてくるんだか。

「じっちゃんもなにも僕は祖父とあったこと無いからどんな人か知らないんだよね」

「元気なときに会えなかったのですか?」

「僕が生まれる前にね。元気な姿なんて想像もつかな・・・・」

 おかしな言葉のやり取りに苦笑しながら答えて、元気という言葉にパリアンが僕に言ったことを思い出す。『スパモンさんは元気です』とそれはつまり――


「パリアン。教えて欲しい」

「なんですか?」

「スパモンはまだ生きてる?いや、違うな。裏胃さんの中に消化されずにいるのか?か」

 あの時スパモンは水分を吸って巨大化したエンシェントスライム姿のパリアンに一飲みにされて姿を消した。僕みたいな人間一人なら別かもしれないけど。巨大なスパモンをそう簡単に消化できるはずが無い。表胃さんで消化していたのならパリアンの中で消化されていくスパモンが見えたはずだ。

 パリアンはこくりと頷いた。

「イエス。スパモンさんは裏胃さんの中で休眠しています。仮死状態とでも言えばいいのでしょうか?」

「どういうこと?」

「スパモンさんは神様でとても力を持っています。死んでいれば別ですが簡単には消化できません。裏胃さんは消化に時間のかかるもの。もしくは世界から隔離する必要のあるものを閉じ込める場所なのです。それはまるでミノタウロスの迷宮のように」


「つまり特別なものであれば裏胃さんの中に残ったまま?」

「イエス」


 ふと考える。もしパリアンがパンドラの箱を裏胃さんに飲み込んでいたとしたら?

 目撃談によると少女は大きな化け物に一飲みにされたという。

 少女姿のパリアンは少女一人分の大きさだ。しかしスライムのパリアンは水分を吸収することで巨大化できる。それもスパモンを一飲みにしたときのように巨大に。パリアンは自分のことを話していたとき、パンドラの箱に閉じ込められる前に気休めで仲間が水分を吸わせて自分を大きくしたと言っていた。パンドラの箱から出てきたときパリアンは大きかったのではないだろうか?それこそ人を丸呑みできるくらいに。


 急に僕の周りが明るくなる。

「・・・パリアン。なぜ急に僕の頭の上で電球を光らせてるんだい?」

 パリアンが僕の頭の上で電球を光らせていた。

「ユーゴが何かひらめいたみたいだったので」

「あ、うん。ありがとう。もういいからしまってくれる」

「LEDですよ。エコなのですよ!」

「うん。世界に優しいっていいよね」

 どうやら回答としては正解だったらしい。パリアンが大満足でLED電球をしまう。


 さてパリアンのおふざけは置いておくとして。僕は噛み合ったピースから一つの推論を立てる。


 パンドラの箱を開けた少女を食べた化け物とはパリアンだったのではないだろうか?


 パンドラの箱から出たての巨大なエンシェントスライムのパリアンはそこでパンドラの箱を開けた少女を見つける。世界の掃除屋としての宿命を持ったエンシェントスライムのパリアンは本能のままに世界へ影響を与えるその少女を掃除してしまう。ただ消化できないパンドラの箱を持つ少女は簡単に消化することはできない。少女ごと裏胃さんへと飲み込んだのではないだろうか。そしていつしか水分が飛んで小さくなり少女のパリアンが生まれた。


 そして、もしそれが本当なら。

「パリアンの食べた少女ってもしかして裏胃さんに居るんじゃないかな?」

「人一人ぐらいであれば表胃さんで消化してしまえます。わざわざ裏胃さんに取り込む無駄な行為をする必要性がありません」

 首をかしげるパリアン。

「でもユーゴが言うのなら。ちょっと待ってください。探してみます」

「探す?」

「裏胃さんもネットの海も広大です。本来お腹の中にいるビフィズス菌を感じることはできません。ですがそれが異物であれば感じ取れないこともないのです。例えるなら腹痛のときに意識を集中することでお腹の痛い場所がある程度わかるように。本当に彼女がいるのなら感じられるかもしれません」

「こう、なんかここが痛い気がする的な?」

 お腹に手を当てて聞く。

「そう!それなのです!」

 分かりづらい例えに共感して貰えて興奮するパリアン。やたらと右腕を上下にぶんぶんと振り回す。

「わかったからやってくれ?」

 大きく鼻の開いたパリアンを(いさ)める。


 僕の隣に座るパリアンはお腹に手を当てて目を閉じた。


 パリアンが隣に居るおかげで孤独感は無かったけれども周りがやけに静かに感じられた。


 五分経てどもパリアンに反応は無い。


 どれだけ経っただろうか?長く感じられた沈黙に業を煮やした僕が口を開いた。


「彼女はいた?」


 ゆっくりとパリアンの目が開く。

「はい」

「生きてる?」

「わかりません。たぶんスパモンさんと同じ仮死状態のような気がします」


「そっか。彼女は死んではいなかったんだね」


 見つけた。パンドラの箱を。

 これで世界を存続できる。


 一気に体中から気が抜けたような気がした。

 しかしそれはこれまた一気に覆る。

 隣で聞こえた嗚咽に僕は飛び起きた。


「パリアン?」


 パリアンが泣いていた。


「この娘は・・・まだ生きています・・・・・」


 うれし泣きだったようだ。

考えてみれば。幸か不幸か。化け物渦中に居た少女はパリアンが飲み込まなければ他の化け物に食われていたかもしれない。パリアンのおかげで彼女はまだ生きていた。


「でもなんでこの娘は裏胃さんの中にいたのでしょうか?」

 首をかしげるパリアンに答える。

「それは彼女がパンドラの箱を開けた少女だからだよ」

 僕の推理をパリアンに伝えた。

「アッチョンプリケ」

 両手で両頬を押しつぶし、目を大きく見開いて驚くパリアン。僕の記憶に引っかかる言葉とポーズについては無視する。

「パリアンの中にいたのですか!」

 お腹にいる少女へと向けてか。愛おしそうにお腹をなでる。母性を感じさせる母親の顔。お腹にいるわが子を慈しむ妊婦を髣髴させる姿に思わず、本当に二人の子供がお腹にいたらと思ってしまい。ありえない未来に、なに考えてるんだか、と思いつつもそれを悪くないと思う自分を軽く笑うとぶつぶつとパリアンの呟きが耳に入ってきた。

「パリアンの中にいるこの娘はもはやパリアンの娘なのです。パパはユーゴとママはパリアン。養子にして家庭を築くのです。ユーゴは責任感が強いのでこれでパリアンとの結婚を受け入れるはずなのですよ・・・ぐふふふふ・・・・・・」

 台無しだ。残念スライム娘に頭を抱えたくなる。

 こうじゃなければ僕だって・・・・・・僕だって何だ?僕はいま何を思った?急にとぷつりと途切れた思考に戸惑いつつ。無意味に視線を彷徨わせると時計が目に入った。

頭の中に世界滅亡までの残り時間が浮かぶ。

 まだ世界は救済されていない。

 こっからがラストスパートだ。


 僕は思考を瞬時に切り替える。

 幸せな夢を見るトリップ状態のパリアンに話しかけた。


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