006. スパモンからの手紙
「スパモンさんからお手紙です」
僕の言葉を遮って差し出された手紙。
差し出されたからには僕宛の手紙なのだろう。
急いで皿とフォークを置いてアイスティーを一口。口の中を洗い流してスッキリさせてから手紙を受け取った。
「手紙の受け渡し指定時間きっちりです」
パリアンが時計を見ながらいう。
手紙をまじまじと見る。蝋封に見覚えのあるマークが使われている。空飛ぶスパゲッティ・モンスター教のシンボルマークだ。異世界調査で担当になったとき、スパモンについてだいぶ調べたから覚えている。
「読まずに食べないでくださいね。シロヤギさん」
「さすがに食べたらお腹を壊すよ。むしろ食いしん坊なクロヤギさんこそ。よくいままで食べなかったもんだ」
「ユーゴは失礼です」
返す冗談にパリアンがむくれる。
「パリアンは坊ではありません。食いしん嬢です」
怒るところそこなんだ・・・と思いつつ謝る。
「ごめん」
「パリアンが一番食べたいのはユーゴです」
そしてなんか主張された!手紙を見つめて手紙に集中しているフリをして聞き流す。
何で手紙?
調査時では駄目な理由があった?
例えば伝えるタイミングとか。何か条件が必要だった。
だから手紙?
世界滅亡までまだ時間はある。急いでやることも無い。手紙に一時の時間を割いてもいい。
早く読んでとパリアンの視線もあるし。読んでみるか。
スパモンに敬意を払い、蝋封印が粉々にならないよう注意して封筒から削り剥がすようにナイフを入れる。取り出された手紙を開くとほのかに焼けたパンの匂いがした。パスタの主材料の小麦つながりだろうか?封筒も便箋も小麦色。開いた便箋には茶色く実った麦の絵が描かれていた。
最初の一文に目を通す。
恥の多い生涯、神生を送って来ました。
・・・・・・。次に目を通す。
自分には、神の役目というものが、見当つかないのです。
・・・・・。手で目の周りを覆う。
読み間違いだろうか?
もう一度目を通してみる。読み間違いではなかった。
この文章の書き出し。日本人なら知っている人も多いはず。人間失格の第一手記初頭の文章。それをもじったものだ。お前は太宰治かよ。
神といえども悩みのない生涯など送れるはずもない。特にスパモンほど理知的であれば思い悩むことが多いだろう。生きた年数も人のそれとは違う神ともなると大変なのかもしれない。
誰かに話して楽にでもなりたかったのかな?
便箋には文字がびっしりと書かれている。
文字数が多い。重苦しさを感じる。本当に読む必要があるのだろうか?
僕は一枚目を読み飛ばすことにした。二枚目を見る。
これでくだらない文章が続くようだったら読むのをやめよう。
いまさらながらですが突然のお手紙驚かれたことでしょう。手紙を書くのがはじめてゆえ、どのようにお伝えすべきことを書こうかと考えている内に知らぬ神からでは怪しかろうと自己紹介ついでの自己語りを書かせていただいた次第です。興が乗ってしまい便箋一枚書いてしまいましたことをお許しください。そしてそんな一枚目を根気よくお付き合いいただきありがとうございました。
読み飛ばしてよかった、と頷く。
さて、ここから本題に入ろうと思うのですが。
きっとあなたがこれを読むころには私はおいしく食された後なのでしょう。
おいしかったでしょうか?
おいしかったでしょうか?
大事なことなので二回言いました。
残念な気持ちになってきた。やっぱり読むのをやめようか?
手紙を書いたのはあなたに伝えなければいけないことがあったからです。
玄武たちからこの世界の先を聞かされたとき、私は私になりにできることをと思い。
スッパゲッティー占いをしました。
スッパゲッティー占い?疑問に思いつつも続きを読む。
結果は一本のスッパゲッティーにアルデンテ。
・・・・よくわからない。
つまりこの手紙を読む方が世界を救うと出ました。
そんなバカな。ありえないと左右に首を振る。
複数人の方で読まれている場合に備えて誤解のないように言いますと。
パンドラの箱の開放で家族を失い。自暴自棄になりながら復讐を誓っておいて、ちょっとかわいいスライム娘に拿捕されてあっさりと復讐をやめてしまった人間になります。
否定したいけど自分以外にありえない。でも本当だったとして僕は世界の崩壊をいまだに止められずにいる。この先にその理由が書かれているのかもしれない。
しかし絡み合うスッパゲッティー。その未来を実現させるためにはいくつかの満たさなければいけない条件がありました。しかも複雑に絡み合っていることからかなり困難。一部溶けて一体化するくらいのちょっとの間違いであらぬ未来へってしまう箇所さえあります。それぐらいに難しい道のりでした。
それでも世界滅亡が回避され、継続する未来があったのは事実。
その未来に辿り着く道があることも。
軽く説明しますと実は未来というものは選択することができます。ただし、その未来へ辿り着くためにはその未来へと続く正しい道筋。その未来を形作る道筋を選択していかなければなりません。
あなたはこの手紙を受け取って私が世界に居ないことに疑問を持ったのではないでしょうか?
実を言いますと占いで私はその未来に居ませんでした。
私が食べられることは道筋をなぞった結果なのです。
この手紙がいまあなたの手元にあることも。
ということは。
その一文からあることに気づく。
僕の手元にこの手紙が届くことが条件の一つなら。
世界の滅亡はまだ確定していない。
ここから条件を満たしていけば世界滅亡は回避できる。
もう駄目だとあきらめた世界救済の可能性がここにある。まだ終わっていなかった。
急に聞こえ始めた心臓音。早鐘を打つ動悸に落ち着け静まれと強く思う。
深呼吸を一つして。教えてくれと手紙の続きを読んだ。
残念ながら私が道筋の中で伝えられるのはここまでです。
しかし続きにあったのは突き放すような言葉だった。世界を救える道筋を唯一知る存在が残りの道筋を。条件を書いていかなかった。その続きに会ったのも。
必要なことは確かに伝えましたからね。
その一文だけ。
「伝え切れてないじゃないか!」
焦り苛立ちともつかない気持ちをその言葉にぶつけるように叫んだ。
いや、まだだ。
便箋はまだ一枚ある。
二枚目をめくった。
ぶっちゃけ、ガンバ!
便箋いっぱいに大きく書かれた文字でラフな応援の言葉が載っていた。
「ひいいいい。ユーゴが今までに見たことないくらいに真顔になっているのです!」
驚くパリアンをよそに頭をガシガシと掻く。最後の無責任な言葉に湧き上がっていたいろんなものがバカらしくなって、ぽ~んっ、と消えてしまた。
頭の中がスッキリしたな。これを狙ってやっていたのだとしたらスパモンはかなりの策士だ。そして、そんな策士が何もヒントを残さずにいるはずがない。
一枚目は無視するとして二枚目をもう一度読むか。
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ことが済んだとき、僕は読んでいなかったスパモンの一枚目の便箋に目を通した。
恥の多い生涯、神生を送って来ました。
自分には、神の役目というものが、見当つかないのです。
世界と共に世界の片隅で生まれた神。いわゆる片田舎に生まれた世界に疎い神が私でした。人の神話で盛大にかかれるようなときの神である神々とは積極的に関わることもないものですから、神というものがわからず、自分が神という認識さえありませんでした。私もそんな自覚の無い神で田舎者でしたからあの時代は他者とのファーストコンタクトではよく驚かれたものです。ウラノスに星をぶつけられ、オーディーンに槍で貫かれ、太陽神ラーにこんがり焼かれました。ギルガメッシュという半神半人には気に食わんという理由で宝物庫すべての武器で攻撃されました。伏羲と女媧の兄妹のような別の星から来た方々に見たこともない武器で攻撃されましたこともあります。反対においしくてかわいくてサイコーと私を絶賛するジャガーマン、アルテミスという神々もいました。神も十人十色というわけです。
しかしどんなに月日がたとうとも他者と関わるようになろうとも、他の神々のように自分が楽しいからと好き勝手に暴れ、自分本位に生きることの意味がわかりませんでした。分からないからこそ自分の中で答えを見つけようと宇宙の真理についてや他の神々の生み出す生き物たちを眺めては自分というものを探してみたりもしました。
しかし月日がたてば立つほど。世界で他者とかかわればかかわるほど。逆に自分と世界にあるものすべてがずれていて噛み合わない感覚が私を不安にさせるのです。そしてこの世界でうまくあらねばと私も自身を偽るものですからずれは大きくなっていきます。無限に続く終わらぬ生の中で他の神々と自分のありようの差異の大きさに不安になり発狂しかけたことさえあります。
そんな私が自己を持ったのは私に喰らいついた巨人たちのおいしいという言葉でした。そのとき私は自分がおいしいと知ったのです。私はおいしいんだと調子に乗って巨人だけでなく、獣や鳥、いろんな生き物の口に私を流し込みました。みんなはじめはおいしいと喜々として食べてくれるのですが、次第に腹が膨れては顔色が恐怖に染まっていき、私が限界を超えて流し込むものだから腹が突き破られて死にました。そのたびに私は物足りなさを感じたものです。しかしはじめのおいしいと喜ぶ顔にだけは満足感がありました。私は糧となり、誰かを自身で満たすことに幸福を感じたのです。私がどうしたいのかという自己を得られたのです。
それからは自身の欠片を培養して麦、米、トウモロコシ、トマトとたくさんの植物を生み出していきました。この時代に外に出たとき、そりゃあもう喜んだものです。この世界が私の欠片で埋め尽くされて、生きとし生ける者が私を食べずには生きられないのですから。
私は世界を形作る欠片になれました。世界とのずれがなくなったことに安堵したものです。
読んでいて思った。
やはり神というものはろくなものじゃない。狂気じみているとさえ思った。
それでも僕はスッパゲッティー・モンスターという神を恐れはしない。
私はこの世界の生きとし生けるものに愛しさを感じました。
私は神としてこの世界に生きるものたちのためにも世界の滅亡を止めたいのです。
パンドラの箱が開けられる前のように。その先が私の居ない世界であっても。
この最期の文章だけはスッパゲッティー・モンスターに敬意を表さずには居られなかったのだから。
これは簡易的な自己紹介でありながら、スパモンなりの決意の表れが書かれているように思えた。
青森出身の人間として太宰治は尊敬すべき人ですが、作品から感じる子供っぽさに戸惑いも覚えます。また、人間失格の異質さに悩む様や太宰の伝記のような津軽を読むと書かれている内容が幸せなものだと思えるのです。
その感想がおかしいのであれば、自分はやっぱりずれた人間なのでしょう。