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僕は化け物の胃の中  作者: 漣職槍人
第一章
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004. パリアンはエンシェントスライム

「パリアンはこの世界に望まれて生まれた最初のスライムなのです」


「世界に望まれた?」

 気になる表現に首をかしげる。


「イエス。世界からパリアンは生まれたのです」

「世界から?神様ではなくて?」


 神話では創造神により世界とその世界の住人を創造したとある。僕の中では神様が最初に世界や生物とすべてのものを生み出したイメージになる。

 もしくは世界と入っているが天や大地の神のような世界を形作る世界神のことだろうか?それとも世界と神は別物か。SF作品だとよく議論される。


「神が先か、世界もしくは宇宙が先か」


 ――それとも


「それとも世界と神は同じ存在か」


 科学者が、僧や聖職者が。たくさんの人が議論した。この問いの答えをパリアンは知っているのだろうか?


「どちらも違います。神と人が別であるように。神と世界は別なのです」

「同じ存在ではないとなぜいえる何かがあるってこと?」

「イエス。世界樹の枝である世界は他の世界。つまり枝となることはできません。しかし神々は他の枝へ行くことができます」

「神々は異世界にいけるけど。世界は他の世界にはいけないということか。確かに世界が他の世界に移動するなんておかしな話だな」

「そして創造の根源が違います。世界は枝を守るために創造をしますが、神々は世界を彩るために創造するのです。場合によっては自分たちの都合のいい創造しか行いません」

 昔呼んだ神話に思い当たる節がある。退屈しのぎもあれば性質の悪いものだと恨みつらみで何かを創造していた。

「神と世界の二つは同時に生まれて、世界が形作られるのです」

「どちらも創造できるなら世界だけじゃ駄目なの?」

「どちらがかけてもいけません。世界は世界の維持を望みます。しかし神々は平穏を望みません。世界を彩る代わりに引っ掻き回すのです」

「なるほど。神々が世界をかき回すことでエントロピーの増大が起きるということか」

 言いかえれば世界の停滞をわざと神々が壊すことで世界は荒れるが、荒れた世界を再び停滞させるために新しい何かが生まれるため、世界は前の停滞した世界よりも何段階か躍進することになる。神々は世界を大きく成長させるために必要な存在なんだ。


 ということは。いままでの会話から自身が求めた疑問の答えを手繰り寄せる。


「つまりエンシェントスライムは荒れた世界のために生まれた」

「イエス。汚れていく世界に世界は望みました。世界を掃除する存在を。神話に出てくる世界の掃除屋とはパリアンたちのことです」

「そんな神話聞いたことがないな」

「・・・そんなっ」


 僕の言葉に衝撃を受けたパリアンが項垂れる。そこまでショックなのか。考えてみれば存在意義を否定されたわけだから当然なのかもしれない。

 しかしそもそも神話においてスライムは登場したことがない。

二十世紀になってからSF小説やゲームで出てくるようになったくらいでわりと新しい。まさか神話の時代に居ただなんて思いもよらなかった。

 ちらりとショボーンと元気のないパリアンをみる。眉尻が下がり目が点になって口が『ω』の形になっているようにみえる。


「しかし世界に望まれて生まれただなんてパリアンはすごいスライムなんだね」


 僕の言葉にパリアンの頭上に一本の毛が立つ。妖怪アンテナ?アホ毛?アイスラッガー?そもそもそんなものあったっけ?


「パリアンすごいですか?」

 隣に座る僕に擦り寄ってくる。こちらの様子をうかがうように斜め下から見上げ。ア、アホ毛が左右にふらふらと揺れている?何だその自己主張は?アホ毛は感情とリンクしているのだろうか?

「ああ。すごいよ」

 アホ毛の動きが早くなる。動きが等間隔で左右に揺れるものだから中学校の音楽の授業でピアノに置かれたメトロノームを思い出す。ふと触ってみたくなって彼女の頭に手を乗せてしまった。やってしまってからその手の処置に困ってしまい。誤魔化すように頭をなでた。


「神々が世界を荒らすんだ。それは僕には想像もつかないくらい世界の荒れようはすさまじかったんじゃないかな。エンシェントスライムはそんな世界中を掃除していたわけだ」


 言ったことは本心ではあるけれども。われながらうまいことを言って誤魔化せたものだと思う。

 手をのけるとパリアンの頭が持ち上がる。機嫌は直ったようだ。


「そうでしょう。パリアンはすごいんです。機械の掃除機と違ってごみは消化しますし、消化に時間がかかるものでも、世界にとってよろしくないものでも、裏胃さんの胃世界に無限大に入れることができます。我々エンシェントスライムに掃除できないものはないのです」


 すごいのは分かるけど。掃除機と比較して主張されても困る。


「しかし、掃除機が無能というわけではありません。あの吸引力は我々にはないものです」


 そしてなぜ掃除機をかばう。


「変幻自在。体を引き伸ばし、何でも広く取り込める我々には吸引力など必要ないですがね!」


 なぞの自信満々のドヤ顔。ふんっ、と力強い鼻息を出す。鼻の穴が開いてるよパリアン。僕の小指が入りそうだ。


「掃除機は我々の後輩。いつか彼らも意思を持ち我々に追いつくときが来るのでしょう」


 掃除機が意思を持つ時代ってどんな未来だ。でも便利を追い求め続ければ最終的に人の手を煩わせない必要性が出てくる。それはつまり機械が自己判断するだけの思考を持つということではないだろうか?そこまでいってしまったら、それはもはや掃除機ではなくロボット。掃除機能をもった多機能家政婦AIロボットかもしれない。そう考えると将来意思をもった掃除機が現れるというパリアンの考えはあながち嘘ではないのかもしれない。


 パリアンの予想外のずれた発想は人生経験の乏しい子供のそれ。知らないからこそ自由な発想で言えるものだ。それともパリアンがエンシェントスライム(化け物)で人と価値観が違うからか。パリアン個人の性格いった個性によるものか。


 ああ。畜生。どちらかだなんて一緒に過ごしていれば自然と理解(経験)していっただろうに。僕はそれぐらいにパリアン(相手)のことを知らないんだ。こんな大事なことを。


 世界が終わるというときに大事なことを知る。この気持ちはまるで失ってから後悔するような気持ち。あのパンドラ事件で世界中に化け物が溢れたとき、家族が死んだあとの後悔に似ている気がした。人間残念なことにことが起きてから気がつく場合が多い。親が病状に倒れるしかり、交通事故しかり、突然の後の後悔を人は手遅れに知る。もっと僕はパリアンとの時間を大事にするべきだったのかもしれない。


 いまからどれだけのことを僕は知れるだろうか?死後の世界があるのなら僕は魂ごとその思い出を持っていけるのなら、きっとその行為は無駄にはならないだろう。

 死後の世界もこの世界と共に滅びるんだったら意味無いけどね。と皮肉なことを思う。


「世界の終わりにいまさらだけれども。エンシェントスライムのこと。パリアンのこと。もっと知りたいな」


 パリアンはうれしそうなそれでいて困った顔をする。


「『世界の終わりに』とてもずるい言葉です」


 やはり世界の終わりというときに聞いた僕が悪かったのだろうか?

 でも確かにずるい言葉だと思う。いま世界では終わりを迎えるからこそ。それを言い訳に気持ちを軽くしようと懺悔をしている人がきっといる。ある意味言いたいだけ言っても世界終わりだから手遅れでどうしようもないけれどね。と勝ち逃げだ。

 ああ、なるほど。僕はずるいな。


「『世界の終わりに』を言い訳にするずるいパリアンは質問をするのです」

「質問?」

「ユーゴの中には私たち(化け物)に対する憎しみはまだありますか?」

「あるよ」


 同じくずるい僕は素直に答える。


「でも。はっきりしないもやもやんなだ」

「もやもやですか?」

「そう。八年前ははっきりとしていたのにいまじゃもやもやだ」

 あのときから。パリアンのとの出会いで憎しみが薄れてしまった僕。以前だったら問答無用で化け物を殺していたのに同じ化け物のパリアンを殺したいとは思えない。自分がどうしたいのかわからなくなってしまった。ただそんな中でパリアンを迎えにいく約束は僕の中で形をしっかりと残していた。でもこの化け物との生存競争の続く世界で迎えにいってどうするのか?それをなすためにもどうすれば言いのかわからない。その先でどうしたいのかも。ただただ悶々としていた。


「パリアンがもやもやにしちゃったんだ」

「パリアンがですか?」

「そう。それで最終的に化け物を殺すことよりも世界を救うことのほうが大事になった」


 そこに振って沸いた玄武の世界を救う話が僕に道を指し示した。化け物たちと協力して世界を救うことができればいまと化け物への認識が変わるはず。化け物たちと共存の道が開けるかもしれない。パリアンを迎えにいける。

 それだけで十分だった。さらにその先はなんてやぼなことは考えなかった。

 世界を守るための戦いを僕ははじめた。


「パリアンを迎えにいくために僕は世界を救おうと思ったんだ」


 わ~お、とパリアンが頬を両手で挟み込んで驚きのジャスチャーをとる。


「・・・・・熱烈な愛の告白――」

「――ではないね」


 僕の全否定にうなだれる。


「ユーゴは意地悪なのです」


 人の姿が少女のパリアン。二十六歳のおじさんな僕とは一回りもの年齢差。その見た目の差は目立つし、つりあわないと思う。もちろんパリアンは人ではないスライムだから寿命が違う。種族的にみて人間のどの年齢にあたるから実は年齢差は無いなんて話があるかもしれない。一概に歳の差があると決まったわけでもないわけだ。でもやっぱり視覚による見た目の差は正直だ。


「でもユーゴがパリアンを好きな思いは感じます」

「・・・しつこい」

 はあ~。いい加減にしてくれとため息が出る。

うう・・・、とあくまでも切り捨てる僕の態度に恨めしそうな声を上げるパリアン。しかし急にふっと肩の力が抜けて雰囲気が変わった。

 どうしたんだ急に。気になってパリアンの名前を呼ぼうとする僕の声をパリアンの声が遮る。


「これがユーゴなのです。これは美徳でもあり、おかげでユーゴに這いよる悪い虫も払ってくれました。だからパリアンはこれでいいとも思うのです」


 なんだそりゃ?言っていることがよく分からなかった。


「でもそれを恨めしくも思い呪うのです。人を呪わば穴二つ。この思いがあなたにとって迷惑な呪縛の呪いなら、きっとパリアンにも同じもの(迷惑)が返ってくるでしょう。そして二人とも同じ種類の墓穴に入るのです」


 なんか恐ろしいことを言いはじめた。でもそれは読み解けばまるで。向けられた好意は自分へと行為として返ってくると聞こえる。


「地獄の行き先がその人の罪で決まるなら同じ種類の墓穴に入るパリアンたちはあの世で再会できますね」


 にっこりと微笑んでくるパリアンが怖い。女性のこういうところが苦手だ。


「そして呪いは祈りでもあるのです。『人を呪わば穴二つ』は『人を祈らば穴二つ』でもあるのです。祈りがよきものであるならよきものが返ってくるのです」


 パリアンは祈るように胸の位置で手を組む。


「だからパリアンは。最期だからこそ。話すべきなのかもしれません」



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