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僕は化け物の胃の中  作者: 漣職槍人
第一章
3/17

003. 滅亡の確定した世界を僕は化け物と過ごす―2

「ユーゴを食べてもいいですか?」


 パリアンの世界滅亡までの最後のお願いを聞いて僕はため息を吐いた。


「もちろん老廃物をですよ。ユーゴには最期のときまで一緒にいてもらうんですから」

「ああ分かってるよ」


 エンシェントスライムの化け物の姿で言われたなら、食い殺すという怖い意味に捉えたかもしれないそのお願いは、彼女の中に僕を取り込んで垢などの老廃物を食べたいというものだった。パリアンが少女姿だけにその言葉は受け取り方によって卑猥なものに感じられるが、実のところそれもある意味あっているだけに問題だった。

 この老廃物処理(なまごはん)を過去に一度だけコミュニケーションの一環ということでうっかり了承したことがある。スライム化した彼女は水分を取ると肥大化する。肥大化することで俺を包み込むだけの体積を得た彼女が俺を飲み込むのだが・・・・・・体全体の触覚を刺激された俺はあまりの気持ちよさに弛緩してしまい。穴という穴が開いてしまった結果。彼女の中で致してしまった。

 メスというか女性よりなスライムの彼女に性的にも食われてしまったというわけだ。

 自身の個室でしたことなので誰にも知られてはいないのがせめてもの救いである。

 そして、それ以来、許可していない。


「ごめん無理」

 即答で断った。

「そうですか・・・・・・」

 ショボーンと沈みこもうともいやなものはいやだ。


 しかし彼女は本当に自分のことが好きなようで自分以外に同じ要求(なまごはん)をしたことはない。むしろ彼女は化け物でも組織内で人気がある。姿容姿もいいことから、何度か求める彼女に自分から進み出た男性もいたくらいだ。全員断られたけど。

 それを知っているだけに求められて自分でも悪い気はしていないから複雑だ。


 だから一つの約束だけは守ろう。

 世界滅亡の日までここにいるよ。


 さて。気落ちしたパリアンをちらりと眺める。このままというのもよくないな。

 雑談。そうだな。はじめてあったとき・・・は泣いてたのが恥ずかしいから。再会のときの思い出話でもしようか。


「パリアン」

「何ですか?あ、すいません。今さらですけどお茶請けがありませんでしたね」

「いや、それはいいよ。ただせっかくの機会だから思い出話でもしなかと思って」

「思い出話ですか?」

「再開したときのこと覚えてる?」

「覚えてますよ。ユーゴまた会いにくるって言うから私待ってたのに!」

 急にむくれ始める。ずいぶんと感情豊かなスライムだ。もともとスライムってこんななのかな?本能だけで生きる感情のない無機物といったイメージだったんだけど。虫的な?

「聞いてますか?」

 近い。むくれた顔が吐息がかかる距離にある。心臓の強い鼓動を感じた。横に顔を逸らして逃げながら高鳴った鼓動を誤魔化すように謝る。

「聞いてるよ。あの時は迎えにいけなくてごめん。でも君のおかげで玄武に指名されてから僕は僕で忙しかったんだ。いまさらだけれども許してもらえないかな」

「とっくの昔に許してますよ」

「ありがとう」

 お礼を言うと顔を赤らめてぷいっと顔をそらされてしまった。


 そして再開の思い出話を始めた。


 パリアンとの再開は僕の担当した化け物。

 スッパゲッティ・モンスターの調査のときだった。

 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教という宗教団体の神様らしい。略してスパモンって呼んでたけど。担当したところ信仰される神だけあってとても理知的だった。玄武からも話の分かる化け物だと聞いて安心して僕の調査隊しか派遣されなかったのだが、まさか胃の中を調査させてもらう条件があんな厄介なものだとは思わなかった。


 僕を食べきってほしい。


「あの時は誰もが言葉を失ったな。八時間以内に食べきらないと再生して一からやり直し。みんな胃袋の限界だった。胃の中からの脱出方法も食べきることだからあのままだと脱出できなくて消化されるところだった」

「スパモンさんの胃の中っていろんなパスタのにおいがするんですよね。パスタもミートソース。カルボナーラ。ペペロンチーノ。味も様々でスライム的にも美味でした」

「ああ、あきさせない工夫までされていた。本当に強敵だった」

「お残しは許しまへんでー!」

「そうだったね。あの時君は元気よくそう叫んで僕の前に現れたんだ」

 どこかの忍者学校の食堂のおばちゃんのような叫び声が聞こえるなんて。食べ過ぎると人は幻聴まで聞こえるようになるのかと思ったものだ。

 まさか。ずたぼろの衣服を纏ったあのときの少女が一転突破食いで穴を開けてスパモンの胃世界に現れるなんて思っても見なかった。


「スパモンがおいしかったのがいけないのです」

「食いしん坊」

「それは悪口ですか?」

 パリアンが首をかしげる。

「違うよ」

「ならいいです」

 褒め言葉と受け取って喜ぶパリアン。褒め言葉だともいっていないのに。


 ともあれ、パリアンが胃世界に開けた穴を利用して部隊は脱出できた。

 そして水がほしいというパリアンに大量の水をかけたらむくむくと大きくなって巨大なエンシェントスライムが出来上がった。

 彼女はスパモンを包み込み瞬く間に消化。八時間のタイムリミットに間に合った。

 その後ぷるんぷるんと巨体を揺らして。


「パリアン会いに来た!約束約束!」

 パリアンがあのときの言葉を言う。

「あのときの言葉をもう一度聞きたいのです」

 彼女は立ち上がって飛び跳ねる。あの時とは違う箇所が。大きな胸がぷるんぷるんと揺れている。こんなにはしゃぐ彼女の姿を見るのは久しぶりだ。ここに来たころの彼女はとても子供っぽかった。ただ肉付きのよくなった体つきや見た目の関係もあって、目のやり場に困る行動をされることもしばしば。それをよくないと思った組織の女性職員に大人の女性としてのいろはを教えられてすっかりおとなしくなってしまった。僕の前だけでは自重しながらもいまでも子供っぽい姿を見せてくれる。それが特別に感じられて優越感があるものだから、自分の独占欲の強さに気づいたときは結構戸惑った。今はそれも受け入れている。


「パリアン会いに来た!約束約束!」

 早く早くと急かすパリアンに僕はあのときの言葉を返す。

「ああ、パリアン。一緒にいこう」

「エンシェントスライムのパリアンが仲間になった!」

 テンションMAXで大きく飛び跳ねた。


 あ、小さな叫び声を上げて彼女の動きが止まる。

「ブラジャーの紐切れた」

「それはいちいち言わなくていい・・・・・」

 聞かされた側としても反応に困る。いや察することのできない僕が悪いのかもしれない。

 彼女は何か考えるようなそぶりを見せるとソファに座った。聞くべきかどうかとも悩みつつも僕は問いかける。

「下着換えに行かないの?」

「大丈夫です」

 と言いつつもどこか落ち着かないのかもぞもぞしている。

 なぜ部屋へ行かないのか?

「世界滅亡まで一緒にいるって言っただろ。僕はここで待っているから行っておいで」

 珍しく察することのできた僕が口を開く。

「でも」

「さっきからそわそわしてる。違和感とかあるんだろ?」

「分かりました」

 まだ納得していないのか、しぶしぶといった感じで立ち上がる。

「すぐ戻ってきますからね」

 そういい残して走り去っていった。


 やれやれ。

 素直に行ってくれよかった。ああ見えて頑固なところがあるからな。

仲間にした直後もそうだった。


 組織に一緒に行くことになったパリアンは連れて行こうとしたら、人の姿に戻るから待ってと言う。了解して待っていると。一時間、ニ時間と待てども一向に小さくならない。どういうことかと聞いたら自然蒸発だと少女一人分の体積まで水分を飛ばすに数日かかるとのこと。そのまま連れて行こうとしたら、人の姿じゃなきゃいやだと駄々をこね始めた。

最終的に僕がおれて。火炎放射器で少女一人分の体積まで水分を飛ばさせたんだ。


 タッタッタッタッ、とかけてくる足音がする。ずいぶんと早かったな。視線を向けるとところどころ着崩れして胸元のボタンが大胆に開けられたパリアンがかけてくる。

 え~と。その。ものすごく揺れているんですが。どこかといわれると胸が。それはもうまた下着の紐が切れるんじゃないかというくらいに。

 走るなと注意しようとしたときだった。

 パリアンの動きが急にぴたりと止まる。

 ・・・・・もしかして

 しかし彼女は再び部屋に戻ることなくこちらに向かってまた歩き出す。

 あれ?違ったのかな?

 隣に座る彼女に勘違いだったのかと思ったそのとき、彼女は開けた胸元に手を突っ込んでもぞもぞとシャツの中をまさぐりはじめた。目のやり場に困る。

「ちょっとパリアンッ!何してんだよ!」

 男の目の前でそういうことするなって教わっただろ。何してるんだ、と腕を掴む。

「大丈夫です」

「なにがだよ!」

 何で自信満々なんだよ。こんなところ誰かに見られたら困る。

 んっ、と掴んだ腕が力いっぱい上げられて僕の顔に温もりのある何かがかかる。顔にかかる邪魔なものをどけようと掴んで持ち上げるとパリアンに引っ張られて、思わず反射的に引っ張り返してしまった。

 しまいには僕は綱引きに勝ってしまい。

 手にもったものを見て硬直した。


 パリアンのブラジャー。


 これは違うんだと弁明するように向けた視線がパリアンと噛み合う。

 顔を赤らめるパリアン。いやいや目の前でしていたことを考えてもいまさらそれで赤くなるのおかしくない?

 嬉し恥ずかしといった顔をして。

「ユーゴが欲しいならあげます」

「いやいらないから。ってそんな顔するなよ」

 いらないといった途端悲しい顔をされた。あれ?俺は受け取るのが正解だった?

「じゃなくて。これ」

 ブラジャーを突き返す。パリアンは受け取るとポケットにそれを収めた。

「着けないの?」

「フックが壊れたので別の着けます」

 別のポケットから新しい下着を取り出した。再び開けた胸元に下着ごと手を突っ込みもぞもぞとつけはじめる。


 僕は頭を抱える。

 何で予備がポケットに入ってる。そしてどうしてここで着ける。

 どうしてこうなった・・・・・

「お待たせしました」

 その言葉に、は~、と長く息を吐く。とりあえず一段落といったところだろうか。

「・・・・・・パリアン。シャツがしわくちゃなのはこの際あきらめる。でもボタンは留めてくれ」

 パリアンが胸元のボタンを留めた。

「まったく。あの時と同じで変わらない。君は無防備なままだな」

「ユーゴの前でだけですよ」

「それはだれに教えられた?」

「・・・・キャシーさんです」

 悪知恵を与えたのは組織で管制をしている女性だった。ため息を吐く。

「もういいよ。世界も滅亡するし」


 ・・・・・


 沈黙に目があうと顔が赤くなるパリアン。僕も先ほどのことをどうしても思い出してしまいやるせない気持ちになる。なんか言えよと強請するのもいやだ。

「そういえば話は戻るけれど」

 だからいまのはなかったことにする。妹にも言われたが僕はへたれなのでこれでいい。


「スパモンのときは本当に助かったよ。あのとき勝てたのはパリアンのおかげだと思ってる」

 へへへ。照れくさいながらもうれしそうな声を出す。

「いまさらの話だけど。無尽蔵ともいえるスパモンを取り込んすぐに消化していたみたいだけどどうやったんだ?」

「それはですね」

 得意顔で人差し指を立てて説明してくる。

「スライムには見えない裏の胃があるんですよ。異次元的な虚数区域の胃世界。その大きさはミノタウロスが閉じ込められたダンジョン並です。普段は表層の胃でじんわり溶かして食べるんです。その場合スライムは体が透明だから、透けて表層に取り込んだものは外から見えます。ユーゴを食べたときも表の胃でした。ほら、こんな感じ」

 手に持っていたマグカップを体の中に取り込んで服をめくってお腹を見せる。そこにマグカップがあった。これをもう一つの胃に流し込む、と言うとぱっとマグカップが消えた。

「表と裏。意が二つあるってことかな?」

「はい。パリアンはこの表裏の胃をそれぞれ表胃(おもい)さんと裏胃(うらい)さんと呼んでいます」

「なんか苗字みたいだな」


 さんづけまでして狙って言ったのだろう。僕がくすりと笑ったことに気をよくしたパリアンが、ふふふん、と短い鼻歌を歌う。そんな様子に僕もつられて笑ってしまった。


「そういえばふと思ったんだけど。なんでスライムは胃が二つもあるんだ?」

「それはエンシェントスライムが生まれた理由に関係します」

「生まれた理由?」

「そうです」


 生まれた理由か。そもそも僕はエンシェントスライムがよく知らない。僕の中にあるスライムのイメージ像はある程度の弾力を持った液体生物(スライム)。特に昔やったゲームに出てきたスライムたちが大本だ。種類も王様、毒、ナイト、メタル、回復と様々いるけれども。エンシェントは聞いたことがない。エンシェントは確か英語で古代や太古といった意味の単語だったはず。


 あれ?もしかしてエンシェントスライムって・・・パリアンは――


「もしかしてパリアンはスライムの始祖?」

「はい。元祖本家本元の始祖スライムです」


 本当に君はどこでそんな言葉を覚えてくるんだろうね。悪影響を与えただろう職員たちの顔が思い浮かぶ。仕事にかまけて子供が取り返しのつかないことにかった親の気持ちはこんなものだろうか?


「パリアンはこの世界に望まれて生まれた最初のスライムなのです」


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